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    <title>新田均のコラムブログ</title>  
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    <description>新田均のコラムブログです</description>  
    <dc:language>ja</dc:language>  
    <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
    <dc:rights>Copyright 2012</dc:rights>  
    <pubDate>Wed, 16 May 2012 5:07:03 +0900</pubDate>  
    <dc:date>2012-05-16T05:07:03+09:00</dc:date>  
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      <title>新田均のコラムブログ</title>  
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      <description>新田均のコラムブログです</description> 
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    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（12）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18295109/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
①言葉のすり替えによって自説を正当化しようとする詐術(2)<br/>
<br/>
　学者は史料に忠実でなければなりません。そこで「誓約（うけひ）」の場面について、『日本書紀』はどういう言葉を使っているかを紹介します。<br/>
<br/>
　①正文では、スサノオの命が天のオシホミミの命を「生」んだとなっています。<br/>
<br/>
　異伝は次のように記されています。<br/>
②第一書では、スサノオの命が天のオシホミミの命を「生」んだとなっています。<br/>
③第二書では、スサノオの命が天のオシホミミの命を「化生」したとなっています。<br/>
④第三書では、スサノオの命が天のオシホミミの命を「化生」した、「生」んだとなっています。<br/>
⑤天石窟神話を記した第三書では、スサノオの命が天のオシホミミの命を「生」んだとなっています。<br/>
<br/>
『古事記』では、スサノオの命の息吹から天のオシホミミの命が「成」った。しかし、天照大神が、後から「生」まれた五男神は、自分の物実（ものざね）によって「成」ったのだから「吾子」だと宣言したと書かれています。<br/>
<br/>
以上のことから二つのことが言えます。<br/>
<br/>
①記紀で使われている言葉は「生」「化生」「成」だけであって、「出現」「現」という言葉は使われていません。<br/>
<br/>
②記紀のいずれの言い伝えにおいても、天のオシホミミの命は、「生」「化生」「成」いずれの言葉が使われる場合でも、スサノオの命が生んだとされており、天照大神から生まれたとする伝えは一つも記録されていません。<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 15 May 2012 20:09:55 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-15T20:09:55+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
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      <pubDate>Tue, 15 May 2012 20:09:55 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（11）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18286111/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
①言葉のすり替えによって自説を正当化しようとする詐術(1)<br/>
<br/>
高森さんは、新著『歴史で読み解く女性天皇』の中で次のように書いています。<br/>
「皇室の血統につながる天のオシホミミの命は、直接には天照大神の弟のスサノオの命が、天照大神の玉飾りを受けとり、それによって出現させたことになっている」<br/>
「直接にはスサノオの命が天のオシホミミの命を現れさせる役割を担ったとしても」<br/>
<br/>
この「出現させた」「「現れさせる」という言葉使いに現われた詐術に読者は気付かれたでしょうか<br/>
<br/>
　かつて高森さんは『はじめて読む「日本の神話」』（展転社、平成12年）の中で、次のように書いていました。<br/>
「スサノオノミコトが生んだ五男神」「スサノオノミコトが大神から渡された八坂瓊五百箇御統をやはり聖なる井戸で振りすすぎ、がりがり噛んで正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊をはじめとする五男神を化生します」。<br/>
<br/>
