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  <title>ビジネス・コミュニケーション研究所--Institute of Business Communication(IBC)</title>  
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  <modified>2010-04-05T14:34:13+09:00</modified>  
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    <name>choimaji</name>
  </author>  
  <tagline>某国立大学・阿部研究室のブログ。ビジネスのコミュニケーションのことを、週1回ぐらい書きます。</tagline>  
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    <title>教養のための読書案内--国語系追加</title>  
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    <issued>2010-04-05T14:34:13+09:00</issued>  
    <modified>2010-04-05T17:09:41+09:00</modified>  
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      <name>choimaji</name> 
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    <dc:subject>ゼミナール</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
(主にゼミ生向け)<br/>
<br/>
　最近、ちくま文学の森シリーズを三冊ほど読みました(読んでいる途中)。金子光晴と開高健と折口信夫の三冊です。<br/>
<br/>
　いやぁ、本当に上手くセレクトされています。いわゆる文学全集に載るような文学史的代表作というよりは、むしろまだ文庫化されていない(したがって世間一般には知られていない)ような作品も数多く載せられています。それと同時に、その作者のビギナー的な読者に対しても何を読めばよいか上手くセレクトされているように思います。<br/>
<br/>
　たとえば、折口信夫の『古代研究』、学生時代にちょっと齧って興味が湧かないまま挫折してほっぽっていましたが、この文学の森では、古代研究に関する「追い書き」というのが入っていて、これが自身による解説であると同時に、なかなか文学としても味わい深いものになっています。『古代研究』本編をたくさん入れるのではなく、「追い書き」を入れることでビギナーにも読みやすくコンパクトにまとまっています。当然、代表作である「死者の書」も入っています。<br/>
<br/>
　というわけで、ちくま文学の森シリーズ、全三十冊以上ありますが、全部を読書リスト入りにします。時間のある学生のうち、何冊か読んでおきたいですね。(小説は、若い時に読んでも、ピンとこないという説もありますが…)<br/>
<br/>
　
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>教養のための読書案内--理数系追加</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://choimaji.exblog.jp/10336562/"/>  
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    <issued>2010-04-03T15:34:27+09:00</issued>  
    <modified>2010-04-05T14:27:38+09:00</modified>  
    <created>2010-04-03T15:34:27+09:00</created>  
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      <name>choimaji</name> 
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    <dc:subject>ゼミナール</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
(主にゼミ生向け)<br/>
<br/>
　角川ソフィア文庫のシリーズが読みやすく、入手しやすいので追加しておきます。<br/>
<br/>
　追加するのは、<br/>
<br/>
富田恭彦　『科学哲学者柏木達彦の多忙な夏』<br/>
<br/>
小島寛之　『世界を読み解く数学入門』<br/>
<br/>
の二冊ですが、それぞれ続編も出ているので、そちらでも良いかもしれません。因に、私は間違って後者の続編『無限を読み解く数学入門』を買ってしまいました。『世界…』より読みづらいかもしれません。<br/>
<br/>
　あと、数学というよりビジネス全般ですが、<br/>
<br/>
東谷暁　『ビジネス法則の落とし穴』(学研新書)<br/>
<br/>
も面白かったです。<br/>
<br/>
　ただ、著者の評価はあくまで著者個人のもので、学問的定説ではないので、テストの回答に使うとバツにされることもあります。
              
        ]]></content> 
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  <entry> 
