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    <title>金満里の庭</title>  
    <link>http://kimmanri.exblog.jp</link>  
    <description>劇団態変・芸術監督による製作日記と日々のつれづれ記</description>  
    <dc:language>ja</dc:language>  
    <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
    <dc:rights>Copyright 2012</dc:rights>  
    <pubDate>Sat, 26 May 2012 11:40:00 +0900</pubDate>  
    <dc:date>2012-05-26T11:40:00+09:00</dc:date>  
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      <title>金満里の庭</title>  
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      <description>劇団態変・芸術監督による製作日記と日々のつれづれ記</description> 
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    <item> 
      <title>『天にもぐり地にのぼる』初日明け！２回目公演の日</title>  
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      <description> <![CDATA[  
　『天にもぐり地にのぼる』は、アクティングスペースが広く円でいる。だから今回のメタモルの小さなスペースでは客席が少なくしか取れない。壁に張り付き観客がいるような状態だ。<br/>
　昨日は公演前の夕方から雨空となり少し肌寒いぐらいの変なお天気となり、予定より２名ほど観客は来られずで結果２８名。それでも、客席は狭かったというアンケートでのご意見があった。「もう少し座っていて余裕があれば、また観に来たい」というプラス意見であったが。<br/>
<br/>
　私は喉風邪にやられ稽古のときよりも実際の舞台では不調に感じたが、それはそれで演技は体が絶好調なときよりも、不調な方が良いものがでる。余裕のないギリギリの境を行く死との出会いの方が、より深い魂の真影が引き出さざれを得ないからだ。<br/>
　この日も、気付けば違うところに行ってしまっていて、無我な瞬間で過ぎたように思う。小蛇から龍に変化していた。<br/>
<br/>
　兎に角帰宅し風呂に入るが寒気がして止まらない。喉の痛さはどんどん増すしで、今朝方にはようやく寝汗をかけた状態で、微熱が出てきたようす。あまり声はださいようにして、舞台だけを見つめてまっしぐらに行ける方が演者冥利というものだ。<br/>
　さて今日はお天気でポカポカ陽気で、観客は多くなるかも知れない。きゅうきゅうでも、また観たい、と思わせる公演にしたいもの。
 ]]> </description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 26 May 2012 11:40:00 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-26T11:40:00+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>『天にもぐり地にのぼる』再演始まる</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17580919/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
　火曜日にもゲネプロ昨日もゲネプロという入念な準備でむかえる、今日の『天にもぐり地にのぼる』のメタモル・ホールでの再演初日。<br/>
　昨日は照明も音響も活況に入ってきて、舞台での私も面白く試行錯誤は続きながらも、良い感じに出来上がってきた。が、黒子の早着替えさせがこれまで以上の時間になってしまって、アワワ状態に。でも狭い空間なので余り気にならないのも不思議なもの。しかし、演技の私は、板付けされるのにその影響で黒子が慌ててうまく足が組めていないまま立ち去られて、シーン始まるしで最終アワワは役者に来るのでこまりもの。<br/>
<br/>
　これに合わせて劇団態変スタッフ岡瑛子がキュレーターとして展示企画した、ギャラリー「メタモルフォーゼ」企画第一弾「天を見る人―大野一雄・大野慶人・金満里―」を１８日からオープンしている。それにカフェも今日から始まり、賑やかな雰囲気になれば、嬉しいところ。<br/>
　東京からの大浦監督の映画撮影も来ていて、今日も撮影して行く。<br/>
<br/>
　全体的に、新たな展開に相応しい、役者揃いということだ。<br/>
　<br/>
　
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 25 May 2012 14:23:57 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-25T14:23:57+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>『天にもぐり地にのぼる』チケット完売！追加公演決定！！</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17557492/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
　うれしい悲鳴。<br/>
　僅か30キャパだったとはいえ、劇団態変の存続の危機への脱皮をめざし、我がアトリエのメタモルホールでの使命ある私のソロ『天にもぐり地にのぼる』公演だ。<br/>
　当初公演予定の3ステージ全てのチケットの完売成る、でホっと一安心。<br/>
　これは危機脱皮へ明るい見通しが持てる良い弾みとなること請け合いなし。<br/>
　そして、更に追加公演を挙行することにした。<br/>
5月27日p１８：００〜<br/>
4ステージ目追加公演のゴングが鳴る。<br/>
　<br/>
　劇団態変と私のソロ公演は今後益々、いつかき消されるかという、貴重な公演となる。今展開している私の身体表現芸術は、現代まで人類史があってこの時代に生きる人間が、自然や宇宙にとって何か一つでも何らかの前向きな役割を果たせたものとして、差し出せる大きな光明としての証なんだと思う。<br/>
　それはいともたやすくかき消されるかもしれない、微細でミクロな徹底して個別的な、誰も見ようとしても見れない世界であった。それを白日のもとに晒し、凝視させること。そして確実に広がる価値の心地良い転倒から、別世界があることに気付きそこを共に生きることになる。<br/>
　そんな芸術がこれまでにあったろうか。<br/>
　そんな、貴重な芸術創造の表現が今この地にある、ということを創る我々も最後の一滴になるまでもやり尽くして行かなければと思うのである。<br/>
<br/>
------------INFORMATION ------------<br/>
<br/>
『天にもぐり地にのぼる』チケット発売中！<br/>
メタモルホールの極小空間から天地を射抜いて宇宙に舞う<br/>
<br/>
［日時］　　５月２５日（金）１９：３０開演<br/>
　　　　　　　　２６日（土）１６：００開演<br/>