　「生んだ」「化生した」は血縁を表す言葉です。神話を人間の血縁関係に当てはめて解釈しようとするならば、決して、軽んじたり、置き換えたりしてはならない言葉です。そして、スサノオの命がオシホミミの命を「生んだ」と言いきってしまえば、いかなる理屈をつけても両者の血縁関係を否定することはできません。そこで、読者が記紀の原文を知らないのをいいことに、「出現させた」「現した」に置き換えて、言葉の操作で、スサノオの命と天のオシホミミの命との血縁関係を見えにくくしようとしたわけです。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 13 May 2012 23:09:13 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-13T23:09:13+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
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      <pubDate>Sun, 13 May 2012 23:09:13 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（10）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18280798/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/18280798/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
　天照大神とスサノオノミコトの「誓約」について、高森さんは新著『歴史で読み解く女性天皇』の中で、こんなことを言い始めました。<br/>
<br/>
「面白いのは、ストーリーの中では皇室の血統につながる天のオシホミミの命は、直接には天照大神の弟のスサノオの命が、天照大神の玉飾りを受けとり、それによって出現させたことになっている。だから、そのままでは「スサノオの命→天のオシホミミの命→皇室の血統」となって、男性神のスサノオの命が皇室の祖先神になるところだ。<br/>
ところが、天のオシホミミの命は、天照大神の玉飾りから出現したからーとの理由で、天照大神の子と位置づけ直されている。物語の上では、男性神が祖先神となっても不思議ではない展開なのに、それをあえて変更して、わざわざ女性神に置き換えている。<br/>
これは何を意味するか。<br/>
皇室の祖先神イコール天照大神という捉え方が、古くから動かしがたいものとして定着していたということだ。ストーリーの必要から、直接にはスサノオの命が天のオシホミミの命を現れさせる役割を担ったとしても、結論は、天照大神を皇室の祖先神とする伝統的な観念から、逸脱するわけにはいかなかったのである。」（75頁）<br/>
<br/>
この文には、①言葉のすり替えによって自説を正当化しようとする詐術、②自らの旧説の否定の隠蔽、③容易に反駁できる矛盾、が含まれています。下線部をつなぎ合わせてみると分かります。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 12 May 2012 22:15:28 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-12T22:15:28+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
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      <pubDate>Sat, 12 May 2012 22:15:28 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非倫理性（9）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18275648/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
　高森さんは、著書『はじめて読む「日本の神話」』（展転社、平成12年）の中で、天照大神とスサノオノミコトの「誓約」について、天照大神は当初は未熟・未完成な「できそこない」であったので、高天原に昇ってきた弟の心情を理解できず、あまつさえ、根強い不信感から「うけひ」のルールを後から変更して、「スサノオノミコトが生んだ五男神は私の持ち物から出現したから私の子」（81頁）だと宣言し、潔白だったスサノオノミコトの怒りをかってしまったと書いています。<br/>
<br/>
  その解説の中で、高森さんは「スサノオノミコトが大神から渡された八坂瓊五百箇御統をやはり聖なる井戸で振りすすぎ、がりがり噛んで正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊をはじめとする五男神を化生します。『正哉吾勝勝速日』（『紀』の表現。『記』では正勝吾勝・・・）というのは、ウケヒにおける勝利、つまり今の場合、スサノオノミコトの潔白が証明されたことを表現するものです」（81頁）と書いています。つまり、五男神は本来スサノオノミコトが生んだ子供達だったと言っているわけです。<br/>
<br/>
そこで、例によって学者としての高森さんに質問です。いままで、何回訊ねても、頬っかむりして、答えていただけなかった質問です。<br/>
<br/>
①あなたの説では、正哉吾勝勝速日天忍穂耳尊は、「スサノオノミコトが生んだ」のですから、スサノオノミコトを父とする男系の神ということになりますよね。<br/>
<br/>
②そうすると、田中卓氏の「天照大神はが“女神”であることを思えば、皇統の始まりが“女系”であったと申してもよい」という議論を、あなたは肯定できませんよね。<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 11 May 2012 20:08:32 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-11T20:08:32+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