    <title>ジェームズ・スロウィッキー　『みんなの意見は案外正しい』</title>  
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    <issued>2010-03-21T16:51:29+09:00</issued>  
    <modified>2010-03-21T16:52:54+09:00</modified>  
    <created>2010-03-21T16:51:29+09:00</created>  
    <author> 
      <name>choimaji</name> 
    </author>  
    <dc:subject>講義・組織情報論</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　2010年度の組織情報論、準教科書として<br/>
<br/>
ジェームズ・スロウィッキー　『みんなの意見は案外正しい』(角川文庫)<br/>
<br/>
を採用することになりそうです(後期までまだ時間があるので正式決定ではありませんが、今のところ有力候補です)。<br/>
<br/>
　この本、今まで組織情報論で取り上げた、集団の意思決定の問題や、コラボレーションの問題やら、ちゃんと著者が学術論文に当たって、わかりやすく(私よりもわかりやすく?)解説してくれているのです。今まで教科書がなくて苦労しましたが、これなら安くて学生も購入しやすいし、私の授業とは関係のない章もありますが、そういう所も社会人としての教養としていずれは役に立つでしょう。<br/>
　<br/>
　それにしても、著者はジャーナリストのようですが、よくありがちな扇情的・感情的などこかのジャーナリストと比べると、よく勉強してますね。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201003/21/21/a0047321_16443520.jpg" border="0" width="115" height="115"/></center>
              
        ]]></content> 
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    <title>ファレルのコラボレーションの社会学</title>  
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    <issued>2010-03-21T16:25:09+09:00</issued>  
    <modified>2010-03-21T16:54:57+09:00</modified>  
    <created>2010-03-21T16:25:09+09:00</created>  
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    <dc:subject>講義・組織情報論</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
Farrell, M. Collaborative Circles, Chicago U.P.<br/>
<br/>
の方は、先日グーグルで検索したところ、この分野の古典中の古典であるにもかかわらず、日本ではほとんど全く紹介されていないようですね(web上に載っていないだけかもしれませんが)。<br/>
<br/>
　まぁ、こうした状況になっているのも、私の頑張りが足りないせい、というのも一因かもしれません。反省、反省。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201003/21/21/a0047321_16301494.jpg" border="0" width="160" height="160"/></center>
              
        ]]></content> 
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    <title>2010年度・組織情報論</title>  
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    <issued>2010-03-14T09:33:47+09:00</issued>  
    <modified>2010-03-14T13:12:53+09:00</modified>  
    <created>2010-03-14T09:33:47+09:00</created>  
    <author> 
      <name>choimaji</name> 
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    <dc:subject>講義・組織情報論</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　今年は、チーム作りとコラボレーションに焦点を当てて進めます。<br/>
<br/>
　昨年も、<br/>
<br/>
キース・ソーヤー　『凡才の集団は孤高の天才に勝る』(ダイヤモンド社)<br/>
<br/>
Farrell, M.  Collaborative Circles, Chicago U.P.<br/>
<br/>
を取り上げましたが、今年はもっと中心的テーマに据えて勧めたいと思っています。<br/>
<br/>