　　　　　　　　２７日（日）１４：００開演<br/>
　　　　　　　　　　　　　　１８：００開演（追加公演）<br/>
　　　　　　（開場は開演の３０分前）<br/>
<br/>
［会場］　　メタモルホール(JR東淀川駅から徒歩3分)<br/>
　　　　　　場所　http://www.asahi-net.or.jp/~tj2m-snjy/meta/meta_map.htm<br/>
［チケット］前売（一般）３０００円<br/>
　　　　　　　　（学生・シルバー）２５００円<br/>
　　　　　　　　（障害者+介護者ペア）５０００円<br/>
　　　　　　当日　３５００円<br/>
<br/>
【ご予約】<br/>
●tel:０６－６３２０－０３４４<br/>
●ホームページ上でのチケット予約<br/>
http://www.asahi-net.or.jp/~tj2m-snjy/form/ticket.html<br/>
<br/>
※限定３０名。誠に申し訳ありませんが会場の都合で車イス席は各公演１席です。<br/>
　必ず事前にご予約をお願いいたします。<br/>
　なお、車イスの方は開場１０分前迄にご来場お願いします。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 19 May 2012 15:49:23 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-19T15:49:23+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
      <title><![CDATA[PR: 勇気のしるしの歌をつくろう！！]]></title>
      <link>http://rss.rssad.jp/rss/ad/VcGpc4Wy0kDi/ZKcQpIIQ1brQ?type=2&amp;ent=3080defc1cd2c0e679a4e3f9d6e5b306</link>
      <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/VcGpc4Wy0kDi/ZKcQpIIQ1brQ?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/VcGpc4Wy0kDi/ZKcQpIIQ1brQ?type=3&ent=3080defc1cd2c0e679a4e3f9d6e5b306"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > リゲインのCMソング「勇気のしるし」の替え歌をつくろう。出来た歌をPCが歌う！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
      <pubDate>Sat, 19 May 2012 15:49:23 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>ピロリ菌</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17504622/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://kimmanri.exblog.jp/17504622/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
　10年前ぐらいから胃がおかしくて気になっていた。<br/>
　昨年の韓国公演から現地で韓国料理の唐辛子が全く食べれなくなって、辛くないものを探し食するようになっていて、10年前位からの変調とあいまってかなり気になっていた。　<br/>
<br/>
　それが、旗揚げ以来私と共やってきた役者の木村や福森が相次いで亡くなり、その失意も大きく特に福森は肺癌が判ってからの治療選択や役者としての全うの仕方、強いては公演後の生活の仕方まで一緒に考え必死に闘ってきた。だから、後に残された気持ちは、やはり落ち込みであった。<br/>
　そうする内に、自分の体をちょっと先送りにしてきた検査を、この際ちゃんとしようという気になり、胃カメラ検査でも受けようかと重いお尻を上げた。<br/>
　生まれて初めての胃カメラ検査で、最悪なことも考えていたがお陰様で、胃炎と小さなポリープ（これぐらいは何も問題なし、ということ）そして今話題のピロリ菌が見付かって、その上悪玉コレステロールの値が高い、という口から胃にかけての比較的養生が効く食の問題が判明した程度で、ホッとしている。<br/>
<br/>
　しかし、やはり生活習慣病になる年なんだということへの自覚を持って、余生を如何にやりたいことへ邁進できるようにするのかだと。<br/>
　それは福森の死と向きあって、福森のきっぱりと死を受け入れる姿勢に触れさせてもらって、私も一旦死を受け入れてからこその再生にならないと、福森に申し訳が立たない。残されるというのは、自分だけが生きていて良いのか、という深い喪失感は諫めないから、そうでも思う以外にないのである。<br/>
　福森の死後に慰めに訪れて来てくれた友に、そう言えば「金ちゃんが、そんなにしょげてても、福森さんはいっこも喜ばへんで。福森さんのことを思うんやったら、早よ元気にならんと。」という言葉を贈られた。が、そのときはピンと来ていなかったのだ。しかし、こうしてふり返り、自分の言葉の中に、確かに友の投げかけてくれた精神が息づいている。<br/>
　<br/>
　再生には適度な菌も必要、とばかりにピロリ菌と悪玉コレステロールを励みに、日々の生活から立て直す目標が多くの人に支えられる実感になり、有難さでありそれは生きていりゃこそなのである。<br/>
　みんなで、より良く、生きていきたいものである。<br/>
　<br/>
<br/>
<br/>
　<br/>
　　<br/>
<br/>
　<br/>
<br/>
　
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>生活の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 5 May 2012 16:08:30 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-05T16:08:30+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
      <title><![CDATA[PR: 史上最もダイナミックなボルボ S60 DRIVe]]></title>
      <link>http://rss.rssad.jp/rss/ad/VcGpc4Wy0kDi/VyGgUDVqJwR9?type=2&amp;ent=28e8220a57e8aab6757f6c46848180c7</link>
      <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/VcGpc4Wy0kDi/VyGgUDVqJwR9?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/VcGpc4Wy0kDi/VyGgUDVqJwR9?type=3&ent=28e8220a57e8aab6757f6c46848180c7"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 流れるような洗練のクーペフォルムとアクティブな躍動感を、あなたに。 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
