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  <title>そのぬくもりに用がある</title>  
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  <tagline>思考そのもののなかで思考するという行為を産み出すべきであろう。</tagline>  
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    <title>有象無象</title>  
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    <issued>2012-05-15T03:21:16+09:00</issued>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html">　人間から感情を取ってみよう。人間から一〇八つの煩悩を取り去ってみよう。そこに一体何が残るのだろう。愛だろうか。虚無だろうか。はたまた夢幻か…。&lt;br/&gt; &lt;br/&gt; 　先日のロッテ戦で球審の判定に不服で内川選手がベンチでバットを叩きつけた。&lt;br/&gt; &lt;br/&gt; 　私は素人ではあるが、明らかにボールだと思った。しかし、判定はストライク。ホークスファンという贔屓目を差っ引いても、テレビで見ていたけど、あれはボールやないかと思う。だけども、球審の判定は覆られない。絶対である。ならば、いつの日か機械でやればいいという話が出る。機械が誤作動することはないのだろうか？&lt;br/&gt; 　話が幾分逸れた。&lt;br/&gt; 　どうやら、問題はもっと別のところにあるらしい。それはバットを叩きつけるという物にあたる行為らしい。&lt;br/&gt; &lt;br/&gt; 　知人がツイッターを見ていると気分が悪くなると言っていた。なるほど、私もその一人である。暴力は何も実際的な、ぶつ、なぐる、たたく・・・といったものだけではない。言葉による暴力があることを当然自覚しなければならないだろう。何でも言ってよしという自由はいいが、言葉によって嫌な思いをすることはある。それが、たとえ見知らぬ、顔も知らぬ存在からのものであったとしても。いや、違う。見知らぬ、顔も知らぬ存在の言葉だからこそ、かえって嫌な思いをさせられるんだと思う。&lt;br/&gt; &lt;br/&gt; 　また話が逸れた。&lt;br/&gt; 　プロだからといって、物にあたるのはよろしくないというのは確かに一理ある。スポーツマンシップなるものを見せるために…。しかし、そんな清廉潔白な正直ものだけで野球をやっていたら、きっとつまらない。審判の判定に不服で怒ったかてええではないか。人間だもの。みつをじゃないが。ともあれ、人間の有象無象を見るのも野球ではないか。誤審だってその一つだ。いいじゃないかと思う。人間である以上、完璧はない。絶対はない。いくらそれを望んだかて、あくまでも重要なのはその過程の有象無象である。&lt;br/&gt; 　色川武大の『怪しい来客簿』の「月は東に日は西に」というエッセイの中に、野球選手である木暮選手が、大事な場面で何でもないフライをポロリと落としてしまった場面について次のように書いている。&lt;br/&gt; 　「残酷な見世物であるが、私はひどく満足し、木暮の人間的な大失策に拍手を送って帰ってきた。私にいわせれば、これが金を取って他人に見せる野球なのである」(p.229)&lt;br/&gt; もちろん木暮選手には野次なり罵声なりも飛んだことだろう。しかし、こういったことを含めて「人間的な」ものを見ていかなければならないし、ひいては自分においても、「人間的な」ものを常に引き受けていかねければならないだろう。&lt;br/&gt; 　だから、私は内川選手のバットを叩きつけた行為もやってはならぬものではないと思う。それだけ悔しいんなら、悔しい「人間的な」気持ちを出してもいいではないか。大人しく、行儀正しく野球をやっているのを見ているより、ずいぶんいいもんだ。それだけ不服な感情を持ったのなら素直に出せばいい。逆に見られていることばかりを意識している人間の方がよっほど信頼ならないことはないだろうか。&lt;br/&gt; 　それに、そういった納得のいかない中で生きているのは見ている人間も同じであり、重々承知しているはずである。そのやるせなさをどこに向ければいいのか分からなくなるのは当然ある。我慢を強いることももちろん重要だろうが、そういう状況がなぜ生まれているのかということも同時に見ていかないといけない。&lt;br/&gt; 　すると、さっきの私のツイッターに関する意見でも、なぜ彼、彼女らが辛辣な言葉を選択するのかという個人の問題以上に、何が彼、彼女らをそう言わしめているのか考えなければならないだろう。&lt;br/&gt; &lt;br/&gt; 　例えば、少し話は変わってしまうが、あの3.11に関して知識人たちがああだこうだ言っている中、一人、そもそも「年に三万人が自殺する社会が問題である」と言った合田正人氏のようなスタンスを持つべきではないだろうか。&lt;br/&gt; 　目に見えているものばかりに踊らされるのは容易い。しかし、そこには常に光に影があるように、何かが潜んでいる。野球選手がヒーローインタビューで「○○さんのおかげです」というような影の立役者がいるものである。私たちが目を向けるべきなのは影の方ではないだろうか。日の当たるところには自然と目がゆくものだから。</content> 
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    <title>たかが144分の1、されど、144分の1。</title>  