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      <pubDate>Fri, 11 May 2012 20:08:32 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（8）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18270481/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/18270481/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
田中卓氏は「女系天皇公認の歴史的正当性」（『わしズム』30号）の中で、女性天皇が皇婿をむかえても、「皇室には氏が無く、皇室に入られた方は、その時点で同時に氏（甲氏）が消えるのであるから、甲王朝など、生ずる訳がない」（35頁）と述べておられます。<br/>
<br/>
この議論は、所功氏の以下の主張を取り入れたものだと思います。「皇統系譜は、あくまで当代の天皇を中心に繋いでゆくのであるから、従来の男系男帝より男系女帝を経て女系子孫の天皇（男帝か女帝）となっても、皇配（天皇の配偶者）の家系は姻戚にすぎない（しかも元来、“姓”のない皇室に入る際、入夫の姓＝苗字は消える）」（『皇位継承のあり方ー“女性・母系天皇”は可能かー』ＰＨＰ新書、１３１頁）<br/>
<br/>
　ところで、高森さんは『正論』平成１６年７月号で、皇位継承において男系主義が貫かれた大きな要因として、「『姓』の観念がひさしく維持されたこと」（１４４頁）を挙げています。<br/>
<br/>
「異姓の養子をむかえると、その養子自身は、妻の家名を苗字として名乗るものの、姓は父系によって継承されるため、養子をむかへた家の姓が逆に、その子の代から養子に入った男性の姓に変はつてしまふ。／もし女帝が立つて藤原氏の男性を婿養子にむかへると、皇室そのものが藤原姓になつてしまふのだ。したがって、『姓』の観念を前提としているかぎり、男系の断絶はそのまま皇統の断絶と考へられたはずだ」（同１４３頁）<br/>
<br/>
　さて、そこで、例によって、学者としての高森さんに質問です。<br/>
<br/>
　①古代の「姓」の観念にしたがえば、皇婿を迎えると、氏という記号を消したところで、皇統の断絶になるのではありませんか。<br/>
<br/>
　この質問への逃げ道として、明治4年10月の太政官布告によって、公文書における姓の使用が停止されたことを持ち出されると思いますが、それについては、二つの質問に答えてください。<br/>
②岡野友彦皇學館大学教授は、この太政官布告は「あくまでも民間に対して出された一法令にすぎない」（『ボイス』平成16年12月号228頁）、要するに、もともと姓のない皇室には無関係な法令だ、言われています。この批判にどう答えられますか。<br/>
③少なくとも、明治四年以前の観念では皇婿は認められない、と考えてよろしいでしょうか。<br/>
<br/>
④聖武天皇の皇后であった光明子は、自筆の『楽毅論』に「藤三娘」と署名し、「積善藤家」という印を使用しています。「藤三娘」とは、藤原不比等との三女という意味であり、「積善藤家」は藤原氏の繁栄を願ったものであると言われています。そうなると、光明子は皇室に入られて、姓が消えてからも、自分が藤原一族であることを強く意識していたことになります。つまり、姓が消えても、姓の観念は消えない、そう理解してよろしいでしょうか。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 10 May 2012 20:33:11 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-10T20:33:11+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（7）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18264908/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/18264908/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
小林よしのりさんは、「ゴー宣言ネット道場」の【提言　女性宮家創設は皇統維新である】の15分50秒あたりで、明治28年7月竣功の『皇統譜』を持ち出して、「天照皇大神」の横に「世系第一」と書かれて、この「世系」とは「血統」のことで、だから「天皇の血統は天照大神から始まる」と言っています。そして、「神武天皇」の横に「皇統第一」とあるのは「初代天皇のこと」、つまり、ここでの「皇統」とは「皇位」の意味だといっています。<br/>
<br/>
　ところで、高森さんも、小林さんも、田中卓氏も、“「皇室典範」第一条の「皇統」には男系と女系の両方が含まれると解釈できるから、女系天皇になっても「皇統」は断絶しない”と主張しています。ここでの「皇統」の解釈は、「皇統」=「皇位」ではなく、「皇統」=「血統」でしょう。<br/>
<br/>
　『皇統譜』を根拠にするときには「世系」が「血統」で、「皇統」は「皇位」。ところが、「皇室典範」を根拠にするときには「皇統」が「血統」。つまり、自分の議論に都合がよいように、史料によって「皇統」の解釈を変えているわけです。<br/>
<br/>
　ところが、そうなると『皇統譜』と「皇室典範」とでは、「皇統」の意味が違っていることになってしまいます。小林さんの表現に従えば、『皇統譜』と「旧皇室典範」は、ともに「明治天皇の勅裁によるもの」です。その両者において「皇統」の意味が違うとすれば大問題です。<br/>
<br/>
　ただし、この矛盾は、女系を正当化しようとして恣意的な解釈をするから起こるだけで、『皇統譜』でも「皇室典範」でも「皇統」は「男系の血統」を意味し、『皇統譜』の「世系」は、葦津氏の解釈にしたがって「霊統」の意味だと考えれば何の矛盾もありません。<br/>
