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    <title>日刊ギリシャ檸檬の森　古代都市を行くタイムトラベラー　</title>  
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    <description>遺跡満載…古典も神話も考古も徹底現場主義！</description>  
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    <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
    <dc:rights>Copyright 2012</dc:rights>  
    <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 8:32:28 +0900</pubDate>  
    <dc:date>2012-04-16T08:32:28+09:00</dc:date>  
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      <title>日刊ギリシャ檸檬の森　古代都市を行くタイムトラベラー　</title>  
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      <description>遺跡満載…古典も神話も考古も徹底現場主義！</description> 
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      <title>ギリシャ晴れの復活祭</title>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
4月15日はギリシャ正教の復活祭の日でした。<br/>
青空が広がる美しい一日でありました。<br/>
<br/>
モナステラキ付近のタベルナ前で、羊の丸焼きをやっている人たちがいました。<br/>
この日はキリストが無事に復活した日なのですが、<br/>
羊の丸焼きを食べないといけない日と思っている人もいます。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/16/96/c0010496_52136.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
アテネの住むギリシャ人は故郷の村で、教会へ行ったり、<br/>
羊の丸焼きを食べたりしていることでしょう。<br/>
この復活祭をやらないと、厄払いにならないと思っているようです。<br/>
クリスマスよりも大切な日であります。<br/>
生まれることは大切なことではあります。<br/>
生きている人はまた新しく生まれ変わッタ気持ちでがんばるのでしょう。<br/>
過去を反省し、また新たな一年を新しい気持ちで始める大切な日なのだと思います。<br/>
<br/>
普通の人には奇跡というものを起こすことは出来ませんが、<br/>
にっこり笑いかけたり、他人の思いを理解したり、、、<br/>
奥行きの深い人間となっていくのも、それなりに、奇跡かなぁと思います。<br/>
お天気の良い日に、明るい挨拶をしてくださる人の顔を見ると、<br/>
ああ、すごいなぁと思いますね。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/16/96/c0010496_523345.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
下の動画は4月15日のモナステラキの様子です。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
下の動画は歌う野良犬アルゴです。<br/>
野良犬のアルゴがにっこり笑いかけてくれると温かい気持ちにあります。<br/>
<br/>
<br/>
昨年から今年にかけて、<br/>
東日本大震災とギリシャ経済危機と両方の津波をうけて、<br/>
なんともWパンチで非常にやる気をなくしてしまいました。<br/>
いろいろなとこへ、いろいろな事情で、いろいろな人に出会いました。<br/>
やれやれ、やれやれ、やれやれ、やれやれ、、、、、、の連続です。<br/>
これからマケドニア地方にも出かけます。<br/>
それもなんだか、やれやれ、やれやれ、、です。<br/>
<br/>
まぁ、それでも、いろんあことがあっても、<br/>
だいじょうぶ！　心配要らない！　ちょっとがんばってみましょう！<br/>
そのように周りの人に、自分に、言いながら、人生を続けていきましょうかね。<br/>
まぁ、そんな感じでやっていくのだなぁと思いました。<br/>
キリストは復活しました。おめでとうございます！<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
 <br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>行事・ニュース</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 8:32:28 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-16T08:32:28+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>アテネに帰宅！</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17744307/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
クレタ島にちょこっと行って帰ってきました。<br/>
クレタという島は隣村から隣村へ行くのに岩山を越えて行かなければなりません。<br/>
アスファルト道路が網羅されているといっても、岩山の斜面ぎりぎりの細い道で、<br/>
ちょっと誤ると谷底へ落ちてしまいそうになります。<br/>
アスファルトの表面には亀裂があったりします。<br/>
とくにハニア県の南海岸はそのようでありました。<br/>
<br/>
本土のピレウスからクレタ島のハニアへ上陸し、ゆっくり西から東へ移動し、<br/>
最後の最東のザクロス海岸に行きます。わたくしはクレタが大好きです。<br/>
たくさん行きたいところがあるれども今までに遺跡は50箇所以上見ました。<br/>
<br/>
クレタ島には150以上の遺跡があるようですが、<br/>
何のために遺跡に行くのかといえば、<br/>
聖地巡礼、あるいは、その廃墟の魂に呼ばれているように思うからです。<br/>
<br/>
　<br/>
ミノア時代のザクロス宮殿の遺跡はこれで4回くらいです。<br/>
クレタに上陸したら、行かないと何か心残りになる場所です。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201203/29/96/c0010496_22292278.png" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
ザクロス海岸は誰もいなくて風情がありました。<br/>
<br/>
わたくしは遺跡を見てくるので、<br/>
運転手さんは海岸でコーヒーでも飲んで待ってよ。<br/>
<br/>
そういうわけで一人で遺跡へ行きました。<br/>
一人で遺跡の中にいると、遺跡は生きている、<br/>
何か一つの生命体として呼吸しているようです。<br/>
すばらしい気のようなものがありました。<br/>
<br/>
見学終了して、海岸のレストランで軽く食事しました。<br/>
お金は駆け足で逃げていくのでありました。<br/>
このごろ、なんとなく、お金が出回っていないように思うなぁ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201203/29/96/c0010496_22322164.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
食べながら話したことは、、　<br/>
①今年はいろいろあって、クレタ島に観光に来る人はないだろうと、<br/>
何しろクレタ島の繁華街で、平行にピストルを撃ってくるセ○美×人がいました。<br/>
ギリシャのような外国で、よくもそのようなことをできるものだなぁ、と驚きます。<br/>
<br/>
②不法外国人というのはパスポートなどの個人情報を記した証明書持たない人たちの<br/>
ギリシャ人への暴行がひどくてニュースになりますが、<br/>
ロードス島の市長さんが警察取締りの甘さ、裁判の刑の甘さについて語っていたこと。<br/>
<br/>
③ギリシャの島々或いはトルコ国境からの侵入者も含めて50人だか500人？<br/>
<br/>
④その侵入者たちが過疎化の村で、そこに住む住人の家の中を<br/>
ガラス窓の顔を押し付けて中を見たりするので怖いとか、、<br/>
野良トイレなので、道端の落し物が、どうも、、。<br/>
<br/>
⑤そういえば落し物に困っている方の土地があって、<br/>
その土地の看板が驚愕の絵看板になっていたこと。<br/>
 小文字のオメガ(ω)のような絵を中央に描き、<br/>
その下の疑問符(?)の逆さまを描き、<br/>
ωの両脇に感嘆符を描いてあるのです。<br/>
実物の絵看板は肉感的でありました。<br/>
ギリシャ語も英語も通用しないので、そうした話。<br/>
<br/>
⑥やれやれ、やっぱり、なんでか、払うことに終結か、。<br/>
ギリシャの借金100の中で、<br/>
実際ギリシャが使った19で、残りの81が利息です。<br/>
日本とギリシャは違うと日本のテレビの人たちは言うけど、<br/>
政治家が無能だったら、その国の弱いところ突かれる思う。<br/>
このあとギリシャに続く国々の不動産バブルの赤字はすごいのだけど、<br/>
もう報道していない不思議、、なんだかなぁ、。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201203/29/96/c0010496_2232538.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
さて、アテネに戻って、大掃除、そして、朝ドラのカーネーションを見て、<br/>
ニコニコ動画をチェックしました。<br/>
あの鉄拳さんの「振り子」というアニメを見て感動しました。<br/>
あのアニメには言葉がなくてもわかりました。　<br/>
ユーチューブの上のほうになっていたので、<br/>
海外でも話題になっているようですね。<br/>
ユーチューブの海外のコメントにも、すばらしい、さびしい、悲しい、美しい、<br/>
人生いろいろあるけど生きていかなければなりません。<br/>
わたくしも今を生きている自分に出来ることをやっていこうと思いました。<br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
 <br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>行事・ニュース</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 30 Mar 2012 0:28:39 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-03-30T00:28:39+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>樹齢3000年の野生のオリーブの木　</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17499465/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