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    <issued>2012-04-27T04:01:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-04-27T04:54:19+09:00</modified>  
    <created>2012-04-27T03:47:09+09:00</created>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　昨日のホークスの負けは本当に悔しい。久しぶりに野球で放心状態になってしまった。斉藤和己がマウンドに泣き崩れて立てなくなったのを思い出したくらい。それだけのめり込んでしまっている自分にいささか戸惑いを感じつつ、一ファンとしてホークスが染みついているのを改めて感じた次第。<br/>
<br/>
　そんな自分のことより、昨日の痛烈な逆転負けで選手全員の気持ちが一つになればいいと思う。ここ最近、投打がかみ合った試合も少なかったし、のらくらとごまかしごまかし勝ち続けるよりも、ガツンと負けた方がかえってすっきりしていいんではないかと思う。ショック療法というわけではないが、ほんと、これで新たな気持ちで試合に臨んでいけたら、この負けは何勝分にも値するかもしれない。<br/>
<br/>
　よく開幕戦のときに、「負けても144分の1ですから」と言うのを聞く。だからこそ、切り替えて次に臨むことを優先しないといけない…。しかし、サッカーと違って、長丁場のプロ野球にとって、淡々とやることも当然重要なのだろうが、“この試合を機に”という感覚も大事になってくるのではないかと思う。<br/>
　去年の優勝ボケがどこか冷めやらぬまま野球を観ていた自分がいるのも確かだった。だからこそ、昨日の負けを機に、気持ちを切り替えてというか、去年のことは去年のこと、自分がじいさんになったときの語り草にすればいいわけで、今年のシーズンを闘うための気持ちの準備がようやく整ったように思う。<br/>
<br/>
　若い人の間では、相変わらずサッカーの方が人気があるようだが、ペナントレースが始まるとほぼ毎日のようにある野球は、負けたら終わりという一発勝負の要素が欠けているのかもしれない。しかし、私はこのプロ野球に、習慣や日常といったものを感じずにはいられない。高校野球だったり、サッカーだったりも、当然それぞれに魅力がある。それらが一試合の重さを当たり前のように感じられるのと引き換え、プロ野球のあの淡々とした感じはどこか気怠いところがあるかもしれない。だが、プロ野球には私たちが日ごろ感じている、多少大仰だが、「生きる」という要素が多分にあると思う。一日一日が地味に積み重なっていく。とある人のとある一日を取り上げてみても、あまり面白いことはないだろうし、何か成長した証を見つけるのは難しいし、何かが変わったということを認識することは厳しいだろう。だけど、その一つ一つが、その一日一日が間違いなくその人自身を変えていることは間違いない。何でもないような一試合。144分の1でしかない一試合。それが積み重なっていくことで、順位が決まっていく。<br/>
　そこには当然、大きく変わるチャンスがある。その出来事、衝撃、衝突をいかに受け止めるかがその人の人生を左右すると言っても過言ではないはずだ。<br/>
　人生の中で、人前で話して恥ずかしい思いをしたら、もう二度と人前で話したくはないと思うだろうし、一見真面目そうな人に遊ばれてふられてしまえば、人を見るのに猜疑心が生まれてしまうかもしれない。当然、そうじゃない人もいる。まあ、これも経験だと言って、あっさり受け流してしまう人もいるだろう。あるいは、人前でもう恥ずかしい思いをしたくないから、次から準備に時間をたくさん割くようになるかもしれない。いい恋人を見つけるために、自分自身を変えることから始めるかもしれない。<br/>
　そうやって、起こってしまった出来事、衝突、衝撃と向き合うことになるのだろう。せっかくなら、できるだけいい方に持っていきたい。とはいえ、ひとえに「いい方」と言っても、何が「いい方」なのかは分からない。しかし、少なくとも、出来事や衝突、衝撃から何かを得るなり、発想の糧、あるいは考え方そのものが変わるならば、それでいいのではないだろうか。<br/>
<br/>
　昨日、蛾が一匹、電車の中に迷い込んだ。若い女性がキャーキャー言いながら席を立って逃げた。夜の横断歩道で自転車と自転車が大きな音を立ててぶつかった。どちらにも人に怪我はなかったようである。<br/>
　何でもない常に平常であるはずの電車の中に蛾が迷いこんで起こる出来事。用心すればぶつかるはずのない自転車。しかし、迷い込んだり、自転車がぶつかったりすることはやはり起こりうることである。<br/>
<br/>
　昨日は、日常に侵されすぎて見失ってしまった「異常」を取り戻した一日だったのかもしれない。ファルキーが投げれば無双というわけではなかったのだ。<br/>
　これでよかったではないかと思う。これを機に、やはり何か変わっていくだろう、選手たちは。少なくとも私自身は改めて考えさせられることの多かった出来事だったように思う。<br/>
<br/>
　やっぱり、ホークスファンでよかった。
        ]]></content> 
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    <title>泣いたぜ、渚！！</title>  
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    <issued>2012-04-02T03:14:49+09:00</issued>  