<br/>
　そこで、学者としての高森さんに質問です。<br/>
<br/>
①明治28年7月竣功の『皇統譜』と、明治22年2月11日制定の「皇室典範」とでは、「皇統」の意味が異なるのでしょうか。<br/>
<br/>
②小林よしのりさんは『皇統譜』を絶対視して「明治天皇の勅裁によるものであり、学者・評論家の議論の余地などない！」と言っていますが、そこに書かれている「神武天皇の御年一百三十七歳」も議論の余地のないものなのでしょうか。議論の余地があるとすれば、議論の余地の有るものと無いものを誰が決めるのでしょうか。「君臣の分義」を厳かに守ると自称する高森・明「勅」さんですか？<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 9 May 2012 18:17:29 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-09T18:17:29+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（6）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18260882/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/18260882/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
   「ゴー宣言ネット道場」の【提言　女性宮家創設は皇統維新である】の19分50秒あたりで、小林さんは「保守派は、天皇陛下が女系公認なら、その考えは間違っていると思っている。今の天皇陛下のことなんか全然考えてないわけですよ。」と言い、高森さんは「二千年を貫く伝統を守ることこそ大御心であって、今の天皇陛下がどう考えておられるかということは二の次三の次だという言い方。これがおかしいのは、その伝統を解釈するのは俺だと言っているわけです。それと違うことを言うのは、天皇のお気持ちであろうが何であろうが余所においとけというわけで、こういうとんでもない話をしているわけですから、これが私は一番許し難い」と言っています。<br/>
<br/>
ところが、高森さんが「チェック」した『天皇論』（平成２１年６月）で、小林さんは「もし天皇が、憲法改正反対を明言なさったら、わしは逆賊になる！」（３６６頁）と書いています。また、国旗・国歌について今上陛下が「やはり、強制でないことが、望ましいですね」（３６８頁）とおっしゃったことを受けて、「わしは天皇の御言葉に反しても、日本の伝統を強制する悪役に徹していこうと思っている」（３７０頁）とも書いています。<br/>
<br/>
さてそこで、例によって高森さんへの質問です。<br/>
<br/>
①天皇陛下の御意志にも、従うべきものとそうでないものとがあるのでしょうか。あるとしたら、それは誰が決めるのでしょうか。小林さんですか、高森さんですか。<br/>
<br/>
②天皇陛下の御意志にすべて従わなければならないとたら、『天皇論』（平成２１年６月）は「今の天皇陛下がどう考えておられるかということは二の次三の次だという言い方」で、「伝統を解釈するのは俺だと言っているわけです。天皇のお気持ちであろうが何であろうが余所においとけというわけで、こういうとんでもない話をしているわけですから、これが私は一番許し難い」不敬の書ということになりませんか。「チェック」した者として、その責任をどうとられるおつもりですか。<br/>
<br/>
③「「二千年を貫く伝統を守ることこそ大御心であって、今の天皇陛下がどう考えておられるかということは二の次三の次だという言い方。これがおかしい」との主張は、皇位継承問題については、今上陛下のお考えと自分たちの考えが一致していると思っているから言っているだけの便宜的・ご都合主義的な主張なのではありませんか。<br/>
<br/>
④「君臣の分義」を厳かに守る立場から、「勅」を「明」らかにするなどという尊大な名前を取り下げられる気はありませんか。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>未分類</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 8 May 2012 21:52:12 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-08T21:52:12+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（5）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18256056/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
  高森ウィンドウズ104回で、高森さんは、彬子女王殿下の御言葉に対して「傍系の一女性皇族の片言隻語」（4分15秒、5分20秒）という言葉を使いました。とても嫌な感じでした。「自分には意志を尊重すべき皇族の範囲を確定する権利がある」と思い込んでいるように聞こえたからです。<br/>
<br/>
旧宮家の男子の方に対して「旧宮家系一般国民男子」という言葉使った時も同じ感じを受けました。「君臣の分義」を錦の御旗にして、「一旦臣籍に降ったら俺と対等だ」と言っているように聞こえたからです。<br/>
<br/>
　天皇陛下の御意志云々という議論の時もそうでした。「自分には天皇の御言葉の意味を決定したり、御意志を断定したりする権利がある」と言っているように聞こえたからです。<br/>
<br/>
このような発言を繰り返し聞かされている内に、私はだんだん「明勅」という名前に引っ掛かりを感じるようになりました。名は体を表すといいますが、高森「明勅」とは、どうやら、勅（天皇の御言葉）を明らかにする、すなわち、天皇の御言葉の意味を決定したり、御意志を断定したり、旧宮家の方々と対等だと感じたり、さらには、御意志を尊重すべき皇族の範囲を確定したりする権利が自分にはあると思い込んでいる人物、という意味になってきているようです。<br/>