ヴーヴェスの古代オリーブ樹齢3000年 <br/>
Aρχαία Ελιά 3.000 Ετών στις Βούβες<br/>
Ancient Olive Tree 3.000 Years Old  in Vouves<br/>
<br/>
ハニア県プラタニアス共同自治体コリンバリ地区アノ・ヴーヴェス<br/>
Νομός Χανίων,ΔήμοςΠλατανιά,Κολυμπάρι,Ανω Βούβες<br/>
Prefecture of Chania,Municipality of Platanias,Kolymvari,Ano Vouves   <br/>
<br/>
クレタ島の奥にヴーヴェスは5家族ぐらいが住み人口20人以下の村です。<br/>
ここに樹齢3000年の野生のオリーブが2本あります。これは生きている遺跡であります。　<br/>
　<br/>
<br/>
このヴーヴェスには樹齢3000年のオリーブの木は実は2本あります。一緒に並んで立っています。品種は（τσουνάτη・ tsounati）とストリフトリア（στριφτολια・Striftolia）というものです。<br/>
<br/>
オリーブはエリァ（現ギελιά/古ギελαία ）と言います。<br/>
オリーブの学名はオレア・ユーロピア（Olea Europea)というのだそうですが、これギリシャ語に直すと美しいエウロパ（フェニキア王女・ミノスの母）だと思うのですが、なんだか、感動してしまいました。いい名前！<br/>
<br/>
オリーブ1．ツナテティ（τσουνάτη・ tsounati）<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/19/96/c0010496_20195518.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/19/96/c0010496_20214657.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/19/96/c0010496_20221464.jpg" border="0" width="339" height="578"/></center><br/>
2008年の北京オリンピックのために中国から使節団の訪問があったそうです。<br/>
それから日本では世界不思議発見！という番組収録があったようです。<br/>
<br/>
このオリーブの枝はオリンピック委員会を通してオリンピック開催国に送られたり、<br/>
平和の目的として各地に送られています。<br/>
<br/>
樹齢3000年、このオリーブの木の中に妖精がいるのでしょうか？何か、神がかりに思います。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/19/96/c0010496_20224490.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
このオリーブの木はもう一本のオリーブの木と一緒に、ずっと二人暮らしでいたのに、<br/>
ある日人間に見つかってしまったという感じでしょうか、、、すごいなぁ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/19/96/c0010496_20245213.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>　<br/>
<br/>
わたくしがオリーブの木を見にいったようににこれから100年後、1000年後の人たちが行くのでしょうか？その未来の人たちにわたくしがよろしくと言っていたのを伝えてもらいたいです。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/19/96/c0010496_20252026.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
　<br/>
<br/>
オリーブ2．ストリフトリア（στριφτορια?・striftoria）<br/>
オリーブの種類はSTRIFTORIAと茶色の説明看板に書かれ低真下が、ギリシャ語のスペルはわかりません。このオリーブの木も同じく2500年から3000年くらいのものであろうといわれています。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/19/96/c0010496_20281779.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>　<br/>
<br/>
　　　<br/>
ヴーヴェスへ行くのは難しい！車を運転される方はだいじょうぶでしょうが、それでもギリシャ人の車の運転はひどいので、よほど気をつけて運転することになります。そしてクレタ島の人はさらにひどい運転なので超要注意です。<br/>
<br/>
　<br/>
ヴーヴェスの場所は青で囲っています。　　　<br/>
ヴーヴェス　Βούβες（エリニカ＝ギリシャ文字）　　Vouves（ラテニカ＝ローマ字）<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/19/96/c0010496_20535821.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
このヴーヴェスに行くのは至難の業ですが、数年前にわたくしの書いた記事の地図を参考にここへ行った方がいます。その方は帰りは徒歩といって言って折られたので、びっくりしました。とんでもない距離で、山道とか、迷い道もあるのし、今は見知らぬ外国人もいるので、そのような無謀なことは出来ません。<br/>
　　　   <br/>
分かっているのはハニアからのKTEL(国営路線バス)が出ていて月曜から金曜まで日に1本あります。コリンバリのヴーヴェスとバスターミナルと聞いてください。確か、アノ・ヴーヴェスへ行くのがあります。時間は午後1時15分ですが、帰りはどうなんだろう？いろいろなことはクレタ島のハニアのクテルバスの発着所に行かないと分かりません。今は緊縮経済政策のために正確なことはわかりません。<br/>
　<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
 <br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>クレタ島の遺跡</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 19 Feb 2012 21:21:02 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-19T21:21:02+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
      <title><![CDATA[PR: 中目黒駅7分　新築マンション3LDK6980万円より]]></title>
      <link>http://rss.rssad.jp/rss/ad/.4eFWI42vjia/_rY6h6KV3fmx?type=2&amp;ent=ae01c57a6021675a18f4c7bd3c755245</link>
      <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/.4eFWI42vjia/_rY6h6KV3fmx?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://bnr.rssad.jp/rss/img/.4eFWI42vjia/_rY6h6KV3fmx?type=3&ent=ae01c57a6021675a18f4c7bd3c755245"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 予約制案内会開催中　諏訪山エリア　緑道沿いの低層住宅地　オープンレジデンス中目黒 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
      <pubDate>Sun, 19 Feb 2012 21:21:02 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>オリンピア考古学博物館の強盗とその他のニュース</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17495835/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17495835/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
インディペンデント紙の2012年2月19日の漫画<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/20/96/c0010496_2151461.jpg" border="0" width="500" height="318"/></center><br/>
オリンピック発祥の地のオリンピアの考古学博物館に2月17日金曜日に午前7時30分の二人の強盗が押し入りました。その二人はマスクをして凶器を持っており、博物館の監視員の女性に博物館を開けるように脅しましたが、応じなかったので、監視員を縛り猿轡をして、博物館のガラスケースを壊して、展示物65から68くらいを盗み逃走しました。金・ブロンズの展示品、粘土の人形などがなくなったそうです。大きな大理石像などは盗まれなかったようですが、金やブロンズの小品などは溶かして使われたりしてわからなくなってしまうかもしれません。<br/>
　　　<br/>
ギリシャ経済危機による人員削減で、この朝には監視員がひとりしかいませんでした。ギリシャの法律によれば、ここには7人いなくてはならないところなのだそうですが、緊縮財政の一環により、このような事件が起きてしまいました。<br/>
<br/>
今年になって文化省の不祥事はこれで２件目になります。１件目は子の一月にアテネ国立美術館所蔵のピカソとモネの絵、グリエルモ・カチャのスケッチが盗難にあっています。<br/>
この事件ににより文化省大臣のパヴロス・ゲルラノスさんは責任を取って退任しました。<br/>
<br/>
　<br/>
<br/>
ギリシャ経済危機　についてほかのブログに書きました。<br/>
ノラちゃんのギリシャ！<br/>
(1)ギリシャ借金内訳は貧困者の金持ち救済か、、、。<br/>
(2)借金の内訳恐るべし、、ギリシャのストレステスト<br/>
(3)We Are All Greeks Now！という心のつながり<br/>
New!→☆(4)貧乏人から盗んで金持ちを救う泥棒　モンティ・パイソンの風刺<br/>
<br/>
まぁ、暇な方は覗いてみてください。わたくしは日本愛国者であると同時にギリシャ愛国者なので、どうか大目に見てやってください！ギリシャ危機の何たるかが、分からなかったのです。ただ単に公務員が多いから、借金で迷惑をかけているのだろうと思っていました。ギリシャ人っていい加減なところもあるし、、。<br/>
<br/>
イギリスのテレグラフのジャーナリストのダニエル・ハナン（Daniel Hannan）さんの記事と円グラフを見て驚きました。<br/>
<br/>
もと記事はここです。→Where the bailout money goes<br/>
<br/>