    <modified>2012-04-02T03:00:41+09:00</modified>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
「変わらずに生き残るためには、変わらなければならない」<br/>
という有名な言葉はルキノ・ヴィスコンティの『山猫』の中に出てくる。この相矛盾する言葉は何を示しているのかかくも謎である。<br/>
ホークスの新垣渚投手が4年ぶりに勝星をあげた。入団当初から応援していた選手なだけに、喜びはひとしおである。好きな野球のチームを応援しているのは、ただ勝敗に一喜一憂しているわけではない。かつてエースと呼ばれた投手が勝てなくなる、一軍のマウンドにあがることもなくなることがある。しかし、ファンはもう一度マウンドにあがる姿を見たいと思っている。その想いが昨日叶った。それも完投勝利を携えて。<br/>
ファンにとって空白の期間、新垣はかつての剛腕を捨て、脱力投法、腹八分目投法を身に着けていた。文章にすればほんのわずかである。しかし、自らのスタイル、信念といってもいいようなものを捨てることはそう容易いことだろうか。かつて勝星を積み重ねてきた投球から離れることができるだろうか。否。これが、冒頭にあげた言葉と何か反響し合うものがあるように思う。<br/>
常に何と向き合っているのか、何をすればいいのか分からなくなることがある。しかし、やるべきことは目の前にあるのかもしれない。それは、自らの身体に、精神に問いを投げかけ、その反応、反射を一つ一つ丁寧に感覚していくことではないかと思う。そして、それは時に今まで積み重ねたものを解体してしまうこともあるだろう。それでも、ある核心を感覚するために変わらないといけないのかもしれない。<br/>
新垣は初勝利のとき、ヒーローインタヴューで泣いた。昨日も泣いた。そこには違う涙があったのは間違いない。ありがとう、新垣。<br/>
次は斉藤和己の番さ。
        ]]></content> 
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    <title>分け入ること。</title>  
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    <issued>2012-02-16T02:55:02+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-16T02:41:59+09:00</modified>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　「裏の裏は表」だと言うが本当だろうか。それはただ「裏」とか「表」とかいう意味に苛まされているだけではないだろうか。<br/>
　たとえば、ロシア人形みたいなものがどうなるのだろうか。裏にはまた表にある同じ顔がその裏の表にはある。しかし、その裏の表の顔と表の顔は違う。それは単に大きさが違うからといってもことたりるだろう。もしそれを同じだと言うならば、赤ん坊の顔と成人の顔を同じだということに変わりはない。確かに、ともに同じ人物だとしても、そこに微妙な差異なるものがあることは認めなければならないだろう。もしそれでも、それは全くもって同じだというのなら、他者に伺ってみるといいだろう。「確かにこれはあなたの赤ん坊のころの顔かもしれないけど、今とは全然違う顔をしているわね。あら、でも、どこか目元とか口元とかに当然面影はあるわね」と言われることになるのではないか。<br/>
　これでも不十分ならば、皮膚の裏の裏はまた皮膚に戻るのだろうか。血管の裏の裏はまた血管の表へと戻っていくだけなのだろうか。<br/>
　このあげあしをとったような話は、人が「表」とか「裏」とか言うとき、その二面性、あるいは二元性しか見て取っていないのではないかということだ。さらに分け入っていくという作業があってもいいのではないだろうか。表と裏で循環をさせて喜んでいるのなら、循環そのものに分け入っていくことをお勧めする。<br/>
　このことは同時に、問題を「善」と「悪」で分けないことへと向かうであろう。問題なのは、「なぜ」それが善と言われ、悪と言われるのかということだからだ。
        ]]></content> 
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    <title>頭上の月、足元のブラジル。</title>  
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    <issued>2011-12-11T02:36:00+09:00</issued>  
    <modified>2011-12-11T02:28:10+09:00</modified>  
    <created>2011-12-11T02:25:18+09:00</created>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
月が眩しい。足の下はきっとブラジル。真昼間の炎天下なのだろうか。<br/>
<br/>
年の瀬。毎年のようにやってくる。当然のこと。それにもかかわらず、この時期に人身事故と称する自殺が多くなる。生きている人間にとって、その死は、あくまでもその人個人の、過ぎて故人の事情でしかないと思っている。毎年思う。本当にそうだろうかと。よく現代は死が遠くなったなんて言う人がいるけど、本当にそうだろうか。少なくとも、私はこの頃、出かければ必ずと言っていいほど顔も名前も知らない人の死の知らせを耳にしているようにしか思えない。<br/>
