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  <title>はーふ・しりあす</title>  
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  <modified>2008-05-18T00:10:22+09:00</modified>  
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  <tagline>おちゃらけていてもダメだけど、シリアスだけでは疲れてしまうかな。</tagline>  
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    <title>もうひとつの選択肢</title>  
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    <issued>2008-05-18T00:10:22+09:00</issued>  
    <modified>2008-05-18T08:40:47+09:00</modified>  
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      <name>flight009</name> 
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    <dc:subject>教育について思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
児童の携帯電話の使用に規制を行う方針が示されているようです。<br/>
<br/>
Excite エキサイト : 政治ニュース<br/>
<br/>
　こうした意見を踏まえ、報告書には（１）小・中学生に携帯電話を持たせない（２）機能を通話と居場所確認に限定する（３）有害サイトへの閲覧制限を法的に義務付ける――などの内容が盛り込まれる見通しだ。<br/>
<br/>
　ただ、（１）に関しては実効性が問題視されており、（２）の携帯電話は商品開発が進んでいない。（３）には「表現の自由」との関係で異論がある。<br/>
<br/>
実は、私はもうひとつの方法があると思っています。それは、「保護者がすべての通信内容をチェックできるようにする」という方法です。<br/>
<br/>
子供の携帯やインターネットの使用で本当に問題なのは、子供たちが有害な情報に接するということそのものよりも、それをだれもコントロールできないということにあると考えます。<br/>
年頃の子供なら、たとえばポルノ雑誌やヌード写真などは読まないほうがおかしいし、それは今に始まったことではありません。こういうモノは、子供はそれなりの知恵を絞って、押入れやベッドの下などに隠しておくわけですが、もちろん、親は先刻承知。ほどほどに目をこぼしたり適当に処分したりして、一定のコントロールをするわけです。<br/>
<br/>
ですが、携帯でもＰＣでも、インターネットはそうもいきません。子供が何をどの程度閲覧して、ましてそれをどう受け取ったのかは親には知る由もないし、子供も馬鹿じゃないから、簡単に履歴などは消去できる以上、そういうことはしていると見ていいでしょう。<br/>
そして、いわゆる学校裏サイトなど、子供たち自身がインターネットを一種の凶器にする事態も起こっています。これらはそれこそ大人たちの知らない世界であり、そこで何が行われていても、保護者は対処しようがないわけです。<br/>
<br/>
もちろん、フィルタリングや、こういう手段自体を取り上げるというのは一案です。ですが、実は私自身、運営するサイトがブロック対象にされたこともあって、これらの手段には一定の限界を認めざるを得ません。（ちなみに、どう考えてもブロック対象となるサイトではなかったのですが、知人が言うには「肌色の背景を使用していたからじゃないか」とか。本当ならまさに絶句ですが。）<br/>
その意味でも、この記事のようなディフェンシブな対策には限界を感じます。<br/>
<br/>
インターネットの使用というのは、子供たちにとって諸刃の剣ですが、インターネットばかりの問題ではないでしょう。大事なことは、子供たちが何をしているにせよ、それを大人たちがちゃんと見ているのかどうかということです。大人に見られてはまずいものは、そもそもやっちゃいけないんだということ、それが基本ではないでしょうか。<br/>
<br/>
そういうことを考えていて思いついたのが、先に言ったような方法です。たとえば、携帯やＰＣで閲覧したページの内容を、子供たちには消せない領域にキャッシュしておくとか、子供たちが送受信したメールは自動的に親や教師に転送されるとか、そういう方法です。少なくとも、そんな環境では援助交際や学校裏サイトは運営できなくなることは間違いありません。<br/>
<br/>
もちろん、子供にもプライバシーというものがあるという意見はあるでしょう。ですが、子供部屋に鍵をかけて、大人が一切立ち入れなくするタイプの「プライバシー」が、いいことなのか悪いことなのか、その辺からの議論だと思います。<br/>
<br/>
問題点もあるだろうことは百も承知ですが、子供たちが犯罪に巻き込まれないこと、ましてや加害者にならないためには、現実的にはこういう方法しかないんじゃないか、そんなことを考えています。
              
        ]]></content> 
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  <entry> 
    <title>片側空けて、行列ができるこの国</title>  
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    <id>http://halfseriou.exblog.jp/7315645/</id>  
    <issued>2007-08-19T08:10:08+09:00</issued>  
    <modified>2007-08-19T08:15:16+09:00</modified>  
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    <dc:subject>治安と安全について思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
エスカレーターは「片側をあけない」のがマナー？ | Excite エキサイト<br/>
「もともとエスカレーターは片側をあけないで乗ることが基本です。片側をあけ、急ぐ人が歩いて通るというのは、自然発生的に生まれてしまったもの。本来は、ステップの黄色い枠の中に立ち、必ず移動手すりを持つというのが、正しい乗り方ではないでしょうか」<br/>
と、事務局長の井出さんは言う。<br/>
その理由は、「安全装置が動作した時や停電の時は急停止するから、転倒を防ぐため」ということ。また、なぜ両側に乗るべきなのかというと、「片側だと輸送効率が悪いという理由のほか、移動手すり側の手が不自由な人などもいるから」ということのようだった。<br/>
危険がともなう以上、エスカレーターはやはり「片側をあけない」のが、マナーのよう。それでも歩く人が絶えないことに対して、同協会にも「2人乗り用だから片側に寄ってしまうのであって、1人乗り用をたくさんつければいい」などという意見がときどき寄せられるという。<br/>
まぁ、空けるな、とは私も言いませんけど、エスカレータの使い方に関しては、最近どうかと思うことが多いです。<br/>
<br/>
とりあえず、最近はエスカレータで歩く人自体、減ってきたように思います。マスコミで事故例なども紹介されて、エスカレータの上で歩くことが危険であるという認識が広まってきたからではないかと推測しますが、それは大変結構なことかと思います。<br/>
ですが、「片側を空ける」というのが、暗黙のルールとして残っているようなんです。そうするとどうなるかというと、片側がまったく空いているのに、立って乗る人たちの側に行列ができるんですね。<br/>
