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    <title>あいあ～る村塾</title>  
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    <description>塾長・矢間伸次＆篠原泰正</description>  
    <dc:language>ja</dc:language>  
    <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
    <dc:rights>Copyright 2012</dc:rights>  
    <pubDate>Fri, 25 May 2012 21:04:08 +0900</pubDate>  
    <dc:date>2012-05-25T21:04:08+09:00</dc:date>  
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      <title>あいあ～る村塾</title>  
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      <title>（１０２８）平泉その３</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/18056560/</link>  
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      <description> <![CDATA[  
中央と地方３<br/>
<br/>
前回は調子に乗りすぎて、頼朝に滅ぼされてから奥州の地は中央に従属する位置に落とし込まれた風のことを書いてしまったが、正確に言うなら東北蔑視は明治政府以来のことであり、鎌倉、室町、戦国、江戸と続く時代は「中央統制」の意識が少なかったから、特に東北を別の目で眺める風は無かったように思える。<br/>
<br/>
問題は明治になってからであり、特に官軍にたてついたことへの陰険な、ねちっこい、胸悪くなるような嫌がらせからも増幅されて、中央と地方、つまり特に東北地方との落差が強調されるようになる。近代国家とは中央統制国家であり、その意味では明治国家から今に続くそれは別に珍しいものでも何でもない、ともいえる。<br/>
<br/>
それにしても、京都を持ち上げるのに反比例して平泉の価値を落としすぎではないか。近代国家であるから別に昔の京都をわざわざ持ち上げる必要はないはずだが、そこは「中央」のよしみで、僻地の東北に花咲く別の文明と文化があったということは容認できないらしい。自分たちだけでそう思っているならそれは別にかまわないけれど、学校教育というシステムを中央が握っているために、学校で僻地を蔑視する見方が教えられていく。教科書を書いている大学の先生方も中央に身を添わせておくほうが何かと有利であるから、中央のご意向を敏感に察して、その流れの中で「学説」を作り上げていく。<br/>
<br/>
学校で教えられ、なおかつアカデミーの権威に弱いこの列島の民衆であるから、１５０年ものあいだ、”中央万歳、地方はだめね”と叩き込まれると、野球で言えば（かつての）”ジャイアンツファンでなければ人に非ず”風になってしまった。”平泉は小京都と呼ばれていました”なんて解説を聞くと、”ふむふむなるほど田舎なのに良くがんばった”と納得してしまう。<br/>
<br/>
もう一回言う。この列島には、京都を中心とする地域（くに）と同じレベルで平泉を中心とする別のくにが存在していた。平泉が「小京都」であれば、国王をミイラにして安置するなんてやり方が出てくるはずもない。遠く西域のタクラマカン砂漠地帯に源流を持つ文化が表に出たにちがいない。<br/>
<br/>
江戸幕府も、この列島の東北地域（京都からみれば奥の州）はいささか毛色が違うなとは感じていたであろうけれど、中央統制の意識が少なかった政府であるから（だから近代国家ではない）別にさげすんだ目で眺めることはなかった。この幕府は教育に関してもうるさいことは言わなかったから各藩それぞれ自由であり、それぞれに特色がでていた。武士の教養という面では直轄の江戸よりも地方の藩のほうがよほど高い、という事実はほぼ知れ渡っていた。<br/>
<br/>
東北の地を属州あるいは植民地の位置に引きずり落としたのは明治国家の仕業である。東北の人々は、明治になるまでは自分たちの地域は江戸や京都や大阪を中心とする地域となんら遜色のない土地であったことを勉強し直すことだ。１５０年間、学校教育とアカデミー（学界）に洗脳されてきたことを知るところから始めてもらいたいものだ。<br/>
（１２．０５．２５．篠原泰正）<br/>

 ]]> </description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 25 May 2012 21:04:08 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-25T21:04:08+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>（１０２７）平泉、その２</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/18049494/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
中央と地方２<br/>
平泉の話を続ける。<br/>
<br/>
小学生の時読んだ（子供向け）源平盛衰記や義経物語に「金売り吉次」という不思議な商人が出てくる。鞍馬山から義経を伴って奥州平泉に連れて行った隊商の親分である。奥州から運んでくるのは黄金と馬であり、帰りは京都の数々の布（織物）、漆などの工芸品そして書籍などである。物騒な世の中を高価な品々を馬の背で遠路はるばる運ぶためには、彼の隊商は武装した一種の戦闘集団であったろう。ここでなぜか、中東と中国を結んだシルクロードの隊商が思い浮かぶ。極めて似ているところがある。同時に、日本ではこの金売り吉次に似た隊商がいたという話を読んだことがない。異色の存在だったのではないか。<br/>
<br/>
吉次に連れられて義経は藤原秀衡の下で育つ。ここで、彼は騎兵集団による奇襲攻撃を身に付ける。モンゴルの騎兵軍団のごとく。そして、義経がどうしても旗揚げした兄頼朝の軍に加わりたいと願い出たとき、秀衡は継信（つぐのぶ）忠信の兄弟を親衛隊長として付けてやる。彼ら兄弟の勇戦奮闘（兄は屋島の戦いで義経の身代わりで戦死し弟は吉野に隠れた義経の命令で都に潜伏していたとき討ち死に）は平家物語、源平盛衰記、義経記（ぎけいき）の華（はな）であり子供ながら私もファンになったものだ。平家物語を語る吟遊詩人である琵琶法師が奥州の地で語るときは、何をさておいてもこの兄弟の物語をその日の語りのメインイベントとしたらしい。奥州でのこの兄弟の人気の高さをこれだけでも知ることができる。<br/>
<br/>
話がよれてしまったが、頼朝が藤原泰衡（４代目）を討伐したのは、義経が憎いとか何だという以前に、彼の中では最初から持っていた戦略と思える。妥協の余地の無い敵国と位置づけられていたと思われる。関東御家人の棟梁であっても子供時代を京都で育った頼朝には抜きがたい「僻地蔑視感」があったように思える。異邦人の集団がきらびやかな都平泉を持っているということだけでも、心地よく無かったと思える。それだから、弟といえその異邦で育った義経には最初から違和感をもっていたのではないか。簡単にいえば、義経も藤原一族も頼朝にとって不気味だったのだ。<br/>
<br/>
一方、奥州の人の佐藤兄弟大好きは当然義経も大好きとなり、衣川で死なすには惜しいので、館から逃げ延びてモンゴルに渡ったという伝説を生むことになる。津軽半島の突端にある三厩（みんまや）の地には、ここから義経が船で大陸に向かったという記念の場所さえある。この伝説はさらに広がり、ついにはジンギスカンは義経だという人まで出てくるに至る。それはともかく、この伝説の面白いところは、奥州の人にとって満州・蒙古あたりの土地にあまり違和感が無かったように思えるところにある。先祖代々の伝承として、元は大陸から渡ってきたという話が受け継がれていたのではなかろうか。西日本の人間には、最後はモンゴルの地にまで逃れたという伝説は、逆立ちしても出てこないであろう。そのような土地があることさえ想像の外である。<br/>