ギリシャの必要なお金に対してギリシャの金融機関(ギリシャにあるだけの外国人にもの）とヨーロッパ銀行とギリシャ以外のハゲタカ銀行や投資家たちの取り分が異常です。これじゃ、長引きますね。本当にもう、お前もワルよとのうという高利貸し屋がいるんですよ。そこに勤める人たちってエリートなのでしょうが、こういう悪巧みのような仕事に能力を使っているんだなぁと思いました。19に借りると81も付けて返すことになってるんですよ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/20/96/c0010496_2120027.png" border="0" width="329" height="418"/></center><br/>
今はにヨーロッパ中でWe Are All Greek! Είμαστε όλοι Έλληνες(イーマステ・オリ・エリネス)！というデモや集会が静かに起こりはじめましたが、悪党の高利貸しに立ち向かえる人などいないです。手を貸す人はいても！ヨーロッパには神も仏もありません。仏はアジアにいますが、ヨーロッパに神も認める悪魔がいるのだと思いました。<br/>
 <br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>行事・ニュース</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 19 Feb 2012 8:07:40 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-19T08:07:40+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>イストミアの初期競技場とパライモン神殿</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17427754/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17427754/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
イストミアの初期競技場とパライモン神殿<br/>
Πρώιμο Στάδιο και Παλαιμόνιον στα Ίσθμια  　<br/>
Eary Stadium and Palaimonion at Isthmia<br/>
<br/>
コリンティア県ルトラキ－アイイテオドリ共同自治体イストミア<br/>
Νομός Κορινθίας,Δήμος Λουτρακίου - Αγίων Θεοδώρων,Ίσθμια <br/>
Corinthia Prefecture,Municipality of Loutraki-Agioi Theodoroi,Isthmia<br/>
<br/>
初期競技場とパライモン神殿<br/>
<br/>
イストミアの初期競技場はおそらくアルカイック時代から古典時代まで使用され、その後の競技場は南東に建設されヘレニズム時代からローマ時代まで使用されていました。初期の競技場はその後パライモン神殿建設されています。ローマ時代になってパライモン神殿は5か所も建設されています。遺跡の看板にそのように書かれていました。アルカイック時代からヘレニズム時代にもパライモン神殿はあったのでしょうが、よく見てなかったので、また行かないとなぁ、、そう思っています。<br/>
<br/>
<br/>
この写真は空から撮影されものでピンク色の線のところが初期競技場です。その中に紫色の線で囲ってあるところが、パライモン神殿の跡です。このパライモン神殿はローマ時代のアントニウス皇帝のときに建てられた第5番目のものです。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_5513.jpg" border="0" width="471" height="375"/></center><br/>
<br/>
遺跡看板の図を撮影したものです。大きな茶色線の丸の円柱マークの長方形のところはポセイドン神殿です。　<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_9461336.jpg" border="0" width="406" height="391"/></center><br/>
<br/>
上の図の写真と同じ色分けでパライモン神殿が5カ所あるのがわかります。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_9474366.jpg" border="0" width="496" height="260"/></center><br/>
<br/>
初期の競技場全体はこのような姿になっています。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_10371948.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
この第５番目のパライモン神殿は西暦161年から169年にできたものです。<br/>
四角い土台の上に円形の建物が乗っていて、その中に、イルカに乗ったパライモンの像が絵安置されていました。アントニウスの時代ということです。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_10392388.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
全体はこのようなかんじになっています。中央の通路なのか、水路なのか、何であるのかわかりませんが、不思議な感じです。<br/>
遠くに見える杉の木が並んでいるあたりにヘレニズム時代からローマ時代まで使用された競技場の跡があります。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_10413228.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
5番目の神殿はこのような感じであったと看板にありました。円形で中央にメリケルテスがイルカに乗って彫像が置かれていました。人間メリケルテスは神となってその名をパライモンと改めっます。海神ポセイドンのそばにあって、同じく海の神になり、とくに水夫の守護をする神とされました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_23492040.jpg" border="0" width="237" height="436"/></center><br/>
<br/>
これも看板の地図を見ると西暦50年のネロの時代のパライモン神殿です。各ローマ皇帝が神殿を奉納したのでしょうかねぇ、、そのことについては何も資料がないので分かりませんが、イストミア大祭というスポーツの祭典は格式高いもので、ここにローマ人が参加するようになって、奉納されたのでしょう。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_10492810.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
初期の競技場から離れたところのポセイドン神殿の東側前方にあたりに<br/>
西暦120年から138年頃のハドリアヌス時代のパライモン神殿がありました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_1059694.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
このハドリアヌス時代のパライモン神殿には地面にテラコッタの水管が残っていました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_11101520.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
このほかにも二つパライモン神殿があるようですが、その場所を見つけることが出来ませんでした。<br/>
<br/>
初期競技場とパライモン神殿の全体写真<br/>
<br/>
博物館のテラスから撮影<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_11152284.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
遺跡の外のフェンスから撮影<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_1116478.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
パライモン神殿から博物館を撮影　　<br/>
ここに立てある棒の並んでいるところは駆け足の出発点だったところでしょうかね、、。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_11214643.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
ヘレニズム時代からローマ時代の競技場<br/>
<br/>
新しい競技場はアスファルト道路の向こうにあります。遠くから見てこのような杉のような木が並んでいる場所はここだけなので、すぐ分かると思います。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_1117055.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
草木に覆われてはいますが、なんとなく競技場のような気配が残っていました。目を瞑ると古代のイストミア大祭の歓声が聞こえてきそうです。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/09/96/c0010496_111801.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
 <br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>コリンスィア県の遺跡</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 9 Feb 2012 11:34:42 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-09T11:34:42+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>イストミアのローマ時代の公衆浴場</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17420223/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17420223/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
イストミアのローマ時代の公衆浴場<br/>
Τα Ρωμαϊκά Λουτρά στα Ίσθμια  　<br/>
The Roman Baths at Isthmia<br/>
<br/>
コリンティア県ルトラキ－アイイテオドリ共同自治体イストミア<br/>
Νομός Κορινθίας,Δήμος Λουτρακίου - Αγίων Θεοδώρων,Ίσθμια <br/>
Corinthia Prefecture,Municipality of Loutraki-Agioi Theodoroi,Isthmia<br/>
<br/>
ローマ時代の公衆浴場は設備の整った立派な建築物で、温水浴と冷水浴ができるようになっていました。そしてモザイクの床がきれいに残っています。詳しい資料がないので、それだけしか記述できなくて残念です。遺跡の看板の公衆浴場建徳物の間取り図があっって、その下に説明が書かれているわけですが、日差しと汚れのためにすっかり真っ黒になっていて分からなくなっていました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_521539.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>　<br/>