　ソーヤーの著作は、邦題がアレですが、社会心理学分野におけるコラボレーション研究のマイルストーンと言っても良いでしょう。ファレルの著作よりもビジネス寄りだし、何より邦訳もあるので取っ付きやすいと思います。<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201003/14/21/a0047321_9441598.jpg" border="0" width="400" height="400"/></center>
              
        ]]></content> 
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    <title>理系の才能</title>  
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    <issued>2010-03-08T13:15:46+09:00</issued>  
    <modified>2010-03-14T09:29:48+09:00</modified>  
    <created>2010-03-08T13:15:46+09:00</created>  
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      <name>choimaji</name> 
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    <dc:subject>Profile</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　私は、元々理科系の方が向いているというか、どちらかと言えば文系より才能あるのではないかと思いつつ、文系の大学・学部に進学しました。しかし、いざ研究者の道を歩み始めて、理科系の関心を活かすべく、社会情報学やシステム論などを学びましたが、結局今やっているのは、一部を除いて非常に文系的色彩の強い分野になっています。<br/>
<br/>
　とは言うものの、東大出身者(学部)の人のように、元々理科系の学部にいたけれども文転しましたなんていうたいそうなものではないので、数理的な分野で競争していくにはあまりにも遠く、結局これで良かったのですが。<br/>
<br/>
<br/>
<追記><br/>
　そういえば、二十代の後半から終わり位、公務員試験向けの専門学校でバイトをしましたが、東工大の数学専攻のOBより、数理的問題が何回か(毎回ではない)出来た記憶があります。と言っても、本物の数学では、知識が足りないので勝負になりませんが。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>昔に比べて官僚がダメな理由</title>  
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    <id>http://choimaji.exblog.jp/8950886/</id>  
    <issued>2009-09-12T09:05:44+09:00</issued>  
    <modified>2009-09-12T09:51:54+09:00</modified>  
    <created>2009-09-12T09:05:44+09:00</created>  
    <author> 
      <name>choimaji</name> 
    </author>  
    <dc:subject>私見</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　城山三郎の小説を基にしたテレビ・ドラマが意外に人気だったようです。今回の八月の選挙の大きな焦点は、官僚の暴走をどの政党が止めるのか、だったと私は考えています。<br/>
<br/>
　さて、昔は優秀で、国民の信頼を勝ち取っていた官僚は、なぜこんなにダメになってしまったのでしょうか?　これは、ここ数年、私が考える大きな疑問の一つです。<br/>
<br/>
　以下に挙げることは、その完全ではないですが、一応の今の答えです。<br/>
<br/>
・世の中の複雑化<br/>
<br/>
　単純に「欧米化」や「進歩の時代」ではない、ってことですね。以前は、「アメリカのマネをすれば良いとか、単純にスピード・アップ、大量化ですんでいた時代は、それほど頭を使わずに(クリエイティブな発想は要らずに)お手本を真似していれば済んでいたのが、現在はそうはいかないことが増えて来たということが挙げられるでしょう。<br/>
<br/>
　やはり基本的に、官僚の思考(指向)というのは、お手本がある、あるいは、政治家がきちんと具体的にビジョンを掲げてこそ、成り立つものだと思います。<br/>
<br/>
・先見性のある人は官僚にならない<br/>
<br/>
　そもそも、失礼な言い方ですが、ビジネス・センスが合ったり、先見性のある人は官僚にならなかった、と思います。もう二十年位前(学生時代)のことですが、私は、「今時高級官僚になろうなんて、デメリットが多過ぎるんじゃないか」と考えていました。これを人に話すと、「いやぁ、官僚には巨大な権力があって、それを使う楽しみがあるんだよ」と返答されたものです。<br/>
<br/>
　それはそうなのですが、今や、その「巨大な権力」って、無駄な特殊法人作って天下りを増やすとか、あまり国民のために使われていないですよね。要するに、二十年前の私は、そういうことも含めて何となくですが見通していたのです。<br/>
<br/>
　ある程度先見性のある人なら、「何となく」かもしれないですが、そういうことを予想できるんじゃないでしょうか。言い換えれば、ある程度以上「先見性のある人は官僚にならない」ことが多いと言えると思います。<br/>
<br/>
・東大(法学部)教授の小ぶり化<br/>
<br/>