<br/>
また、義経の最後への愛惜は滅んでしまった自分たちの王朝への愛惜でもあったろう。<br/>
<br/>
藤原三代は一度も白河の関を越えて関東の地を侵略する動きを見せなかった。奥州という地で平和に暮らせればそれでよかった。しかし、その平和な集団でさえも、中央統一を図る頼朝には目障りであり、地上から消し去ることが絶対不可欠であった。奥州という三番目の「中央」が１３世紀末を最後に消える。奥州の人々はそれ以降今に至るまで、「中央」が「文明」の名の下に持ち込む数々に対し土着の「文化」でもってしか抵抗するすべを持たなかった。<br/>
（１２．０５．２４．篠原泰正）<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 24 May 2012 19:34:49 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-24T19:34:49+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>知財係争で悩ましい日本からの訴訟文章</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/18048509/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
　　　　　　　　爆発的に増えつづける「知財係争」　<br/>
<br/>
　中国の「知財係争」は、年々増加の傾向にある。因みに2010年度の知財係争事件は42.931件、2011年1月から10月までの知財係争は52.708件となっている。注目すべき傾向は原告が中国で被告が外国のケースが増えていることである。中国は米国に負けず訴訟大国である。訴訟を担当する調停機関や裁判所は忙しく大変らしい。<br/>
<br/>
　これは知り合いの中国弁護士から聞いた話である。但し、どこまでガ本当の話か定かではないが、ありそうなことである。<br/>
<br/>
　裁判所や調停機関には次から次へと案件が持ち込まれるそうだ。案件内容によって担当員へ振られるが、担当員の机の上は受理書類で、いつも山積みされているらしい。担当員は山積みされた1番下にある日付の古い書類からかたづけていくことになる。しかし書類に目を通して手ばなれの良くなさそうな案件であれば後回しにする、というたわいの無い話である。<br/>
<br/>
　ここからが本題である。日本から持ち込まれる案件は担当員から嫌われているとのことである。担当員は案件の内容を理解するだけでも多大な時間がかかるからパスをして書類の山の1番上に置き戻すそうだ（チョイと大袈裟かもしれない）。要するに担当者の仕事の処理能力が問われるからである。査定に影響するのかな？。この話を聞いて妙に納得である。なぜなら自分も手ばなれの良い仕事からかたづけて、ややこしい手間のかかる仕事は後回しにしている。なるほど、これは世界共通であるからよ～く理解できる。<br/>
<br/>
　このような話が出るのは日本から持ち込まれた翻訳文書が曖昧で理解するのに時間が掛かって判断をすることが困難なためである。別にいじわる、差別をしているわけではなさそうだ。例え調停や裁判に入ったとしても、やはり意味不明な文書が彼等を悩ますであろう。（矢間伸次）<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>発明くん便り</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 24 May 2012 16:50:01 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-24T16:50:01+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>明治の人が書いた仕様書</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/18048311/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
<br/>
       ２２８）　丘浅次郎、あるいは明治期の文章  <br/>
<br/>
 司馬遼太郎さんの「この国のかたち」第６巻に言語についての感想という小論がある。その中で興味深い人物が出てくる．丘浅次郎という明治初年に生まれた生物学者がそれである．私は浅学ゆえにこの人のことはまったく知らないが、司馬さんによれば、彼は作文で大学予備門で落第したのだそうだ．<br/>
<br/>
 しかし、「丘の文章は、地理の教科書のように事物を明晰にとり出し、叙述も平易である．たとえば「善と悪」（大正１４年）という高度な倫理学的主題について生物学の立場から展開した文章などは、述べかたが犀利（さいり）で、論旨が明快なだけでなく、．．．」<br/>
<br/>
 丘さんの「落第と退校」（大正１５年）という文章から、司馬さんの引用を孫引きすると、「私の考えによれば、作文とは自分の言いたいと思うことを、読む人にわからせるような文章を作る術であるが、私が予備門にいたころの作文はそのようなものではなかった．むしろなるべく多数の人にわからぬような文章を作る術であった．」<br/>
<br/>
 丘さんが、自分の言いたいことを他人にもわかってもらうように作文したおかげで落第させられてから、１２０年以上の年月が流れているが、今の世にもまだ「なるべく多くの人にわからないように書く」ことが霞が関やその下部機関に横行していることを彼が知ったら、それこそ仰天するのではないか．<br/>
<br/>
  あるいは福沢諭吉のように、自分の文章は猿にさえ読めるように書く、といっていた人からみれば、自分があれほど熱心に進めてきた「学問のすすめ」が結局一部の人々には馬の耳に念仏であったかと、嘆くことになりはしないか．<br/>
<br/>
 丘さんや福沢さんに、現在の国内の「特許明細書」を見せれば、自分たちがあれほど努力してきたことが生かされていないことを知り、うつ病にでもなってしまうかもしれない．<br/>
<br/>
 一つの社会のなかで、明晰な文章と論理的に明快に組み立てられた文書がどのレベルまで流通しているかによって、その社会の「文明」の度合いが測られるとすれば、日本は未だに明治初年のレベルを脱していないのではないかと思いたくなる．<br/>
<br/>
 西洋においては、論理的に明快に文章を書けることがエリートの基本条件となっている．日本においては、なるべく読む人がわからないように書くことが、エリートの証（あかし）となっているらしい．おかしな社会ではある．<br/>
（０６．８．１７．篠原泰正）<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>特許文書を考える</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 24 May 2012 16:13:05 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-24T16:13:05+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>（１０２６）平泉</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/18042831/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nihonir.exblog.jp/18042831/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
中央と地方１<br/>
文明というのは中央から発信されてじわじわとその周辺に広がっていくものらしい。あるいは中央人によって広められていくと言ったほうが正しいであろう。あるいは、そのように、歴史のあとから位置づけたがるものであるらしい。<br/>