<br/>
今年の夏前くらいだっただろうか。インドで30分に一人の農民が自殺しているというニュースを知る。新自由主義改革に苦しんでのことらしい。死はただ単に個人の内的な問題だけでおさまりはしない。死はその人を取り囲む状況や雰囲気が引き起こしてしまうものではないかと思う。「いかなる物も、外部の原因によってではなくては滅ぼされることができない」（第三部定理四）と言うスピノザの言葉に耳を傾けたくなる。とはいえ、「外部」をどう解釈すべきかという問題は残る。しかし、とにもかくにも、「なぜ死ぬんだ？」とか言って、その人の死を責めることよりも、「なぜその人は自殺しないといけなかったのか」と問うことの方が正当ではないだろうか。確かに、電車に飛び込んだその死と私たちは関係がないのかもしれない。が、しかし、電車に飛び込ませてしまった状況や雰囲気は私たちと共有しているものではないだろうか。<br/>
<br/>
毎日のように歩む駅のホーム。ぶら下がった駅名。時刻表。電光掲示。ベル。アナウンスが流れる。電車がホームに入る。乗車。むわっとした空気。無機質な顔と陽気な顔。トンネル。アナウンス…。きりのない日常が、異常を生むのではなく、すでにその「日常」は「異常」でしかないのだろう。そして、それを見過ごして、通り過ぎてゆく人波。私もその中に埋もれながらどこへゆくのだろうか。<br/>
<br/>
月が眩しい。足の下にはブラジル。真昼間の炎天下の中。
        ]]></content> 
  </entry>  
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    <title>ぶるーすはとおく。</title>  
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    <issued>2011-09-22T02:57:46+09:00</issued>  
    <modified>2011-09-22T02:48:08+09:00</modified>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　ブルースの歴史を辿りたいのだが、<br/>
　　論文があって休憩中。<br/>
<br/>
　　ただ、このブルース探索は僕にとって多大なる影響をもらった。<br/>
　　それは、オリジナリティの不在、著作権や所有の問題、<br/>
　　植民地の問題、西洋主義への疑惑と、<br/>
　　てんこもりの問題群がぞろぞろ現われた。<br/>
<br/>
　　そんな中でも今の自分にとって最も大きかったのは、<br/>
　　オリジナリティなるものがさほど重要でないことである。<br/>
　　つまりは、突如新しいものは生まれないということ。<br/>
　　無から有は決して現われない。<br/>
　　絶え間ない系譜の中に自分もいること、<br/>
　　それでとりあえずはいい。<br/>
<br/>
　　自然は、私たちの意に反して、いや、意を全くもって知らずに、<br/>
　　ただただ、そこにある。<br/>
<br/>
　　だが、そこにできるだけ一気に身を入れると、<br/>
　　自ずと自分の血に混じる何かを感じる。<br/>
　　それで十分であり、それが何かを語れたら、<br/>
　　もうそれだけで達せられたと言っても過言ではない。<br/>
<br/>
　　私は、確かにたった一つのものであるのだけれども、<br/>
　　その私は私の感覚や知覚、知性や理性ではとうていおよばない何ものかで、<br/>
　　できている。<br/>
<br/>
　　その系譜をどう辿るか、どういう視点で見ていくのか、<br/>
　　それが重要なポイントとなって現われるはずだ。<br/>
<br/>
<br/>
　　今の僕にはそういった思いが遠くからやって来る。
        ]]></content> 
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  <entry> 
    <title>目のある金縛り。</title>  
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    <issued>2011-08-28T00:37:04+09:00</issued>  
    <modified>2011-08-28T00:28:02+09:00</modified>  
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      <name>hey-yo-happyidiot</name> 
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　突如現われて、私の身体を固まらせ、<br/>
　　じっと私を見つめている何者かは、<br/>
　　一体どういうつもりなのだろう。<br/>
　　私はそいつの顔を見ることもできないし、<br/>
　　声さえも私の耳には届いてこない。<br/>
　　しかし、だからといって、私はそれを無視することができない。<br/>
　　否応なしに私に迫る。<br/>
　　何の要求もなく。<br/>
　　しばらくじっとしているとその締め付けはゆるくなってゆくのだが、<br/>
　　私にはそれが何者かいっこうにわからない。<br/>
　　放っておくことも可能だが、<br/>
　　どうにかこうにか食らいつきたいと、<br/>
　　もがいてみる。<br/>
　　目を開けた金縛りといったとこか。<br/>
