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    <title>JBL４３４４とプラスα</title>  
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    <description>高知民報記者・中田宏の非公式・独断コメント 　オーディオとJAZZ＋登山　高知勤労者山岳会員　 　　　tosahiro@gmail.com</description>  
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    <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
    <dc:rights>Copyright 2012</dc:rights>  
    <pubDate>Fri, 18 May 2012 15:50:36 +0900</pubDate>  
    <dc:date>2012-05-18T15:50:36+09:00</dc:date>  
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      <title>JBL４３４４とプラスα</title>  
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    <item> 
      <title>白馬岳遭難　その後</title>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
白馬岳の大量遭難について、その後の報道で徐々に状況が分かってきた。<br/>
<br/>
当初、装備について「ジャンパーにＴシャツ」、「手袋もしていない」という情報が洪水のように流された。しかし、その後、きちんとしたものを持っていたにもかかわらず、天候の急変に対応できず、着けることができなかった可能性が高いと報じられた。<br/>
<br/>
「軽装」は誤報だった。<br/>
<br/>
誤報を修正した媒体もあれば、いまだ「軽装」を流すメディアもある。出しっ放しであとは知らぬ存ぜぬの新聞も多い。高新は比較的大きく修正記事を出したので、まだ良心的だが、すでに垂れ流されて一人歩きしている「ジャンパーにＴシャツ」という誤情報は元には戻らない。<br/>
<br/>
ネットには誤った情報を元に、安全地帯にいて、したり顔で的外れな論評を、匿名でする輩があふれかえっているが何の責任も負わない。<br/>
<br/>
メディアには、もう少し時間が経過してから、誤報の原因も含め、しっかりした事故の検証番組を作り、記事を書いてほしい。それは物を書くことに携わる人間としての責任ではないだろうか。<br/>
<br/>
メディアは事故のたびに、センセーショナルに「無謀だ」と、分かりやすく仕立て上げればそれでよしとする体質がある。北村君の土佐高サッカー落雷事故の時のネックレス要因説もそうだった。<br/>
<br/>
事故の要因に関わる情報を出す時には、断片的な情報に飛びつくのではなく、事情が分かる者のアドバイスをえるなどして慎重に考えてほしい。<br/>
<br/>
ＧＷの後立山に泊で入るパーティが、手袋なし、ペラペラの夏の恰好をしているはずがないことは、山を知っている人間ならすぐに分かることだ。それどころか概して高齢の登山者は、「心配だから」と必要のない装備まで、あれこれ持ってくる傾向が強い。<br/>
<br/>
もう一つは天候について。４日朝は疑似晴天で午前中は晴れて暑かったという情報がでている。それで雨具の下をはいていなかったという理由が分かった。<br/>
<br/>
確かに当日朝の天気図を見ると、北アルプス付近が、二つ玉の間、高圧部に入っている。これが曲者で、彼らが小蓮華山付近の稜線にさしかかった頃、急変したのだろう。<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/08/32/b0005432_19105770.jpg" border="0" width="299" height="400"/></center><br/>
<br/>
稜線の気温が氷点下０度程度という報道もあった。これからは気温が高く、みぞれや雨であったことが読み取れるが、条件としては最悪だ。だが白馬山頂はもうすぐ、そこまで行けば営業小屋が開いている、行くしかない。ツェルト（簡易テント）でなんとかしのごうとした形跡もあったが、雨とみぞれの3000メートルの吹きさらしの稜線では無力だった。<br/>
<br/>
元気象庁予報官に話を聞いたところ、「４日午前、現地は二つ玉の間に入り、上空の気温が平年より４度も高い。晴天だったはずで行動したのも無理からぬ状況。大陸の寒気がないので、低気圧が抜けたあとはすぐ回復すると思った」と話していた。<br/>
<br/>
さらに彼は、「この時の予報は、太平洋岸の雨に気を付けなければならないが、中部山岳が荒れると思っていなかった。今回の荒天の原因は、大陸の寒気より太平洋岸の暖気であり判断が難しかった」とも述べていた。<br/>
<br/>
このように山の天気、とりわけ不安定な春山の天候判断は難しい。<br/>
<br/>
現実には天候が急変し、雨・みぞれの強風に3000メートルの稜線で吹かれるという最悪の事態になってしまった。それは判断ミスが招いたといえるのだろうが、いかにミスが要因であれ、稜線で仲間と寄り添いながら力尽きていくその絶望感を思うと言葉がでない。<br/>
<br/>
状況を知らない者が思うほどに事は単純ではなかったのではないだろうか。安全地帯からミスをあげつらうのは誰にでもできるが、人間であるからにはミスする。その代償があまりにも大きかった。<br/>
<br/>
引き返すべきターニングポイントは、遭難地点よりずっと手前の白馬大池あたりで、そこを過ぎれば白馬山頂までいくしかない。風下側は白馬特有の非対称の地形で、雪庇が飛び出て崖になっているので下りることも難しい。ターニングポイントの手前で風が出ていれば、出発がもう少し遅ければ違った結果になっていたかもしれない。<br/>
<br/>
今振り返れば、小蓮華山方面から引き返し彼らと遭遇したパーティーがいたのであるから、その時点で撤退を判断していれば、事故を回避できた可能性はある。<br/>
<br/>
その判断を妨げたものが、何であったのかが、今回の事故の最大の教訓であろう。パーティ全員が犠牲になっているため難しいとは思うが、そこに迫る検証がなされ、再発防止に生かされることを今は願わずにはいられない。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>登山</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 8 May 2012 17:31:42 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-08T17:31:42+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>県こども条例　その後</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18259289/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
本日、県議会文化厚生委員会が開かれ、懸案のこども条例についての議論があった。<br/>
<br/>
今回の会議は、執行部が可決済みの同条例関連予算の執行にあたり、文厚委の議論を受け止めてからにしたいとしていることから開かれたもの。<br/>
<br/>
結論を言えば、同条例関連予算のうち、シンポジウムと審議委員会開催のための予算については、全会一致で適切な時期に執行してくださいということでまとまった。<br/>
<br/>
同時に、自民の委員からは、これまでの条例廃止論は消え、条例の意義を認めたうえで、今日の子どもをめぐる状況を加えた補強的な改正議論を時間をかけてしていきたいという意向が示され、それ故条例広報のためのパンフレットの印刷は待ってほしいという声があった。<br/>
<br/>
高知新聞はこの日の委員会を「集中審議」と大仰に書いたが、執行部の説明をいれても１時間強ですぐに終わり（自民重鎮の西岡寅八郎委員はすぐに退席して戻らない始末）、ようするに議論したという形を作ったというだけのことであった。<br/>
<br/>
これを受けて執行部は、シンポと審議委員会設置はすぐにとりかかります。パンフはもう少し議論の推移を見て適切に判断しますみたいなことで、この日の議論は終結した。<br/>
<br/>
前期委員会のような、こども条例の意義を真っ向から否定する、ウルトラ復古主義は雲散霧消し、条例の今日的な意義を認めた上で、より補強していくにはどうあるべきかというのが、この日の議論の中心であった。<br/>