言うまでも無いことなんですが、両側使えば、時間あたり倍の人が移動できるので、行列はなくなるのですが、列があると並びたくなるもの人の性なのか、律儀に片側を空けたまま、行列は伸びるばかり。駅のホームのエスカレータなどでは、行列が伸びすぎて危険を感じることさえあります。<br/>
２人分のエスカレータを片側空けて、下では行列ができているサマはなんとも滑稽で、そのうち「世界びっくりニュース」かなんかで紹介されるんじゃないでしょうか。そうなれば、まさに日本人の恥ですね。<br/>
私はそういう時、空いている側に切り込んで(^^;)じーっと立って乗ることにしています。<br/>
そうすると、あとから１～２人続いてくれて、徐々に２列になることもあるし、誰も続いてくれなくて、一人ぽつねんと右側にいることもあります。<br/>
なんにせよ、この国の人はどういうときに頭を使ってるのかと疑問に思う瞬間ではあります。<br/>
<br/>
もうひとつは、子連れで利用する場合です。<br/>
私も娘（２歳）と一緒に利用することがありますが、あたりまえですが、２人並んで使うわけです。当然、片側あけるわけには行きません。たまに後ろから煽られたりもしますが、これだけは譲れません。<br/>
<br/>
で、私が気になるのは一人乗りのエスカレータではどうしろというのかということです。<br/>
並ぶのは難しいし、違う段に乗せるのもちょっと。だっこして乗るというのも考えましたが、荷物があったりしたら無理だし、だいいち、手すりにつかまれないから危ないだろうし。<br/>
一人用にしてしまえ、とか言う人って、本来なぜ２人分の幅があるのか、考えてないんでしょうか。幸い、娘といったところで一人用のエスカレータにはあたったことは無いのですが。<br/>
<br/>
私としては、エスカレータがすいていれば、親子連れなどがいない場合なら、決まった片側空けておくのもいいんじゃないかと思いますし、実際、あけて乗ると思います。<br/>
と、いうのも、中途半端に空けないで乗っていたりすると、無理な追い越しを試みる人なんかもいそうで、かえって危ないかもしれないし。<br/>
要は個々人が周りを見て状況を判断してやればいいことなわけで、「あけないのがルール」などというものどうかとは思います。<br/>
<br/>
とにかく、この国の人たちは「状況によって」ってことがどうしてこうも苦手なんでしょう。<br/>
「○側をあける」というのも、きっと最初は「すいているときはあけたほうがよい」だったと思うんですが、いつのまにか「どんなときでもあけなければならない」になって、いつも間にか親子で乗っていると舌打ちをされるようになってしまう、たまりませんね。<br/>
<br/>
日本人の国民性が垣間見える現象ではあります。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>実用化は大胆かつ慎重に</title>  
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    <issued>2007-04-28T13:23:59+09:00</issued>  
    <modified>2007-04-28T13:23:59+09:00</modified>  
    <created>2007-04-28T13:23:59+09:00</created>  
    <author> 
      <name>flight009</name> 
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    <dc:subject>マスコミに思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
Excite エキサイト : 経済ニュース<br/>
<br/>
リニアの実用化ということで、反論が噴出するかと思っていたら、ニュースもブログも案外冷静に受け止めているようで安心しました。<br/>
<br/>
現在の東海道新幹線の建設のときに、「世界の３バカ」とまで言っていた知識人がいたようですが、現状を見てどう思っているのでしょう。愛・地球博の失敗を断言した人たちも、今は口をつぐんでいるようですが。<br/>
<br/>
でも、だからあえて言いますが、実用化は慎重に進めて欲しいと思います。<br/>
逆説的ではありますが、新幹線も、愛・地球博も、内外のすさまじい逆風にさらされつつも、それらの課題に真正面から向き合い、汗と知恵を絞った結果、一定の成果を残すことが出来た側面もあるでしょう。あんまり、ちやほやしてしまうと、「誉め殺し」でかえって失敗するかもしれません。<br/>
<br/>
技術的な課題もそうですが、政治的、経済的、あるいは社会的な課題もまだまだ山積しています。いざはじめてみれば、時には失敗もするでしょうし、費用や時間は予定通りには行かないものです。そういうとき、この国の「世論」はとても冷たいのです。釈迦に説法とは思いますが、それを、従事する人には十分に覚悟しておいて欲しいと思います。<br/>
<br/>
温かい言葉は、そのときまで取っておきましょう。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>「卑劣」で片付けちゃいけない</title>  
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    <id>http://halfseriou.exblog.jp/6779664/</id>  
    <issued>2007-04-26T01:25:57+09:00</issued>  
    <modified>2007-04-27T11:03:54+09:00</modified>  
    <created>2007-04-26T01:25:57+09:00</created>  
    <author> 
      <name>flight009</name> 
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    <dc:subject>マスコミに思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
Excite エキサイト : 社会ニュース<br/>
 特急電車内で女性が強姦された。当時、その車両には40人もの乗客がいたが、だれも犯行をとめようとしなかった。あまつさえ、誰ひとり車掌や外部に通報することもしなかった。信じられない卑劣さ。日本人のモラルは地に堕ちたのではないか。<br/>
被害者の方には、正直かける言葉もありません。ただ、それを「卑劣」で片付けるのは危険です。と、いいますか、このような事件は、実のところよく起こっているのです。<br/>
<br/>
社会心理学では「傍観者効果」とかいうそうですが、数多くの人が周りにいたのにもかかわらず、だれも被害者を助けない、という現象は、しばしばおきることが知られています。傍観者効果というのが何なのかは、下記のページに詳しいのでご参照ください。<br/>
<br/>
傍観者効果<br/>
<br/>
＜追記＞傍観者効果とは、次のようなものです。（我流の解釈ですが。）<br/>
○「自分がやらなくてもだれかがやるだろう」「私よりできる人がいるだろう」と、『全員が』思ってしまう（多数の無知）<br/>
○「うまく処理できななかったらどうしよう」「むしろ迷惑がられるんじゃないか」と、失敗してそれを他の人に見られることを恐れる（聴衆抑制）<br/>
○「何かあっても、わるいのはおれだけじゃない」という、（自分への）いいわけをしてしまう（責任の分散）<br/>
つまり、その場に居合わせたのが「一人だけ」なら助ける、あるいは助けてもらえるのに、それが多数であるがゆえにお互いにけん制しあって、結果的に助けてもらえなくなるというのが「傍観者効果」です。<br/>
＜追記終わり＞<br/>
<br/>
今回の事件からわれわれが教訓として得るべきことは、まわりに人がいるほど、逆にその人が助けてもらえないケースが、現実にあるということを、「知識」として持つべきだということです。それは、必ずしもその場にいる人の倫理や勇気の欠如によるものではなく、人間の心理にある「落とし穴」のひとつなのです。<br/>
<br/>
