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    <title>神戸発：　脱藩組の挑戦</title>  
    <link>http://dappangumi.exblog.jp</link>  
    <description>2009年秋から神戸で暮らしています。日々思うことを発信していけたらと思います。Copyright © 2011 Dappangumi All Rights Reserved.</description>  
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    <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
    <dc:rights>Copyright 2011</dc:rights>  
    <pubDate>Wed, 25 May 2011 15:05:48 +0900</pubDate>  
    <dc:date>2011-05-25T15:05:48+09:00</dc:date>  
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      <title>神戸発：　脱藩組の挑戦</title>  
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      <description>2009年秋から神戸で暮らしています。日々思うことを発信していけたらと思います。Copyright © 2011 Dappangumi All Rights Reserved.</description> 
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      <title>戻りました。</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/16376272/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
しばらく旅にでておりましたが、戻って参りました。<br/>
無事に昨年から人生の第二章を歩み始めました。<br/>
<br/>
＊　＊　＊　＊　＊<br/>
<br/>
幼少期を海外で過ごした僕は日英バイリンガルとして育ち、<br/>
1999年にシリコンバレーに駐在員として赴任したのは20代後半の頃でした。<br/>
<br/>
いよいよどっぷりと英語を駆使して世界で仕事に挑戦できる、と興奮し、<br/>
これから巡り会うであろう仕事のChallengeに、<br/>
期待で胸を膨らませて、サンフランシスコの空港に降り立ちました。<br/>
<br/>
ところが現実は、日本とは違う異文化圏でのビジネス風土が分からず、<br/>
また世界中から集まってくる半導体やITの優秀な人材に圧倒されて、<br/>
幾重もの苦労と失敗、そして挫折の連続でした。<br/>
<br/>
日英バイリンガルだが、シリコンバレーで仕事が全くできないという現実。<br/>
グローバルなビジネス環境では、自分の力が通用しないという現実。<br/>
全く予想ができませんでした。<br/>
<br/>
「お前は本当に仕事ができない奴だ、明日にでも日本に帰国させる」と<br/>
当時のシリコンバレー駐在事務所の上司に言われる日々。<br/>
日本の本社からも、<br/>
「○○君、君はもっと仕事ができると思って送り出したんだが、<br/>
私の思いは外れたようだ。このままだと後任者を考えなければいけない」と<br/>
言われてしまう始末。<br/>
<br/>
あの頃、この状況から打破するにはどうしたらいいか、<br/>
日々もがいていましたが、一人では解決策が見いだせず、<br/>
出口も見えない毎日に苦しんでいました。<br/>
<br/>
でも、苦しんだ分、また頬を伝って流れていった悔し涙の分、<br/>
もがき、挑戦し、発見し、実践し、少しずつ学んでいきました。<br/>
また、シリコンバレーで出会ったたくさんの方々に支えて頂き、<br/>
そして手を差し伸べて頂いたお陰で<br/>
一つ一つ確実に乗り越えていくことができました。<br/>
<br/>
＊　＊　＊　＊　＊<br/>
<br/>
学生生活を終え就職した時に、<br/>
東京で「日本流」のビジネス流儀を叩き込んで下さったのは<br/>
上司や先輩、そして取引先でした。<br/>
<br/>
そして、その日本流がそのまま海外でも通用するはずだと<br/>
勘違いしてしまったのは僕の経験不足のなせる業でした。<br/>
<br/>
シリコンバレーで仕事ができずに苦労していた時に、<br/>
「シリコンバレー流」のビジネス流儀をみようみまねで覚えていった相手は、<br/>
僕のビジネスの師匠となったビジネス経験豊富なアメリカ人であり、<br/>
そして取引先で出会った方々や、SymposiumやConvention、<br/>
そしてConferenceなどで出会うことができた方々でした。<br/>
<br/>
シリコンバレー流のビジネス流儀を身につけ、<br/>
結果が仕事に結びつくようになり、自信もでてきたころ、<br/>
シリコンバレーで勝負をしたいと思うようになりました。<br/>
そこで、2004年に現地のSilicon Foundryのスタートアップに転職、<br/>
その後、2005年に現地の半導体Fabless企業に移りました。<br/>
<br/>
仕事はとてもChallengingでかつDemandingでしたが、<br/>
その分Fast PaceでRewardingなものでした。<br/>
<br/>
仕事でのPerformanceも残し、緊張感もやりがいもある仕事ではありましたが、<br/>
仕事に全力疾走しすぎて、振り返ると家族を犠牲にしていました。<br/>
特に、1年に14回アジアに出張した年は、プライベートの予定が全くたたず、<br/>
愛しい妻にとても寂しい思いをさせてしまいました。<br/>
<br/>
＊　＊　＊　＊　＊<br/>
<br/>
アメリカで勝負したいと言った僕。<br/>
脱藩を決意した時、それを全力で支えてくれた妻。<br/>
仕事でPerformanceを出せば出すほど、忙しくなり、犠牲になっていく家族。<br/>
これをこのまま続けてHappyなのか、と自問自答をする日々が続きました。<br/>
<br/>
そんな時、この業界にいる10年後の自分をイメージしてみたところ、<br/>
全くイメージできませんでした。<br/>
仕事の成功が、人生の成功につながると信じて全力疾走してきた僕は、<br/>
異なる価値観をこの時、受け入れられるようになりました。<br/>
<br/>
そして、僕にできることは何だろうと考え始めていた時、<br/>
あることに気づいたのです。<br/>
それは、僕には13年間心血を注ぎ、努力して身に付けてきたものがある、と。<br/>
実戦にて失敗して、考えて、改善して、それでもまた失敗して、<br/>
試行錯誤を繰り返していく中で<br/>
悩み、苦しみ、そして時には涙を流すほど悔しい思いをしながら<br/>
踏ん張って一つづつ自分の血となり肉としてきたものがある、と。<br/>
<br/>
そうした僕の経験と、そして身に付けてきたものが<br/>
少しでも同じことで悩んでいる人々の役にたてるのであれば<br/>
こんなに嬉しいことはない、と。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
英語ができても仕事ができないのは何故だろう。<br/>
どうして日本で教わった日本流のビジネスが、海外ではうまく作用しないのだろう。<br/>
どうしたら国際ビジネス風土で円滑に仕事ができるようになるのだろう。<br/>
何故謝罪してはいけないのか。<br/>
どうしたら、グローバルなビジネス環境下で<br/>
世界から次々と集まってくる優秀な人材達と<br/>
対等に渡り合えるようになるのだろう。<br/>
どうしたらより効果的なプレゼンテーションができるようになるのだろう。<br/>
ランチミーティングで何を話したらいいのだろう。<br/>
どうしたら相手から情報を引き出せるようになるのだろう。<br/>
どうしたら外人の上司とうまくコミュニケートできるのだろう。<br/>
どうしたら常に自分を有利な立場におくことができるのだろう。<br/>
どうしたら交渉で自分の描いたシナリオに近づけることができるのだろう。<br/>
どうしたら周囲の信頼を勝ち得ていくことができるのだろう。<br/>
どうしたら個を尊重する文化の中でTeam Workを生み出すことができるのだろう。<br/>
どうしたらPerformanceを最大限発揮していくことができるのだろう。<br/>
<br/>
＊　＊　＊　＊　＊<br/>
<br/>
これらを、僕が1999年に渡米した時に教えてくれる人がいたら、<br/>
どんなに僕のキャリアの為になっただろう。<br/>
<br/>
これらを、僕が1999年に渡米した時に教えてくれる人がいたら、<br/>
どんなに僕の世界が早く開けたことだろう。<br/>
<br/>
でも、同じような悩みを抱えていらっしゃる方々、また、<br/>
これからこのような悩みを抱えていかれるかもしれない方々に<br/>
僕の経験から還元することができれば、<br/>
今からでも決して遅くないのではないだろうか、と思いました。<br/>
そして、人生の第二幕となる舞台を、<br/>
シリコンバレーから日本に移すことにしました。<br/>
<br/>
＊　＊　＊　＊　＊<br/>
<br/>
僕がシリコンバレーで味わった苦労や失敗、<br/>