<br/>
「大山鳴動ねずみ一匹」とは言わない。自民党が内部議論で認識を一定改めたのであれば、それは良いことである。<br/>
<br/>
自民党は、条例改正で「親や地域の責務などを加えたい（梶原委員）」、共産党は条例をいじるのではなく、具体的計画の中で子どもの深刻な実態を把握し盛り込むべきであるとするなど、その方向は同床異夢的なところがあるやもしれないし、自民は維新がやろうとしている「親学」的なもので親を自己責任で孤立させかねないものが出してくる可能性も否定できない。これからも注視していかねばと思っているところです。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>取材こぼれ話</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 8 May 2012 16:05:21 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-08T16:05:21+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>白馬岳の大量遭難について</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18246508/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://minpo.exblog.jp/18246508/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
ゴールデンウィーク後半、後立山と穂高で大きな事故が連続的に発生し大量の犠牲が出た。条件がよければ半袖、吹雪けば一気に冬山になる春山の怖さを思い知らされた。<br/>
<br/>
まだ事故の詳細は定かでないが、白馬岳で6人が全滅した事故について、「ジャンパーにTシャツ」などという情報が流れ、お決まりの「中高年の無謀登山」のステレオタイプな大合唱がかまびすしいが、単純にそうとも思われないので、一言触れておく。<br/>
<br/>
遺体収容のテレビ放送を見た限り、装備はそれほどおかしなものには見えなかった。ゴアテックス（たぶん）のアウターを着ていたように見えたし、雨具をアウターに着るのは普通である。冬山であってもうちの山岳会でもそうする。中にフリースなどを着込んでいなかったことも行動中は当たり前であり、行動中に稜線で強風にさらされ急速に体温を奪われて消耗した時、手袋を外して、ザックを開けてアウターを脱ぎ、フリースを着込み、もう一度アウターを着るという作業は容易なことではなく、できなくても不思議ではない。そんな余裕はすでになくなっていたのではないか。<br/>
<br/>
ただメンバーの多くが雨具の下を付けていなかったという情報もある。それが本当ならば雪がある稜線を歩くのに雨具のズボンをはかないのは考えにくい。ズボンは、はいたり脱いだりが困難なので、出発時からはきっぱなしにするのが普通だ。<br/>
<br/>
4日、現地は午前中は低気圧の影響で雨やみぞれだったというが、濡れた後に低気圧が抜けて一気に冬型になり気温が下がり稜線で吹雪にみまわれたのだろう。これは強いパーティであってもなかなか厳しい状況。だが、それで雨具のズボンなしは考えにくいので、出発時には雨は降っていなかったのかもしれない。<br/>
<br/>
また手袋をしていなかったとか、綿のズボンだったという情報も一部あるがちょっと分からない。手袋を初めからしていないとは考えにくく、飛ばされた可能性もあるわけだし、一見綿にみえる化繊も多い。そこは検証を待ちたい。<br/>
<br/>
遺体が見つかったのは、この日の目的地であった白馬山荘までの行程の半分強の小蓮華山だった。この行程はかなりの長丁場であり、小蓮華山まで入りこんでしまうと、風の弱い樹林に逃げ込むこともできないし（風下側は切り立っている）、行っても戻っても時間は変わらないから、もはや進むしかなかった。白馬山頂には、ホテルのような巨大な営業小屋が開いており、行くしかないと考えたのも無理もない。<br/>
<br/>
低体温症の恐ろしさは、なった時には、すでに判断力が鈍り、当たり前の行動ができなくなることで、ツェルト（持っていなかったのか、飛ばされたのか不明）もフリースも、ザックから出せない（吹雪の稜線で装備を出すのは普通でもかなり大変）ことはありうるし、雪洞などこんな状況になってから掘れるわけがない。そもそも吹きさらしの稜線上にそれほど積雪はない。<br/>
<br/>
最大の問題は、4日、荒天が予想されたにもかかわらず行動した判断だろう。予備日を設定した計画だったのか。経験がかなりあって少々吹いても抜ける自信があったのか。犠牲者は医師が多いということだったので勤務で予定通りの下山にこだわったのかもしれない。<br/>
<br/>
地形から見れば引き返しを判断するリミットは乗鞍岳周辺か大池だった。ここで明確な判断がされず、先送りし、小蓮華山方面に入り込んでしまい吹雪かれた。吹雪が朝からであれば、この日の行動は彼らもしなかっただろうし、もう少し早く吹かれば引き返したかもしれない。結局、判断の先送りが深刻な事態を招いてしまった。<br/>
<br/>
6人というパーティも多すぎた。調子を崩したメンバーもいたかもしれない。これが足の揃った3人くらいであったなら、抜けるにしても、撤退するにしても、違った判断になっていたのではないか。<br/>
<br/>
パーティ全員が死亡しており、本当のことは分からないかもしれないが、パーティの意思決定のありようは重要だ。メンバーには高齢の医師が多く、リーダーが垂直的な意思決定ができたのか。文句を言う者がいても敢然と「引き返す」と言え、雨具をきちんと着ける指示ができる関係にあったのだろうか。そもそもリーダーは誰だったのか。<br/>
<br/>
判断の遅れ、余裕あるうちに着けるべき装備を着けさせる指示が徹底できていないこと、営業小屋をあてにした無理のある行程などの背景になにがあるのかが再発防止のための教訓になる。白馬山荘が「くるはずの客が着かない」という認識があったということは予約していたわけであり、行動が計画に縛られていたのかもしれない。条件がよければ、少々遅れても問題なかったが、稜線で吹雪かれてはきびしかった。<br/>
<br/>
また気象庁のアナウンスがどうだったのかという問題意識も気象庁関係者から聞こえてきた。確かに東北の大雨は強調されたが、中部山岳が荒れるというメッセージは聞かれなかったように思う。そのようなアナウンスがあれば彼らの判断に影響を与えたかもしれない。<br/>
<br/>
これから様々な角度から検証されていくだろうが、ただの「無謀登山」で片付けるのではなく、再発防止に役立つきちんとした検証を願いたい。<br/>
<br/>
低体温症は、今にして思えば、10年以上前の正月のことだが、南アルプスの甲斐駒ケ岳に鋸岳から登った時に自分もなったように思う。その頃は体力もあったので、6合目から岩場をグイグイ飛ばしてパーティの中で１人先に山頂に着いてしまい、小１時間ほど吹きさらしの甲斐駒山頂で後続を待ったことがあった。甲斐駒山頂は風よけになるところもない。この日は凍傷者が何人も出るほど風が強かった。行動食も切れてしまい腹が空いたのでじっと待っていたのだが、何やら音が遠くで聞こえるような、ぼーっとした感覚に襲われたが、この時にははっきり自覚できなかった。<br/>
<br/>
やがて後続メンバーが追いつき、北沢峠へ下山を開始したのだが、どうしたことか足がなかなか出ず、歩みが進まない。リーダーに行動食を分けてもらい、ゆっくり足をすすめ、森林限界より下がって風が当たらなくなってから、だんだん正気に戻った感じで、ヘッドランプで北沢峠にバテバテになって着いた。<br/>
<br/>
この時は、山頂からしばらく下れば樹林帯であったから良かったものの、あの状態で、稜線が連続するルートであれば、今考えればやばかったかもと思う。<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/06/32/b0005432_12331449.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/06/32/b0005432_12395966.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