落とし穴にはまらないためには、その落とし穴についてよく知っておくことが大事です。私としては、このような事件があったときこそ、「傍観者効果」のなんたるかを、社会に広く知らしめることこそ、マスコミの使命だと思うのですが。<br/>
<br/>
あるいは、列車の社内の構造にも問題があったかもしれません。傍観者効果というのは、<br/>
○自分以外に問題に対処できる人間がいることがわかっている<br/>
○自分以外の人が、この問題に対処していないことがわからない<br/>
という場合に起こりやすいことですが、座席が林立して、中途半端に見通しの悪い列車の社内というのは、傍観者効果を誘発しやすい構造なのかもしれません。何らかの改善の余地もあるかもしれません。<br/>
<br/>
対処しなかったものを、そうやって叩きのめすのは簡単ですが、それが再発防止に役立つかといえば、私には疑問です。むしろ、「なぜ」を冷静に問い、どうすればそれを防げるかを、精神論ではなく論理的に分析する、ある程度学術的なアプローチが必要でしょう。<br/>
<br/>
いずれにせよ、そういう「基礎知識」すら微塵も感じられない、こんな記事が「報道」として扱われるということに、この国の危うさを感じます。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>ならば兵庫県知事に聞きたい</title>  
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    <id>http://halfseriou.exblog.jp/6714362/</id>  
    <issued>2007-04-10T01:31:02+09:00</issued>  
    <modified>2007-04-10T01:31:02+09:00</modified>  
    <created>2007-04-10T01:31:02+09:00</created>  
    <author> 
      <name>flight009</name> 
    </author>  
    <dc:subject>治安と安全について思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
石原知事を擁護するつもりはさらさらありませんが、さすがにこの発言はあんまりじゃないでしょうか。<br/>
<br/>
Excite エキサイト : 社会ニュース<br/>
井戸知事は「阪神大震災の問題は、不意打ちだったということ。犠牲になられた方はほとんどが圧死だった」と指摘。「自衛隊派遣の有無と犠牲者の数は脈絡のないこと。関東大震災に対する備えとして、一番の防災責任者となる知事がそのような認識を持たれているのだとすると、いささか心配」と話した。<br/>
自衛隊の出動が遅かった理由についてはいろいろな意見や見方があります。ですが、「自衛隊派遣の有無と犠牲者の数は脈絡のないこと」と、本当に現職の知事が発言したのだとすると、これは由々しき問題です。<br/>
<br/>
阪神の震災直後、自衛隊の出動が遅れたことについては多くの方面から批判が集まりました。当時のテレ朝系のニュースなどでは、自衛隊は大変なバッシングを受けていたのです。ですが、そのベースには「自衛隊が早く出動していればもっと助けられた命があったはず」という認識があるわけで、それ以降、「如何に迅速に、如何に効果的に自衛隊を展開できるか」を、平時から考えておくべし、というのは、阪神で得られた教訓となっているはずです。<br/>
<br/>
自衛隊の出動、特に県からの出動要請が遅れたことについてはいろいろな問題点が指摘されており、単純に当時の知事だけの責任と言い切れない面もあります。ですが、この発言はそれとは次元が違います。「自衛隊派遣の有無と犠牲者の数は脈絡のないこと」と、本当に言ったのであれば、知事の発言は、この「教訓」を完全に否定するものです。<br/>
<br/>
たしかに、「遅くて２０００人が死んだ」というのはあまり根拠のある数字とも思えません。なくなった方の８割、5498人のうち4461人が、当日の午前中にはなくなっているので、２０００人も助けられたわけが無い、というならそれはそうでしょう。(参考：http://www.hyogo.med.or.jp/EQDOTA.htm)<br/>
実際に自衛隊が動いていたとしても、当時の情報収集能力や初動体制が十分だったわけでも無いし、どれだけの人を助けられたのかはわかりません。助けられたのは１００人もいるか、せいぜい数十人、もしかしたら数人かもしれません。でも、かけがえの無い命です。少なくとも「脈絡の無いこと」というほど無関係だったとは思えません。<br/>
<br/>
知事の言うとおり、阪神は不意打ちであったことが被害が拡大した一番の理由です。ですが、その責任は誰にあるのでしょうか。東京は、阪神の前から、それこそ何十年も、いつ起こるかわからない大地震を、「必ず起こるもの」として対策してきたし、東京都民はそれなりには構えているといえます。知事に心配してもらわなくても、「不意打ち」を食らうおそれはありません。<br/>
<br/>
兵庫県知事が、そういう発言をするなら、私もぜひ聞きたいことがあります。<br/>
「兵庫県南沖地震に対して、備えをしていなかった兵庫県の責任というものを、知事はどうお考えなのでしょうか。」
              
        ]]></content> 
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    <title>埼玉県警の人はどう思っただろう....</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://halfseriou.exblog.jp/6684623/"/>  
    <id>http://halfseriou.exblog.jp/6684623/</id>  
    <issued>2007-04-03T00:10:41+09:00</issued>  
    <modified>2007-04-03T00:10:41+09:00</modified>  
    <created>2007-04-03T00:10:41+09:00</created>  
    <author> 
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    </author>  
    <dc:subject>治安と安全について思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
Excite エキサイト : 社会ニュース<br/>
　埼玉県の上田清司知事は２日、さいたま市で行われた新規採用職員就任式のあいさつで「自衛官は平和を守るために人殺しの練習をしている。国民の生命と財産を守るため。偉いと褒めたたえなければならない」と発言。それと対比して県職員の仕事について「人を疑ったり痛めつける練習をしなくてはならない仕事と違い、多くの方に喜びを与え、その喜びを自分のものに感じることができる」と語った。<br/>
<br/>
ここで、「自衛隊」を「警察」に置き換えてみると、わかりやすいと思います。<br/>
<br/>
警察というのは、「人を疑ったり痛めつける練習をしなくてはならない仕事」に他なりません。実際、警察官は捕縛術や射撃術を、状況によっては実際に人殺傷することを承知の上で、訓練を重ねています。言いようによっては、「人殺しの練習」と言ってもいいでしょう。そして、実際にそれを行使するケースもあります。警察官が職務上、人に向けて発砲したことは、過去にいくつも例があるのですから。<br/>
<br/>
一方、実は自衛隊員が人に向かって発砲したことは、誤射を除くと一度もありません。<br/>
それを考えると、本当に、知事が他意の無い「人を疑ったり痛めつける練習をしなくてはならない仕事」の例として用いるのであれば、実際に人間に向かって銃を撃つことがある警察のほうが、むしろ引き合いに出すには適当ともいえます。<br/>
その上で、それを「人殺しの練習」などといわれれば、現場で本当にその「現実」と向き合う警察官、隊員がどう感じるのか、それを考えてみれば、知事の発言が適切か否かはおのずと明らかです。<br/>
<br/>