<br/>
たくさん部屋があって広間があります。どこがどのように使用されていたかは分かりませんが、たくさんの人がこの公衆浴場を利用しており、社交場のひとつになっていたことでしょう。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_5444763.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
遠くに見える高台のところにポセイドン神殿があります。床には白い大理石と黒い石で描かれたモザイクが張り巡らされていました。　<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_5582379.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
モザイクの図案は海の妖精、イルカ、魚、たこ、いか、などが描かれています。<br/>
わたくしはたことかいかの図案を見ると、まっタコイカにもすばらしい！という天才バカボンのパパのせりふを思い出してしまいます。昔はよく読んだものですが、、。テレビでもやってたような、、。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_5585486.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
テラコッタの板を重ねた低い柱がずらっとある部屋はローマ時代の公衆浴場でよく見かけます。高床式の部屋で、下から床でも温めたのでしょうか？ギリシャの公衆浴場というのがネメアに残っているのですが、こういうシステムのある部屋はありません。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_60385.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
ここは温水か冷水のプールだったのでしょうか、、壁に白く石灰のようなものが塗られていました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_613019.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
白地に黒のモザイク、海の妖精、イルカに乗った少年、魚、タコ、イカ、などが描かれています。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_643426.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
イストミアのローマ時代の公衆浴場の間取り図です。部屋割り説明はルーム1・ルーム2・ルーム３・・・となっているだけで、詳しいことが分かりませんでした。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_66382.jpg" border="0" width="384" height="356"/></center><br/>
<br/>
今度イストミアに行くときはもう少し勉強してから行きたいものだと思いました。<br/>
次回の記事は競技場です。<br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
 <br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>未分類</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 8 Feb 2012 7:13:17 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-08T07:13:17+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>イストミアのアムピトリーテー女神像</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17419716/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17419716/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
 イストミアのアムピトリーテー女神像<br/>
Το Άγαλμα της θεάς Αμφιτρίτης στα Ίσθμια 　　<br/>
The Statue of Goddess Amphitrite at Isthmia<br/>
<br/>
イストミア考古学博物館<br/>
Αρχαιολογικό Μουσείο των Ισθμίων<br/>
Archaeological Museum of Isthmia<br/>
<br/>
このアムピトリテー女神像は西暦2世紀のものです。<br/>
2世紀のものなのでこの女神像はコピーであろうと思います。<br/>
オリジナルはずっと昔に壊れて何度かコピーが作られて、破損のたびに取り替えられたのだと思います。<br/>
ローマ時代の彫像類はギリシャ時代のオリジナルを流派ごとに継承されていました。<br/>
神々の彫像類のモデルとなった人の顔がずっと続いているわけです。<br/>
しかしアムピトリテー女神の彫像がきれいな形で残っていないのが残念です。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_174412.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>　<br/>
イストミアのポセイドン神殿の中に下の絵のようにポセイドン海神とアムピトリテー女神の並んで安置されていました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_111587.jpg" border="0" width="236" height="293"/></center><br/>
 <br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>博物館・美術館</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 8 Feb 2012 1:35:55 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-08T01:35:55+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>イストミアの劇場</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17419321/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17419321/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
イストミアの劇場<br/>
Το Θέατρο των Ισθμίων 　<br/>
The Theater Cave of Isthmia<br/>
<br/>
コリンティア県ルトラキ－アイイテオドリ共同自治体イストミア<br/>
Νομός Κορινθίας,Δήμος Λουτρακίου - Αγίων Θεοδώρων,Ίσθμια <br/>
Corinthia Prefecture,Municipality of Loutraki-Agioi Theodoroi,Isthmia,<br/>
<br/>
イストミアの劇場は観客席だったところの大きな半円形は残っていますが、客席である石ベンチや石椅子は残っていません。土だけになっていました。中には入ることが出来ません。詳しいことも資料がないので分かりません。現状のままで更新します。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_23532214.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
舞台の部分は残っています。平地の劇場であるため、運び込まれて石材で建設されていたのでしょう。しかし廃墟となった劇場の石のベンチの板などはどこかの教会や家などの消え去ったのかもしれません。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/08/96/c0010496_06272.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center> <br/>
<br/>
イストミアの劇場については以上で、特記することはいまのところありません。 <br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
 <br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>コリンスィア県の遺跡</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 8 Feb 2012 0:04:53 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-08T00:04:53+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>イストミアの北東洞窟</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17419109/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17419109/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
イストミアの北東洞窟 <br/>
Το βορειοανατορικό Σπήλαιο στα Ίσθμια  　<br/>
The Northeast Cave at Isthmia<br/>
<br/>
コリンティア県ルトラキ－アイイテオドリ共同自治体イストミア<br/>
Νομός Κορινθίας,Δήμος Λουτρακίου - Αγίων Θεοδώρων,Ίσθμια <br/>
Corinthia Prefecture,Municipality of Loutraki-Agioi Theodoroi,Isthmia,<br/>
<br/>
ポセイドン神殿の東側の地面の下に洞窟の遺跡があります。写真のロープがつってある中にありました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_235495.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
遺跡地図を見ると赤いラインのところは洞窟とポセイドン祭壇です。洞窟は分かりましたが、祭壇はまったく分かりませんでした。このほかに劇場近くにも洞窟があるのですが、進入禁止なので、撮影できませんでした。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_238041.jpg" border="0" width="328" height="229"/></center><br/>
　<br/>