　　しかし、私はそれの気配と息吹を感じている。<br/>
　　私の声は閉ざされ、目は空を舞う。<br/>
　　皮膚の穴からでる汗さえ途絶える。<br/>
　　私はそれを知りたい、というよりも、<br/>
　　それと向き合わなければ、私は私であることを失いそうな気もする。<br/>
　　ある瞬間、それは現われる。<br/>
　　私は何者かと対話しているようにも思う。<br/>
　　わからない、わからない。<br/>
　　聞こえない、聞こえない。<br/>
　　静まり返る私の感情は記録としてそれが持ってゆく。<br/>
　　どこへ？<br/>
　　私の知っているはずの場所なのだが、まだわからない。<br/>
　　遠いのか近いのかさえわからない。<br/>
　　まだ見ぬわけではないはずのそれが一体何者なのか。<br/>
　　これは私にとって生涯の問いであるが、<br/>
　　それはまた馬鹿げた問いでもある。<br/>
　　執拗に私の身体を締め付けるそれは、私への問いだろうか。<br/>
　　その問いの中味は私で開かなければならないのだろう
        ]]></content> 
  </entry>  
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    <title type="text"><![CDATA[PR: 「おとなの自動車保険」　5分でわかるカンタンお見積]]></title>
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/2UYjoria0GG5/s26a6A9zBjPG?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/2UYjoria0GG5/s26a6A9zBjPG?type=3&ent=89c882eff03090c28ad10063546f63d1"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 1歳刻みの「年齢別保険料」を採用。40代・50代の保険料を他の世代よりも割安に。 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
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    <modified>2011-08-28T00:28:02+09:00</modified>
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    <title>忘れちゃいけない想いを一つ。</title>  
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    <issued>2011-06-29T02:43:43+09:00</issued>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　ある女性を愛したなら、<br/>
　　あとはしっかりと抱いていなくちゃいけない。<br/>
　　簡単に離してしまったら、<br/>
　　二人の関係が崩れてしまうだけではない。<br/>
　　自分自身が破損して崩壊してしまう。<br/>
　　ある意味、否定的な捉え方ではあるが、<br/>
　　それだけ、ただの他者である彼女という存在は<br/>
　　私の精神の中に浸透しているのだ。<br/>
　　そのことにようやく気づいた。<br/>
<br/>
　　愛情はただただ体を重ね合うだけではないのは当然で、<br/>
　　それよりも、何気ない会話や仕草の中に溶け込んだ<br/>
　　彼女の存在に気づくこと、<br/>
　　それが最も大きな愛情ではないだろうか。<br/>
　　それはもはや取り返しのきかないもので、<br/>
　　もう彼女が私にとって必要不可欠な存在であることを示している以上のものはない。<br/>
　　<br/>
　　微細なところに入り込んだ他者のニオイは決して拭い去ることができない。
        ]]></content> 
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    <title>ああ、なつかしきかな。</title>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　いっさいはむなしくすぎゆくのみ、<br/>
　　ということにしよう。<br/>
　　自分の中で。<br/>
　　一つ終わって、また何かが終わる。<br/>
　　はじまりなんて期待もしていないときに勝手にやってくるものだから。<br/>
<br/>
　　とおくに行ってしまったんだろうね、<br/>
　　って、ようやくになってわかったときは、<br/>
　　ときすでにおそしか･･･。<br/>
<br/>
　　でも、だからこそ、<br/>
　　目一杯好きなことをやってやろうじゃないか。<br/>
　　たとえ、悲哀な感情ばかりでも。<br/>
<br/>
　　哀しくもなく、寂しくもない、ほうっとしているのも事実。<br/>
　　常に向いている方角は確かな何か。<br/>
　　それを教えてくれるのは何なのかは謎。<br/>
<br/>
　　とにかく、今はロネッツのbe my babyを聞くしかないさ。
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>電車とさようなら。</title>  
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    <issued>2011-06-14T02:07:14+09:00</issued>  