      <pubDate>Sat, 5 May 2012 16:08:30 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>大浦監督から映画の企画書</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17504494/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://kimmanri.exblog.jp/17504494/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
　この４月３〜10日で東京へロケに行った映画の二度目の撮影で、今回の映画の企画書が今日大浦監督から届けられた。<br/>
　その映画のタイトルが『満里満開』で、行くとのこと。<br/>
　私の映画にしたい、というのは当初お聞きしていたのとは監督が東京ロケ前に変更し、そうなったのでタイトルも含め私は戸惑いながらである。<br/>
　このタイトルは大阪では不評、東京では良い、という。<br/>
　何れにせよ、本格的に私の映画作りが胎動しだす。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 5 May 2012 15:14:42 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-05T15:14:42+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>行政補助がなくなって一月</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17494090/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://kimmanri.exblog.jp/17494090/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
　怒涛のような、一般の生き残りへの運営の、荒波に劇団が放り込まれることになったこの2012年4月。とうとう来たか！　だったのです。<br/>
　厚生省が「小規模作業所」という政策支援対象として認めていた予算を打ち切る発表があったのは、２〜３年前からでした。<br/>
　元々この「小規模作業所」は、養護学校を卒業しても就労先や進学もできない学習と身体の両方へ障害がある子供を抱える親たちが、就学時期が終わってからの我が子の行き先を自分たちで作って運営しようと作られた、行き場所確保への止むに止まれぬ自主管理運営の溜まり場作りの動きからです。<br/>
　働く、というのが人生の自立であり一人前の人間だ、とするいわゆる生きて行くのに必要な就職から重度障害者は、全く相手にされず阻害され、だから一人前ではなく社会のお荷物なんだと命そのものを否定して行く社会からの一つの狼煙だったわけです。<br/>
　だからあくまでも労働への拘りで、軽作業を探し請け負ったり、少しでも動かせる身体があればそれを活用し、細々とでも工賃に代えれる何んらかの労働を目指す「作業所」の言葉だったのでしょう。<br/>
　それが大量生産原理の工場労働向きではない、小さく点在しそれぞれにアナログ的な人の手作りや会話で結ぶ、ささやかな関係性の中でようやく生きれる重度重複障害者の居場所を現す「小規模作業所」に具現化させたのは、そういった実態が先で障害者を取り巻く健常者たちの親たちが起こしたムーブメントだったのです。<br/>
　その運動を一定支援対処に国に認めさせたのも、運動の成果だったといえます。<br/>
<br/>
　我々態変は、その中心にいたわけではなく、どちらかと言うと私は親が中心であった運動は冷ややかでした。当事者運動のさきがけの「青い芝の会」でしたから、その運動を脱会した後に来た自分で起こした劇団態変でも、障害者の親や障害者にとっての労働、といったものへは問題を立てる筋が元々真っ向から違う角度からの見え方があったからです。<br/>
<br/>
　しかし、劇団が海外公演をおっぱじめるケニア公演への取り組みの際に、芸術として障害者が自己の世界観を舞台に乗せる劇団態変の活動も、一つの障害者の労働の在り方として行政に認めさせていくのは良いことではないか。立派に、認めさせる資格はあるのではないか、といってくれる人たちがいたのです。<br/>
　その頃はもう障害者アート、という言葉がチラホラ出だして、私は自分たちの芸術は「障害者」という括りで片づけらるようなものを目指してきたのではないので、そこへ認めさせる動きに付いてはせっかく培ってきた芸術性を絡め取られる危険性があると判断し距離はおきつつ、しかし劇団態変は重度障害者が中心なのは確かなことで、そこには健常者の黒子やスタッフがいて海外公演を一緒に目指していたわけです。<br/>
　重度障害者の舞台表現作りへも、介護と同様に黒子（くろこ）という健常者は必要不可欠で、そこは他の健常者の劇団とは格段に違う、条件の高いハードルになっているのは事実。<br/>
　少しでもその現実を、やりやすい方向で模索することは、芸術総体の先を切り開くことにるのならば、正しく福祉の支援を受けることが芸術という特殊な世界を一般の在り方という普遍性へ還元できる手立てになる、と思ったのです。<br/>
<br/>
　実際には、障害者の芸術支援では作業所は保証しないという行政の足かせに合い、これも絡め取られたくないのはこちらも元々からの立ち位置だったので、劇団態変とは一線を画した運営で、作業所はあったしその方がやりやすかったのです。<br/>
　だけども事実として、事務所を維持でき健常の専任者が常駐できる環境を維持できたこと、は態変の活動基盤を作るのに大きく貢献し前に推し進めることができたといえるのです。<br/>
<br/>
　そういった４月があって、新たな闘いの幕が切って落とされた、感で迎えそして一月が立ちました。まだよちよち歩きの赤子のような、危うい新生児で劇団態変はいます。<br/>
　そこで今どんな具合かを考えるに、作業所枠を取り払い尚且つ行政の縛りがなくなった分、純粋に劇団運営が我々の手中に落ちてきたというか転がり込んできた、といった私の好きなリアリティがあります。<br/>
　手足をばたつかせ、なりふり構わない自己の存続へ命賭けにならないと、消される運命への叫びであり知恵です。<br/>
　お陰様で、先程もいいましたが劇団態変の芸術性へ、共感し共に知恵を出し劇団の存在が不可欠だ、という思いが何よりも役者にそして観客のみなさんにもはっきりと感じ取れること。そういったかけがえのない存在として有らねばならない、といった芸術をこれまで作ってこれたんだ、という発見に私自身が気付く機会が本当になんと新鮮で多いことか！<br/>
　これが大いなる玉手箱を恐る恐る開けたあとに来る、苦しさと悦びだと、まだ一月なんで言えることかも知れませんが、選び取った道はどうもこれで間違ってなく、気鋭を上げる方向が全ての存在に先ん出るし、存在という呪縛をも越えるのではないか、という気がします。<br/>
　先ずは、今の実感で書きとめておきたいくて、またとない「おぎゃー！」の実感を。　<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 2 May 2012 17:44:41 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-02T17:44:41+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
      <title><![CDATA[PR: ポラスの分譲住宅「仮称おおたかの森25プロジェクト」]]></title>