<br/>
現在の西洋式、より厳密に言えばアングロ・サクソン式文明の遠い源流である西の文明の大本山であるローマを見れば、ローマを中心としての本国があり、その周りにはある程度の自治が許されている属州（プロバンス）があり、さらに遠くには植民地（コロニー）となる。このコロニーでは本国から出張ってきている行政府と軍隊が直接的な支配者であり、同時に文明の伝達者の役目も持っていた。欧州では未だにローマ文明の恩恵を直接的に受けたか否かが誇りと引け目を生んでいるようだがその話はここではしない。<br/>
<br/>
一方、文化というのは、その土地を耕す（cultivate）ことから出てきているように、地方色が豊かである、というより地方色そのものでもある。従って、文明の普及と隆盛は同時に文化の衰退をもたらし、両方が並存共立することはなかなか難しい。<br/>
<br/>
文明の伝播を一つの役目とする中央政府は、従って、地方色を嫌う。できるだけ地方の独自性を薄めてしまおうとする本能的な性向がある。<br/>
<br/>
東北に平泉という地がある。つい先ごろ、世界遺産にも認定登録されたと聞いている。歴史の教科書をめくれば、この平泉は「小京都」と呼ばれるほどに、京都に追随して華麗な仏教文明を花開かせた、などの記述に出会うことになるだろう。アホぬかせ。平泉は京都のまねっこ何ぞではなく、別のルートから文明を輸入して、独自の中心をつくりあげた。<br/>
<br/>
しかし、京都以外にも別の中心があったということは、中心は俺たちだけとしている中央の人間には認められない話であり、明治になってから日本史が整理されていくなかで、平泉イコール京都の模倣、田舎なのに良くがんばった風の位置づけが国定（戦後は検定）教科書で確定され、今に至っている。<br/>
<br/>
もう亡くなられたが、網野さんというすばらしい歴史学者がこの列島には西と東の二つの中心があり今に続いていると説かれた。東の中心は言うまでもなく鎌倉と江戸の武門政府である。<br/>
<br/>
私としてはこれにもう一つ、平安時代（頼朝につぶされるまで）には東北という別国がありその中心が平泉であった、と付け加えたい。平泉は京都のまねではなく、その文明は、朝鮮半島の南西側（当時の百済）経由で輸入した京都とはことなり、半島の北東の根元あたりから、つまり高句麗経由で人間ごと輸入されてきたものと私は信じている。当時の文明の一つの象徴である仏教も別のルートから同時期の輸入であり、従って京都のまねではない。<br/>
<br/>
平泉の藤原三代が栄える前には、今の青森県の日本海側にあった「とさ（十三）みなと（湊）」（現在十三湖のあるところ）が海の対面（朝鮮半島北部から旧満州、シベリアの南端）との貿易で栄えていたことは遺物でも十分に証明されている。<br/>
<br/>
つまり、藤原三代を最後の栄光として消し去られるまで、白河以北の東北の地は京都の力のおよばない別の国が厳然として存在していたのだ。そして、そのことを白河以南の政権は認めたくなく、できるだけ、貧しい東北、僻地の東北、遅れた東北の印象を与えるべく努力を続けてきた。文明の普及者、伝播者は自分たちだけという中央の位置をなんとしても守りたいがために。<br/>
<br/>
長くなるので、続きは次回にまわす。<br/>
（１２．０５．２３．篠原泰正）<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 23 May 2012 20:25:47 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-23T20:25:47+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>（１０２５）喫緊の課題</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/18034523/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nihonir.exblog.jp/18034523/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
滅び行く日本語４<br/>
私が嫌いな言葉がいくつかあるが、題名にした「喫緊の」というのもその一つである。これは「キッキンの」と発音する。なにやら舌を噛みそうで、耳にすればしゃべり手が何を言っているのか多分ほとんどの日本人がわからないはずである。「キッキン」と聞いて「喫緊」という漢語をすぐに頭の中のデータベースから引っ張り出せる人は特殊技能の持ち主だけであろう。<br/>
<br/>
この言葉は、私の理解している限りでは、もともとは霞ヶ関の官庁用語であり、”XX（ペケペケ）は喫緊の課題となっている”などの形でひんぱんに使われてきた。愛用されてきたとも言える。言葉の意味は岩波の国語辞典によれば、”緊急かつ大切”ということだ。こういう表現が出てくれば、それはイコール、その課題に対して何も手を打つつもりは無いとの意思表示をしているのがわかるので、”またか”と嫌になるから嫌いな言葉であるともいえるのだが、それは脇に置いておく。<br/>
<br/>
この言葉を取り上げたのは、この元は官僚用語が最近一般新聞でしばしば見られるようになったところに理由がある。断言していいが、２０年前までは、このような奇妙な言葉は朝日や日経には出てこなかった。<br/>
<br/>
最近の例を一つ挙げる。日経新聞５月１４日（２０１２年）夕刊に「GDP新興国が逆転」という記事が載っていた。IMFの推計では、先進の３４カ国の合計GDPが2011年実績で約４０兆ドルでありその他の１５０カ国の合計が約３９兆円であったという。本年は双方４１兆ドルで並び、来年はその他の新興国勢が追い抜くのは必然という。<br/>
<br/>
この（別にどうという意味もない）事実を伝えた後に、記事の末尾部分で、日本がこうすべきという提言めいたものが並んでいる：<br/>
「日本政府や企業は自由貿易圏の構築などを通じた新興国戦略の強化が急務だ。」<br/>
「新興国需要の高まりにより、日本企業のエネルギー調達環境は厳しさを増す。」（これは提言ではなく観測）この文につづいて記事の最後の文章：<br/>
「福島第1原子力発電所事故を受けて、日本政府がどのようなエネルギー戦略を見直すかも喫緊の課題となっている。」<br/>
<br/>
なぜ官庁用語が新聞にまで入り込むようになったのだろうか。多分、霞ヶ関発表をそのまま鵜呑みにして丸写しで記事にしてきたから、用語（口癖）までついつい移ってしまったのだろう。<br/>
<br/>
この調子では、そのうちに、一般企業の社内文書、事業提案書や企画説明書などにもこの「喫緊の課題」が溢れることになるのだろう。いや、もうすでに、あふれているのかもしれぬ。<br/>
（１２．０５．２２．篠原泰正）<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 22 May 2012 15:38:02 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-22T15:38:02+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>（１０２４）車両点検と信号確認</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/18015584/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nihonir.exblog.jp/18015584/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
滅び行く日本語３<br/>
この列島の鉄道はその時間通りの運行によって世界一の評判を得てきたが、最近なにやら怪しくなってきている印象がある。私が毎日利用する地下鉄千代田線の朝の運行がほぼ毎日のごとく乱れている。ダイヤどおりであれば西日暮里から国会議事堂まで20分で行くとろが、２５分から時には３０分もかかる。この路線は２５年以上利用しているが、昔はこのような遅れはほとんど無かったと記憶している。なにかシステム的な「疲労」が出ているのではなかろうか。<br/>