    <modified>2011-06-14T02:00:00+09:00</modified>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　三週間、熊本で過ごし、<br/>
　　僕は何らかの決心をしたように思うんだけど、<br/>
　　どこかまだ悩んでいるようでもあって、<br/>
　　ただ、それは見かけにしか過ぎないなのではないかという思いもある。<br/>
<br/>
　　何が決まったのかそれはわからないか･･･。<br/>
<br/>
　　ただ、電車に向かって手を振る小さな子供の心境がやっと分かった。<br/>
　　電車はどこかに向かうものではなく、<br/>
　　またどこかにたどり着くものでもなく、<br/>
　　ただただ、その場から過ぎ去りゆくものだということ。<br/>
　　それが今になってようやく分かった。
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>じょせい。</title>  
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    <issued>2011-04-24T02:40:30+09:00</issued>  
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　女性はいくらでも演技できるから怖いのではない、<br/>
　　本性を隠すことがたやすくできるからおそろしいのではない。<br/>
<br/>
　　女性のこわさは、<br/>
　　いつ怒り出し、いつ不貞腐れるか分からないところにある。<br/>
　　そして、それにはたいていのばあい、<br/>
　　理由がない。<br/>
<br/>
　　だからこそ、一人の女性を真剣に愛すべきだと僕は思っている。
        ]]></content> 
  </entry>  
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    <title type="text"><![CDATA[PR: WordPress始めるなら【ロリポップ！】]]></title>
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    <created>2011-04-24T02:34:25+09:00</created>
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    <title>そこから。</title>  
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    <issued>2011-04-24T02:35:29+09:00</issued>  
    <modified>2011-04-24T02:29:24+09:00</modified>  
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      <name>hey-yo-happyidiot</name> 
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　突然噴出する想いには<br/>
　　常々幾重にも重なりあったものがあることに気づくまで<br/>
　　よほど時間がかかるものではあるが、<br/>
　　そういったことを一つ一つ解きほぐしていくと<br/>
　　今、自分が置かれているのっぴきならぬ現実というものが<br/>
　　まだ現実を感じる前から<br/>
　　いま、まさに、そこにあるということを知ることができるのではないだろうか。<br/>
<br/>
　　とつぜん、<br/>
　　こうやって書きたくなる<br/>
　　なぐる書くような感情とそのキフクは<br/>
　　はたしてどこからやってくるのだろうか。<br/>
　　神でもなく脳でもない。<br/>
　　ふざけるなというその声は、<br/>
　　おい、こらというその怒声は、<br/>
　　なにやっとるんじゃというその罵声は、<br/>
　　ぼくの小さな部屋から発出しているのだろうか。<br/>
<br/>
　　夜中につぶやく言葉など見つかったためしがないようにかんじる。<br/>
<br/>
　　ある宇宙飛行士が壁に何度も頭をぶつけたらしい。<br/>
　　もちろんそれは無重力空間での出来事。<br/>
　　いくつのたんこぶが重なって、<br/>
　　いくつの衝撃に跳ね返ったのか。<br/>
　　痛みは、ぼくのいたみは、あなたのいたみは。<br/>
<br/>
　　遠くへと飛ぶことばかりを考えていたあのころとは<br/>
　　いつのことか。<br/>
　　閉じられた空間が嫌いで、<br/>
　　そこから抜け出せば<br/>
　　何もかもが一心すると思っていた。<br/>
　　それはそれはあまりにもあさはかな考えだった。<br/>
　　今になって思い知る。<br/>
<br/>
　　むしろ、打開すべきはその閉じた空間に穴を穿ち、<br/>
　　さらに奥へと突き進むことではなかったのか。<br/>
　　外に期待すべきこととは、<br/>
　　あたかもわかりやすきもの。<br/>
　　しかし、そのときにいう外とは、<br/>
　　真に開かれて抜け出せた外ではない。<br/>
　　むしろ外は我が内に穿った穴ではないだろうか。<br/>
　　ぼくらに襲い掛かるマスメディアを通して、<br/>