      <link>http://rss.rssad.jp/rss/ad/VcGpc4Wy0kDi/bLt5T8UDx9Rl?type=2&amp;ent=0cd4ceda5ea29bc579aee5c06ef8fd25</link>
      <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/VcGpc4Wy0kDi/bLt5T8UDx9Rl?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://bnr.rssad.jp/rss/img/VcGpc4Wy0kDi/bLt5T8UDx9Rl?type=3&ent=0cd4ceda5ea29bc579aee5c06ef8fd25"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 平成24年6月中旬販売開始予定。つくばエクスプレス流山おおたかの森駅徒歩14分！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
      <pubDate>Wed, 2 May 2012 17:44:41 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>４月６日　国立、この映画の重要なシーン撮り</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17395803/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://kimmanri.exblog.jp/17395803/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
<br/>
<br/>
　大浦監督の映画で重要なモチーフとして必ず出てくるシーンに壺が爆発し割れる、というのと部屋の中を胎内回帰のように眺め去っていく、というのがある。今日はそのシーン撮りである。<br/>
　アーティストたちが共同で借りていたという、もうじき取り壊しになる運命の古い木造の秘密基地のような二階建ての広い建物。大浦監督が絵をそこで描いていたという場所が国立市にあって、そこをロケーション場所として二つカット割りしながら創りこむ日である。<br/>
　その館の正面玄関にある階段がまず最初の場所である。階段に爆破される壺が並べられていて、その前を車イスを押され私が通り、消え去った後に壺が爆破され中から水が流れ落ちてくる、という設定。その次は木造の古い消え去った先の部屋に絵画が後で合成映像で設置されるはずというものがある想定で、その部屋の中を自分の古巣の胎内戻ったような眺め方で、絵に振り向き凝視しそして見渡し去っていく、というのが二つ目。<br/>
　このわずかな短いシーン撮りで一番難物が車イスを押す後ろの人である。こちらから連れていったスタッフ２名は、カメラ撮影の速度が了解できていないので、撮影班から押す人を出すという監督からの要望で、その押す人の特訓から始めなければならない。なかなかうまく押せない。スロープが仮設で取り付けられたのだが、わずかな段差を引っかかりなく、そしてまた降りるときもわずかに段差があるところを衝撃なく押す、という至極介護的な動きが一番うまくいかなず、何度もやり直しやりながらもなかなか習得できない。車イスを押すという単純そうに見えることを舐めてかかってはいけないといういい例えになると思うが、一般的には知られておらずその苦労も何度かくり返し行う中で生活として介護者も身についてくるところである。<br/>
　私の動き自身は単純なので、そんなに長時間かけることでもなかったのだが、この車イス押しが何度も失敗を重ね習得できないがために、本当に時間を費やし、これならうちのスタッフでカメラの速度を覚える方がよっぽど早かったと思う次第。やはり劇団態変が何気に３０年行って来ている身体表現芸術を舞台に乗せていくことは、このような一般の人たちの全く関わり持たなければあずかり知らない、射程にも入ってこない問題意識が積み重なり、何気に行われていることなんだと、改めて思う次第。<br/>
　<br/>
　これらの細かな齟齬を黙っていてはやはりいい映画にならないだろうと、全部終了後この日は大浦監督へこの間の感じるところを率直に話をさせていただく。噛み合う話なのかどうかは別として、いい映像を創ろうと思えばその理解が及ばなかったことをやり過ごさずお互いの意識の中へ落としていく作業が絶対に必要であろう。特に今回のように抽象的な映像ドキュメントとして創ろうとする、結構斬新的な取り組みには私という素材を使いたいと思っても、その使う背景にあるものへの考察や理解度といったものを問わないかぎりこれまでの映像の創り方なり、映画としてのビジュアルへの捉え方そのものが変化しないままであると、齟齬が齟齬として非常に良くない形で観客の前に露呈することだけは避けなければいけない。<br/>
　それがひいてはこれまでと全く違う角度での映像創りが結果的に出来上がることに繋がるのではないかと思うのである。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>未分類</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 7 Apr 2012 9:24:39 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-07T09:24:39+09:00</dc:date> 
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    <item> 
      <title>４月５日　月島横（？）佃の川遊歩道・新宿歩道橋</title>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
全く東京の地理的感覚はゼロなのでどこをどう移動しているのか分かっていない。<br/>
　大浦監督が用意した小野ドライバーとレンタカーで移動は昨日と変わらず、桜の満開手前でどこにいっても綺麗な花ざかり、ここ佃と言われた場所も海に近い（築地が近いのかな？）ということで、川べりには公園があり子どもとお母さん方が花見をあちこちでやっている。そういう景色を横目に赤い橋が見えるところ、「小野さんがあそこですね」、というが私には赤い橋よりも桜の花の方が目立ち何がなんだか分かっていない。それほど何の変哲もない小さな川と川べりにある民家、そして小さな橋であったが、そこで撮影をするという。<br/>
　古い川べりの街並みが残っている後日に撮影予定の月島という場所につながる風景だという。川からは海のにおい、そして生野を見慣れた私には下町といってもそんなに貧民窟の感じはしないし、まぁ指定された場所を見てもそれはどういうロケーションなのかがもう一発分からない。<br/>
　始めに指定されている場所が緩やかな傾斜のつく遊歩道上であったので、私はそこから転がり落ちることしかできない、と思い、平面の方がいいということと、敷かれているパンチカーペットのグレーが違和感と身体が動かせないことをチェックする。すると大急ぎで場所を少しずらせ、リノリウムダンスマットに変えて総出で作業を開始しだしている。<br/>
　ここでは車の後ろを座席をあげ着替えするスペースにして着替えるのだが、折しもすごい陽気、日差しは暑く車の中で密閉すると温度はどんどん上昇していく。これじゃあ熱中症になるぞ、と悪い予感。とにかく着替えを済ませるとすぐ撮影に入らないと定位置についたまま時間が経てば炎天下の直射日光の中で、最近めっきり日差しに弱くなった私は萎えてしまう。着替えるのと外の準備とそして車内のクーラーがんがんかけを依頼するのとでハッキリ言って戦争状態。<br/>