　以前は、丸山真男のような大物がいた法学部も、今は、それなりの人はいるのでしょうが、丸山ほどの人はないのではないでしょうか。<br/>
<br/>
・制度化の進行に伴う学生の小ぶり化<br/>
<br/>
　ご存知のように、近年東大に合格する学生の多くは、私立や国立の中高一貫校出身者です。ほとんどこれは、コースとして確立されている観すらあります。このような制度化が進むにつれて学生も、やはり小ぶりになってきたような気がします。黒野耐によれば、陸軍の教育が制度化するにつれ、実社会と乖離する側面が増えて来たようですが、似たような現象だと思います。<br/>
<br/>
　<以下続く>
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>『東京クラス・ライフ』の山奥大学出身の主人公</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://choimaji.exblog.jp/8638163/"/>  
    <id>http://choimaji.exblog.jp/8638163/</id>  
    <issued>2009-07-15T17:16:12+09:00</issued>  
    <modified>2009-07-15T21:08:39+09:00</modified>  
    <created>2009-07-15T17:16:12+09:00</created>  
    <author> 
      <name>choimaji</name> 
    </author>  
    <dc:subject>私見</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　学生のインターンシップ・事前レポートというのを読んだのですが、「自分は何をしたいのかわからない」「特別な経験がない」というセリフが頻繁に出て来て、本当に無個性なものが多かったです。<br/>
<br/>
　そういうのを読んでいたら、九十年代初期頃の、ホイチョイ漫画『東京クラス・ライフ』を思い出しました。この漫画の主人公(大学四年位?)は、すでにある程度成功し、東京ライフを満喫している親戚のオジさんの前で、企業面接のつもりで自己紹介しろと言われ「私は山奥大学出身で、テニス・サークルに所属し」云々と始めるのですが、「まるで特徴がない」と一蹴されます。学生レポートの大半が、まさにそんな感じなので、ああ、そう言えばこんなのがあったなぁと思い出したのです。<br/>
<br/>
　『東京クラス・ライフ』は、無名大学出身の主人公が、(大学出身者としては)底辺の方から東京生活を始めて、オジさんの手ほどきを受けながら、クラス・アップしていこうという内容でした。まぁ、ホイチョイの漫画ですから、かなり誇張やジョークが含まれているのですが、真面目な書物にはない真実味があって中々印象深かった記憶があります。<br/>
<br/>
　私の勤務先の大学は、偏差値に比して給料の高い企業に就職できる、ナンバーワン(文系の中で)「お買い得大学」ですが、先の学生たちが、この漫画を読んだら、どういう反応をするのでしょうか。<br/>
<br/>
　もっとも、見方を変えれば、(社会科学的な意味での)官僚制というのは、ロボットのような無個性・没感情が求められるわけで、上のような学生は、かえって優秀なのかもしれません。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>政治の世界も大抜擢が必要だ。</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://choimaji.exblog.jp/8637415/"/>  
    <id>http://choimaji.exblog.jp/8637415/</id>  
    <issued>2009-07-15T14:57:34+09:00</issued>  
    <modified>2009-07-16T19:23:54+09:00</modified>  
    <created>2009-07-15T14:57:34+09:00</created>  
    <author> 
      <name>choimaji</name> 
    </author>  
    <dc:subject>私見</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　東国原知事の国政登用、あまり評判が良くないようですが(世論調査では「反対」が半数以上)、私は、「賛成」です。<br/>
<br/>
　なぜなら、下の記事に書いたように、現在は「閉塞の時代」です。この閉塞を打ち破るのは、大抜擢しかあり得ないからです。<br/>
<br/>
　躍進の時代を終えて社会が段々安定してくると、日本のようなタテ社会では、徐々に、敵が少ない無難な人物が出世していく傾向があります。さらにこの傾向が酷くなると、無難というより凡庸な人物が重要な職に登用されることがあります。<br/>
<br/>
　かつての日本が第二次世界大戦にズルズルと没入していく過程にも、このように石原莞爾のような異端的天才を排して、東条英機のような凡庸な秀才を登用していくという事実がありました。これは、閉塞・混乱時代のタテ社会における象徴的人事と言えます。<br/>
<br/>
　話を戻しましょう。<br/>
<br/>
　東国原氏は、「宮崎のセールスマン」としての能力は置いて、確かに国政政治家としての能力が高いかと言えば、多分それほどは高くないと思います。しかし、一つは「地位が人を作る」という点があります。戦後、財閥系の企業の重役の多くが追放されたとき、中堅・若手の者が重役として抜擢されました。彼らは、最初は戸惑いもあったかもしれませんが、気概を持って、かつての年老いた重役以上の活躍をしたように思えます。<br/>