写真上は2006年ＧＷの白馬主稜。下は白馬山頂から小蓮華山方面へ続く稜線。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>登山</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 6 May 2012 2:54:41 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-06T02:54:41+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>剣山・丸石の下山遅れについて</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18236518/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://minpo.exblog.jp/18236518/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
4月30日、5月1日に発生した大阪市と岡山市の男性２人の剣山・丸石の下山遅れについて。<br/>
<br/>
徳島県警がソースだろうが、高知新聞に載ったベタ記事は要領を得ないものだった。おそらく徳島の共同通信の配信と思うが、いくら隣県とはいえ、出すからにはもう少し何とかならないものか。事故情報が正しく共有されず、再発防止の教訓にならない。<br/>
<br/>
山の道迷いが発生した時に大事な情報は、メンバーがどこの誰か、装備と経験、当初計画したルート＝入山口、下山口（要は山岳会が書く山行計画書の内容）であり、発見時の位置と時間である。<br/>
<br/>
記事に、これらの情報が具体的であればあるほど、よい記事ということになる。高新の第一報は、剣山の頂上小屋を30日朝出たまではよいとして、おそらく次郎ギュウを経由し、丸石小屋跡から奥祖谷かずら橋に下るルートだろうと、想像はできるが肝心の予定下山口について明確な記述がない。<br/>
<br/>
この時点で、不可解に思ったのは、このルートでは迷いようがないとうこと。剣山から丸石までは、明瞭な尾根道で外しようがない。丸石小屋から、奥祖谷かずら橋に下るポイントも看板はあったし見落としはない。さらに奥かずら橋への下りも沢沿いなので迷う者はいない。さてどこで迷ったのか。ひょっとすると反対側のスーパー林道側？、いや携帯電話が通話できているのでスーパー林道側ではないはずだとか、いろいろ考えてしまった。<br/>
<br/>
そして高新5月1日夕刊の無事発見の記事では、「登山ルート上の林道を歩いている」のを見つけたと書いてあった。<br/>
<br/>
ルート上の林道？？？　そんな林道はないわけで、やはりスーパー林道のことか？混乱してしまい、イライラ感がつのる。<br/>
<br/>
高新にはそれ以上載らないので、辛抱たまらず、徳島の山仲間に現地の新聞記事を送ってもらって、ようやく全容が分かった。共同の記事とは違い、徳島新聞はちゃんと取材をしているようだし、山に詳しいO記者もいたからだろうが、さすがに気が利いており略図もあった。<br/>
<br/>
結局、徳新によると、下山遅れした2人は、当初の予定を変え、丸石小屋（Ｂ）から奥祖谷かずら橋（Ｃ）には下らず、白髪避難小屋まで足を伸ばして四ツ小屋谷川を経由して名頃（Ｆ）に下るルートに変更していた。<br/>
<br/>
ところが沢まで下りたものの、思ったより荒れていて雨の中、時間切れビバーク（Ｄ周辺）。彼らもおよその位置は分かっていたはずである。1日の朝には林道（Ｅ）まで標高差２００メートルほど三嶺側の斜面を上がっているわけだが、そのためには位置を把握していなければ難しいし、図も持っていたのだろうと思われる。<br/>
<br/>
無理に沢に突っ込まず林道へ登り返した判断は適切だった。携帯電話が繋がっていたようなので、仲間にアドバイスを受けていたのかもしれない。服装からは一定、山慣れしている人のようにも見えた。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/05/32/b0005432_210192.jpg" border="0" width="500" height="669"/></center><br/>
彼らが下ろうとしたルートは25000分の1の地形図には出ていないのだが、昭文社の通称「馬鹿地図」に記載があるので、それに触発されたのかもしれない（この地図には四ッ小屋谷川まで下り林道へ登り返して名頃に下るルートが書かれていた。遭難者は結果的にこの通りのルートをたどっている）。行ったこともないルートへ思いつきで計画を変えたのはまずかったが、無事で何よりでした。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/04/32/b0005432_1071482.jpg" border="0" width="500" height="264"/></center><br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/04/32/b0005432_10172359.jpg" border="0" width="500" height="264"/></center><br/>
<br/>
上が当初の計画。Aのヒュッテを出て、次郎ギュウの山頂を経てか、巻いたかは？だが、丸石、丸石小屋（Ｂ）を経て奥かずら橋（Ｃ）に下るはずだった。<br/>
<br/>
下が実際の行動。予定よりペースが早いので足を伸ばそうということになり、奥かずら橋（Ｃ）には下らず、白髪非難小屋まで行き、四ツ小屋谷川沿に（あるいは林道を使って）下ろうとした。ビバーク地点はＤ周辺の左岸と思われる。翌朝左岸を林道まで登り、自力で歩いて下っていた（Ｅ）。<br/>
<br/>
ソースは現時点では徳新に書いてあることだけ。直接現地の話は聞いていないので、追加情報があればまた加えます。これらの情報を再発防止に生かしていただけたらと思います。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>登山</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 4 May 2012 1:30:16 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-04T01:30:16+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>沢尻エリカ考</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18226149/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://minpo.exblog.jp/18226149/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
赤旗日刊紙に、共産党らしくない場違いに柔らかいコラムがある（掲載頻度はよく分からない）。らしくないのが大好きな自分としてはちょっと注目していた。<br/>
<br/>
タイトルは「鶴橋康夫のドラマの種」。著者の肩書きは「演出家」とある。この人を調べてみると読売テレビで数多くのテレビドラマを作り、今も東北新社でプロデューサーをつとめる、この業界ではかなり知られた人のようだ。年齢は70歳くらいだろうか。<br/>
<br/>
先日TBSで放映された「悪女について」というドラマで主演した沢尻エリカの第一印象について、こう書いていた。<br/>
<br/>
「出るところが出て、へこむところがへこんでいる。これがなかなか難しい」、「鎖骨のくぼみ、背中のえくぼ、小股の切れといった細やかな身体の表情や陰影」、「ハイレグや美容整形ではどうにもならない範疇」・・・<br/>
<br/>
小股の切れ上がりというのがさすがで、このようなことを言う人は近頃はいない。どういうことなのかは自分にもよく分からないが、このお父さんが、沢尻にコロリといかれていることだけは分かる。<br/>
<br/>
赤旗でここまで美女礼賛をしていいのか、女性を商品化していると叱られやしないかと、はらはらしたりするが、「お腹が空いたので彼女と寿司をつまんだ」と、悪びれないいかにも業界人然とした書きっぷりがいい。赤旗に「小股の切れ上がり」である。意表を突かなければ何事も面白くない。<br/>
<br/>
「別に」で知られるエリカ様といえば世間では何かと叩かれるキャラクターだが、自分はやはり「パッチギ！」。朝鮮学校でフルートを吹く姿に痺れた。<br/>
<br/>