そして挫折の経験などから学んで身につけた、海外で通用するビジネス流儀や、<br/>
外国人とビジネスを展開するにあたっての心構えなど、<br/>
これらを還元する仕事を昨年から展開しています。<br/>
<br/>
人生の第二章、ブログを通じても様々なことを還元できればと思っております。<br/>
今後とも宜しくお願い致します。<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>未分類</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 25 May 2011 10:06:09 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2011-05-25T10:06:09+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
      <title><![CDATA[PR: 東京23区の戸建て・土地情報が満載♪　オープンハウス]]></title>
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      <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="center" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/FEvU.EKZ6Iex/V8aTuYoERXEE?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/FEvU.EKZ6Iex/V8aTuYoERXEE?type=3&ent=575feec1df176f1bc1e73057b96e8fc3"/></a></td><td> &nbsp; </td><td valign="top" > まずはメアドで無料会員登録♪非公開物件が検索可能になり、物件数が2倍にUP！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
      <pubDate>Wed, 25 May 2011 10:06:09 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>「朝焼けに架かる橋」</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/12511573/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/12511573/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200910/03/28/c0038728_7472730.jpg" border="0" width="500" height="334"/></center><br/>
１０年ぶりに訪れたその土地は<br/>
僕たちをそっと迎えてくれた<br/>
<br/>
波風一つ立たぬ海に浸かりながら<br/>
朝焼けの空に架かって行く橋に気持ちをこめて<br/>
<br/>
２００９年６月撮影<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>未分類</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 3 Oct 2009 7:42:50 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2009-10-03T07:42:50+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>感銘を受けた言葉たち</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/12313408/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/12313408/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
"So now I think, 'I cannot change something that happened to me already. But I can change the meaning."<br/>
<br/>
（Kim Phuc Phan Thai女史、2009年８月29日、New Yorkにて開催された第２１回Annual World Burn Congressにて）<br/>
<br/>
ヴェトナム戦争を象徴する写真となった、ナパーム弾による全身火傷を受けて、苦痛にゆがみながら道を走って行く裸の当時９歳の少女。この少女がKim Phuc女史であり、４６歳になった今、最近開催された会議での発言であった。<br/>
<br/>
「過去に起こったことは変えられない。でも、その意義は変えられる。」なんというポジティブな発想なんだろうと感銘を受けるとともに、この前向きな発想は想像もつかないほどの労苦を一歩一歩乗り越えてきた体験の上に成り立っているような気がした。<br/>
<br/>
火傷による神経の損傷がかなりひどかったので、今でもある場所の痛みが火傷の傷跡全体に広がっていくことがあるという。そのような時は健康食をとり、運動をし、前向きで明るい姿勢で物事に取り組むことによって痛みがなくなるという。Phuc女史が言われたことで、僕が更に感銘を受けたのは次の部分だった。<br/>
<br/>
"The pain I consider as my protection. It humbles me, and helps me to never take my life for granted," she said. "And to share my story."<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
Phuc女史の発言を読んで、僕も過去に苦しい体験をして何とか這い上がろうと努力を重ねた結果、似たような考えを巡らしたことを思い出した。I cannot change the past, but I have the power to change the future.<br/>
<br/>
苦しかった過去をプラスに変えることができれば更に未来は開ける！　Phuc女史にそう励まされている気がした。<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>人物</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 11 Sep 2009 0:54:37 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2009-09-11T00:54:37+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>2007年を振り返って</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/7915524/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/7915524/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
シリコンバレーで戦う決意を固め、2004年初夏に脱藩してから3年半の月日が流れた。振り返ると脱藩した当初、僕はかなりとんがっていた。<br/>
<br/>
自分を証明してやる<br/>
絶対に成功してやる<br/>
<br/>
今思えば、「え～、○○社なんかに転職するのか」と10年近く勤めた会社の一部から言われたのがとても悔しかったのだと思う。キャリアパスを考えて選択した道。将来やりたいことを実現するための道。それを否定された気がして絶対に見返してやると息巻いた。<br/>
<br/>
今思えば、自分が信じた道を突き進めばいいだけであって、周囲の雑音に惑わされる必要はなかった。当時は若かった。若さゆえのパワーと情熱を制御できないまま、仕事に思いっきりぶつけていた分、雑音がすなわち己の人生を否定されたかのように捉えてしまい、敏感に反応してしまったのだろう。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
シリコンバレーで戦う決意をしてから1年が経過した。脱藩当時にどうしても行きたかった、でもポジションに空きがなく行けなかった企業からお誘いを頂いた。自分が描いたキャリアパスの通りになった。<br/>
<br/>
それから2年半。この企業で超多忙な日々が続く。正直大変な時期ばかりであった。でも困難を成長の糧として全てを乗り越えてきた<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
最近思う。2007年の自分はとんがっていない。脱藩当時のとんがっていた自分はもういない。自分はもうとんがれないのか、とある意味悲しいと思う時もあった。だけど最近気が付いた。それは決してパワーや情熱がなくなったのではない、年と経験を重ねると同時にパワーや情熱も形を変えてきたのだと。当時はただがむしゃらに走ってきたけど、そのパワーや情熱を今はコントロールできるようになったのだと。<br/>
<br/>
肩の力が抜けて、自然体になれた。思いのままに突っ走るのではなく自分をコントロールしながら冷静に走ることを覚えた。そんな風に成長できた2007年だった。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