<br/>
　また、元お笑い芸人で、政治家としては、ぽっと出の人が、もし地方分権担当大臣にでもなれば、そのことが多くの人に勇気を与えて、「俺も俺も」と言う人が出てくるでしょう。これは、「閉塞の時代」に活気を与える出来事です。<br/>
<br/>
　まぁ、万一東国原氏のおかげで自民党が政権維持をしたなんていうことになると、「日本の掃除」が進まないので、一長一短(賛成でも反対でもない立場)かもしれません。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>閉塞の時代から混乱と衰退の時代へ再び移行するのか?</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://choimaji.exblog.jp/8465045/"/>  
    <id>http://choimaji.exblog.jp/8465045/</id>  
    <issued>2009-06-22T19:34:09+09:00</issued>  
    <modified>2009-07-16T19:24:44+09:00</modified>  
    <created>2009-06-22T19:34:09+09:00</created>  
    <author> 
      <name>choimaji</name> 
    </author>  
    <dc:subject>私見</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　現在の日本社会が、どこか閉塞感を漂わせているというのは、多くの人が感じていることではないでしょうか。いろんな論者が指摘しているので、何を今更と思うかもしれませんが、この雰囲気は、石川啄木が「時代閉塞の現状」を書いて、社会のどん詰まり感を嘆いていた時代(1910年頃)と似ているように思います。<br/>
<br/>
　さらに、小津安二郎の『大学は出たけれど』を発表したのが1929年で、つまり、世界大恐慌よりも前に、大学を出ても就職がぱっとしないという「閉塞的状況」が一般的に認識されていたと思われます。<br/>
<br/>
　そして、日本は、二・二・六事件があったり、太平洋戦争があったりして、「閉塞」どころか「混乱と衰退の時代」へ移行していくのです。前者は、ひょっとするとクーデターが成功して軍部が政権を掌握するかもしれないという大事件ですから、この事件が起こった1936年を、大きな区切りの年に考えてもよいと思います。<br/>
<br/>
　こう区切っていくと、明治維新以降、だいたい日本社会が、どのような流れで動いてきたか把握しやすくなります。<br/>
<br/>
・1968-1910年　躍進の時代(便宜的かつ適当に私が付けました)<br/>
・1910-1936年　閉塞の時代<br/>
・1936-1945年　混乱と衰退の時代<br/>
<br/>
　さらに戦後を加えると、次のような感じです。<br/>
<br/>
・1945-1990年　再び、躍進の時代<br/>
・1990-　再び、閉塞の時代(「失われた10年」は90年からということで)<br/>
<br/>
　さて、こう見ると、ちょっと戦前とパターンが似ている気がしませんか?<br/>
<br/>
　単純に、「歴史は繰り返す」とは言いたくありませんが、再び「混乱と衰退の時代」に移行する可能性がないと誰が否定できるでしょうか?
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>サブプライムっていうのは、ほとんど詐欺ですね。</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://choimaji.exblog.jp/8203586/"/>  
    <id>http://choimaji.exblog.jp/8203586/</id>  
    <issued>2009-04-22T20:13:57+09:00</issued>  
    <modified>2009-04-23T11:40:42+09:00</modified>  
    <created>2009-04-22T20:13:57+09:00</created>  
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      <name>choimaji</name> 
    </author>  
    <dc:subject>私見</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　「百年に一度の不況」などと言われていますが、その発端となったサブプライム問題っていうのは、ほとんどアレ詐欺ですね。<br/>
<br/>
　サブプライムというのは、ご承知のように、元々所得の低い人たちの住宅ローンを証券化したという金融商品ですが、いかに高級な数学を使おうと、所得の低い人たちの所得が上がり安定してローンが返せるわけではないというのは、明々白々なことです。昨晩NHKの特集を観ていたら、やはりリーマン内部でもこの事実は、やはりきちんと認識されていたようです(彼らは馬鹿でないのだから当たり前と言えば当たり前だが)。<br/>
<br/>
　分かりやすく言い換えるならば、ババ抜きのババを証券化して細かく切り刻んで、世界中の皆に、それと分からないようにバラまいたのが、サブプライム問題の本質です。<br/>
<br/>
　しかし、こんな馬鹿げたことが、なぜ見過ごされてきたのかが、まさに問題です。<br/>
<br/>