今回のドラマは、有吉佐和子の原作で、昭和30年代からバブルにかけての時代設定。沢尻がのし上がっていく過程でのカーディガンやセーターなど普通の庶民の服装に見とれた。美女は着飾った時もいいが、やはり普段着が違う。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201205/02/32/b0005432_0534486.jpg" border="0" width="500" height="355"/></center>ドラマのストーリーは凡庸で、どうということもなかったが、美しき悪女＝沢尻エリカを拝むことができ満足。このコラムを目にしなければきっと見ることはなかっただろう。きっかけを与えてくれた赤旗の型破りなコラムに感謝したい。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>その他</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 2 May 2012 0:39:00 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-02T00:39:00+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>尾﨑知事のサブマリン構想について</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18221189/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://minpo.exblog.jp/18221189/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
尾﨑知事が打ち出したサブマリン構想と浦戸湾の可動防波堤について、これまであえてものを言わないようにしてきたのだが、そろそろ私見を述べたい。<br/>
<br/>
まずサブマリン構想。知事の思いは会見で直に話を聞いてよく分かった。国にまともな対策の打ちようもない30メートルの津波がくると言われた県の知事として、県民に生き残るための選択肢を示さないわけにはいかない。そのためには奇抜と言われようと、どんなことでも考える、大真面目だと。<br/>
<br/>
その思いは本当だろう。が、やはりそこには無理がある。<br/>
<br/>
この計画は、高いところに駆け上がることができない高齢者が、滑り台で地下に降りて潜り、潜水艦の技術で呼吸をして生き延びるというもの。<br/>
<br/>
巨額の費用がかかるだろうから、みんなが入れるような大きなものは無理だし、そもそも長大な高知県の海岸線をこれで全部埋め尽くすことも不可能。地震の後、多くの人がそこまで全速力で走らなければならないし、ハッチは急いで閉めなければ全滅するから、開けて待つわけにもいかない。<br/>
<br/>
17号台風、98豪雨の水の猛威を目の当たりにし、冬山や岩壁登攀を多少かじって、使い古された言葉ではあるが、自然に畏怖を抱く者としては、人工のもので、太刀打ちができるとは思えないし、津波の下に向かうという行為を直感的に受け入れることができない。国交省が言っている小規模なノアの方舟のほうがまだ現実性があるように思う。<br/>
<br/>
可動式津波防波堤に至っては、はっきりいって論外だと思う。たとえ言っている通りに動作したとしても（かなり怪しいが）。知事も一度や二度は、鷲尾山から浦戸湾を見下ろしたことがあるだろうと思うが、３・１１後、改めて見ると、嫌でも津波が浦戸湾に押し寄せる様子がまぶたに浮かんでしまう。<br/>
<br/>
科学者が震災後、口をすっぱくして言っているのは、堤防で津波は防げないということ。無限のエネルギーで押し寄せる水の巨大な塊は、どんな障害物があっても容赦せず乗り越え、行くべき海抜まで必ず行く。<br/>
<br/>
俯瞰するとよく分かるのだが、浦戸湾口は、あまりに小さく、横を向いている。押し寄せる津波は、狭い浦戸湾口に回り込まずとも、種崎を乗り越え大量に浦戸湾に入ってくるだろう。種崎地区の移転や集落ごと高層化するとか（堅牢な下駄をはかす）にその金とエネルギーを使うほうがはるかに有効であるように思える。<br/>
<br/>
先日、高知市議会の南海地震委の場で、水没地域である新図書館建設に10億円もかけて地下駐車場を作らせることに熱心だった重鎮議員が質疑の中で、早くもG社（同社の顧問にこの会派の元議員が就任している）の名前を出して、露骨な「売り込み」をやったのには鼻白んだ。もちろん地元企業は大事だろうが、今から特定企業がちらつくようでは先が思いやられる。<br/>
<br/>
新図書館、資料館、そして可動津波防波堤、地下シェルター、またこれは高知市のことではあるが新庁舎に、総額100億円くらいの巨費を投じる江の口から弥右衛門への地下巨大雨水管・・・。要するにやることなすこと、公共の投資は水没地域に偏りすぎていないか。これでは震災の後につながらない。<br/>
<br/>
水没地域は地盤沈下、液状化で長期に復帰は難しく、10万人以上が避難して長期に住めなくなるということは県自身が言っていることである。持てる金とエネルギーは高台移転をメインに、水没地域を支援し救援する拠点にこそ傾注すべきだろう。いざという時に、逃げられない高齢者を優先的に高台に移転させる手立が最も大切だと思う。そのほうが救える命がはるかに多い。そんなことは百も承知と叱られるかもしれないし、高台移転の努力がはじまっていることも承知しているが、やはりそういう素朴な感覚は大事にしてほしいと思う。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>取材こぼれ話</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 1 May 2012 1:40:30 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-01T01:40:30+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>simフリー香港版iPhone・・・</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18215839/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
久しぶりにiPhoneについて。３G時代から使ってきたソフトバンクiPhoneだが、さすがにここまで一般的になってくるとかつてのような「おっ」という感じはないわけで、天性の反主流派の自分としては、今ひとつのところもあるし、別にジョブズ信者でもないのだが、彼が亡き後のアップルもかつてのような輝きが感じられない印象もある。<br/>
<br/>
そういう中、発表後すぐに予約して入手したiPhone4がまもなく2年を迎えようとしている。ここは思案のしどころである。<br/>
<br/>
想定している選択肢は以下。<br/>
<br/>
①端末月賦が終わってもそのまま使い、ソフトバンクのままもうじきでるであろう５に機種変<br/>
②auのiPhone５に機種変<br/>
③ドコモandroidに乗り換えXi回線で使う<br/>
④simフリーiPhoneをドコモXi回線で使う<br/>
<br/>
実は携帯電話は、仕事の名刺に番号を入れているドコモのFOMA（ボロ）と、ソフトバンクのiPhoneの2台持ち。ごろごろと邪魔で仕方が無いし、やはり1台にまとめられるものならまとめたいという気はある。<br/>
<br/>
③をMNP（番号他社からの持ち込み）でやり、現行のFOMAをやめれば合理的で、かなり得と思われるが、仕事用の番号が変わってしまうのは避けたいし、androidの端末を触ってみると、お財布（edyと東京に行った時用にsuicaをFOMAで愛用している）とテザリングはいいのだが、デザインや挙動はいまひとつでバッテリーの持ち、クラウドも寂しい。iPhoneってやっぱりよくできているなと再認識させられてしまった。<br/>
<br/>
①は判断の先送りだがまずは順当かと。ただ５のデザインが好みでないかもという気も少しするので、まだなんとも。<br/>
②はauは嫌いなので、あまり考えていない。<br/>
<br/>
そこで④である。SIMフリーというのは、香港などで売られている電話会社の縛りがない端末のことで、ちょっと前まではハードは10万円超、挿すsimもよいプランがなかったのだが、最近はドコモのXiが非常に適しているので注目したい。<br/>
<br/>
iPhoneがドコモから売られれば、それが一番話が早いのだが、それはないということで、ドコモはアップルの言いなりになってまで端末売らせてもらうより、simフリーで回線売るもんね、という戦略にスイッチしているようだ。<br/>
<br/>
確かにここまで遅れこんだのだから、そのほうが潔くてよい。逆にアップルがsimフリー機を売らないのがいけないというアドバンテージも持てる。時代の流れは確実にsimフリー化していくことは間違いないのだから。<br/>
<br/>
話がややずれたが、今は香港製のsimフリー端末がネット通販で簡単に買え、6000香港ドル程度。レートは1ドル約10円なので6万円。手数料をはらって65000円程度で買える。<br/>