　外に出て早々にパフォーマンスを始める。13分ぐらいか、今回のこの撮影はナチュラルメイクで髪の毛も自分のバサバサ状態でやることにした。もちろん白塗りもナシ。フリーでいいということでレオタードのみで行う今回のロケの中では、ここだけが唯一私のやりたい自由な表現として充分に楽しめた。終わって大浦監督もご機嫌、「非常に良かったです」と、辻カメラマンも大喜びな感じ。「ありがとうございます」とカメラマンが始め台車に乗り、後ろを押されていたが、そのうち気づくと間近にカメラを地面すれすれで私の目線で手持ちで近寄っていたり、私は自分の身体と周りの風景だけのセッションにいきなり気づくとカメラが間近にあったりして、やはり驚くことしきり。次の新宿歩道橋までに時間がかなりあるので終わってからいったんホテルへ帰ることにする。<br/>
　そこで、事件発覚！歩道橋で行う-狼-で要る足袋がない。準備した黒子が韓国の民族衣装の靴下ポソンと同じものをここで使えると勝手に解釈し、足袋は持ってきていなかった。この狼は日本の打掛を身に纏い、藁も日本のかんざし風、完全にこれは日本の和の着物なのである。そこに足先だけが韓国靴下のポソンを履いてどうするか？　メイクでこの日悦子さんがこの狼に合わせ４時から来ていただいている。そのメイクを終えた後で衣装点検をしていて発覚したことで急いでその黒子スタッフに悦子さんも「そのへんに呉服屋さんぐらいあるでしょ、買いに行けば」と何気に言ってくださる。そういった中でもウロウロ即行動を起こさずにやっているスタッフに「何をしてるんだ。買いに行くと決めたら早く行け！」と怒鳴る私。悦子さんがそこにいるのでこれでも90％我慢しての怒鳴りである。<br/>
　危ない橋を渡りつつも、予定より一時間ぐらい遅れて新宿交差点の下に車でつける。<br/>
　歩道橋に上がりビルが借景になる側でリノリウム（ダンスマット）が敷かれている。これは-狼-で這うと私は誰もいない壁に向かって正面を向けながら進むことになる。そういう事情を何度も監督に説明するが、どうも伝わらない。やはり健常者がどっちの向きでも横ずりで這っていけるのと同じようにしか考えられないようだ。<br/>
　事前に細かなシーンづくりについてのやりとりが一切なされず、あくまでもその場での対応が主となる撮り方を本分とされている様子の大浦監督。すごく寒い夜の新宿歩道橋上で、そういう論議を長々やっている時間と体力もないので、背中向けで這うことでカメラはOKというので、下に降りて演技を始める。<br/>
　新宿歩道橋は思ったほど人通りはなく（予定の時間よりも１時間も遅れてしまったので人の波はすっかり違っていたのかもしれない）、人だかりができるのか、とか期待していたが、全然人通りのまばらな中で足元は特に暗い歩道橋、這いずりながら-狼-の演技を終えるが、もう一発目論見が分からない状態。<br/>
　メイクをしていただいた悦子さんはこの日カメラマンのお尻にぴったりとつき、昨日の人払いをされ見れなかった苦節をなんとかご自身の裁量で苦節解消し、しっかりと観ていたとのこと。悦子さん曰く、「良かったわよ」と、着物の内側に赤い色が見えるようにと持って来られ着せてもらった悦子さんのカーディガンがやはりあの歩道橋の上ではアクセントになり、効いていたと思う。<br/>
　帰り際に監督へ、ここのシーンはどのような映像になっているのか是非観てみたい、と申し入れる。後日カメラマンの編集で見せられる部分だけ見せるようにする、とのこと。この一瞬の撮影に要した時間は膨大なもの。しかし芸術とはこういった見えない多くの時間によって支えられている。しかもその中から取り出される一瞬もまたセレクトの内である。そのかけられた時間の努力が一瞬の目に見えて表に出てくる中に凝縮されているからこそどんな努力も無駄ということは出来ないのだろう。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>未分類</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 6 Apr 2012 11:56:02 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-06T11:56:02+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>萬福寺</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17388754/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
武蔵野を通り、国立を過ぎ東京郊外の古い田舎にポッカリと萬福寺が出てくる。<br/>
萬福寺はガランとした本堂と縁側、そして隣の神社という３箇所での撮影となった。<br/>
大野慶人先生、悦子さんに来てもらって行う撮影である。<br/>
萬福寺の本堂に立派な古い墨絵が掛けられている。彩色もほどこされていたと思うので、それが墨絵かは定かではないが、僧侶が大蛇に見えるが実は龍ではないかと思える長い胴体の中にいて、その龍の髭を生やした蛇のような頭を飼い慣らしている変わった変な絵だ。<br/>
あまり繁々も見れず、兎に角こちらは準備に勤しむが、そこの本堂で行うのがー九寨溝の龍ー悦子さんにホテルでメイクを仕上げてもらい、白塗りは寺の座敷を使用させてもらいやる。撮影の段になると、大浦監督から、「ここはカメラアングルとして四方を使うので周りに人払いをして撮りたいので皆さんは部屋の中に入ってください」とのことで監督自身もカット合図を出すと早々に姿を消さなければならないとのこと。私は板つけセッティングされて後は始まるのみ。始まってしまえばガランとしたお堂の中に誰一人観客を迎えずに迎えるこういった空間も良いものだと初めて気づく。空間と自己の身体のみで全部がそこに風や光、目に飛び込んでくるもの全てがその作品にとってのかけがえのないジョイントしてくるものとして感じられる。このお堂という空間性を感じながら上から吊り下ろされている物がまるでこれは龍なんだということが分かるというか感じるというか、自分自身の身体と一緒になってこのお堂全部、畳から天井上までまさしく『天にもぐり地にのぼる』として私の身体表現はあったように思う。地底深く潜ったかと思うとお堂の隅々まで行き渡って、あっという間に寺を上空から眺め、お地蔵さんが並ぶ赤い前掛けと帽子を上から眺めたり、横から眺めたりしていた。今年は辰年。萬福寺はそこにかけられていた絵からしても龍と何か関わりがあるのだろう。私がここで九寨溝の龍を行うのも大浦監督はきっと何かその辺の思惑あってのことだろうとその効果は充分だったかどうか、、、私としては非常に貴重で得難いパフォーマンスであった。音にアクシデント有りで全く途中からは無くなった状態なのだが始めから音はなかっても良いと思っていただけに、全くそういうことは気にならず、始まったらノンストップで一本勝負で１５分間もやっていた。<br/>
　縁側と神社はー愛の会話ー縁側で行うときの気持ちよさといったら丁度よいポカポカ陽気のこの日、縁側での木漏れ日が非常に心地よくキラキラとお日様が笑いかけてくれるよう。<br/>
ここでは皆さんが観ていいということで初めて外に出てこれる状態だった。<br/>
隣の神社では神社の階段の前にこげ茶のリノダンスマットを引き四角くスペースを確保してくれている。ー九寨溝の龍ーでは辻カメラマン（非常に今売れっ子のカメラマンらしく、若松孝二監督作品『キャタピラー』など今引っ張りだこ）は手持ちカメラで全くこちらにとって気にならない撮り方空気のように演技に向かってこず阻害せずであった。<br/>
ー愛の会話ーでは、カメラレールを引き、前から前後するだけで撮っている。<br/>