失言というのは誰にでもあります。問題は、その後それをどのように正すかです。<br/>
続報によれば、「殺傷という表現ならよかった」とかおっしゃっているとか。思わぬ反応に多少動揺しているのかもしれませんが、頓珍漢というか、どこがどう違うのかさっぱりわかりません。<br/>
<br/>
少々頭を冷やして、ちゃんと謝ってもらえればそれでいいとは思いますが、最低限、それは必要でしょう。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>スイスに於ける母国語重視</title>  
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    <id>http://halfseriou.exblog.jp/6646934/</id>  
    <issued>2007-03-25T09:36:56+09:00</issued>  
    <modified>2007-03-25T09:42:14+09:00</modified>  
    <created>2007-03-25T09:36:56+09:00</created>  
    <author> 
      <name>flight009</name> 
    </author>  
    <dc:subject>教育について思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
ＳＰＡＭ対策で、一旦掲載した記事を削除して再掲しました。コメントも、記事の一部として掲載しました。<br/>
＃検索サイトのスコア稼ぎでしょうが、迷惑なものです。<br/>
御迷惑をおかけしますが、御容赦ください。<br/>
<br/>
藤原正彦氏、ラジオで語る<br/>
<br/>
先日投稿しました自分の上記の記事にmasi 様が情報くださいました。<br/>
コメントを、ご好意により一本の記事にまとめましたので、御一読ください。<br/>
<br/>
------------<br/>
<br/>
学校制度は日本で言う旧制です。根本的な考え方は能力主義、というと差別教育を連想しますが、こちらでは，能力に合った教育を与える事が平等と考えています。従って小学校から落第があります。理解出来ない授業をを受けさせるのは，その本人に対して不平等だと考える訳です。小学校を卒業すると能力により振り分けられます。これは日本でも良く知られているペスタロッチの、『人間には頭で仕事をする人、手で，又は体で仕事をするのに適した人が存在する』という基本に基づいています。<br/>
<br/>
それぞれの名称は州によって若干異なるので、仮に上級、中級、下級、と名付けておきます。中級、下級の生徒達は中学を卒業すると職業訓練に進みます。上級に進学する生徒は将来学問を用いて仕事をする事が視野に入りますが、銀行員等の事務職や情報関係等の高度の職業学校に進む場合も有ります。中学校への振り分けは小学校の先生に任されていて、其の最も重要な判断基準は母国語の能力です。算数も若干考慮されます。その他厳しい勉学に耐えられるかという性格的な面も大切です。それを判断出来るのは小学校の担任の先生だけなのです。そうして中学に進むと、最初の半年は試験期間とされ、十分な成績が取れないと一つ下のカテゴリーに落とされるので，先生達も真剣で、可能性があると思えれば出来るだけ上のクラスに入れる様に考えています。生徒及び親がこの判断に承服出来ない時は、入学試験をに合格すれば，より上級の学校に通う事が可能ですが、学習の上でかなりの負担がかかるようです。また随時一年降年させる事により一つ上級に転校出来ます。そうして下級から二年費やして上級に移り大学迄進学した人を知っています。<br/>
<br/>
かつて日本の国立大学で助手であった方が、スイスのある研究所の主任としてこられました、其のお子さん達は普通のスイスの小学校に入られたのですが、語学の問題を過小に考えておられた様です。あたまの良いお子さんで、数学は常に満点であったものの、ドイツ語が全く出来なかった為、下級への進学と判定され、初めて、事の重大さに気づかれたのでした。私の所にも相談にみえ、先生一人にこんな重大な決定が任されて良いのか、とか、外国人を差別するものだ、など激しく怒りをぶちまけておられました。上級の先生に相談した所、『経験則上小学校の先生の判定は殆ど間違っていない。不満ならば入学試験を受ければ良い。』という答えが返って来ました。結局その子は中級に進学し、一年後上級に転校し高校にも進んだのですが、大学進学は果たせなかったようです。日本から来た方には職業教育のシステムは理解し難い為、進学に固執し、結局失敗したのです。そうした高校、大学での落ちこぼれは、資格社会のスイスに於いて職業に就く事が出来なくなってしまう恐れすら有ります。そこに中学進学の選択の重要性があります。その際、国語力は、将来の職業の可能性を指し示している、と考えているのです。<br/>
<br/>
根本的には、それぞれの生徒がどのような職業を選ぶのが良いか、という所から始まり，最も適した教育を効率よく受けさせる事が生徒に幸せだ、例えば棟梁になるべく、カンナでまっすぐに削るのに上達する為には中卒の方がよいであろう、という考え方です。ですから高校に進学するのは将来大学に進み，学問を必要とする職業を選ぶ人のみに限られます。ですから大学の進学率は20％を下回ります。高校を卒業すると，アビトゥーア，バカロレア等と呼ばれる大学入学資格が与えられ、それは一生有効で、日本を始め世界に通用します。私の知り合いで大企業の重役を勤め，退職した後美学の勉強を始めた人がいます。大学は総て国公立で入学試験はありませんが、其の勉強は厳しく、一つの単位を二年かけても取れない場合，追い出されてしまい、そうなると違う専攻をもう一度一年生から始め直さねばなりません。ですから落第しない人の方が珍しい位です。そうしてめでたく卒業するとは会社の中で良いポジションに就き、部下に専門学校を修了した熟練した専門家を従えて仕事をするのです。専門学校の出身者にも様々な勉強の機会が与えられ重役に昇進する人も珍しくありません。<br/>
<br/>
このシステムの中で語学の重要性に気づかされたのは、数年前に出た、『チューリッヒ工科大学（ETH）が全国の高校に対し、もっと母国語を磨いて欲しい、という要望書を出した、』という新聞記事に接した時でした。ETHはアインシュタインを輩出した事でも知られる世界の名門校ですが、数学ではなく国語というのに興味を持ち，知り合いの高校の校長に聞いた所、国語力の低下には本当に困っている、と話してくれました。スイスでは独特の方言が有るのですが、それを書き取る事は大変に難しく、きちんとしたドイツ語を習得する事に成らないため、文部省から、正確な標準語を用いて授業するよう指示がでたそうです。法的には標準語を用いる事に成っているものの、方言を愛する教師も多く，必ずしも守られていないそうです。又，ETHの情報工学の教授に聞いた所、仕事は総てコンピューターを使って出来る。しかし、いつも苦労するのは論文を書く時なんだ、どう書いていいか本当に解らない事が有る。語学力の不足を痛感する。と話してくれました。<br/>
<br/>
追補<br/>
<br/>
＞職業学校、専門学校<br/>
<br/>
両方とも同じものを考えていましたが、異なった表記をしてしまいました。システムとしては、週三日仕事に就き，二日学校に通って，一般教養や専門科目の授業を受けます。職業高校というシステムも有り，其の場合週二日仕事、三日学校という割り振りになります。これを修了すると、専門の単科大学に進学出来ます。一般的に企業からは、ここの卒業生が大卒以上に歓迎されています。すぐに実践に使えるからです。<br/>
<br/>
＞そうした高校、大学での落ちこぼれは、資格社会のスイスに於いて職業に就く事が出来なくなってしまう恐れすら有ります。<br/>
<br/>
高校を中退した場合，中卒と一緒に職業学校に入りなおします。大学の場合, 他の専攻をやりなおす場合が多いのですが、さっぱり修了出来ないまま、様々な科目を渡り歩き三十歳を超えてしまう人もいます。何らかの資格を得ようとすると，職業学校に入り直す羽目となりますが、アビトゥーアを評価されるので，修了期間が短くなり，又職種を選ぶ上でも有利です。何の資格をも持たないまま就職する人もいます。<br/>
<br/>