<br/>
たとえばである、ドコモのXiで端末を買い契約して、そのsimを速攻香港版iPhoneに挿してドコモ回線で使う（そういう使い方をドコモが奨励している気配もある）。ドコモの端末は新品のまま売って香港版iPhoneの代金に充当すれば、それほど端末代は高額にならないし、ランニングコストもソフトバンクともそれほど違いがない。さらにMNPでこれをやれば、端末代はほとんどトントンになってしまうのではないだろうか。かなり経費を抑えることができる。<br/>
<br/>
この作戦には心が動き、香港版のiPhone４Sを、もう少しでポチる寸前まで行ったが、そこはぐっとこらる。なぜか。simフリー香港版をドコモで使った場合、MMSが使えないという弱点があるから。<br/>
<br/>
現在、自分のiPhoneでもっとも使用頻度が高いのはMMSだろう。そのもっとも使うサービスを使えなくする為に、香港から輸入までするのもアホらしい。それにやはりLET（次世代高速回線）に対応してくる５も見極めたいし。<br/>
<br/>
そんなこんなで、どう転んでも帯に短し襷に長し。考えがまとまらず、とりあえずiPhone5が出るまで現状のまま、もう少し置いておこうと思っております。<br/>
<br/>
思うに、今のスマホの売り方は、2年ごとにMNPで各社を渡り歩くことを推奨しているようなプランになっていて、それが一番安く新しい機種を持ててしまう。会社を替えず、ずっと維持してくれている優良顧客の端末代こそもっと安くするとか、そういう客こそ大事にしてほしいなと。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>その他</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Mon, 30 Apr 2012 1:53:09 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-30T01:53:09+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>尾﨑高知県知事、伊方再稼働発言について</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18201354/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
26日の知事会見で伊方原発の再稼働についてのやりとりが印象に残った。<br/>
<br/>
尾﨑正直知事からは、京都や滋賀が県境にとらわれず「被害地元」としてもの申すのはその通りだと思うが、大飯と伊方は状況が違う。地形が異なるし30キロ圏は全部愛媛だし、50キロ圏に入るのは梼原と西土佐の一部だけなので、というような発言があり、高知県を「地元」とする考えとは一定の距離をおいた。<br/>
<br/>
やはり、これはまずいのではないか。<br/>
<br/>
伊方で事故があった場合、地形が違うというのは間に山があるということだと思われるが、それを言うなら、北西の季節風の通り道になるという伊方特有のリスクもあるし、飛散した放射性物質は山により蓄積されることも分かっているわけで、琵琶湖が近畿の水源というなら、四万十源流域の山は幡多住民の命の源だ。大飯の京都・滋賀と違って大したことはない、と聞こえかねない言い方はいかがなものか。<br/>
<br/>
自分が西土佐の住民だったら「うちは地元ではないのか」ときっと憤慨するだろうと思う。<br/>
<br/>
同時に知事は、「甚大な事故の場合に被害の可能性がある地域として重大な関心を持っている」とも述べているが、そこには認識の不十分さというより、おそらく愛媛県より前に出たくないというところがみてとれる。<br/>
<br/>
「技術的」な問題として、事故の様態と風向き次第では、30キロでも50キロでも100キロでも取り返しの付かないことになるということを福島の事故は教えているわけで、知事の真意は、事故の影響を軽く見るということではないだろうとは思うが、そうであればもっと適切な説明をしたほうがよいと思う。<br/>
<br/>
こども条例については、どの記者からも質問は出ず、新たな知事の発言はなし。5月8日10時に県議会文化厚生委員会が開かれ再度討議されます。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>取材こぼれ話</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 27 Apr 2012 1:45:27 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-27T01:45:27+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>橋下大阪市長の処世術と脱原発</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18183476/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
今、自分の問題意識は、原発に否定的な人達を分断させないためにも、橋下の存在感を脱原発、とりわけ焦点になっている再稼働に反対する動きにもっと利用して取り込んでいくことにある。関電・大飯とともに焦点になっている四電・伊方も瀬戸内海で大阪に繋がっているわけで、伊方でも橋下に発言してもらいたい。<br/>
<br/>
これまで何度も、彼については語ってきたところだが、空気を読んで強者（ジャイアン）につくのが橋下の処世術の真骨頂。<br/>
<br/>
維新だ改革だと声高に叫びながら、よくよく見れば財界好みの使い古されたむき出しの新自由主義しか言わない。橋下がリバタリアンであるというより、支配層の流れが好む流れに乗っているからという側面が強い。彼が中国に生まれていれば、たとえば急進的な毛沢東左派でも喜んでなるという気がする。<br/>
<br/>
要するに彼にはイズムというもの、思想というべきものはなく、あくまで自分のために、その場の相場観で世渡りしていくというが本質だ。彼の言うことをいちいち真に受けて反論しても、あまり意味がない。真面目に反論したところで、その時には、もう別のことを言っている。<br/>
<br/>
しかしながら、言われっぱなしといいうわけにはいかないから、左翼としては生真面目に反論しておかなくてはならないわけだが、そこは実際の行政のことなど良く分からない一般市民にとってはかったるく、既得権益に固執しているようで、ポンポン次から次へと攻めまくる橋下に勢いがあるかのように見えてしまう。実際には議論に答えずに、次々と話を拡散して逃げているだけなのにである。<br/>
<br/>
だが、そんないい加減なやり口は時間が立てば通用しない。見破られ淘汰される。世論は信用ならないようでとてつもなく的確だ。有権者は馬鹿ではない。有権者の怖さは橋下自身が百も承知だ。だから府政、市政、国政とめまぐるしくステージを変え、次々と猫だましのように新手を繰り出さなければならなくなる。<br/>
<br/>
橋下は市職員や教員に、よく「民間ではそんなことでは通用しない」と言っているが、民間の商売は商品価値と信用が命であり、いいかげんな商品をＳＦ商法で売りつければ、はじめは売れても、やがてクーリングオフの山。橋下のようなやり方は、大阪市長以外では通用しない。他に代替がない市役所の長を多くの職員が支えてくれるから成り立っているのだろう。<br/>
<br/>
とどのつまり、何から何まで橋下は虚像なのだ。<br/>
<br/>
橋下を支持する人も支持しない人も、彼の虚像に快哉をおくり、虚像に怯えている。等身大の橋下徹は、意外に「小さい」男なのではないかという気がする。<br/>
<br/>
もちろん虚像であっても自治体の長という権力を握り、決めたことは現実になるわけであるから、左翼としては言わなければならないことは当然ある。それはしっかりやりながらも、一方でもっと大胆不敵に、橋下の虚像に怖じけづいて遠くから吠える如きではなく、彼の言質に踏み込み逆手をとるくらいの度胸を見せてほしい。京都市長選で現職をわずかのところまで追い込んだ中村和雄氏の「橋下さんが原発反対なら僕を応援すべきだ」という発言のような感じで。<br/>
<br/>
橋下が脱原発を盛んにいうのは、空気と相場を読んで、原発を批判しなければ大衆に支持されないことを敏感に感じ取っているからに他ならならない。これこそがポピュリズムの本質である。<br/>
<br/>
日本社会が新自由主義と「構造改革」によって中流消失、一部の持てる者と多数の不安定雇用・低所得者層への分裂が急速に拡がっていく中、これまで反戦や民主主義などどちらかといえば理念的な要求を掲げ「中流」をメインターゲットにしてきた左翼が、不安定雇用・低所得者層に届く言葉を持てていないのとは対照的に、橋下はメディアを最大限利用し、ＳＮＳを使いストレートに届く言葉で、公務員批判、原発批判という彼らの「願い」を代弁する。<br/>