洞窟には入れませんが、上から写真撮影することが出来ました。洞窟は自然に出来ているもので、そこを区切って何かに使用していたようです。こ子から陶器がいくつも出土しています。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_2361024.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
洞窟の中に地面というか天井を支えている切り石をつないだ柱のようなものが見えます。この奥にも部屋がありそうです。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_2363158.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
洞窟と連結されていた建築物の廃墟のようなところがありました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_23232316.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
北西東洞窟内部の部屋割りはこのような感じです。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_2374162.jpg" border="0" width="383" height="432"/></center>　<br/>
<br/>
劇場付近の洞窟も見学したいので、また行って見たいと思っています。<br/>
　　　<br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>コリンスィア県の遺跡</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 7 Feb 2012 23:31:08 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-07T23:31:08+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>イストミアのポセイドン神殿</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17414850/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17414850/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
イストミアのポセイドン神殿  <br/>
Ο Ναός του Ποσειδώνα στα Ίσθμια  　<br/>
The Temple of Poseidon at Isthmia<br/>
<br/>
コリンティア県ルトラキ－アイイテオドリ共同自治体イストミア<br/>
Νομός Κορινθίας,Δήμος Λουτρακίου - Αγίων Θεοδώρων,Ίσθμια <br/>
Corinthia Prefecture,Municipality of Loutraki-Agioi Theodoroi,Isthmia,<br/>
<br/>
古代イストミアにはポセイドン神殿とイストミアン・ゲームというオリンピックゲームと同じように重要なスポーツ大会が行われていました。そのスポーツの祭典についての詳細はこちらにありました。→イストミア大祭<br/>
 <br/>
この場所はコリントスに近いので同じ自治体に族していると思っていましたが、2011年の市町村合併でルトラキ－アイイ・テオドリという自治体に属しています。本土とペロポネソス半島にまたがっている小さな自治体の中にあります。イストミアはコリントス地峡（イストモス）を渡って、ぺロポネソス半島にあります。　<br/>
<br/>
イストミアのポセイドン神殿は紀元前7世紀に建立され、その後3回ほど修復と増築が行われています。<br/>
<br/>
ポセイドン神殿の西側を撮影しました。<br/>
神殿の跡は地面に残っているだけでうわ物はなくなっています。円柱類がいくら風化したとしてもこのようにすっかりなくっているのは、やはりどこかに廃物利用されているのだろうと、容易に想像がつきますね。わたくしが笛を吹けば石が戻ってきてもとの神殿になるといいのですが、、そのようなことは、まったくないので、残念です。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_8581647.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
同じ西側の写真ですがちょっと大きく撮影してみました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_859863.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
博物館側に円柱が1本の残っていました。ひょっとしたらもっとあったのかもしれませんが、これしか気がつきませんでした。　<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_8584027.jpg" border="0" width="375" height="500"/></center><br/>
<br/>
北西から斜めに撮影すると南側に博物館があります。この遺跡は博物館の中を通過して見学できるようになっています。　<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_911248.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
東側から撮影するとこのような感じです。　<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_913692.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
遺跡看板にあった遺跡地図です。<br/>
地図にはポセイドン神殿の南側にパライモン神殿があるのですが、ロープが張ってあって中に入れませんでした。このごろあちらこちらの遺跡ではロープなど張ったりしてケチクサイワァと思うことが多いです。ここは監視員が暇なのでよく監視されてしまいました。またいつかそのうちイストミアに行きたいと思っています。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_955252.jpg" border="0" width="333" height="325"/></center><br/>
パライモン神殿というのはボイオティア王子アタマスとテーバイ王カドモスの娘イノーとの間に生まれた息子メリケルテスを祭ったところであります。ディオニュソス酒神を育てたイノーはヘラ女神の恨みを買ってしまいました。夫アタマスはイノーとの息子レアルコスを白い鹿と間違えて殺し、狂ってしまいます。アタマスは次に妃であるイノーともう一人の息子メリケルテスをも殺そうとします。逃げ切れないと思ったイーノーはもう一人の息子メリケルテースを抱いて海に身投げをしてしまいました。そのメリケルテスの遺体はコリントスに流れ着きました。それをシ-シュフォスが見つけてコリントス地峡に埋葬したのでした。その供養としてイストミアン・ゲームが開催されたという伝えがあります。<br/>
<br/>
　<br/>
ゼウス大神はイノーをレフコティアという名前の女神とし、メリケルテスをパライモンという海神にしたのです。海の神の王はポセイドンで、その隣に同じく海の神の水夫の守護をする神として、この地に並んで神殿があるわけです。<br/>
<br/>
<br/>
ポセイドン神殿の周辺にあったものを撮影しました。<br/>
これは神殿屋根の下あたりでしょうか。、ライオンの彫刻がされています。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_921524.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
松の木の下に廃材が置かれていました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_924882.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
ポセイドン神殿の南側の博物館下に石箱がありました。サルコファゴス（石棺）ではなさそうです。水入れだったのでしょうか、、それともバスタブ、、何か気になりますが、なんだかわかりません。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_95125.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
<br/>
遺跡看板の写真にポセイドン神殿の建立の変遷の図があったので掲載します。<br/>
<br/>
アルカイック時代<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_9111381.jpg" border="0" width="273" height="217"/></center><br/>
<br/>
古典時代～ヘレニズム時代意<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_9114247.jpg" border="0" width="472" height="198"/></center><br/>
<br/>
ローマ時代<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_9122118.jpg" border="0" width="273" height="230"/></center><br/>
<br/>
西暦2世紀ごろ<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/07/96/c0010496_9124350.jpg" border="0" width="299" height="195"/></center><br/>
　<br/>
このポセイドン神殿の彫像は残っていませんが、ここに安置されていた彫像類はポセイドン海神、アンフィトリテー女神、パライモン神、いるかだったようです。博物館に残っているのはアンフィトリーテー女神の彫像の断片だけでした。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
 <br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>コリンスィア県の遺跡</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 7 Feb 2012 11:36:21 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-07T11:36:21+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ルーツァのアルテミス・タウロポロス神殿</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17398908/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17398908/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
ルーツァのアルテミス・タヴロポロス(タウロポロス）神殿<br/>
Ο Ναός της Αρτέμιδος Ταυροπόλου στη Λούτσα 　 <br/>
The Temple of Artemis Tauropolos at Loutsa <br/>
<br/>
　　<br/>
　<br/>
アッティカ県スパタ・アルテミダ共同自治体ルーツァ<br/>