神社の所でようやく私はいつものー愛の会話ーの中で私の母と大野一雄先生との対話を取り戻し遠くにある雲の中に大野一雄先生を見つけることができた。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>未分類</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 5 Apr 2012 12:01:20 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-05T12:01:20+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>大浦信行監督の映画製作</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17384496/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
 4月3日大阪から東京へ移動。<br/>
 　<br/>
 私はかねてより観たかった草間彌生の大展示会国立現代美術館にこの日しかないと、東京出発前に観に行く。<br/>
　恒例となった草間氏の映像含めて、やはり現代アートというくくりが私の中では少し崩れた感は否めない。樋口ヒロユキさんと3月10日のヒミツ大学トークショーでお会いしたときも仰っていたが、草間氏こそ「アールブリュットの日本ではさきがけになる」という言葉がいやにリアリティ持った感じ。<br/>
　樋口さんにとってはアールブリュットとアウトサイダーアートとは違う！とのことだが、私にとって今回の草間氏は端的に言ってやはり障害者アートなんだなぁ〜、と思った次第。精力的な創作意欲で作品を仕上げる様が非常に印象的なのだが、芸術の作品として大きい作品を創ろうとしているからかもしれないが、もうひとつ粗いところが目に付く。<br/>
　<br/>
　いずれにせよ観に行けたことは非常に収穫。<br/>
<br/>
　東京へ向けて15:10新大阪の新幹線でいよいよ出発。だが台風以上の嵐に遭遇。大野一雄先生のお弟子さんの加藤道行さんがfacebookに「おぉ、嵐を呼ぶ女」と書かれた様子なほど異例の嵐っぷり。<br/>
　おかげで品川到着が2時間も遅れていた。<br/>
　品川から高田馬場まで電車移動。<br/>
　今回の大浦監督は「日本心中」「天皇ごっこ」の二つの作品の監督だ。<br/>
　私は「日本心中」の映像が作り方として非常にいいと気に入った。印象だけを繋げていく映像美が際立ち、そしてしゃべりすぎず語りすぎない、淡々と無言の静かな映像の美しさだけで見せるシーンが物語を際立たせ何をかを語りかけてくるものがある。<br/>
　「天皇ごっこ」は見沢知廉の小説を映画化したもので、これもストーリーや小説を忠実に辿っていくものではなく、見沢知廉という人物を浮き上がらせることがこの見沢知廉の小説を浮き立たせていく手法である。<br/>
　始めこの「天皇ごっこ」の続編として映画づくりを考えている、との大浦監督であった。その重要な役柄として地霊として私を起用し、私の身体表現を要所々々に配置したい、とのことだった。しかし今はそうではなく私自身の映画を創りたいということで撮影の予定を先に決めていたので、それがどのように作品意図の移行がなされていくのかに非常に興味が湧く。<br/>
　<br/>
　理屈や台詞で全部伝えるのではなく無言や淡々と見える空気を表現することで雄弁に語る・凝視するといった表面に現れること以上の聞こえるものやその奥に見えるものが立ち現れてくる。のは、私が劇団態変で行なっている表現と相通じるものがある。それらを繋げてしまうにはもったいないほどの直観があり、一瞬にしてそれを伝えるにはやはり絵柄が大切だ、というビジュアル主義である。私の中に繰り広げられるビジュアルと聞こえてくる音といったものが舞台になっているところがある。そういう部分が非常に大浦監督の映像を観ていて感じるところである。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 4 Apr 2012 8:26:59 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-04T08:26:59+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>福森を亡くして</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17305012/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
　２月４・５日に『一世一代福森慶之介 ゴドー待ちながら』改『一世一代福森慶之介 又、何処かで』の公演でエストラゴンを演じ主役で出た福森慶之介が、３月１１日永眠した。<br/>
　公演ダイレクトメールへ、肺癌のためこれが最後の舞台になるやもとの福森自身の文章があったが、この公演後でまだ先に何かできるかも、といった期待が私にもなきにしもあらずではあり、こんなに早くに逝ってしまうとは思わなかった。<br/>
　やはり福森を亡くした私の失意は隠せはしない。現に４月以降の劇団態変の運営自体にも危機がせまる中、この福森死去の事実は失意であり喪失感であり、一緒に闘ってきた同士を失った。<br/>
　何を頼りにして闘いを挑めば良いのか、共に闘える同士がいてこその戦場へ、丸腰の丸裸で放り出されたも同じである。心許ない寄るすべのなさである。<br/>
　しかし、福森を葬る一連の儀式の中で、どんなものが最後に残るのか。そこに懸けるしかなかろう、という気はしていた。<br/>
　今はなんとも言えないが、兎に角フェイスブックに今日記した葬儀の模様を、ここへ載せておきたい。<br/>
<br/>
本当にこの度は、福森慶之介葬儀へ多くお集まりいただき、感謝に絶えません。 ９時からの葬儀は、生前からの福森の無宗教の意志にそって法要はなしで、北大阪祭典のご提案で、態変が３０分ほどいただいて行いました。  　福森の詩を２つ読むのに始まって 　私金満里の衣装つけてサルプリを自由バージョンで３分強その後着替えに別部屋へ行って観れずだったのですが、 　小泉の衣装つけてパフォーマンスへ途中礼服で下村と上月が乱入パフォーマンスへと。 　最後に喪主のお兄さんからのご挨拶  　最後の福森とのお別れに棺を開け、一緒に彼の世へ持って行ってもらう数々の品を収めました。エストラゴンを福森が演じたときの衣装・ハット・靴を抱いてもらい、ご供養にお持ちいただいたアンパン沢山・みかんや・折りつる、そしていただいた沢山のお花を参列者に福森に添え、それはそれはお花に囲まれ楽園の様でした。  　奥様の史恵さんの悲しみが、当たりに響き渡ります。「目を開けて。　起きて。 Kくん。」「もう一度ドライブに連れて行って。」棺に取りすがって絶叫される慟哭の姿が、参列者の悲しむ心を、見事に表現され胸を打ちました。 　このように黄泉の国を踏める福森は、本当に幸せ者だと思います。 韓国では古くから、親族が大きな声で悲しめば悲しむ程、死者は極楽浄土への道が開ける、という習わしがあります。しかし現代社会では、ありったけの悲しむことも、自制することに慣れすぎた不自由さがあります。  遺族と劇団・友人が２５人乗りのバス満杯で移動し、天満の北斎場へ。 １０時２分、福森の棺はボイラーの扉へとのみ込まれ、１２時１０分にお骨と化した福森との再会。お骨をみんなで拾って。１２時３０ぐらいには帰路へと。  　昨日のお通夜も障害者が来やすいように夕方５時から、という早い時間から行なって、驚く程の多くの各界の方々が詰め掛けていただけました。 　訪れた山本公成氏は、ふらっ、と笛を吹いていただけその場が澄んだ空気に包まれる時間を作って頂けたり、思い思いに自由にできた有難い空間を、親族の理解ある態度のお陰と福森の芸術家として惜しまれるものが葬儀という形になったと思います。　天寿を全うできるいい葬儀が出来ましたことを、ご報告したいと思います。  　今後の態変にとっても、福森を亡くした悲しみを大きく乗り越ろ、という確かな声援をしかと受け止めさせていただけました。 　みなさんの温かい御心、本当にありがとう御座いました。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 13 Mar 2012 18:51:11 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-03-13T18:51:11+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>「Pina」映画館</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17254211/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