<br/>
ということは、橋下はもはや原発批判をやめる選択はできず、必然的に原発に固執する日本の支配層、財界と深刻な軋轢を生じさせることになる。<br/>
<br/>
これはジャイアンの機嫌をとる橋下の処世術とは反する深刻な二律背反、また裂きであり、困ったことになってしまう。原発反対の声を緩めた瞬間に、維新は有権者に見捨てられてしまうだろうから。<br/>
<br/>
そこでだ、橋下の脱原発的な言葉には割れんばかりの拍手喝采をおくろう。思いっきり天まで持ち上げ、後戻りさせないことが肝要になる。再稼働阻止に虚像ではあるが橋下の力を最大限利用させてもらい、また裂きをより拡大させることで、収拾がつかなくなり、結果的に維新の瓦解も早まる。<br/>
<br/>
一粒で二度美味しい。そんなことを考えている。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>その他</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Mon, 23 Apr 2012 20:58:51 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-23T20:58:51+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>こども条例　高知新聞記事について</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18160564/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://minpo.exblog.jp/18160564/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
4月19日付、こども条例について質疑があった県議会文化厚生委員会の高知新聞記事について、やはり書いておかなければならないだろう。間違っているとはいわないが、肝心なことが抜けているし、ニュアンスの受け止めがかなり自分とは異なる。<br/>
<br/>
一連の問題の経過を、当事者である議員と執行部、議会事務局以外で目撃した人間は、高新と自分以外にいない。一般の県民は高新以外に情報を得る手段はないわけで、やはり違う観点の見方があるという記録は世に出しておく必要があると思う。<br/>
<br/>
まず今回の記事で目を引いたのは、見出しに「凍結」めぐり意見対立と、「」がついたこと。3月15日にこの問題を4段もの大見出しで書いた記事には事実上凍結と書かれていた。<br/>
<br/>
「」の意味は様々であろうが、一般的には、事実上の凍結という意味より、凍結と書いてはいるものの実態はそうではないというニュアンスで使うことが多い。高新の意図がどこにあるか定かではないが、そこに逡巡があることは見て取れる。<br/>
<br/>
議事の速記を見ていただければわかるように、今回の問題は、議会が凍結をかけているわけではなく、執行部の側が執行権の範囲で執行時期を見極め、時期を判断するにあたって委員会の論議を待ちたいとしているのが実態である。<br/>
<br/>
「重く受け止める」という玉虫色の表現には、当然に執行部の思惑があり、実際のところ、自民や公明をあまり刺激して機嫌を損ねるとあとあと嫌がらせをされても困るのだが、条例や予算は正当なものなので、しっかりやらせてもらいますということとの妥協の産物として、多少時期をずらせるなどして、自民・公明の顔を立てた形式をつくるべしに腐心しているように自分には見える。<br/>
<br/>
高新記事に戻る。<br/>
<br/>
集中審議をすることになったとも書いてあるわけだが、いかにも大げさ。そのような言葉は出なかった。「今日は業務概要なので別の日程に委員会を開いて論議を」、「6月議会でやればいい」という声がありながらも、その日程ではシンポに出る高校生に影響がでるという指摘があり、「子どもたちに影響がでない形で議論する」ということで5月の遅くない時期に議論しようということを委員長が確認したのである。まあ集中審議といえなくもないが、いかにも事大主義的な言い方だなと。<br/>
<br/>
「高校生に影響がでない形でやる」という部分が、高新の記事にはなぜか欠落している。今回の肝であるのに。「子どもたちに影響がでない集中審議！」では格好がつかないのかもしれないが。<br/>
<br/>
また、「8月でなくても10月でも別にいいではないか」との発言が樋口委員長、梶原議員ら自民議員から何度も出たことも書かれていない。「議論は平行線のまま終わった」と記事はまとめているが、これも微妙に違う。<br/>
<br/>
条例や予算の中身にかかわる議論はなく、自民からも「条例をなくそうと言っているわけではない」、「きちんと議論してからすすめてほしい」などの声があり、根本的な意見の相違はなかった。<br/>
<br/>
あったのは、この日の業務概要の場で委員会としてＯＫを出した形にしようという大石、中根、中内議員らと、それは6月議会でやればいいという自民議員との対立であり、南風の清藤議員が6月まで待たなくても早くやろうやと仲裁して、5月に再度議論することで落ち着いたというのが実態である。<br/>
<br/>
なるべくもめているように持って行こうというバイアスが透けて見える書き方は感心しない。<br/>
<br/>
最後に。この問題で大事な鍵になる、こども条例への尾﨑知事の認識について、高新はそこを避けてこれまでも、この日の記事でも自分の知る限り何も触れていない。<br/>
<br/>
3月28日の記者会見で尾﨑知事は、こども条例は子どもを守るために大事なものであり、教育と矛盾することはないと明言している。この発言は高新記者の質問に対しての回答である。<br/>
<br/>
しかし高新は今日に至るまで、この発言を記事にせず、読者に知らせないまま、あたかも議会だけで深刻な対立が深まっているかのような書き方に執着する。<br/>
<br/>
条例への考え方はいろいろあるにしても、肝心な情報を読者に隠蔽して操作するようなことをやってはいけない。高知新聞は本当にそんなことでいいのか。関係者にはよく考えてほしいと思う。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>取材こぼれ話</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 19 Apr 2012 13:41:00 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-19T13:41:00+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>こども条例　県議会文厚委の質疑</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18157917/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://minpo.exblog.jp/18157917/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
県政の懸案になってしまったこども条例。本日の県議会文化厚生委員会（メンバーが入れ替わっている）の業務概要説明の中で、シンポジウム開催など関連予算についての質疑があり、樋口秀洋委員長が「シンポに出る高校生に影響がでない形で、６月議会を待たずに議論する機会をつくる」と、急いで委員会としての結論をまとめることでとりまとめた。<br/>
<br/>
執行部の説明では担当課長が、議会の意見を「重く受け止める」と繰り返し、委員会の議論を待って予算執行時期を判断したいというニュアンスを強調した。<br/>
<br/>
委員からは、民主・県民ク、共産、県政会は、ただちに執行すべき、自民はもっと議論してからやるべき、南風は早く議論すべきというような感じだった。やりとりの要旨の速記は以下。<br/>
<br/>
とりわけ民主・県民クの大石氏が大車輪で、「予算は通っており、法的根拠もない委員長報告で意見があったくらいで、予算をとめる理屈がどこにあるのか。従来通り８月にシンポをやるべきだ」と強く主張したことが目立った。<br/>
<br/>
自民側も、前の委員とはうって変わって、条例が教育の足枷になるだの、子どもを甘やかすのでけしからんというような類の話は一切出ず、「もっと議論をしてからやればよい、８月に間に合わなくても１０月でよいではないか」というニュアンス。要はシンポをやることを前提に、注文をつけた委員会側が了承したという形式をどうつくるかの落としどころの時期を調整しているだけのように聞こえた。<br/>