<br/>
しかし、今回の話はシステム的なことではなく、ことばについてである。<br/>
<br/>
ダイア（diagram）の乱れの原因として表示される一つに「車両点検」のためというのがある。どうもしっくりこない。私の常識では、「点検」とは運行前に車庫でどこか異常が出ていないかどうかを検査する作業であり、客を乗せて走らせてから行うものではない。従って、駅の電光掲示板に出てくる「車両点検のためダイア乱れ（あるいは遅延）」というのは、列車を走らせているときに、車両のどこかに異常（常とは異なる）、あるいは不具合（状態が正常ではない）、あるいは故障（正常に動かなくなる）が見つかり、それを修復していたのでダイアが乱れたことを表現している、と「察する」ことになる。<br/>
<br/>
地上あるいは地中を走る鉄道であれば、異常があったときは止めればいいだけだが、これがもし旅客機であって、飛行中に”右エンジン「点検」のため停止させます”、なんて機長からアナウンスがあったら、それこそ客は全員真っ青である。空中で「点検」なんぞをおっぱじめられた日には命がいくつあっても足りなくなるだろう。<br/>
<br/>
この表示「車両点検」には次のような事項が含まれている：<br/>
①走行中に車両のどこかに異常を発見する<br/>
②その異常の原因を探るために検査する<br/>
③原因がわかったので不具合または故障部分を修理する。<br/>
<br/>
であるから、ダイア乱れの理由を乗客に伝えるには、「車両異常とその修復（修理）のため」でなければならない。ところが、異常とか故障という言葉を使いたくない、利用者に悪い印象を与えたくないという心理が働くと、事態を正確に伝えるのではなく、やわらかく、不透明なオブラートにくるんで”「点検」のため遅延”となる。<br/>
<br/>
遅延の利用の一つに「信号確認のため」というのもある。列車の運行において信号を「確認」して走らせるのは当たり前の話であるから、「信号確認」で遅れるとは何事か？となる。これも「点検」と同じで：<br/>
①信号に異常が見つかった、<br/>
②電車を止めて、異常の原因を調べた、<br/>
③原因がわかったので修復した、<br/>
④正常に戻ったことを「確認」して運行を再開した、ということだ。<br/>
<br/>
信号に異常あるいは不具合があった、などと利用者に伝えると不安を掻き立てるであろう、はっきり言わないほうがいい、ということで”信号を「確認」していたのでダイア乱れました”となる。<br/>
<br/>
どのようなシステムであれ、動かしていればいつかどこかで不具合がでる。その不具合が出る率をどれだけ低くできるかが永遠の課題であり、もし「万一」出たときにはどれだけ安全にどれだけ早く修復できるかが次の課題となる。この課題に挑戦し続けるには、生じた異常をどれだけ正確に伝えるかが根底になければならない。<br/>
<br/>
生じた異常を隠し続ければ、ある日突然、リポビタンDのごとく「ドカンと一発！」となる。「点検」や「確認」といったあいまいな言葉で客を煙に巻いていると、次第に運行の当事者もそのつもりとなって「安全」への意識が薄くなっていき、その果てには、このシステムは永遠に「安全である」という思い込みにまで至る。客を刺激させないためにあいまいな言い方をしている内に、今度は自分たちもその言葉に惑わされるようになる。<br/>
<br/>
列車を走らせていると、車両や線路や電気系統に不具合が生じると列車は遅れることになる。この事実は隠せない。だから何か遅れの原因を言わざるをえない。だけど事実をそのままは言いたくない。そこで「車両点検」やら「信号確認」となる。一般客を相手にしているビジネスは大変である。これが一般の人（国民全般）の目に触れないシステムであれば不具合の事実は隠してしまえばいい、となる。もっとも、ここでの話題は、この事実を隠すというトリプルDクラスの卑劣な行為ではなく、表現をあいまいにするというトリプルBかCクラスを対象にした。それでも、安全運行という面からは、あいまいに表現することの危険、というきわめてまじな話でもある。<br/>
（１２．０５．１９．篠原泰正）<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 19 May 2012 16:59:18 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-19T16:59:18+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>（１０２３）何々と思います</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/18009901/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
滅び行く日本語２<br/>
このところ、テレビを見ていると、インタビューや報告会見などで、”と思います”という表現がやたらに多く、耳に障る。<br/>
<br/>
”ロンドンでは金メダルを取りたい、と思います。”<br/>
”増税法案を今国会に提出したい、と思います。”<br/>
"福島のような事故は二度とあってはならない、と思います。”<br/>
<br/>
なんか変じゃありませんか？そう、自分の意思の表明の後に「と思います」なんて一句を付け加えるから、聞く人は？？となる。あるいはなにも変だと思わない人が多いからこのような表現があちこちで聞かれるようになる。<br/>
<br/>
「何々と思います」の何々は、本来は、確定できない事態であり、それに対してあたしゃこう思う（こう推測する、予測する）と表明されることになる。<br/>
<br/>
”マヤの予言どおり、本年２０１２年で世界は死滅するであろう、と（私は）思います。”<br/>
”阪神タイガースは今年日本一になる、と（私は）思います。”<br/>
<br/>
英語での　I think that....., I believe that ..... （西語ではcreo que ....）という表現ではthat以下であらわす事項は上にのべた不確かな、未来の、証明できていないことごとである。（間違っていたらごめんなさい）<br/>
<br/>
そうであれば、自分の意思や願望表明の末尾に「と思います」を引っ付けるのは、コリャなんだということになる。金メダル取りたければ、”とりたい”、”ねらいます”と言い切ればいいじゃないか。なにを遠慮しているのか。<br/>
<br/>
これは、自分の考えをはっきり言うことをはばかる悪しき文化、あるいは風潮が強くなっていることから出てきた一つの現象である。ムラのなかでなるべく波風立てずに生きていきたいから、「と思います」で和らげているわけだ。こうしないと、”なんだあいつは、えらそうに、思い上がって、何様だと思っているのだ”などなど叩かれるキケンがある。そのことを察知しての言い方である。<br/>
<br/>
”私は思う（又は信じている）、オリンピックで（私は）金メダルを取れるであろうと。”この表現であれば、上に述べたように不確実な未来の出来事であるから、英語にでもスペイン語にでも翻訳できる。しかし、"私は思う、（私は）オリンピックで金メダルを取りたい。”いう表現は翻訳できない。文脈においてありえない表現であるから。<br/>
<br/>
”このように、母語を粗末に扱っていると、近い将来日本語は滅びるであろうと、私は思います。”だから、<br/>
”何とかして、明確に言い切る日本語を普及させたい、と私は思います。”<br/>
上の二つの表現の違いを今回は話題にした。<br/>
（１２．０５．１８．篠原泰正）<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 18 May 2012 18:41:50 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-18T18:41:50+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>（１０２２）させていただく</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/17996682/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