2008年。昨年よりも更に大人な成長ができる自分を目指して取り組んでいきたい。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>つれづれ日記</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 6 Jan 2008 5:20:50 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2008-01-06T05:20:50+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>愛しい妻へ</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/7915522/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/7915522/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
二人で人生を共にすると誓ったあの日から9年目。今年も二人三脚で来れたことを幸せに思う。<br/>
<br/>
春。過去2年間の超多忙な日々の漬けがまわって、僕がいよいよバーンアウトしてしまい放心状態の時、君はいつも側にいて暖かく見守ってくれた。<br/>
<br/>
夏。心が張り裂けそうな時、僕はいつも君の側にいた。その輝くような笑顔を取り戻しに君の大好きなビーチリゾートへ行ったね。<br/>
<br/>
秋。僕はいつも君の側にいた。過去2年間、毎月のように海外出張だったのに、この時期は出張を控えてずっと一緒にいた。とても充実して楽しい時間を過ごせたね。<br/>
<br/>
冬。僕はいつも君の側にいるよ、大丈夫。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
努力や愛情、信頼や思いやりの積み重ね。それがあったからこそ今の僕達があるんだと思う。僕達は二人ではなく二人で一人なんだ。だから大丈夫。僕はいつも君の側にいるよ。<br/>
<br/>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　妻への感謝の気持ちを込めて<br/>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　夫より<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>つれづれ日記</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 6 Jan 2008 5:19:25 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2008-01-06T05:19:25+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>東京大学　福島智准教授の祝辞を読んで</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/7915512/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/7915512/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
僕が尊敬する方のお一人から新年のご挨拶を頂いた際に東京大学福島准教授の平成19年度東京大学入学式（学部）祝辞をご紹介頂いた<br/>
<br/>
福島准教授のことを初めて知った。そして高校生の時に全盲ろう者になったということも知った。スピーチを読み終わって福島准教授は本当の挑戦者だと思った<br/>
 <br/>
僕がもし9歳で全盲になり、高校生で聴覚を失って、全盲ろう者になったらどうだっただろう、と考えた。次から次へと立ちはだかる筆舌しがたい困難に、福島准教授のように勇敢に立ち向かうことができただろうか。<br/>
<br/>
想像を絶する困難に、想像すらできなかった<br/>
 <br/>
福島准教授は「指点字という指先で伝えられる言葉の力によって生きるエネルギーを与えてもらいました」と仰った。指点字がお母様の発明とのこと、お母様も本当の挑戦者だと思った。<br/>
 <br/>
現状に負けず、困難に屈しない屈強な精神<br/>
常に挑戦をし、最後まで戦い抜く<br/>
 <br/>
そういう母と息子の姿を見た<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
 <br/>
全盲ろう者になり大学進学を悩んでいた時、高校時代の担任の先生のアドバイスはこうだった。「前例がないなら君がチャレンジして前例になればいいじゃないか」<br/>
 <br/>
こういう素晴らしいアドバイスをして下さるのは、福島准教授が歯を食いしばるような挑戦の日々を、そして真剣な日々を送っていたからこそだ、と思うと同時に、そういう素晴らしい方に囲まれて送る人生というのは、人生を更に豊かにしてくれるものだと思う。<br/>
<br/>
僕はシリコンバレーでたくさんの尊敬できる方との出会いに恵まれた。<br/>
・転職の際に色々なアドバイスを頂いた方<br/>
・仕事に行き詰ると、いつも相談に乗って下さる方<br/>
・人生やゴールについて色々と相談に乗って下さる方<br/>
<br/>
業界や年齢層も幅広い方々とお付き合い頂き、節目節目に自分の人生を決定づけるような<br/>
貴重なアドバイスを頂いてきた。そして助けて頂いた。そういう方々のお陰で今の自分がある。<br/>
感謝の気持ちで一杯とともに早く恩返ししたいと思う。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
 <br/>
福島准教授は続ける。「そしてもう一つは、どのような困難な状況にあっても、可能性がゼロになるということはない、チャレンジし、現状を変革していく可能性は必ずある」<br/>
 <br/>
僕も同じ心情で物事に取り組んできたが、福島准教授のそれとは次元がはるかに違った。福島准教授は実際にかなり困難な状況にご自身が直面し、そして挑戦して見事に打ち破ってきたご自身の言葉だけあって、とても重みのある言葉だった。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
 <br/>
僕にとっての挑戦とは何かを整理してみた<br/>
<br/>
「挑戦」とは、他者ではなく自分との戦いである。「挑戦」とは、夢をかなえるために着実な準備をし、努力を継続して成功を掴み取っていくことである。「成功」とは、地位や名声や権力ではなく、自分の夢を実現することであり、そして夢を実現する過程そのものである。<br/>
 <br/>
こう思う。<br/>
 <br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
 <br/>
福島准教授は更に続ける。「挑戦とは、常識的な意味での社会的な名誉やステータスを得ることだけがその目標なのではなく、自らがしっかりと生きていくこと、そして自分と他者が共に生きていくことを支えていく営み自体の中に、本当に困難な部分があり、その営みこそが最も重要な挑戦なのだと思います」<br/>
 <br/>
とても深く、そしてとてつもなく本質を仰っておられると感じた。この意味を深く理解できるよう考えていきたいと思う。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
 <br/>
僕が福島准教授の東京大学入学式祝辞を読んで魂を揺さぶられたのは、9歳という若さから激動の挑戦を続け、全てを克服されてきたこと。また、周囲とのコミュニケーションや接点を本当に大切にしながら挑戦を続けてこられてきたこと。そして、ご自身の人生の経験から「挑戦」の本質を誰よりも深く見極められていらっしゃること。そして何よりも、今でも挑戦の手を緩めていないこと。<br/>
 <br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
 <br/>
僕にますます挑戦する勇気とエネルギーを与えてくれた福島准教授と、一年の計が決まる元旦にその素晴らしいスピーチを共有して下さった方に感謝したい。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>人物</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 6 Jan 2008 5:12:09 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2008-01-06T05:12:09+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>祝！ダイエット成功！</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/7915508/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/7915508/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
最近達成したこと。それは5kgのダイエットに成功したことである。きっかけは家内の一言だった。「最近少し太っちゃったね」<br/>
<br/>
友達が撮ってくれた僕の写真は見るも無残な姿だった。こ、これが自分か、と信じられず、何とかしなければという強いMotivationから昨年秋のダイエットが始まった。<br/>