<br/>
尾﨑知事が会見で条例の意義を積極的であると評価していることもあり、さすがにこれに正面切って噛みつく議員は自民党にも目立たなくなった。<br/>
<br/>
さらにいえば樋口委員長自身は条例制定時に賛成しているはずだし、自民の若手も超ベテランＮ議員も、「どうでもいいもんね」というオーラがにじみ出ている（あくまで自分の受け止めですが）。<br/>
<br/>
そういう意味では議会の、いや自民・公明の面子の為に引き延ばした形を演出しているだけというのが実態に近く、県民不在の茶番にしかみえない。<br/>
<br/>
８月のシンポ開催は、自分としてもできればそうやってほしいのは山々であるが、現時点でもスケジュールが遅れていて、推進委員がまだいないという現実の中で、あわててお仕着せのものにするよりは、たとえ秋にこけたとしても、委員をしっかり選んで、自主性を引き出したほうがよいのではないかという気もする（もちろん間に合うのであれば８月にこしたことはない）ので、いつやるのが一番事業効果が上がるのかを、執行部の予算執行権の中でよく考えて、執行してもらえたらと思っている。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>取材こぼれ話</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 18 Apr 2012 22:53:38 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-18T22:53:38+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>橋下徹が手にした「錦の御旗」</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18147584/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://minpo.exblog.jp/18147584/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
民主党のあまりにずさんな大飯原発再稼働の判断により、橋下維新が「錦の御旗」を持つことになった。これまで都構想だの道州制だの愚にも付かない役所の機構いじりと公務員バッシングばかりで、国民生活にとって肝心なことは何も言ってこなかった彼らが、真正面から国民的要求を掲げる状況が生まれている状況は、どのような立場のものからであれやはり注目しておかなければならないだろう。<br/>
<br/>
頭打ちだった橋下に恰好の出番、ステージを与えてしまった民主党政権の責任は極めて重大だ。<br/>
 <br/>
橋下維新の本質＝ポピュリズム、表面的ではあっても国民のマジョリティの代弁をするということからすると、彼らが再稼働反対を掲げて、政権打倒と奪取を狙ってくるのは当然の方向性かもしれない。<br/>
<br/>
ただ、これを橋下らが本気でやるならば、これまでの結局のところ財界支配層に従順な「維新八策」へのフォローの風とは異なり、この国の権力構造と深刻な矛盾を引き起こすことになる。橋下はどこまでやるのか。本気で立ち向かうのか、お茶を濁すのか。<br/>
<br/>
ポピュリズムが大衆の支持を得られなくなったら、存在意義はない。橋下をどう動かすかは結局のところ国民の原発をなくせというプレッシャーの強度にかかるということになるだろう。<br/>
<br/>
福島原発事故後初の再稼働という人類史的に重大な事態が現在進行している。現実問題として原発の問題で橋下は大きな影響力を持っており、再稼働阻止には彼の力が必要だ。一方で強権的な恐怖政治を国政に持ち込まれることがあってはならないというのも当然で、そこが悩ましいわけだが、まずは原発再稼働を阻止しなければならない。<br/>
<br/>
であるから端から「どうせ偽物」と決めてかかるのではなく、「言うからには全うしろよ」というスタンスで迫るべきではなかろうか。<br/>
<br/>
さらに言えば、ここまでラッパを吹いた橋下が原発で日和ったならば、有権者は黙っていない。維新は瞬く間に瓦解することになるだろう。そういう意味では、橋下が原発問題を争点化したということは、もはや後戻りができない領域に入ったともいえるし、大衆の支持を受け続けなければ生きていけない橋下が、否が応でも入ってこざるを得ない道なのだともいえる。<br/>
<br/>
いつのものことながら、そこで大事になるのが、左翼の姿勢である。こういう状況の中であるからこそ、考えた切り口、言い回し、再稼働をさせようと必死になっている連中に最大のダメージを与えることができる方策を、よくよく考えて打ち出していかなければならないと最近強く感じます。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>その他</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 23:48:43 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-16T23:48:43+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
      <title><![CDATA[PR: 「郷ひろみ」が、バックダンサー募集中！！４/１９まで]]></title>
      <link>http://rss.rssad.jp/rss/ad/AS6JYqzMmp2R/I2RYJznV0PyL?type=2&amp;ent=3de299957931615badc203f310ba5e36</link>
      <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/AS6JYqzMmp2R/I2RYJznV0PyL?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/AS6JYqzMmp2R/I2RYJznV0PyL?type=3&ent=3de299957931615badc203f310ba5e36"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > もうすぐ終了！今すぐＧＯ！ＧＯ！ＧＯ！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
      <pubDate>Mon, 16 Apr 2012 23:48:43 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>「RYOMAの休日」考</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18123509/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://minpo.exblog.jp/18123509/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
2012年度、高知県が掲げる観光キャンペーンは「RYOMAの休日」。大橋巨泉氏が「昔ローマの休日、今リョーマの休日」と言ったのがきっかけだという。<br/>
<br/>
「ローマの休日」は、ウィリアム・ワイラー監督、グレゴリー・ペック、オードリー・ヘップバーン出演の世界の名作であり、自分としては語呂合わせでタイトルを使われるのは、すっきりしない気持ちもある。<br/>
<br/>
このネーミングを検討する県観光部門の会議では「今の若い人はローマの休日など知らない」などと、過去の作品とする発言もあった。確かに１９５３年の作品ではあるが、時代を超えた力があり、今日の若者にも支持されていることをこの委員は認識していないようだった。<br/>
<br/>
「ローマの休日」は、なぜこれほど日本人の心の琴線に触れるのか。この物語はハッピーエンドではないし、失恋映画といえなくもない。新聞記者ジョーは王女アンの秘密を、スッパ抜けば特ダネになったのに友情と信頼に生きる。「走れメロス」のように。<br/>
<br/>
当時のスター像（モンローのような）＝グラマラスとは縁遠い中性的で短髪のアン。<br/>
<br/>
ジョーと互いに惹かれながらも、一線は超えないし、王族としての生き方を踏み外すこともない。ここなど「男はつらいよ」とどこか重なる。このような「保守性」が日本人に人気が高い理由だろうか。<br/>
<br/>