Νομός Αττικής,Δήμος Σπάτων Αρτέμιδος,Λούτσα <br/>
Λούτσα Attica Prefecture,Μunicipally of Spata Artemis(Artemida),Loutsa　 <br/>
<br/>
このアルテミス神殿はルーツァと呼ばれる海岸沿いにあります。遺跡の向こうに細かい砂の海水浴場があります。<br/>
<br/>
ここには古代都市(ポリス）ではなく古代の自治体(ディモス）があっったところで、<br/>
ハライ・アラフィニダイ(Αλαί Αραφηνίδαι /Halai Araphenidai)、<br/>
あるいはハライ・アラフィニデス(Αλαί Αραφηνίδες /Halai Araphenides)という場所です。<br/>
二人の地理学者ストラボンとビザンティオスがこの地に着いて書き記しています。<br/>
<br/>
この神殿は紀元前500年か紀元前340年の間に建立されたドーリス式神殿でありました。出土品がいくつかあったようですが、どこに展示されているのかはわからないので残念です。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_10275433.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
地面に石灰石の神殿の基礎部分が残っているだけになってしまいました。<br/>
大きさについては具体的に遺跡の看板には書かれていませんでしたが、他所のサイトを参考にしようかなと思い、調べたのですが、それぞれ大幅に違っていたので、ここには書けません。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_10301655.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>　<br/>
<br/>
遺跡の看板の説明によると13の円柱のあとがあるとのことですが、<br/>
うわ物がすっかりさらってあるので何で13本だと分かるのだろうと思いました。<br/>
<br/>
写真は神殿の右の部分です。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_103487.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center> <br/>
<br/>
写真は神殿の左の部分です。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_10394589.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
ルーツァの町の道路沿いにあって、ぐるりと頑丈なフェンスがしてありました。<br/>
それではどこか進入できるところはないか、一回りして探そうと思いました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_10405682.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
遺跡の左の方から回ってみようと思ったら、そこには冬の海水浴場が目の前に広がりました。<br/>
ギリシャの冬の天気はあまり良くありません。このように曇っていることが多いです。それでも曇り空のどこからか、太陽光線がうっすら射していました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_1043691.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
夏は人がいっぱいですが、今は誰もいません。このあたりの人は寒中水泳したりしないのかな？アテネ近郊の海岸に住むのお年よりは寒中水泳している人も結構います。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_10434890.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
さて海沿いの遺跡のフェンスのところにやってきました。風が吹いて砂ぼこりが舞っています。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_10444846.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
よく田舎の遺跡に行きますと、誰か知りませんが、わたくしの前にいった人たちがフェンスに大穴を空けて進入した形跡があって、わたくしもそこから匍匐前進で中に入ったことがありました。どことはいえませんが、、、。しか～～し、ここは新しく強固なので、絶対無理です。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_10451268.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
このあたりからも一応遺跡内の写真を撮影してみました。松の木の枝で中がよく見えませんでした。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_10453994.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
遺跡看板の説明の英語版を載せておきます。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/04/96/c0010496_127295.jpg" border="0" width="500" height="350"/></center><br/>
<br/>
<br/>
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一富士二鷹三茄子<br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>アッティカ県の遺跡と町</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 4 Feb 2012 12:13:56 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-04T12:13:56+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ヴラヴロナのアルテミス神殿の出土品</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17397096/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17397096/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
ヴラヴロナのアルテミス神殿の出土品<br/>
Αρχαιολογικά Ευρήματα από το Ναό της Αρτέμιδος στην  Βραυρώνα  <br/>
Archaeological Finds from the Temple of Artemis at Vravrona  <br/>
<br/>
ヴラヴロナ考古学博物館<br/>
Αρχαιολογικό Μουσείο της Βραυρώνας<br/>
Archaeological Museum of Vravrona(Brauron) <br/>
<br/>
ヴラヴロナのアルテミス神殿から発見されたものを掲載します。<br/>
これらはヴラヴロナ博物館にてんじされているものの一部です。<br/>
紀元前6世紀から紀元前3世紀のものです。<br/>
<br/>
女熊と呼ばれた少女像<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_23191038.jpg" border="0" width="375" height="500"/></center> <br/>
手に兎を抱っこしていてる少女の手や腕もふっくらとしていてかわいいいです。<br/>
この彫像が出来て飾られたときの衣にはサフラン色の絵の具で染めてあったのかもしれません。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_23192824.jpg" border="0" width="380" height="506"/></center><br/>
<br/>
<br/>
少年像(1)<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_2320411.jpg" border="0" width="375" height="500"/></center><br/>
<br/>
少年像(2)<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_23212954.jpg" border="0" width="375" height="500"/></center><br/>
<br/>
アルテミス女神小像<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_2327234.jpg" border="0" width="327" height="607"/></center><br/>
<br/>
ゼウス大神、レト女神、アポロン神、アルテミス女神のレリーフ<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_23543378.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
　　<br/>
アルテミス女神とその信者たちのレリーフ<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_2323255.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
　<br/>
アルテミス女神と貢物を持ってやってきた信者たち<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_23234319.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
アルテミス女神と鹿或いは羊或いはヤギたち<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_23255512.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
 アクセサリー<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_23282325.jpg" border="0" width="500" height="347"/></center>  <br/>
このようなアクセサリーとてもかわいらしいのでわたくしも似たようなのがあればほしいです。色も目玉のような模様も素敵ですね。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
一富士二鷹三茄子<br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>アッティカ県の遺跡と町</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 4 Feb 2012 0:05:32 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-04T00:05:32+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