　ピナ・バウシュの素晴らしい映画の「Pina」を梅田ブルク７で観た。<br/>
　作品については、すでに昨日にたっぷり記したので、今日は-社会の庭-へ記する、又違った映画「Pina」の側面として複合的なアリティーとして、３Dだけでなく４Dへと進化させるがために。<br/>
　２度に渡る映像中断、という事態へ館・お客としてのいろんな態度を考える。<br/>
<br/>
　この映画館はメガネを受け取りそれを掛けて観る、飛ぶ出す絵本のようなバーチャルリアリティーで映像を見せる所だという。この映画がそれだと知らず、そしてこの技術が最新のものではなくもう10年も前から、この映画館では専門で上映されている3Dというやつだ、ということも今回初耳初体験で驚く。<br/>
　この映画パンフによると、これまでの３Dよりも「Pina」を製作するに当ってこの技術を数段向上させて、ピナ・バウシュのヴッパタール舞踊団の臨場感を伝える為に進歩させたという。<br/>
　これは、本当に掛け値なしに凄い、良い映像への執念の結晶である秀逸作品であった。<br/>
　<br/>
　丁度映像を観るこちらが活況になってきた頃にブチッと切れ、いきなり幕を下ろされたのである。黒い画面をしばらく事態がのみ込めずずーっと観ていた。あまり多くない他の観客からも何の声もなく、多分私が感じたのと同じく事態が飲み込めなかったのかも知れない。その内私は「ちょっとこれおかしいで。」と気付き、たまたま偶然に居合わせた何十年ぶりかの友人と顔を見合わせた。その時映画館の人（は、誰が出てきたのか今となっては定かではないが多分若いお姉さん？）が出てきて、機会の故障・直すのに少し時間を欲しい、と。私だけ「はい、はい。」と返事していた。そして決して短くはない時間での再開。<br/>
　ところがである、又もや集中してきた頃に画面が停止、ブチ切れが起こる。今度は館も動転しているのか人の対応が遅く、ようやく出てきたのがまるでどこの誰？という具合で、人事のように通り一遍等に感情なく話すお兄さん。私があんまりのその対応なので「それだけの、説明の仕方はないでしょ？同じことも２度目なんだから、もっと謝るという気持ちはないの？通り一遍とな言い方では駄目でしょう。」と、思わず気持ちを言葉にしていたら、言葉なく退場していく人が２人ぐらいいた。お兄さん、そういう私へ向かって、気持ちのない態度で「どうも済みませんでした。」。「違うでしょう。私個人に向けて言われても。ここにいるお客さん全員へ向け貴方は、ちゃんとした誤りを言わないといけないんですよ！」と返すと、ようやく全体へ向き直りきっちりと姿勢を正してお詫びを伝えた状態。後残り映像は３０分ある、という。<br/>
　この後の３０分は観ると観ないとでは大違いのこの「Pina」の作品の活況に入る所が一杯でありブチ切られたといっても、全くそんなことで色が焦ることはないばかりか、そんなことがあっても最後まで観て本当に良かったという、不思議な巡り合いを感じるぐらいだ。<br/>
<br/>
　しかし正直言って、他のお客はうんともすんとも反応なしで、実は終演後に一人だけ「チケット払い戻し」とつぶやいて出ていった人はいたが、後はおとなしく出て行く。中にはジロッと出際に私を見ていくお客もいたりして。無言で相手にお任せでは実際ないだろうに、対応へ抗議する私がおかしいのか、と変な気持ちになる。<br/>
　館側からお詫びに出口で同じ映画の招待券が配られた。しかし中途退場して怒りを表明した人や、時間がまたあるとも限らないのは誰しも同じで、そういった意味で招待券を配って済むことではない。私も含めお客一人ひとりにとっての、折角のこの作品への一期一会の機会を台無しにしたことを、館側は自覚しておかないといけないだろう。<br/>
　<br/>
　<br/>
　<br/>
　<br/>
　<br/>
　<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>社会の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 29 Feb 2012 17:07:31 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-29T17:07:31+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>映画「Pina」観に行く</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17250529/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201202/28/88/f0125588_224827.jpg" border="0" width="430" height="294"/></center>(写真：映画館で購入したパンフ1.600¥ 好きなショッキングピンクの表紙と写真集の様が気に入ってる)<br/>
<br/>
昨日、映画「Pina」を観に行く。<br/>
ピナ・バウシュ２００９年（もう三年前？）死去した。ヴッパタール舞踊団１９７３年より芸術監督。彼女自身、自分の舞台方法を「タンツ・シアター」と呼ぶ。<br/>
ピナ・バウシュが亡くなり、世界に失望が走った。<br/>
そのピナの団員への振り付けは、答えの出ないものを追求し、楽しみ苦しむ、生きる為に踊るもの。西洋舞踊の中では、かなり斬新だったんだ。<br/>
踊りも良かった！　最後の３０分は特に。<br/>
映画の中で、大野一雄先生の名前も何気に出てきて、やはり嬉しい。<br/>
<br/>
ピナの最後の言葉は、今の私が差し掛かっているときに、勇気になる言葉だった。感謝である。<br/>
<br/>
それに、すっごくダンサーたちが、格好良すぎ。<br/>
特に年を重ねた老いが見えるダンサーたちが。男はスーツ、女はイブニングドレスで、四季を表す単純なくり返しで、列を作って歩くのが、歩道橋の階段で・遺跡グランドキャニオンのような広大な自然を縫うようにして。<br/>
高いヒールでのドレスさばき等、とても何気ない踊りに背筋と身のこなしが見事に出ていて、これは普通の人間では無理で、日々鍛えられているダンサーならではである。態変ではこうは行かない、が違った角度で同じものを感じる。<br/>
振り付けは<br/>
内面から来るものでないといけない、のがよく解る。<br/>
未熟な人は踊るのもやはりぎこちなく見えるし、熟された内面からの踊る身体は同じ振りでもやはり違う。<br/>
私は特に好きなシーンが２つある<br/>
淡いピンク色ドレスの女のダンサーが、男のダンサーで椅子を高く積んで行かれる隙間に、身体を滑り込ませるシンプル至極な作品に、女のダンサーのすり抜けた瞬間に感情が動き高ぶりなぜか涙が出そうになった。<br/>