滅び行く日本語（１）<br/>
”なになにさせていただきます”という嫌な感じの言い方がそこらじゅうで溢れるようになったのはいつ頃からであろう。ここ数年、やけに気になるようになったのは、当方が歳老いてこらえ性が減ってきているからであろうか。<br/>
<br/>
テレビをつければ、永田町で”消費税のアップを検討させていただく”、内幸町で”電気代を値上げさせていただきたい”、地下鉄に乗れば”このあたりでドアを閉めさせていただきます”。いい加減にしてくれ。<br/>
<br/>
「させていただく」とは丁寧な物言いととらえられて多用されているようだが、極めて無礼な物言いである。この言い方の全文は”あなた様のご承認をえて私は何々を『させていただきます』”であり、へりくだっているようであるが、実際は他者（相手）の承認を得ずに、勝手に承認してもらったものとしての言い方である。まことに無礼である。<br/>
<br/>
”ドアを閉めさせていただきます”。勝手に閉めればいいじゃねーか。電車の運行はあんたに任せているのだから、客の意向をいちいち聞くな！<br/>
<br/>
”電気代を値上げさせていただきます”。やればいいじゃないか。ぼこぼこに叩かれるのを覚悟しているのなら。<br/>
<br/>
「させていただく」が丁寧な物言いであると誤解して使われているようだが、上に述べたように、これは他者の承認を勝手に得たものとしての言い方であるから極めて無礼であると同時に、「あなた様のご承認を得て」ということは、なにか事を行う上でその結果の責任の半分を「あなた様」に背負わせるという、大変にずるっこい言い方である。<br/>
<br/>
このように考えてくると、「せていただく」の氾濫はこの列島の今の時代を反映しての現象であり、理由なく蔓延しているのではなさそうである：<br/>
①霞ヶ関・永田町の特技である無責任性が一般にも広く染み透ってきたことを土台としている、<br/>
②はっきり自分の意見を言わない（マイナスの）伝統文化がますます深く広く行き渡ってきている。<br/>
<br/>
各人が自分の仕事に誇りをもち、自分で決めて行動するならば（もちろんその結果に対して責任を取る覚悟をもって）、”私は何々します”と簡単明瞭な言葉で済む。そのどこにも、「させていただく」という言い方が出てくる余地は無い。<br/>
（１２．０５．１６．篠原泰正）<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 16 May 2012 18:54:31 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-16T18:54:31+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>（１０２１）傾むいた歩道</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/17989947/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nihonir.exblog.jp/17989947/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
自動車様のお通り（６）<br/>
「傾むいた歩道」といっても、地震による液状化で波打ってしまった埋立地の住宅街の話ではない。都内のそこらじゅうで見られるごくごく一般的な歩道の話である。<br/>
<br/>
昔と比べると都内の歩道もずいぶんと整備され、レンガ風の敷石やらモザイク調のスレートなども敷かれて結構なものになっているが、歩きにくさはあまり改善されていない。両足に何の不自由もない人は気がつかないかもしれないが、私のように足に障害のある者、あるいは車椅子の利用者、あるいはベビーカーを押しているお母さん、あるいは箱車をわっせわっせと押して忙しく走り回っている宅配便のお兄さんにとって、斜めに傾いた歩道は難敵である。<br/>
<br/>
なぜ斜めに傾むいている場所があるのか。言うまでも無く、ビルの中の駐車場などに出入りするお車様のために傾けてあるからである。お車様が滑らかに歩道を横切れるように、お車に乗っておられるえらい人のご機嫌を損ねないように、歩道が傾むけてある。歩道の幅が広ければ車道側の半分ほどが、狭ければ歩道の幅いっぱいが傾いている。<br/>
<br/>
自動車の出入りのためだけなら車道との境の縁石の部分を３０センチも削れば十分であろうと思われるのだが、なぜにかくも自動車のご機嫌をとる施工をするのだろうか。一日何台の車が出入りするのか知らないが、その斜め部分を歩く人の数からみれば０．０１％から０．００１％といったところだろう。<br/>
<br/>
本当に不思議である。メルセデスやポルシェは車高が低いから底をこすらないように配慮されているのだろうか。自動車に乗った人は恐い人が多いから、区役所に怒鳴り込まれないようにあらかじめ手を打っているのだろうか。不思議。<br/>
<br/>
自動車は現在の工業化文明の花形、代表選手であることは誰でも知っている。自動車によって世の中が便利になり、自動車によって国内だけでも何百万もの雇用が生み出され、何万という小企業がこれによって事業をなんとか続けている。自動車産業が無くなれば、この列島の街には失業者があふれ、倒産する会社は数え切れずとなる（と思われている）。それによって、自動車は単に工業製品の一つということにとどまらず、あたかも貴族のごとき特権を有した存在となっている。<br/>
<br/>
従って、自動車様が二酸化炭素を空中に撒き散らして地球温暖化現象のメジャーとなっていること、子供から年寄りまで毎年何千人と道で跳ね飛ばしひき殺していることなどは、大きな声でしゃべってはいけないタブーとなっている。”職を失ってもいいのか、会社が倒産してもいいのか”とすごまれると、北島康介ではないが”何も言えねえ”となる。<br/>
<br/>
”自動車のために歩道が斜めになっていて歩きにくい”なんて文句を言えば、”歩かなきゃいいじゃないか”と言われそうである。”車椅子をまっすぐ動かせない”なんて言えば、”車椅子なんかでウロチョロしなければいい”と言われそうである。気の弱い私なんぞは、だから、口の中でぶつぶついいながら傾むいた立派な歩道を難儀しながら歩くしかない。<br/>
（１２．０５．１５．篠原泰正）
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 15 May 2012 18:32:16 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-15T18:32:16+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>（１０２０）明日の命よりも今日のXX</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/17983423/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
自動車様のお通り（５）<br/>
表題の「明日の命よりも今日のXX（ペケペケ）」のXXには各人思いつく言葉を入れてもらえればいい。明日の命とは自分のことでもあるがとりわけ子供たちを指す。今日のペケペケには、例えば、電力、幸せ、稼ぎ、儲け、快適、便利、豊かさ、娯楽、補助金、補償金、買い物、などなどが当てはまる。<br/>
<br/>
文明と文化のハザマという大きなテーマの下に、身近などうでもいいような話を書いているのは、明日の命を考えることなく、今日のペケペケを優先して目の前の手に入れられる幸せに埋没している人の姿に哀れをもよおすからである。同時に、今日のペケペケは西洋式現代文明がもたらした小さな「幸せ」に過ぎないことをわかってもらいたいからでもある。今日のペケペケに多くの人がいかにとらわれているかは、今回の原発騒ぎ、とりわけあれだけの大惨事を目の前にしながらそれでもなお”おらが村”の原発にしがみつく人がいることが一つの証拠となるだろう。<br/>