　　確かに、ぼくらはいくらもの情報を仕入れることができる。<br/>
　　しかしそこには検閲もあれば漏れたしまったのも当然ある。<br/>
　　とはいえ、そこで知ったものとはなんだろうか。<br/>
　　ぼくらに伝えたものとは。<br/>
　　はっきりと分かることが一つある。<br/>
　　それはぼくらにはどうやってもできないことがあるということだ。<br/>
　　決してそこから目を背けてはいけない。<br/>
　　<br/>
　　何でもやれてしまうという思い込みこそ危険なものはないと、<br/>
　　そしてぼくは多くのできないことで満ちている。
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>ああ、うるわしきかな。</title>  
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    <issued>2011-03-29T02:34:11+09:00</issued>  
    <modified>2011-03-29T02:28:50+09:00</modified>  
    <created>2011-03-29T02:28:50+09:00</created>  
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      <name>hey-yo-happyidiot</name> 
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    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　これは全くもって個人的な意見ではあるが、<br/>
　　経済的なものはそもそも地域的なものではなかったのか。<br/>
　　いや、それならば、政治的なものも同じようにそうであろう。<br/>
　　そして、その地域という上で最も重要なのは、<br/>
　　場所である。<br/>
　　アダム・スミス、リカードウにせよ、<br/>
　　問題はイギリスにある。<br/>
　　それがいつしか、マクロ経済学やミクロ経済学によって、<br/>
　　経済そのものは普遍化され、<br/>
　　ミクロにいたっては、<br/>
　　ある一定の主観性を前提にして考察されている。<br/>
　　まったくもって、場所は欠如している。<br/>
<br/>
　　それは、ありとあらゆるものに手を出してゆき、<br/>
　　グローバル化していったからだろうか。<br/>
　　欲望が加速して手につけられなくなって、<br/>
　　ダーウィンの悪夢を観ながら、<br/>
　　フィッシュバーガーを食らい、コーヒーをすするのか。<br/>
　　あそこではこれを補い、そっちではあれを補い、<br/>
　　網羅された都市は気だるい溜息をつくのを嫌がり、<br/>
　　目に見えない何者かに突き動かされているのだろうか。<br/>
<br/>
　　すべて、それらは必要だったのかという問いは出てこない。<br/>
　　なぜか？<br/>
<br/>
　　雇用の問題か、<br/>
　　経済の問題か、<br/>
　　人口の問題か･･･。<br/>
<br/>
　　もはや頼みは世の知の巨人のみ。<br/>
　　しかし、誰も手がつけられないらしい。<br/>
　　なぜか？<br/>
<br/>
　　何が僕たちをここまでに稼動させているのだろうか？<br/>
　　一体、何者が僕たちを今、この現在に足枷を繋げているのだろうか？<br/>
<br/>
　　それは、支配者、権力者、資産家たちではない。<br/>
　　彼らはむしろ、扇動させられている立場にあるのだから。<br/>
　　貨幣経済か？<br/>
　　それは何度も言われ続けられてきたが何の答えも見出させなかった。<br/>
　　欲望か？<br/>
　　いや、それもまた同様。<br/>
　　幻想か？<br/>
　　それもまた、同様。<br/>
<br/>
　　答えがない。<br/>
　　いや、そもそも答えが必要だったのだろうか？<br/>
<br/>
　　飢えない、渇かない、寒くない、<br/>
　　それで十分としたのはエピクロス。<br/>
<br/>
　　これはいけない。<br/>
　　中途半端な教訓じみた文句は今、必要ではない。<br/>
<br/>
　　しかし、その飢えない、渇かない、寒くないのは、<br/>
　　紛れもなく、ある場にいるある人間のことである以外に何があるのだろうか？<br/>
　　まさに、その場にあるものでどうにかしようという向きはない。<br/>
<br/>
　　僕はナショナリストではない。<br/>
　　なぜなら、国という単位にいささか疑問だからである。<br/>
　　国なんてものよりもっと小さな単位。<br/>
　　それは、県でもなく、市でもない。<br/>
　　町･･･いや、村くらいでちょうどいいのではないか。<br/>
　　だが、今さら引き返せはしない。<br/>
　　それは大きくなりすぎたからではない。<br/>
　　交通網があまりにも発達しすぎたからだ。<br/>
　　道路は都市に向かおうと田舎に向かおうと関係なく、<br/>
　　様々なモノが輸送され、また消費されてしまう。<br/>
<br/>
　　開かれるにはまず閉じなければならいのではなかったか？<br/>
　　リベラルとは何だったのか？<br/>
　　エピクロス、スピノザのような周縁の思想家はどこにいるのだろうか？<br/>
<br/>
　　少なくとも分かったことが一つだけある。<br/>
　　それは、場所、足元がどこにもないということだ。<br/>
　　そして、それにもかかわらず、どうやら立派に歩いているようである。<br/>