「ローマの休日」を語る時、ハリウッドを吹き荒れた「赤狩り」は避けて通れない。「赤狩り」に抵抗し、頑張り切れなかったが、友を売らなかったワイラー監督が、ハリウッドを離れ、ローマで自由にロケをして、脚本に赤狩りでハリウッドを追放されたトランボを変名で登用して生活を支えたエピソードはよく知られる。<br/>
<br/>
「ローマの休日」は、薄汚い策略と不信が渦巻く世の中で、信頼と友情の不動の物語であるから時代を超えた力を持つ。高知県観光も、駄洒落だけではなく、原作をリスペクトする観点を忘れないでほしい。<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/12/32/b0005432_12354217.jpg" border="0" width="500" height="669"/></center>
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>取材こぼれ話</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 12 Apr 2012 12:21:26 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-12T12:21:26+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>再度、オカーンかオケインか</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18111342/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
北朝鮮のミサイル発射に関連して米イージス艦オカーンが佐世保に入ったことが報じられていますが、その内容や是非についてはここではさておき、その呼称について、オケインではないかという指摘があるようです。所詮はカタカナの話なのでどちらでもよい話ではありますが、これまでの経過がありますから、少し書いておきます。<br/>
<br/>
ツイッターで在日米海軍司令部がオケインであると書いているとのことですが、2008年に高知でも記事を書く時に同じようなことが問題になり、メディアの対応は分かれました。が、この時の艦の発表ではオカーンでした。当事者である艦の公式なペーパーのほうが信頼できます。<br/>
<br/>
おそらく在日米海軍司令部でツイートしているのは、日本人の広報スタッフだろうと思いますので、一般的な発音のことは分かっても、移民系の訛りのことはあまり知らない可能性がありますね。<br/>
<br/>
2008年に艦の広報が直接リリースした資料が探したら見つかりましたので、いくつか紹介しておきます。<br/>
<br/>
4月11日に追記　ツイッターで上記の在日米海軍司令部に、「艦がこういうペーパー配ってますが」と問い合わせてみることに。<br/>
<br/>
返答は以下。「おそらく船側が寄港させていただいた感謝の気持ちを日本語でお伝えしたくて、どこかで翻訳してもらったのでしょう。駆逐艦オケイン、艦名の由来はリチャード・オケイン海軍少将です。確認しましたがO'Kaneをオカーンと発音する例は皆聞いた事がないと申しております」<br/>
<br/>
この紙は艦が公式にリリースし、同行していた司令部の通訳に何度も確認して、それに基づいて多くのメディアが報じているもの。どちらが正しいというより、所詮はカタカナで書く話なので、どう表現するかは、多分に感覚的なものではあるのだろうが、日本人にはオケーンというように聞こえる人が多いような気がする。これをオカーンと書くか、オケインと書くのかという問題。<br/>
<br/>
「聞いたことがないのに」、2008年に続いて今回も「オカーン」と書くメディアが少なくないということは、今回も米軍側がそうリリースしている可能性は高いわけで、司令部のツイッターがそれを訂正するというのであれば、「聞いたことがない」で済ませるのではなく、艦に確認して、きちんと対応していただきたいものだ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/10/32/b0005432_1124452.jpg" border="0" width="500" height="669"/></center><center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/10/32/b0005432_1122132.jpg" border="0" width="500" height="669"/></center>
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>その他</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 10 Apr 2012 10:48:33 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-10T10:48:33+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>広瀬隆講演会</title>  
      <link>http://minpo.exblog.jp/18109630/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://minpo.exblog.jp/18109630/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
4月7日、四万十市で広瀬隆（以下、敬称略）の話を聞いた。今まで一度も聞いたことがなかったので、一度は話を聞きたいと思い、8日の高知大での講演はどうしても都合が付かなかったので、１００キロの距離を四万十市まで足を運んだ。<br/>
<br/>
広瀬とうちの会社は知っている方は良くご存じだが、曰くがある。<br/>
<br/>
86年のチェルノブイリ事故後、広瀬が出した著書「危険な話」に、うちの会社と近いと言われる日本科学者会議に属する学者が猛烈な批判を吹っかけ、キャンペーンを張った。自分の民青時代にあたるわけだが、広瀬批判はなんとなくうっすら記憶がある。<br/>
<br/>
当時は「労働戦線の右翼的再編」＝総評の解体→連合と全労連への分裂の過程にあり、全国で組合の会館を奪い合いあうような激しい闘争の時期と重なる。原水禁世界大会の再分裂（86年）後に核兵器廃絶よりも原発廃止を重視する傾向が出てきていた原水禁への批判が念頭にあったのだろう。一種異様な緊張状態の中で広瀬批判キャンペーンは繰り広げられた。<br/>
<br/>
広瀬の書いた物には確かに感情的に過ぎる部分、不正確な弱点もあるのだろうが、振り返ってみれば、どちらに先見性があったか歴史的に決着はついている。<br/>
<br/>
そこで話は最初に戻り、自分の耳で話を一度聞いてみようと。<br/>
<br/>
69歳になった広瀬は、年齢を感じさせないスピードで、実に3時間の講演をこなした。次から次へと資料を投影し、ものすごい勢いで福島の現状、伊方の危険、被曝の実態などについて話した。<br/>
<br/>
不穏当な表現も確かにあったが、自分の思い、認識と重なる部分も多く概ね納得できる話だった。プディングの味は食べてみなければ分からない。食わず嫌いはやはりだめだ。広瀬の住民運動の連帯で伊方再稼働を何としても食い止めてくれという命がけのメッセージを感じとることができた。<br/>
<br/>
休憩中に広瀬に声をかけてみた。名刺を渡し自分の立ち位置も説明して「高知市から話を聞きにきました」というと喜んでくれて、「確執は乗り越えて、住民運動を広げ、生き残らないとね」とニコ。一本取られた。業務でも写真入りで記事にすることにする。写真は150人が参加した講演会会場。子ども連れの母親の姿が目立った。<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201204/10/32/b0005432_0195458.jpg" border="0" width="500" height="373"/></center>
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>取材こぼれ話</dc:subject>  
      <dc:creator>tosahiro-k</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 10 Apr 2012 0:07:12 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-04-10T00:07:12+09:00</dc:date> 
    </item> 
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