<br/>
前置きはこれぐらいにして、小さなどうでもいいような話。<br/>
<br/>
歩道橋の話は以前にもこの場でしたかも知れないが、まあ繰り返し部分には目をつぶってもらって、この奇妙な建造物を取り上げる。<br/>
<br/>
さすがに最近は新設の歩道橋を目にすることはなくなったが、自動車が爆発的に増えてそこらじゅうの道が車で埋まり前に進まなくなった経済成長の絶頂のころ、歩行者が道路を走る車の邪魔をせずに道を渡れる仕組みを考え出した奴がいる。その遺物がまだ東京都内のあちこちに残っている。体が不自由な人、車椅子の人にはどうやっても利用できない設備、向こう岸に渡る手段を取り上げてしまった設備がずいぶんと普及したのは驚きでもある。どのような頭でこのようなアホな設備を企画し、どのような頭でその企画を推奨し、どのような頭で予算をつけて承認したのだろうか。<br/>
<br/>
私の頭と感性の範囲では、正直なところその企画から実施までに携わった人々の考え（もしあったのなら）と行動は理解できない。自動車様がいくら大切だからといって、”そこまでやるか！”<br/>
<br/>
考えは飛ぶ。日本の学校教育は２種の群れを作る。自分の頭で考えさせる手助け、指導、訓練を行うのではなく、知識をどれだけ頭に詰め込んだか、それのみで評価するのがこの列島での教育システムであるから、集団としては２種のバカしか生み出さない。学業優秀のエリートバカと落ちこぼれバカの大群ができあがる。ただし、少数ではあるが自分の頭で考えられる若者もいるが、かれらにはこの社会では「はぐれ者」としての運命が待っている。<br/>
<br/>
知識の詰め込みは「試験の範囲」でのみなされるから、学業優秀バカはその枠を超える事態には対応できない。また枠外がどのようになっているか「想像」できない。一朝事があると「想定外」が多発するのはそのためでもある。<br/>
<br/>
想定外はともかく、想像する力が欠けていれば、自力で歩行はしているが体が不自由な人、すでに車椅子に頼っている人が道を渡る姿を想像することができない。想像力の欠如は、この歩道橋だけではなく、例えば地下鉄にのぼりのエスカレータのみがあるという現象にも現れる。足、特にひざに故障のある人には、階段ののぼりよりも降りるほうが厄介であることが想像できない。足踏み外して階段を転げ落ちる恐怖を想像できない。<br/>
<br/>
そして、想像力だけでなく、詰め込んだ知識の大半は西洋オリジナルの知識であるから、そこでの基盤となっている「効率」とか「目的達成」とかの価値観を無批判に受け入れることになる。このようにして、道を渡る人間が自動車様の通行（目的）の妨げとならないよう（効率）に、歩道橋という珍なる建造物がそこらじゅうで出来上がることになった。<br/>
（１２．０５．１４．篠原泰正）<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Mon, 14 May 2012 19:44:04 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-14T19:44:04+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
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      <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/Dx9GEbkEeJpA/EwZsZdhc.i3G?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/Dx9GEbkEeJpA/EwZsZdhc.i3G?type=3&ent=abc6e3b8198bba32d6801a8a196990b2"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > アンケートに答えて応募キャンペーン！更にペイジー利用で現金1万円のＷチャンス！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
      <pubDate>Mon, 14 May 2012 19:44:04 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>（１０１９）助詞：日本語文章の最重要部品</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/17970413/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nihonir.exblog.jp/17970413/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
自動車様のお通り、というテーマであといくつか書く予定だが、今朝、日経新聞を読んでいる時、いささか怪しい文章に出会ってつまずいてしまったので、私の中で終わることのない、つまり棺おけに入る時がきてもまだ解決していないであろうとあきらめている「明確に日本語文章で表現する」話をする。<br/>
<br/>
今日の（１２年５月１２日）日本経済新聞１９面に載っている「大機小機」というコラムの中の文章がその対象である。題名は「製造業とグローバリゼーション」である。このコラムの筆者が何を言いたいのか、その論理の展開が怪しいのでその内容に関しては取り上げて何かを言うほどの価値も無いものではあるが、その中の一文につまずいた。<br/>
<br/>
”例えば、<br/>
新製品や新技術を<br/>
迅速、確実に海外へ展開するためには、<br/>
現場で伝えられる様々な「暗黙知」を、<br/>
世界中で共有できる手法を<br/>
構築することが必要だ。”<br/>
<br/>
筆者の言いたいことは、この文章の前後から推測すると次のようになる：<br/>
①日本の製造業が海外で開発や生産を行う拠点を急速に拡大している、<br/>
②そこで大事なのは、世界で通用する日本企業の"強み”に磨きをかけることである、<br/>
③その磨き上げは、例えば、これまで積み上げてきた現場の「暗黙知」を世界の中で誰もが共有できるようにすることにある。<br/>
<br/>
私は上に示した文章のどこにつまずいたのか。<br/>
それは、”暗黙知を”と”手法を”を同じ重さの二つの目的語が並んでいるととらえたところにある。<br/>
<br/>
筆者が言いたいことは、「暗黙知を誰もが共有できる手法を構築すること」と理解できる。そうであれば、”暗黙知を”は”手法を”形容している部分であるから、”手法を”が目的語であり、つまずきは”暗黙知を、”とコンマを入れて一度切ってしまっているところにある。<br/>
（なお、誰が構築すべきなのか、主体（企業）が抜けている点はここでの対象とはしない）<br/>
<br/>
日本語で文章を作るやり方は、建築にたとえれば、「てにおは」と一般的に言われている「助詞」を接着剤として壁（文章を構成するコンポーネントやモジュール）をペタペタと貼り付けて構築するようなものである。欧州言語のように主語と動詞と目的語（など）を３本の柱として建築するやり方と基本的に異なる。<br/>
<br/>
種類がたくさんあるこの「助詞」という接着剤をどこでどのように使うかは、幼児のときから母語として鍛えてきた長い長い修練の中で身につく。ということは、外国語として日本語を学習する人にとっては、多分、もっとも習得が難しい部分となっているはずである。<br/>
<br/>
私は、日本の知恵を世界へ、ということをこの何年も言って来ており、そのためには明確な日本語文章で表現する必要があると主張している。しかし、心の片隅では、無理だろうなというあきらめもある。<br/>
<br/>
そのあきらめの一つは、柱を立てずに助詞という接着剤だけで壁を張りまわすやり方では重要な部分と付随の部分の区分けが難しいというところから出ている。簡単にいえば、長い文章は無理ということだ。<br/>
<br/>
もう一つは、各種の助詞はこのように使え、と指示する規則書（文法）が存在しないことにある。<br/>
<br/>