-------<br/>
<br/>
提供いただきましたmasi様に、改めて御礼申し上げます。<br/>
<br/>
Commented by flight009 at 2006-04-15 10:06 <br/>
masi 様<br/>
<br/>
毎度どうも。<br/>
<br/>
うーん、今の日本とは対照的といってもよさそうですね。<br/>
ただ、「国語が出来ないとほかが出来てもだめ」というようなニュアンスも感じ、それはそれで、と、思ってしまいます。<br/>
<br/>
私の通っていた高校も、当時としては珍しい、「能力別クラス編成」でした。（ただ、私もこの呼び方はなんだか嫌いだし、「学力別クラス編成」といったほうが、誤解が少なくていいと思っていますけど。）<br/>
<br/>
あんまり細かく言うと学校がばれますが、３年間変わらないホームルームのほか、数学と理科は「数系クラス」、国語と英語は「英系クラス」で、定期考査ごとに再分類されました。<br/>
ですので、自分のように数系は中の上、国語は下の下、というものでも、教科ごとに適切な授業を受けられたわけで、いっしょくたに分類されたらかなりつらいものがあったろうな、とは思います。国語の授業ではついていけず、数学の能力は伸ばしてもらえない、という感じになるでしょうから。<br/>
<br/>
国語は重視すべきものだとは思うのですが、それを絶対視してもいけないとは思うわけで、難しいところかもしれませんね。<br/>
<br/>
 Commented by masi at 2006-04-16 18:47 <br/>
flight009様<br/>
<br/>
＞国語が出来ないとほかが出来てもだめ」というようなニュアンスも感じ<br/>
<br/>
＞国語は重視すべきものだとは思うのですが、それを絶対視してもいけないとは思うわけで<br/>
<br/>
意識的に国語重視を書いたのでそのように読まれたのだと思います。確かにそのような面も有りますが、藤原先生の<br/>
<br/>
＞国語力はすべての基本。国語が出来なければ算数も理科も社会も何も出来るようにはならない。１に国語で２に国語、３，４がなくて５に算数、<br/>
<br/>
というご意見に一致していると思います。日本語、英語を自由に操る数学者がこの意見を述べられている所に重みを感じます。最終的には総合的な能力が問われていて、思考は言葉で行い，算数は論理的な組み立てに寄与する、という位置づけです。この両者の組み合わせが重要であり，さもないと，算数が単なる数の遊びになってしまいます。受験の為には有効かもしれませんが。日本の国立大学工学部の教授を定年退官された方が見えたとき、いわゆる受験校からの学生は研究の役に立たない、と仰っていたのは，その辺りの事情でないかと思います。<br/>
<br/>

              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>「たかり」は「いじめ」じゃない。</title>  
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    <issued>2006-11-11T21:43:28+09:00</issued>  
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    <dc:subject>マスコミに思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
小学生が「たかり」をしていたそうな。<br/>
Excite エキサイト : 社会ニュース<br/>
＜たかり＞小５女児が多額現金渡す…被害額十数万円　北九州<br/>
　北九州市八幡東区の市立小学校で、５年生の女児が同級生らから頻繁に金をたかられ、多額の現金を渡していたことが分かった。被害女児の保護者は「１年間で被害額は十数万円に上る」と話しているという。学校や市教委は事実関係を把握しながら、いじめとして対応していなかった。大庭清明教育長は１１日、「極めて不適切だった」と陳謝した。<br/>
これを「いじめ」と括るのはおかしくないでしょうか。<br/>
<br/>
もちろん、「学校の隠蔽体質」という、いじめ問題と共通する根があるとは思います。あるいは、「いじめ」も同時に行われていたのかもしれません。無論、教育長らを擁護するつもりなど毛頭ありません。しかし、詳細はわかりませんが、「恐喝」という刑事事件に相当することが行われた可能性が高いと思います。明らかな「犯罪行為」であれば、「非行」としての対応が必要です。<br/>
<br/>
なんでもかんでも「いじめ」と括ってしまっては、問題の本質を見失いかねません。私は、大事なことだと思います。
              
        ]]></content> 
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    <title>さっぱりわからん</title>  
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    <issued>2006-10-29T09:51:41+09:00</issued>  
    <modified>2006-10-29T21:55:51+09:00</modified>  
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    <dc:subject>マスコミに思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
ソフトバンクの携帯電話が、早速受付停止となったそうな。<br/>
Excite エキサイト : 社会ニュースソフトバンクによると、番号継続制を利用した同社への乗り換え申し込みが午後から急増。加えて、既存のソフトバンクの顧客が新料金プランに変更する申し込みも集中し、システムが対応できなくなった。<br/>
ここではさらっと書いてあるのだけれど、「既存のソフトバンクの顧客」の申し込みが相当多かったことは間違いないでしょう。<br/>
<br/>
で、肝心の、「自社携帯電話間の通話も０円になる」という料金制度なんですが、私も一応、調べては見ました。<br/>
<br/>
ソフトバンクモバイルのトップページ<br/>
<br/>
開くと、孫社長のメッセージが出てきました。「複雑怪奇な料金制度をリセットするという願いを込めた料金制度」ということなんですが、その先を読んでゆくと、ソフトバンクの料金体系のほうが、複雑怪奇どころか「さっぱりわからん」というのが私の感想です。条件の中にはさらに条件が盛り込まれ、追っかけてゆくのも大変なんですが、いろいろ読んだ結果、下記のような仕組みであるのかと考えます。<br/>
<br/>
○契約を結ぶ場合、まず、「スーパーボーナスプラン」に加入する。<br/>
このプランは、「新スーパーボーナス用販売価格」で、携帯電話を２年の月賦で購入すると、その代金を、「新スーパーボーナス割引額」だけ割り引く、というサービスらしい。解約した場合、その残高を払うということのようである。ただ、肝心の「新スーパーボーナス用販売価格」というのが、いくらなのか良くわからない。月賦の代金と、割引額がトントンになるのか、どちらかがちょっと多くなるのか？<br/>
基本的には、他社携帯でも良く使われている、「途中解約すると罰金よっつ！」という趣旨のプランなのだろうと、想像するのだが...<br/>
<br/>
○「ゴールドプラン」の契約を結ぶ<br/>
まぁ、当然なんだけれど、他社携帯に発信すると、そこそこの料金がかかるそうな。平日の昼間だと、３０秒で２８円、そのほか、時間帯によりえらく細かく分かれていて、「相手がどこでも均一料金」になれた自分は敬遠したいところです。<br/>
その他、無料のはずの同社間の通話でも、時間帯により制限があったり、留守電は無料じゃないとか、思った以上に落とし穴がありそうです。<br/>
<br/>
結局のところ、孫社長のメッセージとは全く逆に、ちょっとやそっとでは理解できない、たいへん厄介な料金制度のようです。<br/>
<br/>
「ただより高いものは無い」という言葉がありますけれど、申し込みも混乱しているようだし、皆さんも少し静観してはどうでしょうか。<br/>