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      <pubDate>Sat, 4 Feb 2012 0:05:32 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>ヴラブロナのアルテミス神殿</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17392467/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17392467/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
ヴラヴロナのアルテミス神殿<br/>
Ο Ναός της Αρτέμιδος στην Βραυρώνα<br/>
The Temple of Artemis at Brauron (Vravrona)   <br/>
　<br/>
アッティカ県マルコプロ・メソギアス共同自治体<br/>
Νομός Αττικής,Δήμος Μαρκοπούλου Μεσογαίας,<br/>
Attica Prefecture,Μunicipally of Markopoulo Mesogaias  <br/>
<br/>
ヴラヴロナ（ブラウロン）のアルテミス神域にはアルテミス神殿、柱廊、橋、聖水などの遺跡が残っています。<br/>
<br/>
Πの形をした柱廊<br/>
この柱廊はΠ(ギリシャ文字のP)の形をしています。Πの形の柱廊の中に庭があります。<br/>
円柱はドーリス式になっています。現在の柱廊は修復中なので、何本の円柱がさらに並ぶのかは分かりません。見学は今年いっぱい出来ないかもしれません。<br/>
この遺跡の地図はここを参照してください。→Brauron-plan<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/02/96/c0010496_22171916.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center> <br/>
<br/>
柱廊の付近にこのような遺跡があって、食堂の遺跡で、ここにお参りした人たちが、儀式のあとで午餐でもししたのでしょうかね、、。皆さん、古代ギリシャ世界でのアルテミス神殿におけるイニシエーション（通過儀礼）について詳しい方がおられましたら、教えてくださいませ。<br/>
<br/>
それは毎年4月11日くらいに5歳から10歳くらいの少女たちのための儀式があって、その少女たちは女熊と呼ばれ、サフランで染めた衣装着用して行列で何かをするらしいのですが、歌を歌うのか踊りを踊るのかは分かりません。そして動物の生贄が女神に捧げられるようです。たぶん白い羊らしいのですが、、。そのお祭あるは儀式はアルクテイア或いはアルクティア（Αρκτεία /Arkteia）というものだそうです。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/02/96/c0010496_22175719.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
Π形柱廊からアルテミス神殿を撮影しました。アルテミス神殿の上に聖ゲオルギオス教会というギリシャ正教の小さな教会が建っています。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_6274443.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
<br/>
門<br/>
門を入ると中庭あって左にΠ形柱廊があり、右側にアルテミス神殿と聖ゲオルギオス教会と聖水のプールがあります。この写真の正面をどこまでも歩いていると50メートルもしないうち海が見えてきます。まぁ、歩かないほうがいいです。葦が生えていて、足が泥にすくわれてしまいます。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/02/96/c0010496_22202628.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
　<br/>
アルテミス神殿<br/>
紀元前6世紀頃からこのアルテミス神殿は創立しました。紀元前480年頃にペルシア人によって破壊されましたが、紀元前420年には修復されたのでした。<br/>
<br/>
写真右は西暦6世紀の聖ゲオルギオス教会で、松の木があるあたりがアルテミス神殿です。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_6392582.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
アルテミス神殿には円柱の廃材のような物が2本のこっているだけですが、土台はきれいに残っています。この神殿はドリース式の神殿であったそうでうです。<br/>
<br/>
<br/>
4月11日頃にここに5歳から10歳くらいの少女たちがやってきてお参りしたわけですが、なんというか女の子の七五三のようなものでしょうかねぇ。ギリシャ古代宗教の年間行事予定表でも作ってみましょうか、、そうするとギリシャの神々のすべての儀式から、いろいろ見えてくるものがあるかもしれませんね。<br/>
<br/>
アルテミス神殿の2本の円柱<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_6402566.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
アルテミス神殿の土台の部分です。うわ物が何も残っていなくても立派なものだということが分かります。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_8193374.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
聖水<br/>
この聖水のプールはアルテミスの神殿の前にあります。聖ゲオルギオス教会の真下にあります。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_8173113.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
　<br/>
橋<br/>
こ＝紀元5世紀頃に作られた石橋はエラシノス川という小川で、遺跡の外の農村地帯を流れてここに来ます。そして海へ流れていきます。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_7132021.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
もう一枚、石橋の写真を掲載します。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_714673.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
小さな神殿或いはイフィゲニアに家と墓<br/>
ここはアルテミス神殿の後あたりになります。ここに小さな神殿ですが、よく分かりませんでした。<br/>
入場券の地図にはこのあたりにイフィゲニア(イーピゲネイア）の家と墓と書かれている場所もあり、感動してしまいました。<br/>
<br/>
神話によるとここにイフィゲニアは巫女としてここで生涯を過ごしたということになっています。<br/>
ミケーネ王アガメムノンとくリュタイメストラの娘イフィゲニアはエヴィア海峡で戦勝のために生贄とされて海へ沈められそうになります。アルテミス女神はイフェィゲニアのかわりに雌熊を沈めます。<br/>
このことからヴラヴロナの儀式アルクテイアは女熊と呼ばれるサフラン色の衣服をまといおこなわれたのでした<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_718880.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
ウィキペディアのBrauron mapは大雑把ですが、入場券の地図には詳しく載っています。残念ながらその入場券をなくしてしまって、皆さまにお見せできなく残念であります。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_805896.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
この部屋がたぶんイフィゲニアの居室だったところです、、といっても、イフィゲニアのお話は神話であり、またギリシャ劇作家エウリピデスの話によるとイフィゲニアの弟オレステスがここにやってきたということです。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_812668.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>　 <br/>
<br/>
イフィゲニアの家(或いは墓）あるあたりから、Π形柱廊はのように見えます。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_8142353.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
　<br/>
<br/>
<br/>
ヴラヴロナのアルテミス神殿の閉鎖について<br/>
現在修復中です。先週のある日、見学に行きましたが、完全に閉まっていました。この記事で使用した写真は7年前のものです。なので昔の記事に写真を大きくして掲載しています。やはり行ったところも時々また行くと新しい発見があるもので楽しいです。何もすることのない日曜日はどこかに出かけています。<br/>
<br/>
フェンスの外側から撮影すると、かろうじて下のような写真が撮影できます。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201202/03/96/c0010496_1048096.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
さてヴラブロナを後にして、わたくしは近くにもう一つのアルテミス神殿に行きました。<br/>
そこも海岸近くにありました。タウロポリのアルテミス神殿です。ここから20キロもないところで、<br/>
次回はその神殿の記事を書きます。<br/>
<br/>
<br/>
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一富士二鷹三茄子<br/>
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      <dc:subject>アッティカ県の遺跡と町</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 3 Feb 2012 11:07:13 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-03T11:07:13+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ヴラヴロナのバシリカ大聖堂</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17379968/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://lemonodaso.exblog.jp/17379968/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