モノレールの車室へいきなりドアを開けハーハーという音をさせながら、非日常的な白いバレー服に、日常を持ち込むように大きな白い枕かクッションのような物を持ち込んで、髪で前を覆い人間なのかどうか女か男かも不明なヒールの人が入り込んで来る作品。白い巨大クッションの四隅の一片を絞り握って持ってその物の形を変えてグニュグニュと遊ぶところが、感覚に合うものを感じストレートに、これ！好きだ～、と。<br/>
そのドアが開く前に、ロバの耳だけ付けた変な男が座っているのがただ映し出され、その他の乗客は一般の利用者風、という前フリが非常に利いているシーンだ。<br/>
新人が言っていたが、「何も説明はされないし、いきなり当てられるしで訳が判らず、入り込めさがあって。」と言うのも、私も身体表現では説明的にならせれるのは嫌いでそうしているので、やる方はそうだろうとよく解る。<br/>
ピナによって引き出され、ダンサー自身が自分で信じられないほどな振付をやってしまっている、そしてピナ自身の一部として全く一体化して踊りが成り立つ。ということをダンサーたちは異口同言に言っている。<br/>
そうなんだろう。素晴らしいシーンが舞台上で成り立つときは、演出と役者うちは黒子もが一つになっている瞬間なのだと思う。<br/>
<br/>
うちの役者たちも、一生懸命に、こうなんだわ。もっと、いい言葉を、沢山投げかけよう！<br/>
よ〜し！　やらねば！！　
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 28 Feb 2012 19:45:08 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-28T19:45:08+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>木村年男昨日永眠</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17211248/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
　２０１２年２月１７日ｐ６：１０、態変の凄い役者、木村年男が永久の眠りについた。<br/>
　態変の伝説の旗揚げ『色は臭へど』公演で、数少ない写真の中に、森永ヒ素ミルク赤ちゃん役、白いガーゼ布で上と下が繋がった生まれたて赤ちゃん服を着て天に片手を伸ばし指すような、それ以来木村の独特なポーズとなった、姿がこの作品の有名となったのが木村である。<br/>
<br/>
　本当に全く、木村の寝たきり身体である、その表現は超絶であった。<br/>
　一切の無駄な贅肉を付ける余裕は許されず筋肉だけで、緊張でバランス取れにくいその障害の、微妙な均等を保とう常に逆の緊張で自己の身体の中での、綱引きの闘いが繰り返されている。少しでもその緊張を量り損なうと、身体は思わぬ方向へと投げ出され、床に思いくそ体を打つけてしまい打ち所が悪いと、痣を作ったり下手をすると口を切り血を流すことさえある。<br/>
　壮絶な身体との闘いが四六時中展開されているのが、木村という身体自身であり、それそのもが木村の自覚のもとで態変の身体表現へと昇華されていった。<br/>
　本当に凄い表現であった。ひとたび転がるとなると、膝をしこたまぶつけないと成り立たずなので、ガンガン床を打ちながらこれでもか、と繰り返される床面へのジャブは、見ているこちらが「木村、もういいから、そんな痛いことは、もういいから。」と止めたくなる気持ちを、いやいや、これで止めるとなると<お前は、危ないから、もう動くな、じっとしておけ>と、蔵に閉じ込めておくことと同じことになる。と、ぐっと抑え木村の不作為に見える身体のおもむくままに描き出す、寝転がりの動きの軌道を私は目を凝らし見つめるぐらいしかできなかった。<br/>
　その内ようやく気づいて膝サポートを工夫したりしだしたのも、随分後になってからのことである。体力削りながらも、じっとするのは所詮無理な日常に生きているのが木村の身体なのだから、それを舞台表現として何とか成立させることはできる筈で、そうしないとその絶妙な在り方そしてエネルギーが無作為で済まされるのでは勿体なさ過ぎであろう、と正念入れてこちらも向き合うまでには時間を要した。<br/>
　それまでは、木村の身体にとってある程度の好き勝手な無作為的な動きを活かし、舞台上で演技をするものを作ることが私の演出のある側面での仕事であった。<br/>
　しかしそれだけでは悔しい思いに駆られることも何度かで、それは私だけでなく当の木村自身もであったのだ。<br/>
<br/>
　それを語れば切りがなく又記する時は後の機会に取っておくが、木村は態変の役者としてやったのだ、やり切ったのである。その木村の安らかな終焉は、決して悔やまれることなく、爽快に旅立つものであったと確信する。<br/>
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　<br/>
　<br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 18 Feb 2012 12:38:49 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-18T12:38:49+09:00</dc:date> 
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      <pubDate>Sat, 18 Feb 2012 12:38:49 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>木村年男</title>  
      <link>http://kimmanri.exblog.jp/17203484/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
木村年男が危篤である。<br/>
昨夜入院先の京都のH病院へと行く。何という事態であろうか・・・。<br/>
森永ヒ素ミルク患者として重度寝たきりの障害者に、赤子でなった木村。<br/>
態変の旗揚げメンバーなので３０年にはなる。現在５５歳だという。<br/>
<br/>
喉に挿管され人工呼吸器を付け意識もない状態で、喘ぐように蒼白な顔で呼吸を繰り返す物言わぬ木村に久々に会って、『一世一代福森慶之介 ゴドーを待ちながら』済むまでは見舞いにも来れなかったことを詫びる。つくづくその顔は、全く老いは感じれなく、精悍さを秘めていることに驚く。<br/>
今回の原因の腸の働きであるが、腸だけが問題なければ元気になれるのにと思う。<br/>
<br/>
絶妙な身体感覚の持ち主の木村の表現というか存在というか、それらの奇跡的な有り様がどんなに、人となりを成してきたかをつくづく感じながら、本当に凄い命丸ごとを舞台に表現していたんだと思うのである。<br/>
快復を祈る。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>芸術の庭</dc:subject>  
      <dc:creator>kim_manri</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 16 Feb 2012 12:25:26 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-16T12:25:26+09:00</dc:date> 
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