<br/>
●目標：<br/>
5kgのダイエット（65kg→60kg）<br/>
<br/>
●約束事項：<br/>
　1.　おなか一杯食べない。腹6～7分で抑える<br/>
　2.　朝・昼にたくさん食べて、夜はほとんど食べない<br/>
　3.　油モノは一切食べない<br/>
　4.　野菜を虫のように食べる<br/>
　5.　ビールを飲まない、お菓子を食べない<br/>
　6.　週1回・30分の水泳<br/>
<br/>
●1～4週<br/>
体重は一向に減らない<br/>
途中で挫折しそうになるも<br/>
「今まで見たことの無い自分」を<br/>
これ以上見たくないという強い思いから継続<br/>
<br/>
●5週目<br/>
体重が落ち始めた<br/>
毎朝体重計にのるのが楽しくなった<br/>
<br/>
●6週目<br/>
どんどん体重が落ちた<br/>
5kgの減量に成功し、針が60kgをさした<br/>
<br/>
●7～8週<br/>
60kgを維持<br/>
<br/>
●9週目<br/>
接待・外食Weekを強い意志で乗り越え<br/>
59.5Kgにまで落とす<br/>
ほほの肉も落ちて顔の輪郭が変わった<br/>
<br/>
●10～11週<br/>
食欲が旺盛になったが野菜を食べて空腹をごまかす<br/>
そのお陰でリバウンドもなく60kgを維持<br/>
<br/>
●12週目<br/>
ズボンのサイズが31から29へと2サイズ小さくなった<br/>
ついに足がマッチ棒になった<br/>
<br/>
●13週目（現在）<br/>
怒涛の年末年始Party Seasonを乗り越え<br/>
それでも60kgを維持<br/>
各Party前の水泳が効力を発揮した様子に満足<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
今年の健康目標：<br/>
一。水泳を続けること<br/>
一。ズボンのサイズを28にすること<br/>
一。Speedoの似合う男になること<br/>
<br/>
よし、頑張ろう！<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>つれづれ日記</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 6 Jan 2008 5:10:17 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2008-01-06T05:10:17+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>感謝</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/7915506/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/7915506/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
シリコンバレーに来て良かったこと<br/>
<br/>
それは、仕事を通じての素晴らしい出会いや、ワイン・写真・妻の人脈・そしてブログなどを通じて本当にたくさんの方々との素晴らしき出会いに恵まれたことである。<br/>
<br/>
東京で暮らしていたら、高校や学生時代の友達に囲まれ、楽しく有意義な時間を過ごすことができただろう。逆にその居心地の良さが、幅広い趣味・業界・年齢層の方々との新たな出会いを<br/>
妨げていたかもしれない。<br/>
<br/>
8年前シリコンバレーに来た時は妻と二人ぼっちだった。今は、たくさんの素晴らしき友人や人生の先輩方のお陰でとても楽しく有意義な時間を頂いている。<br/>
<br/>
2007年。素敵な時間をShareして頂き、そして僕達をサポートして頂き、本当にありがとうございました。<br/>
<br/>
2008年。そんな素晴らしい皆様に僕達から少しでも恩返しができるよう頑張ります。<br/>
<br/>
2008年が皆様にとって素晴らしい年でありますように<br/>
<br/>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　願いと感謝を込めて<br/>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　2007年12月30日<br/>
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　脱藩組
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>つれづれ日記</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 6 Jan 2008 5:08:49 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2008-01-06T05:08:49+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>速度</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/4094216/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/4094216/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
どうしても引き合わせたい方々がいらっしゃった。僕が普段とても懇意にして頂いている、シリコンバレーの尊敬する先輩方である。どうやらその方々は以前仕事でお会いしているらしい。10年近く前の話であった。Lunchを設定してほしい、とお二人からご要望を頂き、念願かなってやっとSettingができた。<br/>
<br/>
お二人の再会。思った通り、話がとてもはずむ。二人の間に流れている空気はとても早い。僕はついていくのがやっとである。さすがシリコンバレーで戦っている者同士、切れ味が違う。戦う者同士にしか分からないにおいとでもいうのだろうか、自然と心と心が共鳴しているのが側で聞こえる。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
人は皆それぞれの速度で走っていると僕は思う。Joggingの速度、自転車の速度、機関車の速度、車の速度。目的地は人それぞれで、Goalが山の中腹にあるのか、山の頂上にあるのか、山の向こう側にあるのか。はたまたそのGoalは険しい山なのか、連なる山脈なのか。<br/>
<br/>
Goalまでの道のりは人それぞれで、そこに何歳でたどり着きたいかで生きる速度が決まるのだと思う。このシリコンバレーで戦う二人の戦士たちは同じ速度で走っていた。新幹線の速度で走っている人に見える景色は、同じ新幹線の速度で走っている人にしか見えない。だからこそ同じ速度で走っている人同士が出会うと自然と心が共鳴するのだろう。<br/>
<br/>
僕も早くお二人と同じ景色が見れるよう、日々精進したい。そう思ったLunchであった。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>つれづれ日記</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 4 Jul 2006 9:43:20 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2006-07-04T09:43:20+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>水面浮上</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/3710786/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/3710786/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
やっぱり半年以上も水面下に潜っていると気がおかしくなる。<br/>
<br/>
仕事に忙殺された半年間。頭がおかしくなる。人間の幅も広がらない。仕事のための人生なのか。そんな状況に陥ってきた自分に気づき、先週からランチの時間は何とか時間をつくって友達に会ってもらうことに決めた。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
1年ぶりに再会した、以前の会社の同僚である香港出身のA。同世代で、とても気の合う同僚だ。近況を報告する。ここ数ヶ月、毎晩のように深夜まで会社で仕事をしていること。また、ここ1ヶ月は時差の都合から午前2時から顧客と電話会議を行っていたこと。午前3時半に終わり、朝9時には出社して働いていたこと。週末も電話会議で全く休んだ気がしないこと。サンフランシスコに気晴らしに行ってもひっきりなしにかかる電話。4週間に1回の海外出張。僕が働いている会社、それはシリコンバレーでも1位、2位を争う位死ぬほど働く会社で有名な会社である。これが僕の数ヶ月の生活だった。<br/>
<br/>
Aは僕の話を聞いて一言。"Get a life, man..."<br/>
<br/>
その通りだと思った。Aは続ける。"I am not telling you not to work hard, but just find the balance point." "Maybe we can have a cup of coffee at Starbucks some afternoon during weekend.....just enjoy."<br/>