<br/>
P.S.<br/>
むしろ、今回の扱い停止で、ソフトバンクから他社へ乗り換えようとした人がとばっちりを食ったようです。この人たちをどう救済するか、で、ソフトバンクの真価が問われましょう。<br/>
ソフトバンクのお知らせ<br/>
<br/>
P.S.2<br/>
共同通信および、NIKKEI NET の記事から。<br/>
共同通信 「携帯電話の契約を再停止　ソフトバンクモバイル  」<br/>
NIKKEI NET 「ソフトバンクモバイル、携帯電話の契約を再停止」<br/>
日経では、「利用者を管理するシステムの不備が原因とみられる。」と。「利用者の受け入れに向けた同社の見通しと準備の甘さに批判の声が上がりそうだ。」と、手厳しいです。<br/>
同記事でも指摘していますが、<br/>
携帯会社間での転入、転出の受け付け作業が増えるのを見越し、各社は事前予約の実施などでトラブル回避を図った。しかし、ソフトバンクモバイルは加入者間の通話やメールを無料とする新料金プランを直前に発表したことで顧客が集中、コンピューターへの入力作業など事務処理が追い付かなかったようだ。つまり、単なる「見込み違い」というより、「直前の発表」という「愚挙」に出たがために起こるべくして起こった人災、という見方をするべきなのでしょう。<br/>
口先だけじゃなくって、本気で反省してもらわないといかんのですが、どうなんでしょうか。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>高校球児はみんな野球選手になる？</title>  
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    <issued>2006-10-21T13:26:05+09:00</issued>  
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    <dc:subject>教育について思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
数学オリンピックの参加者が、思ったよりも数学に関する仕事についていないそうな。<br/>
Excite エキサイト : 社会ニュース　文部科学省科学技術政策研究所は２０日、過去に国際数学オリンピックの国内予選で好成績を収めた参加者の調査で、社会人の約３８％が「数学の知識を生かす職業に就いていない」と回答したと発表した。<br/>
ここで、数学を、野球に置き換えてみましょう。<br/>
高校野球で好成績（全国大会出場クラス？）をおさめた生徒のどのくらいが、現在野球に関する職業についているでしょうか。<br/>
きちっとした統計は私も知りませんが、調査してみれば、半数ぐらいがまったく「関係の無い」職業についているとしても、あんまり驚きはしないのではないでしょうか。<br/>
<br/>
もっと極論してみましょう。<br/>
高校野球で好成績を収めた生徒が、野球とはまったく関係の無い職業に就いていたとして、それを嘆く必要があるでしょうか。そのような場合、彼の「高校野球経験」は、まったく意味の無いものとなるのでしょうか。<br/>
<br/>
もちろん、そんなはずはありません。事細かに申すのもバカらしいので申しませんが、高校野球というものを通して彼が学んだものは、おそらくはどんな社会に行っても役に立つものであるだろうし、その社会（会社や団体）にとっても、おそらく有益なものとなるでしょう。<br/>
もちろん、「野球界」という、部分的な「社会」にとっては、その人が抜けてしまうことが「損失」であるかもしれません。松井選手や新庄選手が、野球界に来なかったのであれば、たしかに損失といえるでしょう。ですが、高校球児の半数くらいが「野球界」にとどまらなかったからといって、それをもって、まるで全世界の損失だ、というようなことを言うのであれば、それはどうかしています。<br/>
<br/>
数学だって同じこと。<br/>
数学的な「センス」というものは、どのような世界に行っても役に立つものだし、要はその生かし方次第です。むしろ、３８％という数字はかなり少ない印象なんですけどね。<br/>
<br/>
今回の「統計」を、どう「利用」するつもりかはわかりませんが、これくらいの「アナロジー」ができなければ、それこそ、数学オリンピック参加者に笑われますよ。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>「いい先生」</title>  
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    <issued>2006-10-15T22:43:30+09:00</issued>  
    <modified>2006-10-15T23:01:12+09:00</modified>  
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    <dc:subject>教育について思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
先生が、生徒をいじめていたそうな。<br/>
Excite エキサイト : 社会ニュース<br/>
　福岡県筑前町の町立三輪中２年の男子生徒（１３）がいじめを苦に自殺した問題で、合谷（ごうや）智校長、中原敏隆町教育長、学年主任らが１５日、男子生徒宅を訪れ、両親と面会した。学校側は、男子生徒の１年時の担任教諭を務めた学年主任（現在）がいじめ発言を繰り返し、それが発端となって他の生徒にまでいじめ行動が広がったことを認めた。<br/>
この先生は、生徒にはどう思われていたんでしょうか。たぶん、とっても人気のある先生だったんじゃないかと思います。どうしてかというと、私が小学校の頃、そんな先生がいたから。<br/>
<br/>
私の当時の担任Ｈは、しょっちゅう私のことを馬鹿にしていました。「ぴょんぴょん丸」「おつむのネジがばっちり緩んでる」とか、そんなことを、授業中も構わずしょっちゅう言われてました。当然、同級生は私をいじめないわけありません。Ｈは、そんな状況を見て、「お前が悪いからだ。普通じゃないからだ。」というばかりでした。<br/>
そんなＨは、児童にはとても人気のある教師でした。なんでかといえば、よく言えば友達感覚の先生だったからでしょう。そういえば聞こえはいいですが、要するに、生徒と同レベルに降りていた、ということです。<br/>
生徒と一緒に悪ふざけをしたり、まずいことがあると堂々と嘘をついてばっくれる。じぶんがまさしく「でもしか教師」であったことを、面白おかしくしゃべる。父母から文句が来ると、いとも簡単に前言を翻す。でも、児童からは面白いから人気があるわけで、「良い先生」で通っていたわけです。<br/>
<br/>
私が、この少年と同じ運命をたどっていた可能性は小さくありません。いくつかの偶然が、子供心にうかぶ短絡的な考えを、押しとどめてくれていただけのことです。逆の偶然が一つ二つあれば、私は多分ここにはいないのです。<br/>
<br/>
<br/>
こういう事例は、本当は今までも結構あったのではないでしょうか。表に出てこなかっただけで、「子供と同じレベルの教師」が、何人もの子供を殺していたのではないでしょうか。<br/>
<br/>
P.S.他人事と思えないから、ちょっと消化不良ですが記事を書きました。<br/>
後で読み返して修正するかもしれません。その節には御容赦ください。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>本当に反省しているのだろうか</title>  
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    <id>http://halfseriou.exblog.jp/5782027/</id>  
    <issued>2006-09-30T16:00:10+09:00</issued>  
    <modified>2006-09-30T16:00:10+09:00</modified>  
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    </author>  