　私は、金融工学、というかサイエンス一般に対するアメリカ人の無邪気な信仰があったのではないかとみています。要するに、難しい数学を使っていれば何か素晴しいと思ってしまうナイーブさがアメリカ人の間に根強いと、私は考えています。上でも述べましたが、数学使って儲かるのは投資銀行の側で、住宅ローン払っている貧しい人たちではないのに、そしてそれは常識で考えれば明白なのに、です。<br/>
<br/>
　もう一つは、自由な市場に対する、これも信仰に近い信頼があったのでしょうね。だから、あまりFRBも突っ込んで検査しなかったのではないでしょうか。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
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    <title>普請中感覚の終わり</title>  
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    <issued>2009-03-20T02:25:26+09:00</issued>  
    <modified>2009-03-20T02:35:46+09:00</modified>  
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      <name>choimaji</name> 
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    <dc:subject>社会学</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　鴎外の『普請中』と『青年』を改めて読みました。高校生か予備校生の時に部分的に読んだことはありましたが、今回通してちゃんと初めから最後まで読んでみたのです。<br/>
<br/>
　私が十代の頃にすでに知っていた位なので、文学に詳しい人は、この両作品の有名なセリフは、ご存じでしょう。「日本は、まだ普請中だ」というものと、『青年』の「日本人は生活を知らない。…その先に生活があると思っているが、実はないのである。」(引用不正確)です。<br/>
<br/>
　なぜ今私が改めて両作品を読んだかといえば、この有名なセリフが気になっていたのです。というのも、現在、日本人の多くが「もう(国家の)普請は終わり、頑張って勉強しても(働いても)その先に生活がない」ことに気がつき始めたと、私は考えているのです。<br/>
<br/>
　分かりやすく言い直しましょう。戦後、日本社会では、一生懸命勉強して良い大学へ行き良い企業に就職すれば幸せになれる広く信じられていました。しかし、今、経済成長は鈍化し、大企業に就職しても私生活は犠牲になることが多く、それどころか過労死に至る人が増えてきました。経済はどんどん成長し、個人は良い学校を出て良い企業に就職すればハッピーだと単純に信じることができる時代は終わったのです。<br/>
<br/>
　日本社会は普請中で、どんどんこれからも成長する、そして、今の生活を犠牲にしても努力すれば将来ハッピーな生活がやってくるという感覚が、時代意識としては終焉したと思います。そのため若者の一部は刹那主義に走り、そして一部は自棄的になっています。<br/>
<br/>
　日本人は特定の宗教を信じないと言われますが、明治以降、上で述べたような普請中感覚が、宗教のように、日本人の心を屋台骨のように支えていたと、私は考えています。社会学では「見えない宗教」という概念がありますが、ある程度それに相当するものと言えるでしょう。<br/>
<br/>
　どこの国でも、価値観が揺れ動き精神的に混乱していると言うことも出来るかもしれません。しかし、他の多くの国では、良くも悪くも、伝統的な宗教へ回帰することができますが、日本では、かえるべき精神的場所(宗教でなくてもよいかもしれません)のようなものがほとんどないのではないでしょうか。これは、かなり危険な状態です。
              
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    <title>ビジネス・センス</title>  
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    <issued>2009-03-19T15:30:52+09:00</issued>  
    <modified>2009-03-20T14:25:51+09:00</modified>  
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      <name>choimaji</name> 
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　久しぶりの書き込みです。<br/>
<br/>
　さて、『５つのビジネス・スキル』を上梓して、学生からベテラン・ビジネスマンまで様々な方に読んでいただきました。それで感想を色々聞かせてもらって分かってきたことなのですが、この本を難しいと言う人と、優しくて簡単だと言う人に、けっこう分かれるということです。<br/>
<br/>
　私は、当然ビジネス経験を積んだ方、あるいは人生経験を積んだ方には比較的易しいかなと考えていたのですが、年齢や経験で理解度が変わるというよりは(それらも重要な要素の一つかもしれませんが)、ほとんど社会経験のない学生さんでも分かる人には分かるようです。逆に、社会経験を積んだ方でも難しいと感じる方が結構大勢おられるようです。つまり、その差を分けるものは、ある種のビジネス・センスと判断せざるを得ない、と最近思うようになりました。<br/>
<br/>