 <br/>
Aに感謝した。AはITサポートをメインとしており、最近引退した同僚の話を聞かせてくれた。30年以上も勤務して蓄積してきたFileやDataを、AがDeleteするのに数秒しかかからなかったという。Aは"How do you feel?"と問う。引退した同僚は言う。"I guess human is not meant to born just to work..."<br/>
<br/>
とにかくEnjoyしろ、とAは教えてくれた。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
別の日に、時間をつくってお会いして下さったのは僕が尊敬する先輩Bさんである。<br/>
<br/>
緊急のMeetingが入り、約束の時間が1時間ずれこんでしまっても、Bさんは僕を快く迎えてくれた。Bさんは午後一のMeetingをCancelしてまで僕を快く待ってくれた。<br/>
<br/>
Bさんは僕の体と精神状態をいつも気遣ってくれる。「○○君、体は大丈夫ですか？」大先輩である。本当に心が落ち着く方である。<br/>
<br/>
Bさんはこんな僕の精神状態を察知し、忙しい中、MeetingをCancelしてまで2時間近くもお付き合いして下さった。僕がどんな半年を送っていたか、怒涛のように僕の口から出てくる仕事（や愚痴）の話も、Bさんはじっくりと耳を傾けてくれた。<br/>
<br/>
Lunchが終わり、会社に戻ると、かなりすっきりしていた自分がいた。Bさんはいつも僕をすっきりさせて下さる、そんな偉大な方である。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
その翌日、時間をつくってお会いしてくださったのは、僕が尊敬するCさんである。Cさんと久しぶりにお会いした途端、Cさんは「おー、○○君の笑顔をみて安心したよ」と言って下さった。僕もそれを聞いて途端にほっとした。<br/>
<br/>
Lunchで近況を報告する。僕は今まで業界でSurviveすることを念頭において仕事をしてきたが、今勤務する会社は社内でSurviveすること自体がとても大変であることを伝えると、Cさんは、次のようにAdviceしてくれた。<br/>
<br/>
「社内でSurviveするのが大変な会社というのは確かに鍛えられるかもしれないけど、同時に社内でSurviveする術を磨くだけで、気がつくと井の中の蛙になる可能性があるから、それは気をつけるといいよ」<br/>
<br/>
Lunch中に様々なAdviceを頂いた後、Cさんの事務所に立ち寄る。そこは日系企業時代にとても懇意にして頂いていた当時の最大顧客の一つである事務所である。1年半前にその競合に転職してしまったので、当時の方々となかなか会う機会がなかったが、CさんにEscortして頂いて事務所内を歩くと、懐かしい顔に次から次へと再会した。「Hey, ○○! How have you been?!」<br/>
<br/>
皆とても暖かく迎えてくれたのが最高にうれしかった。当時、とても懇意にして下さっていた時期と何ら変わらずに迎えてくれた。業界では今は僕が顧客サイドになっているが、皆、昔と変わらない笑顔で、立場も何も気にせずに、友達として迎えてくれたのが最高に嬉しかった。<br/>
<br/>
あの頃を思い出す。毎日必死に戦い、忙しいながらもLifeをEnjoyしていた時代。金曜日の午後、事務所に流れるゆったりとした時間。今は仕事に追いまくられ、自分を見失いかけていた自分に気づかされた。<br/>
<br/>
Cさんは言う。僕はまだ若く今は自己投資をすべき時であり、今の会社は僕を鍛えるには良い環境である。○○君だったらあと5年は走れる。頑張れ！<br/>
<br/>
えー！あと5年も走リ続けるのですか！とりあえず5月のGWに休ませてくださいよ！と笑いながら、CさんとのLunchに別れを告げた。<br/>
<br/>
金曜日の午後、ゆったりとした時間。自分を見つめさせてくださった。<br/>
A,Bさん、Cさん、ありがとうございました。<br/>
頑張ります。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>未分類</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Mon, 27 Mar 2006 11:02:48 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2006-03-27T11:02:48+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>野武士</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/3129219/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/3129219/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
怒涛の3ヶ月が過ぎた。<br/>
<br/>
Thanks Giving休暇まで走れればいい、あとは4連休でゆっくり静養し、次の3ヶ月走れるPowerを養えばいい、そう思って最初の3ヶ月を全力疾走した。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
新天地に移って3ヶ月。同じ半導体業界だが、Food Chainの下流と違って上流へと進む際は実際には異なる業界に移るに等しいといえるのかもしれない。その関係もあって、まずはこの3ヶ月の目標を以下に設定した。<br/>
<br/>
1.　仕事に慣れる・覚える<br/>
2.　モノの流れを知る<br/>
3.　キー人物をおさえる（社内外）<br/>
<br/>
新しい職場に移ってから1週間後にイメージした「3ヶ月後の自分」。連休の今、ゆっくりと振り返ってみる。当初たてた目標と比べ、若干路線変更はあったものの、自分が描いていた以上の「3ヵ月後の自分」になれていることにひとまず一安心。<br/>
<br/>
今はゆっくりと静養し、次のレースを完走できるための体力を回復させ、そして何よりも心身ともにRefreshさせたいと思う。<br/>
<br/>
短中期的目標をしっかりと掲げ、「1年後の自分」、「3年後の自分」、「5年後の自分」、「10年後の自分」を目指して走り続けたいと思う。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
今働いている会社。それは、一言でいえば「成長を止めることを知らない野武士のような会社」である。シリコンバレーでも突出した人間のみが集まっていると思える同僚たち。この優秀な人間の塊の中で、自分の付加価値をどうやって出していくか。ここに自分の真価が問われていると思う。<br/>
<br/>
やはり、挑戦は始まったばかりである。<br/>
<br/>
今はゆっくり静養し、また来週から頑張ろう。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>つれづれ日記</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 26 Nov 2005 10:22:49 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2005-11-26T10:22:49+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>人格者</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/2872163/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/2872163/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
言葉の威力は素晴らしい。<br/>
<br/>
言葉には、人の魂に触れ、その人の生命を奮いたたせる力がある。素晴らしいスピーチに出会う度に奮起し、よし、頑張ろう！と思う。<br/>
<br/>
ちょっと前の話ではあるが、転職のお祝いにと、僕が尊敬する方の一人からそういうスピーチをShareして頂いた。そう、Steve Jobsのスタンフォード大学学位授与式でのお祝いのスピーチである。強烈に感動した。これは、Steve Jobsが僕のために送ってくれたスピーチかと思うほどに感動した。<br/>
<br/>
日本語訳　http://pla-net.org/blog/archives/2005/07/post_87.html<br/>
原文　　　　http://news-service.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html<br/>
<br/>
Steveは言う。<br/>
<br/>
「未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。」<br/>
僕が常日ごろ思っていたことをSteve Jobsは素晴らしい言葉で表現してくれた。僕は、どんなことでも必ず意味があると信じており、それでも時として現実を受け入れるのに苦労することが多いのも事実である。<br/>
<br/>
　どうしてうまくいかないのか。<br/>
　どうして結果がでないのか。<br/>
　どうして行きたい会社に入れないのか。等々。<br/>
<br/>