    <dc:subject>治安と安全について思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
１６歳の少女が、資産家からお金をまき上げていたという<br/>
Excite エキサイト : 社会ニュース<br/>
　資産家の独居老人から、計９７回にわたり現金約１４３０万円を脅し取ったなどとして警視庁少年事件課は２９日、東京都町田市の無職の少女（１６）や高校生３人を含む少年計６人を恐喝や詐欺容疑などで逮捕したと発表した。少女らは、脅し取った金を使って健康ランドで飲食したり、タクシーで山梨県の遊園地に繰り出して遊んでいた。「弱い者いじめをして反省している」などと供述、容疑を認めているという。【佐々木洋】<br/>
一言で言うのであれば、本当に反省しているんだろうか。<br/>
<br/>
最近、この手の事件はよく見るように思います。でも、その中で共通して、私が非常に違和感を感じるのは、つかまったとたんに「犯人」が、実にしおらしくなること。<br/>
　少女は、長距離トラックの運転手の母と弟の３人暮らし。「中学時代にいじめに遭って、友人が少なかった。金があると周りからちやほやされる。金で友人を買っていた」などと供述しており、一緒に遊んだ友人には小遣いとして１万円を渡すなどしていた。<br/>
この手の事件だと、「いじめが」「両親が」とか、「友達が欲しかった」「寂しさからつい」なんて言い訳が毎度のこと。逆に言えば、「こういうことが言い訳になる」ということを、「学習」してしまったのではないでしょうか。<br/>
<br/>
昔、あるテレビ番組で「いじめ」を扱っていたとき、「学校では受験受験で、ストレスが多すぎて、個性を尊重してくれないというか...」みたいなことを、「いじめた」側の生徒が延々と並べていました。テレビ番組もテレビ番組で、「彼らもまた被害者と言えそうです」という論調であり、「悪いのは社会だ、その代表である学校だ」と、いう結論でくくっていたと記憶しています。<br/>
自殺してしまった、人が一人死んでしまった、というのに、何ていいぐさだ、そんなことが言い訳になるか、そう思っていたんですけれど、どうやら、この国ではそういうことが立派に言い訳として通るようです。<br/>
<br/>
子供は、バカじゃありません。「いいわけ」を与えてやれば、それを立派に活用します。今回の事例も、そういうことが言い訳として通ってしまえば、今後もこういう事件は増えてゆくことでしょう。<br/>
<br/>
「自分よりも弱いものをくいものにする」という、人間として、もっとも恥ずべき行為、それを常習犯的に繰り返してきた彼女たちが、逮捕されて、ごくわずかの時間に、本当に自覚したというのでしょうか。はっきり言って、信じられません。<br/>
<br/>
「そんなのが言い訳になるか」<br/>
問答無用のカミナリ親父の一喝が、何よりも必要な時代なんじゃないでしょうか。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>数字の落とし穴</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://halfseriou.exblog.jp/5779178/"/>  
    <id>http://halfseriou.exblog.jp/5779178/</id>  
    <issued>2006-09-30T00:06:34+09:00</issued>  
    <modified>2006-09-30T00:06:34+09:00</modified>  
    <created>2006-09-30T00:06:34+09:00</created>  
    <author> 
      <name>flight009</name> 
    </author>  
    <dc:subject>マスコミに思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
ひさびさに、「数字の落とし穴」を見つけました。<br/>
Excite エキサイト : 社会ニュース<br/>
　従業員１０００人以上の大企業の８０％に、心の病を理由にして１カ月以上休んだ社員がいることが厚生労働省の調査で分かった。１カ月１００時間を超える残業をした社員がいる大企業も４４％に上った。<br/>
<br/>
この記事を読んでどう思うでしょう？「大企業はやっぱりストレスが多いんだ」とか、「大企業が人を大事にしていない証拠だ」とか、思った人はいませんか？<br/>
<br/>
そう思ったとしたら、あなたは「数字の落とし穴」に、まんまとはまったことになります。<br/>
<br/>
ここのトリックは、「休んだ社員がいる」「会社の」数を調査していることにあります。<br/>
当たり前のことなんですが、大企業であれば、社員が多いので、「休んだ社員がいる」可能性は、それだけでも高くなります。純粋に確率の問題だということです。（「へそ踊りを踊れる社員」がいる率だって、同じってことです。）<br/>
問題は、「その要因」以上に、その確率が高いのか、ということになります。<br/>
<br/>
では、調査結果を検討してみましょう。<br/>
それによると、過去１年間に心の病で休業した社員が１人以上いる会社は全体の３％。会社の規模が大きくなるほど増え、従業員数が３００－４９９人で４１％、５００－９９９人で６６％、１０００人以上は８２％だった。<br/>
　休業が１カ月以上に及んだ社員がいる割合を同様に規模別でみると、それぞれ３５％、６３％、８０％だった。 <br/>
<br/>
「心の病で休業した社員」をモデルで考えて見ましょう。<br/>
人数の幅があるので、その中央値をとり、（１０００人以上は、刻みを考えて１２５０人とします。）<br/>
４００人の会社で４１％、７５０人の会社で６６％、１２５０人の会社で８２％の会社に、<br/>
該当する社員がいると仮定します。これは、<br/>
４００人の会社で５９％、７５０人の会社で３４％、１２５０人の会社で１８％の会社に、<br/>
該当する社員が一人もいない、ということになります。<br/>
これから、それぞれの状況で「ある社員が該当する社員である確率」を計算すると、<br/>
４００人の会社で0.132％、７５０人の会社で0.144％、１２５０人の会社で0.137％<br/>
と、いうことになります。<br/>
<br/>
こう計算してみると、会社の規模と、「社員個人が、心の病で休業する確率」は、少なくともこの統計結果では、会社の規模によりほとんど変わらないことがわかります。（むしろ、中規模の会社が深刻である可能性がある。）<br/>
<br/>
次に、「休業が１カ月以上に及んだ社員がいる割合」で、考えて見ます。同様に、<br/>
４００人の会社で0.108％、７５０人の会社で0.122％、１２５０人の会社で0.129％<br/>
<br/>
と、なります。<br/>
<br/>
こちらは、確かに会社の規模が大きくなるにつれ、上がってゆく傾向があります。<br/>
ただ、「１ヶ月以上休業」することを、許容している、ということが前提ですから、当然、大企業のほうが多くなるのは当然という気もします。<br/>
<br/>
もちろん、過労死をはじめとした種々の問題は深刻です。それに対して、対策が不要であるとか、そういうことを言いたいのではありません。ですが、こういう「誤解」を招くような数字の使い方は、やはりいただけません。これくらいの「分析」をしてから、報道するのが、本当のマスコミの使命だと思うのですが....<br/>
<br/>
いずれにせよ、こういった数字にだまされないよう、気をつけたいものです。
              
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>お手並み拝見</title>  
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    <issued>2006-09-03T21:44:37+09:00</issued>  
    <modified>2006-09-03T21:44:37+09:00</modified>  