　社会経験を積んだ方でも、私の本を難しいと感じるのは、大きく分けて、公務員(もしくは公務員的な仕事)の方と、心理学系の職種の方に多い気がします(あくまでも少数事例の印象論です)。公務員の仕事に関しては、私も時々反省する(というのも私は国立大学に勤務していて、当然公務員的仕事が多いので)のですが、やはり相手(仕事仲間や顧客等)のことを考えないで型通りに仕事を進めていくことが多いので、それに慣れきってしまっているということがあると思います。逆に言えば、そうした習慣を断ち切れば、組織改善の余地はあるかもしれません。<br/>
<br/>
　もう一つ、心理学系の人ですが、元々そうしたことを仕事に選ぶ人は人の心の内側に関心があり、あまり外側に関心がないのかもしれません。<br/>
<br/>
　私もゼミや研修で心理学の演習を利用させてもらっていますが、それらの演習とビジネスが、元々のテキストではあまり結びついていないなと感じることがありました。心理学者で、ビジネスに興味がある人は、やはり少ないのではないでしょうか。「天は二物を与えず」ということかもしれません。<br/>
<br/>
　私の仕事の一つは、心理学的演習をビジネスに役立つように改善し、(研究上のデータの紹介や理論の説明なども含めて)研修等において、トータルで組織改善に貢献するように努力することだと思います。
              
        ]]></content> 
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    <title>タテ社会は派遣に冷たい!</title>  
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    <issued>2008-12-30T10:38:52+09:00</issued>  
    <modified>2009-03-20T14:29:03+09:00</modified>  
    <created>2008-12-30T10:38:52+09:00</created>  
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      <name>choimaji</name> 
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    <dc:subject>社会学</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　タテ社会は派遣に冷たいという事実は明白なはずなのに、なぜかマスコミでは右も左も日本型の伝統的終身雇用型社会(つまりはタテ社会のことです)の復活をするべしの大合唱しています。コレってなんなのでしょう?<br/>
<br/>
　タテ社会とは、わざわざ中根千枝の原本を持ち出すまでもなく、ウチに優しくソトに厳しい組織体制(とそれを前提とする社会)の事です。他の先進国に比べて、日本では、派遣の給与が低く、そしてクビを切られやすく、また、切られた後の保証があまりないというのは、ちょっと調べれば一目瞭然のはずです。それは、タテ社会だから、形は変われども昔からそうなのです(昔は、女性労働をショック・アブソーバーとして使っていた)。<br/>
<br/>
<追記><br/>
欧米先進国では、派遣でも正社員でも、同じ仕事であれば、賃金は一緒、もしくはあまり変わりないところが多いです。
              
        ]]></content> 
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    <title>格差社会の何が問題か?</title>  
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    <issued>2008-12-29T23:46:34+09:00</issued>  
    <modified>2008-12-29T23:46:34+09:00</modified>  
    <created>2008-12-29T23:46:34+09:00</created>  
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      <name>choimaji</name> 
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    <dc:subject>私見</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
　格差社会の何が問題かというと、今まで「一億層中流」「みんな平等」が原則の中で僅かに差を付けることで嫉妬を煽る事に日本社会は成功していたのですが、もはや「他人は他人、自分は別人」という感じで、今の若者の多くに競争心が湧かなくなってしまった事だと思います。<br/>
<br/>
　ご存じの通り、英語にも"keep up Jones"と言って、英米社会にも「隣に負けるな」みたいな感覚はそれなりに勿論あるわけですが、何せ英米には、日本よりももっと厳然と下"class"があるわけです。アメリカでは、完全に地区で住民の階層が分かれています。「隣に負けるな」と言っても、意識するのは、その地区の「隣」なのです。<br/>
<br/>
　まあ、「一億層中流」だの「みんな平等」だのといったことは、所詮幻想だったと言ってしまえばそれまでですが、日本社会は、よくも悪くも、その幻想を上手く演出してきましたよね。<br/>
<br/>
　一つは、恐ろしいまでの経済成長によって格差が隠蔽されたことです。二つ目は、(戦後に限るかもしれませんが)階層による文化差がかなり少なかった事です。
              
        ]]></content> 
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