　　今のところ違和感もなく。<br/>
<br/>
　　アテナイの人々に投げかけたソクラテス、<br/>
　　オランダを嘆いたスピノザ、<br/>
　　思想家に普遍性はない。<br/>
<br/>
　　一体、僕は何に突き動かされてこの文章を書いているのだろうか？
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>それぞれ。</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://happyidiot.exblog.jp/15102544/"/>  
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    <issued>2011-03-26T00:39:15+09:00</issued>  
    <modified>2011-03-26T00:33:53+09:00</modified>  
    <created>2011-03-26T00:33:53+09:00</created>  
    <author> 
      <name>hey-yo-happyidiot</name> 
    </author>  
    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　計画停電や節電ダイヤや余震、放射能への不安の中でさえ、<br/>
　　大切なことはできる。<br/>
　　そして、今までの暮らしの方が異常だったのだと思うこともできる。<br/>
<br/>
　　僕があえて今、ファインダー越しに覗くのは<br/>
　　あくまでも日常である。<br/>
　　<br/>
　　政治からも経済からも、そして社会的なものからも<br/>
　　一見遠いように見えてしまう、<br/>
　　そんなものたちを今一度見つめたい。<br/>
<br/>
　　呑気なことのように思われるだろうが、<br/>
　　これこそが最も辛辣な反抗だと<br/>
　　僕は心から思っている。
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>ひび。</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://happyidiot.exblog.jp/15096780/"/>  
    <id>http://happyidiot.exblog.jp/15096780/</id>  
    <issued>2011-03-25T01:13:00+09:00</issued>  
    <modified>2011-03-25T01:11:00+09:00</modified>  
    <created>2011-03-25T01:08:26+09:00</created>  
    <author> 
      <name>hey-yo-happyidiot</name> 
    </author>  
    <dc:subject>未分類</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
　　おもく幾重にもかさなった口を開けるたびに<br/>
　　できるかぎり、ため息だけは出さないようにした･･･。<br/>
<br/>
　　そんなことは大いなるうそです、虚栄です。<br/>
<br/>
　　つんと底冷えのするような春が<br/>
　　胸の奥までまっさらな何かを突き刺してゆくようで、<br/>
　　少しだけうっすらとした空模様に<br/>
　　心を許してみようかと思ったんです。<br/>
<br/>
　　ある限界と終わりが垣間見えると、<br/>
　　それが運命とか自然とかよりも、<br/>
　　むしろ何者かに強引に捻じ曲げられてしまったかのように思ってしまう。<br/>
　　でもね、それが一つの受け入れないといけないことなのかもしれません、<br/>
　　と、悟りを開いたような顔をしてみても、ゆってみても、<br/>
　　結局、何かが胸の奥でつっかえているんです。<br/>
<br/>
　　遠くのことは絵空事、触れたものは有象無象。<br/>
<br/>
　　くたばっちまえと言いたくなるのは、<br/>
　　本当は他ならぬ自分自身ではないかと思ってみたんだけども、<br/>
　　やっぱりそれも悟り面でよくないから、<br/>
　　それらの文字の羅列をティッシュに包んで、<br/>
　　少しでも遠くに放り投げたんです。<br/>
<br/>
　　どんな些細なことも<br/>
　　どんな小さなことも<br/>
　　どんな細かいことも<br/>
　　体の片隅にそっとしまってあることを<br/>
　　心の片隅に置いてもらえるととても嬉しいんですと、<br/>
　　囁かれているんだけれども、<br/>
　　その囁いている人って一体誰なんでしょう。<br/>
<br/>
　　明日のことはわからないと思っていたのですが･･･。<br/>
<br/>
　　驚いてみせたり、<br/>
　　悲しんでみせたり、<br/>
　　怒ってみせたり、<br/>
　　そんなことばかりで、<br/>
　　それらの姿を見ている自分は普段、どこにいるんだろう。<br/>
<br/>
　　すっと立ち上がる力とうっすらと笑う気持ちだけあれば<br/>
　　どうにかやっていける。<br/>
<br/>
　　そして、今日も夜になれば眠るだけのことなんです。
        ]]></content> 
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