今働いている会社は4度目の挑戦で決めた。3度挑戦し、話が途中で途絶えてしまうこともあった。どうして話がここで立ち消えてしまうのか？と憤りを感じることもしばしばあったが、ここで話が消えるのには必ず理由がある、今は転職の時期ではない、今入ったら仕事がなくなってレイオフの対象になる、極力Positive Thinkingで捉えるよう努力した。<br/>
<br/>
それでも理解できないことも多かったが、後で必ず点と点が線で結ばれる時が来る、あー！だからあの時は駄目だったんだ！と思える時が必ず来る、いや、そう思える時が来るように努力して道を切り開いていこう！と思い、自分で未来を操縦するように努力を継続した。<br/>
<br/>
中国系FoundryでのOpportunityを逃したのはかなり痛かったが、懇意にして頂いているFablessの顧客の方々は皆口を揃えて言う、「あそこには行くな！あそこのSalesのBossはSneakyだ、彼のもとで働いたら○○の将来がおかしくなる。」つまり、自分はチャンスを逃したと思ったが、それは結果的に良い決断だったというのである。<br/>
<br/>
日系企業からシリコンバレーの企業に転職した昨年、今の企業にPositionが無かった為、それまでにWaferの経験を積むべく、様々なFoundryの門をたたいた。その一つに、長年顧客として接し、懇意にして頂いていた方がPresidentになった会社があった。彼は僕の仕事ぶりをよく知っている。彼をつたっていけば間違いなく受かると思って門を叩いたが、なんだかんだと進展しなかった。結局そこはEngineeringのバックグラウンドが無いという理由ではじかれた。正直かなり悔しかった。<br/>
<br/>
ところが、そのPresidentも先般突然退社した。内部情報によれば、彼はその会社に移ってから、やり方を我流に一気に変えてしまい、社内から相当反発されたようで、結果として追い出されたということだった。彼がPresidentになった際、自分の腹心を何名か外から連れてきたようだが、その腹心は彼が追い出された後、身の危険を感じているとのことだった。あくまでも結果論だが、自分が彼を頼りにそこに転職していたら、自分の身も危なかったということになり、結局そこに入らなかったのも意味があったんだ、と思える。<br/>
<br/>
そうこうして昨年転職した会社は実は一番行きたくなかった会社であった。というのも、技術力がなく、会社の方針も明確になっていなかったからである。ところが、一年働いて思ったのは、皆とても親切で、Engineeringのバックグラウンドがない自分に色々と教えてくれる、とても<br/>
暖かい企業風土であった。また、モノを売れない悔しさや苦労を味わえた。更に、名の売れていないスタートアップ企業で働くことによって、日系企業時代に懇意にして下さっていた方々の態度が一気に豹変することも体験した。それでも人を企業名で判断しない素晴らしい人々との出会いもあった。Jobsのスピーチを送ってくださった方もそういう方であった。人を会社や肩書きで判断しない、素晴らしい方である。<br/>
<br/>
前職時代はなかなか結果が出ずに苦労した。新規顧客開拓が思うようにいかず、モノが売れずに悩んだ。営業は売ってナンボ、日系企業時代は毎月数million売っていた自分が、何ヶ月もゼロ更新。かなりきつかった。営業成績が全て、ゼロだから自分の人間性をも否定されているのではと思ってしまい、かなり落ち込んだ時期もあった。でも、絶対に負けてたまるか！と思い、何とか前向きに取り組んだおかげで、「その他」扱いの顧客をNo.3まで大きくすることができた。最も行きたくなかった会社だったが、一年間で学んだことは多く、アメリカでSurviveしていく覚悟ができた。<br/>
<br/>
1年前に今の会社に決まらなかったのは、前職でWaferの経験を積んで、売れない苦しさを学び、アメリカでSurviveする覚悟を積む機会を頂いたんだなあと勝手ながらに思っている。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
Steveは言う。<br/>
<br/>
「その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。」<br/>
Steve Jobsは、自分がつくった会社でクビになり、しかも超有名人につき誰もがSteveがクビになったことを知っている。こんな状況でも後で、人生最良の出来事だった、と言い切れるSteveはすごい。いや、そういう風に言える未来を、彼は自分で築いたんだと思う。ピンチをチャンスに変える。そのバイタリティは半端ではない。<br/>
<br/>
「人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです」<br/>
「君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。」<br/>
私が尊敬するJensen Huang会長（Nvidia）も同じことを仰っていた。<br/>
<br/>
Follow your instincts, always do your absolutely best, and<br/>
feel good about the outcome.<br/>
「信念を貫きなさい。どんな時も全力を尽くしなさい。そうすればどのような結果がでようと満足できるでしょう」。僕はそう解釈した。<br/>
日系企業から転職した際、9年働いた古巣ではかなり否定的に捉えらた。△△という大企業を辞めて名も知れていないスタートアップで働くなんて後で後悔するぞ！という罵声を浴びせる人もいた。心から応援してくれる方もいたが、失敗すればいい！と思っていた人も多かったと思う。でも、自分で選んだ道、自分がやりたいことを実現してやる、と思って頑張っていた時にJensenから頂いた言葉だった。やはり一流の方のいうことは違う。<br/>
<br/>
「周囲の雑音に自分の信念をかき消されてはいけない。」<br/>
Steveはそう言った。その通りだと思う。僕はStanford出身ではないが、このスピーチはSteve Jobsが僕個人にあててくれたメッセージかと思った。それほど魂を揺さぶられたスピーチであった。<br/>
<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
仕事ができることも大事だが、結局は「人間」が一番大事なんだと思う。強い人間であること、素晴らしい人間であること、常に前向きであること、自分の人生や経験を語れること、そしてそれが他人の人生に良い影響を与えられること、こういう人物の周りに人は自ら人が集まっていく。<br/>
<br/>
人格者。SteveやJensenを思うとこういう言葉が思い浮かぶ。仕事はもちろんのことだが、皆彼らの人格に惹かれているんだと思う。<br/>
<br/>
こういう人との出会いは自分の人生を豊かにする。その時に備えて、自分の人生をもっともっと鍛えておかないといけない。最近つくづくそう思う。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>つれづれ日記</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 12 Oct 2005 6:14:54 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2005-10-12T06:14:54+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>嬉しかったこと</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/2719362/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/2719362/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
「○○（僕の名前）はJen-Hsunとはどういう仲なんだ？」<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
最近Nvidiaに転職した台湾人の友人Daveから単刀直入に聞かれたのには正直驚いた。Jen-Hsunとは、Jen-Hsun Huang氏のことであり、Nvidia社のPresident & CEOである。Daveに今週ランチに誘われた時の出来事であった。<br/>
<br/>
DaveがなぜJen-Hsunとの関係を知りたがっていたかは分からなかったが、簡単に説明をした。元々渡米した際に僕のビジネス人生を変えたEugeneという方の師匠がJen-HsunであったことからJen-Hsunに会いたいと思い始めたこと、そして4年越しの名刺交換を果たしたこと、Jen-Hsunにメールを送ったところ座右の銘を頂いたこと、それ以来業界情報をまとめたMarketing Reportを直接配信し続けたことや、今の会社に転職する際にJen-Hsun氏に個人的にメールを送り、自分の現状のUpdateとABC社に転職することに至った経緯を報告したこと等。<br/>
<br/>
そしてDaveは言った、「なるほど、そういうことか」。謎が解けた、という様子だった。話を要約するとこういうことだった。<br/>
<br/>
Jen-Hsunから社内のある部隊に以下内容のメールが飛んだという。「○○ is moving to ABC company, and this report became his last report. Pls assure someone in our company to follow his report and provide me periodically."<br/>
<br/>
Daveはたまげたらしい。何故CEOが僕を知っているのか。一体どういう関係なのか。そしてDaveはぼやく。○○のせいで俺がこの仕事を引き継ぐことになっちゃったんだよー、どうしてくれるんだー！と（笑）。<br/>