ヴラヴロナの初期キリスト教バシリカ大聖堂<br/>
Παλαιοχριστιανική Βασιλική  στην Βραυρώνα<br/>
Early Christian Basilica at Vravrona(Brauron)   <br/>
　<br/>
アッティカ県マルコプロ・メソギアス共同自治体<br/>
Νομός Αττικής,Δήμος Μαρκοπούλου Μεσογαίας,<br/>
Attica Prefecture,Μunicipally of Markopoulo Mesogaias  <br/>
<br/>
西暦4世紀頃に建設されら8世紀頃まで、このバシリカ大聖堂は使用されていました。<br/>
このバシリカ大聖堂が完全に放棄されたのは10世紀のことでした。<br/>
このバシリカ大聖堂についてのソースはマルコプロ・メソギアス共同自治体のHPを参考にしています。ほかのサイトに6世紀頃の建設とありました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201201/31/96/c0010496_23453045.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
この場所はヴラヴロナ(ヴラウロン／ブラウロン）のアルテミス神殿へ行く途中にあります。そうですねぇ、500メートルも離れていないかもしれません。ちなみにアルテミス神殿は修復工事のため今年いっぱい見学できないかもしれません。<br/>
<br/>
冬は天気の良くないギリシャで曇りの日が多いです。<br/>
西日が重たい雲の隙間から、この初期キリスト教バシリカ大聖堂だけを照らしてくれました。まるでスポットライトが当たっているようにそこだけ明るく、神さまのお導きのような美しい風景になっていました。<br/>
肥沃なアッティカの農業地帯体で、美しい野鳥がたくさん生息する場所でもあります。<br/>
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大聖堂の中を見学しました。ここは鍵がかかってフェンスでぐるっと囲まれていましたが、<br/>
上のほうにいくとそこに大きな入口がありました。このバシリカ大聖堂はこの近くのアルテミス神殿の廃材で作ったのでしょうか？結構立派なイオニア式円柱が2本ありました。<br/>
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このバシリカ大聖堂は結構よく残っています。初期キリスト教時代とビザンティン時代の様式が残っています。中世にはここに海賊とがきて略奪していったことが何度かあったようです。<br/>
皆さん、海賊といいますが、大きな船でやって来るので、商船かな？と思っていたらたいへんなことになります。あるときは商船で商人、あるときは海賊、そういう集団が地中海を大手を振って航海していたことがあります。古代中世現代と国防は大切なことなのであります。<br/>
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後陣に入る半円形の部屋の白い大理石の仕切りの部分と下の基礎部分は美しい赤味のある石が使用されています。<br/>
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横から見ると後陣の半円形の部屋の仕切りの下の基礎部分の赤味を帯びた石はこのような感じで残っていて、イオニア式に円柱が2本見えます。<br/>
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半円形の部屋は南側にあり、壁に何か飾りのあったあとが残っています。<br/>
昔の建物は壁の厚さが30センチくらいあるのでしょうかね、細かい石で作られた壁の断片を見てそのように思いました。<br/>
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後陣には半円形の部屋が三つあって中央が一番大きかったです。<br/>
大聖堂の南側に半円形の部屋に井戸のようなものがあり、その中に溜まり水がありました。<br/>
冬は雨がよく降るので、そのような溜まり水ができるのだろうと思いました。<br/>
これは井戸かもしれないし、或い洗礼用の水入れだったかもしれません。<br/>
今となっては誰かが井戸と言えば井戸に、洗礼用の貯水槽と言えば、そのようになって伝わってしまうのかもしれません。<br/>
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このバシリカ聖堂は斜面にあるので高台から内部がよく見えます。<br/>
よくこの近くは車で通過したものですが、ヴラヴロナのアルテミス神殿がオープンしていなかったので、身だな日は過ごしたくなかったので、畑の中にあったこの大聖堂を見学したのでした。<br/>
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道路沿いから見るとこのような感じで看板が出ています。残念ながらバスはありません。このあたりにバス停もありません。誰かに乗せていってもらって、ふたり行動で見学するといいでしょう。<br/>
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フェンスで囲まれた遺跡脇の畑を歩いていって右に曲がると開いている場所があります。<br/>
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この道路をまっすぐ東へ行き、分かれ道の右へ行くとヴラヴロナのアルテミス神殿へ行くことができます。500メートルくらいかなぁ、、測っていませんが、そのくらいであろうと思います。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201201/31/96/c0010496_23552893.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>　<br/>
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どんよりとした曇りでしたが、このバシリカ大聖堂だけには雲の隙間から西日のスポットライトが当たっていて感動しました。わたくしだけのために本当にありがとうございますとお礼を述べて、ここを立ち去りました。　 <br/>
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一富士二鷹三茄子<br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>アッティカ県の遺跡と町</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 1 Feb 2012 5:05:59 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-02-01T05:05:59+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>ヴラヴロナのフランク時代の塔</title>  
      <link>http://lemonodaso.exblog.jp/17375486/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
ヴラヴロナのフランク時代の塔<br/>
Φράγκικος Πύργος στην Βραυρώνα<br/>
Frankish Tower at Vravrona(Brauron)   <br/>
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アッティカ県マルコプロ・メソギアス共同自治体<br/>
Νομός Αττικής,Δήμος Μαρκοπούλου Μεσογαίας,<br/>
Attica Prefecture,Μunicipally of Markopoulo Mesogaias  <br/>
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この塔は1200年頃のものでしょうか？<br/>
ずっとここ塔があることをわたくしは知っていましたが、<br/>
写真撮影することもなく眺めていただけでした。<br/>
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昔フランク族がやってきてこの塔を建築したわけですが、その当時はここもっと建築物があったと思いますが、残っているのはこれだけです。→フランク人<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201201/30/96/c0010496_23541410.jpg" border="0" width="375" height="500"/></center><br/>
ビザンティン帝国はヨーロッパからの十字軍派遣によって滅亡していきました。<br/>
ギリシャ軍勢力の弱体化が進み、1205年にビザンティン帝国の領域だったアッティカ地方はアテネ公国となります。その支配者となったのは第4回十字軍でやってきたブルゴーニュ伯爵のオトン・ラ・ロシュという人物であります。<br/>
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十字軍は同じキリスト教徒にビザンティンを攻めたわけですが、まぁギリシャ正教徒のギリシャ人と支配にやってきた隊長と側近たちはカトリック教徒だったわけで、折り合いを付けて、和平とあいなったのでありましょう。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201201/30/96/c0010496_23563483.jpg" border="0" width="375" height="500"/></center><br/>
政治の中心はアテネでアクロポリスにフランク族塔があったとか、、、。<br/>
そしてパルテノン神殿はカトリックスタイルの聖母マリア教会にされていました！<br/>
詳細は→アテネ公国<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201201/30/96/c0010496_23595570.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>　<br/>
この塔はヴラヴロナ(ブラウロン）のアルテミス神殿へ行く途中で偶然見つけたのです。<br/>
アテネからずっと離れた静かな農村のドカーンとありまして、<br/>
その後ろ遠く彼方を飛行機が飛んでいたりしました。<br/>
そうか、、ここはエル・ヴェニゼロス空港と同じ共同自治体なのだ、ということに気がつきました。<br/>
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一富士二鷹三茄子<br/>
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</p>]]></description>  
      <dc:subject>アッティカ県の遺跡と町</dc:subject>  
      <dc:creator>lemonodasos</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 31 Jan 2012 2:42:23 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-01-31T02:42:23+09:00</dc:date> 
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