規則を教られず、各人の長年の経験と勘にのみ頼っての文章構築の結果は、各人が好き勝手に建てた文章の氾濫となって現れている。<br/>
<br/>
「暗黙知」を世界で共有できるように、というこのコラムの主張は、日本の知恵を明確な日本語文章で世界に、という私の主張に重なる。その点においてはこのコラムの意図におおいに賛同するけれど、もう少ししっかり書いてくれないと、とてもじゃないが「暗黙知」を世界に伝えることはできませんよ、と言いたくなった。今日の話はそれだけとも言える。<br/>
（１２．０５．１２．篠原泰正）<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 12 May 2012 20:04:49 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-12T20:04:49+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
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      <description><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/Dx9GEbkEeJpA/arhtXSewL9bw?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/Dx9GEbkEeJpA/arhtXSewL9bw?type=3&ent=1a4ad47b8a4b6e493201281920f3c7f0"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 理想の沿線、田園都市線、東横線で住みたい間取りは…？新築マンション特集 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></description>
      <pubDate>Sat, 12 May 2012 20:04:49 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>（１０１８）虐待される自転車</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/17963778/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nihonir.exblog.jp/17963778/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
自動車様のお通り（４）<br/>
”俺も空を飛べるのだから仲間に入れてよ”とこうもりが鳥の集団に仁義をきりに出向く。”お前は鳥類ではなくネズミ類だから仲間には入れられない”と門前払いを食う。それならばと、ねずみの集団に出向いて仲間に入れてと頼む。”空を飛べるような奴はねずみじゃない”、とここでもつまはじきにされる。<br/>
<br/>
自転車はこのかわいそうなこうもりに似ている。歩く人と同じように「人力」で移動しているから「歩道」を走っていると、歩く人の邪魔になるから「車道」を走れと追い出される。「車道」を走っていると、なるほど車輪はついていてもエンジンが無いから「自動車」ではない、と仲間に入れてくれない。<br/>
<br/>
日本の道路において、特に歩道がある広い道（幹線・主要道路）において、自転車は身分と資格を持たない「はぐれ者」なのだ。<br/>
<br/>
つい最近、警視庁か警察庁か知らぬが、自転車は「原則」車道を走ること、といった意味のお達しを出したらしい。オイ、オイ、オイ。主要なあるいは幹線の道路でその車道を自転車で走ったことのある人なら誰でも経験しているように、これは命がけである。バイク便のお兄さんのようなプロならいざ知らず、車道を自転車で走るということはアフガニスタンに派遣される兵隊と同じである。また自動車を運転している方からは、引っ掛けはしないかとはらはらしどうしとなる。実際自転車の横をすり抜けるのは車の運転者にとって神経が磨り減るはずである。<br/>
<br/>
ケイサツのお達しは、歩道を走る自転車にぶつけられて怪我をする人が多い、何とかしろとの世間の苦情に応えてのものだろう。やけくその対症療法である。「原則」として車道を走れということは、自動車にはねられても、それはあんたが悪い、あんたが不注意というだけである。歩道を走って歩行者にぶつければ、”原則、車道を走ることとなっているのに歩道を走ったあんたが悪い”ということになる。<br/>
<br/>
自転車という一つの輸送道具をどうすればいいのか、その根本のところを論議せずに、そのつどそのつどの膏薬貼り、絆創膏貼りでなんとか事を収めようとするから、このような奇妙なお達しが出る。<br/>
<br/>
CO2の排出という面からみれば、自転車はこれからはもっとも大事にされるべき道具であることは明らかである。はあはああえいで自転車をこいだとしても、人間の口から吐き出される炭酸ガスの量など車にくらべれば微々たるものである。だから、自転車輸送を重視しようとなると歩道と車道の間に自転車道を作らなければならなくなる。そんな難しい話に巻き込まれたくないと行政の人間は逃げる。<br/>
<br/>
根本を論議した結果、自転車は歩行者からも自動車からも邪魔であるとなったら、幹線・主要道路での車道でも歩道でも自転車通行禁止令を出すしかない。違反者は片端からとっ捕まえて罰金１０万円の徴収となる。<br/>
<br/>
１９世紀の大発明である自転車、もっともエコロジーに適した輸送道具である自転車も大都会では棲む場所がない。道路利用の士農工商で言えば、士は自動車であり農は歩行者である。自転車は江戸時代でいえば人外の非人にランクされる。こうもりの悲哀。<br/>
（１２．０５．１１．篠原泰正）<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
      <dc:creator>n-ir</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 11 May 2012 18:36:18 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-11T18:36:18+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>（１０１７）左折車に注意！！</title>  
      <link>http://nihonir.exblog.jp/17958150/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nihonir.exblog.jp/17958150/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
自動車様のお通り（３）<br/>
今週の月曜日、仕事場近くの交差点で歩道から一歩二歩横断歩道に足を踏み入れたとたん、目の前をそうとうの速度で車が通り過ぎ、一瞬、アワワと驚かされる経験をした。私は、自分の運転経験からしても、車を運転している人は信用していないので、横断歩道を渡るときも右あるいは左からの車がきちんと止まるかまたは止まっているかを確認するようにしている。しかし、今回のニアミスは斜め右後から来る左折車への注意を怠ったところに原因がある。速度を落とさず左折してくるバカもいるとの貴重な教訓を得た。<br/>
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もうずいぶん前の話になるが、確か東京都下のどこかで、左折する大型トラックの後輪に学童が巻き込まれて死ぬという痛ましい事故があった。そして、その子の親が、二度とこのような事故が起きないように、歩行者の横断時は全ての車を止めるシステムを採用すべきであると、粘り強い訴えを続けておられた。そのことが記憶にある。そして、想像がつくように、ご両親の熱心な働きかけは実を結ぶことがなかった。<br/>