<br/>
正直驚いた。Jen-Hsunは2400人の企業のCEOであり、Graphics界の雄である。一分単位の殺人的なスケジュールをこなす精力的な方である。その彼が、<br/>
<br/>
1)僕のReportを読んでいたこと、<br/>
2)そのReportを必要としていたこと、そして、<br/>
3)社内の部隊にそのReportの形式を踏襲して実際の仕事として課したこと、<br/>
<br/>
これは僕にとっては衝撃的であったと同時に嬉しかった。やっぱり嬉しかった。誰に言われたわけでもなく、顧客サービスの一環として始めた業界動向をまとめた資料の無料配信。気がついたら見ず知らずの方々から配信リストに追加してほしい、という要求が多く届き、配信リストは数百人にのぼった。今まで様々なFeedbackを頂いてきたが、これほど嬉しいFeedbackはなかった。<br/>
<br/>
そしてこの日のLunchは、Daveに資料のまとめ方や作成におけるポイント等を伝授することに時間を費やすことになったのは言うまでもない（笑）。<br/>
<br/>
＊　　＊　　＊　　＊<br/>
<br/>
人生どこでどうなるか分からない。どこで誰が見ているかなんて分からない。僕にできること、それは今を精一杯生きて、昨日より一歩でも成長して、明日を見つめて走り続けること。「その結果は必ず満足できる内容であるはずだ、自分を信じろ！」。Jen-Hsunから教わったことである。<br/>
<br/>
Follow your instincts, always do your absolutely best, and feel good about the outcome.<br/>
<br/>
Good luck.<br/>
<br/>
Jensen<br/>
新しい会社での新たな挑戦が始まった。走り抜けたこの2週間、毎日が新しいことの連続である。座右の銘はそんな僕をいつも支えてくれる。今は新しいChallengeが楽しくて楽しくて仕方がない。<br/>
<br/>
Jen-Hsun、ありがとうございます。僕は新しい場所で精一杯戦っています。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>つれづれ日記</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 17 Sep 2005 13:36:23 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2005-09-17T13:36:23+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>４度目の正直</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/2516417/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://dappangumi.exblog.jp/2516417/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
それは4度目の挑戦だった。<br/>
<br/>
過去3度に渡ってChallengeしたが、いづれも話が途中で進展しなかった。どうしてこの話がまとまらないのか。非常に悔しい思いをした。時期尚早なのか、あるいは自分に力が足りないのか、はたまた縁がないのか。一体どういうことなのか。<br/>
<br/>
それでも諦めなかった。どうしても諦められなかった。とにかく自分を鍛えよう、そして機をつくるのだ。こうしてChallengeは継続され1年が経過した。そして運命の日が来た。<br/>
<br/>
「ポジションができたのでうちで働いてみないか？」<br/>
<br/>
＊　＊　＊　＊　＊<br/>
<br/>
チャンスは待つのではなく、創るものである。シリコンバレーで働いて肌で学んだことであった。待っていてもチャンスは決して転がってこない。また、仮に転がってきても準備不足でモノにできないことが多い。<br/>
<br/>
逆に、チャンスを創り上げていく作業を継続する。そうしてやっとの思いでチャンスが目の前に来る。そのチャンスは絶対にモノにしないといけない。そうでなければ、自分の手をすり抜け、二度とそのチャンスは来ない。僕はこれをhard wayで学んだ。<br/>
<br/>
あれは数年前のことである。当時の潜在顧客とわずか2度に渡るMeetingを終えた直後だった。「是非うちで働いて欲しい！」　耳を疑った。まだ2回しか会っていない。確かに最高のMeetingができた。先方の質問には全て満足のいく回答を即答できたし、商談も素晴らしく良い方向に進んでいる。でも、2回しか会っていなくて、それも実際の取引も始まっていないのに「うちで働いて欲しい！」なんて、そんな訳ないだろう。いや、でも確かに初回に会ってから、先方が知りたい業界情報をプレゼン形式にまとめて送ったりしたし、そこも評価されたのかもしれない、などと色々な思いがよぎった。<br/>
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当時僕は日系企業の駐在員としてシリコンバレーに派遣されており、小さいながらもSales Officeを任せられていた。北米市場顧客を全て統括し、どの顧客をどう攻略していくか、全ての戦略を担っていた。売上も順調に伸び、現地社員を二人採用し、北米市場は最重要戦略拠点となっていった。ちょうどその時にお誘いを受けたのである。<br/>
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誘ってくださったのは、2000年4月に設立されたばかりの振興Wafer Foundryであった。鳴り物入りで市場に参入してきた中国の会社である。当時はまだFab1が生産を開始したばかりで、果たしてこの会社が成功するかどうかはまだ誰にも分からなかった時代である。シリコンバレーの事務所にはまだ5名しかいなく、6人目として北米市場開拓に協力して欲しいという話であった。<br/>
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初めて誘われた。正直かなり嬉しかった。行きたかった。でも相当悩んだのも事実。シリコンバレーにきて3年目、30歳のことであった。色々な思いが巡った。駐在員としての立場は？最重要戦略拠点にまで育てあげ、事務所も任されているのではないか？ここで辞めたら事務所はどうなる？まだ後進育成ができていないじゃないか。でも行きたい。この将来性のある会社で働いて、IPOをさせたい。<br/>
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結局、事務所を任されているという立場から、このお誘いを丁重にお断りした。「事務所を任されています。今は辞められません。時期がきたら是非お願いします」。それでもその方はどうしても面接だけでも受けてくれ、といい、日時を指定され、一方的に電話をきられた。そんな訳で指定された日時に行くと、従業員が暖かく出迎えてくれた。「よく来てくれたね！」「これから一緒に頑張ろう！」　い、いや、違うんだ、僕は今日は断りに来たんです、なんていう暇もなく、部屋に通された。待っていると来たのはなんと社長だった。<br/>
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「何年も働いている会社を離れるのは辛いでしょう。大丈夫ですか？」と始まった。いや違う、今日は断りに来たんだ。同じ理由を説明した。みるみる社長の顔を曇った。でも誠意をもって対応した。今は時期じゃないんです、今僕は離れられない立場にあるんです、あと数年、いや一年、待って欲しいのです、という思いを伝えると、理解してくださった。「今日はわざわざ来てくださってありがとう」　とても紳士だった。<br/>
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そして一年が経過した。新規顧客を30社以上開拓した。顧客の満足度も競合を抜いて抜群に良かった。北米市場の戦略の道筋もたてた。後進も育てた。基盤は整った。さあ、やっと自分のことをTake Careできる！と思い、その会社の門を叩いた。<br/>
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ところが、そのアメリカ事務所は既に15名にまで膨れ上がっていた。しかも採用を凍結しているという。何故採用を凍結しているのか？と聞くと、「IPOが間近だから」という答えが返ってきた。結局その会社は2004年3月にIPOを果たした。しかも鳴り物入りで市場参入した通り、業界で一気に4位に踊りでて、2005年は業界Top3になっている。<br/>
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あの時あの道を選んでいたら。あの時あのOfferを受けていたら、大量のストックオプションで今頃は。。。色々な思いがよぎった。チャンスが自分の手をすり抜けていったのを自覚した瞬間であった。<br/>
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この出来事以来、チャンスは逃してはいけないと思った。<br/>
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＊　＊　＊　＊　＊<br/>