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    <dc:subject>科学技術について思うこと</dc:subject>  
    <content mode="escaped" type="text/html" xml:lang="utf-8"><![CDATA[ 
             
米国の科学者が中心となって、冥王星を惑星からはずすことへの異論が出ているという。<br/>
Excite エキサイト : 社会ニュース<br/>
　署名の呼びかけ文は「我々はＩＡＵの定義に同意できず、使わない。よりよい定義が必要だ」と訴えている。そして、ＩＡＵには１万人近い会員がいるのに、採決に参加したのはわずか４００人余りだったと指摘し、０９年の次回総会まで放置すれば、教育や社会を混乱させると主張した。<br/>
<br/>
　ＵＰＩ通信によると、スターン博士は来年、天文学者ら約１０００人を集めて、代わりの定義を作るための会議を開こうと計画している。<br/>
ネットの意見を見ると、おおむね批判的な意見のようですが、自分としては「お手並み拝見」というところでしょうか。<br/>
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もともと、「惑星」というのは、「惑（まど）える星「」という意味です。それはどういうことかというと、地球から見たときに、そのほかの大半の星のあいだを、まるでさまようがごとく移動して見えるからです。<br/>
簡単に書きましたが、これは「天動説」の時代からの話で、コペルニクスにより「地動説」が提案され、ガリレオなどの努力により「定説」となるまでは、惑星というのはさぞや不思議な星だったでしょう。<br/>
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ちょっと面白い話があったのでリンクします。<br/>
コペルニクスの地動説(1543)<br/>
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ちなみに、このころ惑星は火水木金土の、５つしかなかったわけです。<br/>
望遠鏡その他の観測技術の発達により、その後、惑星が次々と発見され、「冥王星」の発見で、９つまで増えました。しかし、１０番目の惑星ではないか、と、いわれた2003UB313あたりから、話がややこしくなってきました。<br/>
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【参考ＵＲＬ】<br/>
http://www.rweb.ne.jp/astro/news/news0510.pdf<br/>
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この時点では、惑星というのは、太陽の周りを公転している天体で、小惑星や彗星ではないもの、という程度の認識だたっと思います。ところが、小惑星の中にも、冥王星の半分くらいの天体もあるともいうし、冥王星よりも大きな天体が発見されてしまうわ、それ以上に大きな天体がありそうだということになるわで、そんなあいまいな考えじゃ、どうにもならなくなってきたわけです。そして、今回の騒動に至るわけです。<br/>
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今回の騒動は、我らが「太陽系」の、世紀の仕切り直しです。そう簡単に、結論が出るわけでもないと、自分も思います。だから、米国の天文学者が「新しい定義を考える」というのであれば、それは大変に結構なことです。その結果、今の定義よりも鮮やかで、客観的な定義ができるのであれば、それはそちらにしたって構わないでしょう。<br/>
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でも、それができなかったらそのときは、あきらめてみんなに従って欲しいと思います。それができなかったとき、宇宙開発で世界をリードしてきた米国は、その権威を地に落とすでしょう。<br/>
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なぁに、冥王星は逃げやしません。ここはじっくりと、彼らのお手並み拝見と行きましょう。<br/>

              
        ]]></content> 
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    <title>がっかりすることないです。松本先生。</title>  
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    <dc:subject>科学技術について思うこと</dc:subject>  
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冥王星が「惑星」ではなくなるという<br/>
Excite エキサイト : 社会ニュースチェコのプラハで総会を開いている国際天文学連合（ＩＡＵ）は最終日の２４日、全体会議で惑星の定義案を議決、１９３０年の発見以来７６年間、第９惑星の座にあった冥王星を惑星から降格する最終案を賛成多数で可決した。<br/>
それに対して、あの松本零士先生が、こんなことをおっしゃっているとか。<br/>
　アニメ「宇宙戦艦ヤマト」や「銀河鉄道９９９」では、冥王星は敵の前線基地が置かれたり、人間の墓地として利用されるなど、太陽系の重要な惑星として描かれた。<br/>
　原作者である漫画家の松本零士さん（６８）は「冥王星こそが太陽系の果てで、そこを離れることが太陽系から外宇宙に旅立つことだと描いてきた。今回の決定は、論理的には正しいのだろうが、多くの人が少年のころから抱いていた夢、心情的なものにも配慮してほしかった。心構えができていないうちに突然決まってしまった感じがする」と残念そう。そのうえで「冥王星はこれからも太陽系の一族だ」と強調し、存在感が低下しないよう何らかの形で配慮してほしいと訴えている。<br/>
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松本先生も、今回の一件について、誤解されているんではないでしょうか。<br/>
今回の決定の背景は、冥王星の周辺には冥王星と同程度の「星」が、かなりあるらしいことがわかったからです。いってみれば、太陽系の一番外側には、小惑星帯のようなものがもうひとつ取り巻いていて、冥王星というのは、その一つらしいことがわかったということ。たしかに今までの太陽系のイメージとは異なるかもしれませんが、それはそれで、ＳＦ作家のイマジネーションをかきたてるには十分なネタなんじゃないでしょうか。<br/>
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自分としては、今回の決定は、むしろ冥王星という「天体」を、特別なものと位置づけるものではないかと思います。惑星でも、もちろん衛星でもなく、太陽系の一番はずれを、静かに、ゆっくりと回る天体郡、「冥王星系天体」と呼ぶ案もあったといいますけれど、むしろ、そのほうがよっぽど「太陽系の果て」のイメージにぴったりくるんじゃないかなぁ、とか。<br/>
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松本先生にはそんなことで不平をもらしてないで、ＳＦ作家らしく、ヤマトのストーリーを、新しい太陽系観にフィットさせるくらいの気概を見せて欲しかったですね。最近、「銀河鉄道物語」をＶＯＤで見倒した、ファンの一人としては。<br/>
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最後に、専門家の言葉を同記事から　▽観山正見・国立天文台長の話　他の八つの惑星とは形成過程が明らかに違う冥王星が惑星に入らなかったことは、適切な結果だ。冥王星がなくなったわけではなく、残念に思う話ではない。今回の議論の内容を国民の皆さんに正確に伝えていきたい。 
              
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