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そのシステムとは簡単な話であり、信号のある十字路は３者交代制にするというものである。つまり、①南北に走る車、②東西に走る車、③東西南北４箇所の横断報道を渡る歩行者の３交代である。これが実現されれば、横断中の歩行者は左折してくる、あるいは右折してくる車を気にすることなく安心して歩くことができる。また、自動車からみても、左折時に歩行者の横断を待つことなく車を進めることができる。<br/>
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このような簡単なシステムがなぜ採用されないのか。答えは簡単である。車の待ち時時間が多くなり、道路をスムーズに走らせるという原則に反することになるからである。もちろん本当にそうなるのかは実験されていない（だろう）からわからない。事実データではなく、車優先という「思想」に合わないがために採用されないと思われる。<br/>
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現在の「２者」交代システムは「２車」交代制と書いたほうがわかりやすいように、横断する歩行者は「走行車」の”ついでに”に扱われている。南北の歩行に自動車が流れている時は歩行者も南北に道を横断しても「差し支えない」とするものである。人間は「おまけ」なのだ。<br/>
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現在の文明がもたらした悪性の「思考ウイルス」である「効率」とか「速度」は２００年の時間の中で誰の頭の中にも巣くっていてなかなか消しがたい。特に行政とかビジネスに携わている人たちにとっては、この考えは天地開闢（かいびゃく）以来、人間社会の常識のごとくに思っているふしがある。<br/>
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左折車の後輪にひかれた学童の命よりも、「効率的」であることが優先される社会が続いている。人々は、熱いトタン屋根の上の猫のように、”もっと早く”、”もっと大きく”とぴょこぴょこと踊りを続ける。あたかも踊りを止めると全てがゼロになるがごとく恐怖に駆られて。<br/>
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”そこのけ、そこのけ、自動車様がお通りになる”は、現代文明の現象と人の心理を象徴する一つと言えるだろう。<br/>
（１２．０５．１０．篠原泰正）<br/>

  
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      <dc:subject>文化と文明のはざま</dc:subject>  
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      <pubDate>Thu, 10 May 2012 20:37:35 +0900</pubDate>  
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      <title>（１０１６）そこのけ、お馬が通る</title>  
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自動車様のお通り（２）<br/>
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”そこのけ、そこのけ、お馬が通る”、という句が記憶の中から浮かび上がってきた。どこでこの句に出会ったのだろう。童謡にあったのだろうか。今となってはもうまったく思い出せない。意味ははっきりしている。騎馬が路上を走るからひづめ（蹄）に引っ掛けられないように避けてくれ、ということだ。場面としては、火付け強盗改めの長谷川鬼平軍団が盗賊一味のアジトにむけて江戸の街を疾駆しているところを想像すればいい。<br/>
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江戸時代、馬はエリート（特権階級）にだけ許された乗り物であった。（街道筋での旅人用は例外）。紀伊国屋文左衛門といえども騎乗で吉原に通うわけにはいかなかった。明治になるとこれが馬車に替わる。大久保利通が赤坂の紀尾井坂を馬車で通っているときに襲撃されて命を落としたことからもわかるように、馬車通勤は政府高官の特権であった。そして、昭和になるとこれが黒塗りのハイヤーあるいは省庁専属の乗用車に替わる。<br/>
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１９９３年から９７年、私は地下鉄日比谷線の神谷町駅の真上にある第４５森ビルの３階にあるオフィスに通っていた。その上の３フロアほどはすべて本州四国連絡橋公団という長ったらしい名の一団が占めていた。朝１０時ごろ理事さんたち（多分）が黒塗りハイヤーでご出勤あそばされ、午後５時にはこれまた「お車」でお帰りになる。車が権力の象徴である。あるとき、その理事さんの一人がビルの地下につながる改札の前で秘書の女性に切符買わせている光景を目撃したことがある。傍で聞いた二人のやり取りから、この理事さんは地下鉄に乗ったことがないと判定するしかなかった。優雅なものである。<br/>
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馬から馬車、馬車から自動車という歴史のなかで、この列島で行政にたずさわる人たちの頭の中に、自動車（に乗っている人）はテクテクと歩いている「平民」よりも道路を優先的に利用する権利を有している、という関係式が刷り込まれることになった。<br/>
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そして、さらに、高度成長のなかで、物資を運ぶ自動車とその自動車をつくる集団が大いにもてはやされることになる。現在の（西洋式）文明の根幹をなす「効率　efficiency」を高めるには自動車を渋滞なく滑らかに走らせることが大命題とされ、ほとんどの人がそのことに疑いの目を向けなかった。道路はまず何よりも自動車のためにあるとされた。ほとんどのひとがこの「効率」という西洋式ウイルスに犯されてしまっているため、疑問が生まれてくる余地は少なかった。<br/>
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そして、さらにさらに、高度成長で中産階級に属するひとが膨張することで、それまで指くわえて見ていた憧れの自動車が誰の手にも容易にはいるようになった。それまで、道を歩いているとき、おえらい人の馬（自動車）に蹴散らされていた庶民が蹴散らす側の仲間に入ったわけだから、「有頂天」とはこういうときのための言葉だと思われるほどの舞い上がり時代がつづいた。<br/>
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このように、この列島においては、道路の優先権は、自動車、人間、自転車（原付ではなく人力の）の順に収まっている。従って、通学途上の学童の列は、（歩道が整備されているところ以外は）常時、銃弾の飛び交う戦場のごとき危険に晒されている。文明は進んだかもしれないが、道を歩いていて蹴飛ばされて（跳ねられて）死ぬ危険は江戸の時代の何万倍も何百万倍も確立が高い。文明万歳！！<br/>
（１２．０５．０９．篠原泰正）<br/>

  
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      <pubDate>Wed, 9 May 2012 20:25:44 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-09T20:25:44+09:00</dc:date> 
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      <pubDate>Wed, 9 May 2012 20:25:44 +0900</pubDate>
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