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ずっと行きたかった会社があった。前職の時の顧客だ。3年以上継続して業績が右肩上がりの会社である。こんな会社はない。すごい勢いで成長を続けている。Execution能力が半端ではない。やるといったら実現する。いつか僕はここで働く！と思っていた。<br/>
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「ポジションができたのでうちで働いてみないか？」<br/>
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声をかけていただいたのはまさにこの会社だった。過去に3度挑戦した企業。なかなか話が進展しなかった企業。1年前に「脱藩」した際この会社に行きたかったのだが、Positionに空きがなくどうしようもなかった。それならば、そこに行くまでにWaferの経験を積もうと思い、現職に至ったのである。現職についてからもコンタクトは欠かさなかった。半導体市場の情報をまとめ、毎月数個のマーケット資料を送信し続けた。自分を磨き、価値を高めよう。そう思い、この一年間頑張ってきた。<br/>
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4度目の正直。<br/>
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ついに念願叶い、自分が行きたかった企業で働くことになる。Fablessである。今までの業界の延長戦ではあるが、FoundryからDeviceのSalesへと転向する。一からの出直しになる。でもこれが僕の行きたかった業界。<br/>
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いようし! 絶対にやってやる！
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>つれづれ日記</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 17 Aug 2005 14:56:05 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2005-08-17T14:56:05+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>300mm Capacityから見るPure Play Foundry業界の今後</title>  
      <link>http://dappangumi.exblog.jp/2484056/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
2005年8月10日、TSMCが3つ目となる300mm工場建設を発表した。建設費用はUS$7.5 billionであり従来の2倍以上の費用。65nmと45nmプロセスを採用する。竣工は2007年1月から、生産は2008年8月から11Kwpmにてスタートし、最終的なキャパは105Kwpmとする。200mm換算だと315Kwpmであり、200mm Fabの約8個分相当に値する。<br/>
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尚、今現在Pure Play Foundryで300mm工場を保持しているのはTSMC、UMC、SMICとCHRTの4社のみ。各社のCapacityをまとめたのが以下グラフである（出典：各社四半期決算発表。尚、SMICは3Q05予測は未発表）。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200508/12/28/c0038728_15454485.jpg" border="0" width="415" height="210"/></center><br/>
業界で言われていること、それは「300mm,90nmのWafer Fabを作るのにUS$3 billion、立ち上げに2－3年。おまけに90nm、特に65nmの300mm WaferがMatureになると、世界で数個のFabがあればASIC / ASSP(Memory,CPU,FPGA,Graphics,DSPを除く)はまかなえる」。Pure Play Foundryの300mm工場は全部で6工場ある。今回TSMCが発表したFabを含めると7つにもなってしまう。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200508/12/28/c0038728_15544459.jpg" border="0" width="255" height="107"/></center><br/>
このため、いづれ結構な数の200mm工場が世界で淘汰されていくことになると予測される。特に競争が激化するのは、市場シェア1%未満のFoundry群。これらの間ではいづれローエンド品の争いが激化し、生き残りをかけニッチマーケットに行くことになるであろう。また統合が進み、大手に買収されるか、弱者連合をつくって対抗するか。いづれにしても生き残りは大変である。<br/>
<br/>
尚、同日にIC Insights社は「2005年Foundry Ranking Forecast」を発表。これによれば、市場シェア1%以下のFoundryは、10位のHe Jien（中国）から18位の1st Silicon（マレーシア）が名を連ねている。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200508/12/28/c0038728_1225518.jpg" border="0" width="329" height="383"/></center><br/>
この中でJazzはSiGeに、PolarFabはBiCMOS / Bipolarというニッチに特化。他社はStandard CMOSあるいはFlashをメインとし、他社との差異化が明確にはできていない。<br/>
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上記表をグラフにしてもっと目にみえる形で検討してみたい。<br/>
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a) “Big 4” Market Share (2005)<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200508/12/28/c0038728_12295318.jpg" border="0" width="415" height="210"/></center><br/>
昨今のSMICの躍進により、Big 3がBig 4となり、TSMC、UMC、SMIC、CHRTで市場シェアの80%を握り、他12社が残りの20%のパイを奪い合っている、という構図が出来上がっている。業界として混沌とした状態が続いており、今後淘汰が進んでいくことになる。<br/>
<br/>
b) Top 10 Pure Play Foundry ranking forecast (2005)<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200508/12/28/c0038728_12322080.jpg" border="0" width="415" height="210"/></center><br/>
やはりBig4が圧倒的な売上で他社を引き離しているのが分かる。特筆すべきは、Top10に中国勢が5社（50%）も占めているということ。やはり中国の流れは今後も止まらないのであろう。<br/>
<br/>
c) Top 11-18 Pure Play Foundry ranking forecast (2005)<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200508/12/28/c0038728_1233285.jpg" border="0" width="415" height="210"/></center><br/>
こうしてみると、11位以下の中小Foundryでも年間成長は続けているものの、売上額が圧倒的に少ない為、景気変動の波を最も受けやすい体質を持っている。<br/>
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＊＊＊＊＊<br/>
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従来のIDMモデルから、設備投資を軽減するFablightへの方針転換や、設備投資のいらないFablessモデルへのシフトが進む中、Pure Play Foundry業界の二極化が進んでいる。上位4社の「Big4」に、市場シェア1%未満の振興Foundryがどう対抗していくか。他社との差異化が最も求められている。ニッチ市場への取り組みが鍵を握っているのかもしれない。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>業界ニュース</dc:subject>  
      <dc:creator>dappangumi</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 12 Aug 2005 12:24:02 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2005-08-12T12:24:02+09:00</dc:date> 
    </item> 
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