<br/>
　そこで、「君臣の分義」を強調する高森さんへの質問です。<br/>
<br/>
　<br/>
　いくら親からつけてもらったとは言っても、自分の名に「勅」を使い続けることに違和感はないのでしょうか。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Mon, 7 May 2012 22:13:04 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-07T22:13:04+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（4）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18248760/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
　高森さんが決して言及しようとしない葦津珍彦氏の天照大御神論を紹介します。<br/>
<br/>
「至高至貴の女神一柱が、皇室の血縁の最初の祖といふのはロジカルでない。／アニミズムの信に戻るべきである。人間がこの世に生まれるのは、生理的には父母によって生まれるのであるが、その根底には神霊の働きがある。神霊によって生まれるとの信は、神道の根本である。人間が生まれるのは神霊によるし、人間の精神的祖は、その神であることを信じてゐる。後世でも、神話の神々を氏神とし、自分をその子孫であり、氏子とする信仰は生きてゐる。生理的には人間父母の子であるが、信仰的には神話の神を父母とし、祖として生まれたとの信である。その信がなくては、日本の神道も神国思想も成立しない。／皇祖天照大御神は、正に信仰上の皇室の祖であり、神話の神であってただの生理的人間ではない。だから神宮があっても、生理的人間歿後の御陵がない。」（『葦津珍彦選集（一）』p293）<br/>
<br/>
　学者としての高森さんに質問です。<br/>
<br/>
  葦津先生が生きておられたら、「天照大神はが“女神”であることを思えば、皇統の始まりが“女系”であったと申してもよい」という議論は、霊的・精神的祖と肉体的・生理的祖とを混同した「ロジカルでない」議論として否定されるとは思いませんか。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 6 May 2012 15:53:26 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-06T15:53:26+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（3）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18245621/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/18245621/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
　高森明勅さんは、旧宮家男子の皇籍取得に反対する根拠として、戦後神社界の理論的指導者であった葦津珍彦氏が昭和29年12月の『天皇・神道・憲法』の中で、次のように書いていたことを強調しています。<br/>
「占領下に皇族の籍を離れられた元皇族の復籍といふことが一応問題として考へられるであらう。この間の事情については、論ずべき問題も少なくないが、その事情の如何に拘わらず、一たび皇族の地位を去られし限り、これが皇族への復籍を認めないのは、わが皇室の古くからの法である。」「この不文の法は君臣の分義を厳かに守るために、極めて重要な意義を有するものであって、元皇族の復籍と言ふことは決して望むべきでないと考へられる。」（『葦津珍彦選集（一）』p648-649）<br/>
<br/>
　他方、高森さんは、葦津氏が、この文章の前に次のように書いていることには決して触れないのです。<br/>
「日本の皇位継承法に於いて、女帝の制度の認められた歴史はあるが、女帝は常に配偶者の現存せざる場合に限られてゐたのであって、女系子孫の継承を認める思想は全然存在しなかった。日本皇室の万世一系とは、男系子孫一系の意味であることは論をまたぬ。然るに、女系の子孫（それが男であれ、女であれ）に対して、皇位が継承せられるとすれば、それは万世一系の根本的変革を意味する。われわれの断じて承認しがたいところである。」（同書p643）<br/>
<br/>
 そこで、学者としての高森さんへの問いです。<br/>
①この文章を紹介しないのは、学者としての公平性に欠けると私は思いますが、高森さんはどうお考えですか。<br/>
<br/>
②今日、葦津珍彦氏が生きておられたら、「君臣の分義」と「万世一系（＝男系子孫一系）」とどちらを重視されると思いますか。その予想と理由をお示しください。<br/>
<br/>
　なお、この二つの質問は、高森さんの議論に同調しておられる方々にもお答えいただく義務があろうかと思います。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 5 May 2012 22:41:44 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-05T22:41:44+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（2）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18239377/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/18239377/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
　皇統をめぐる議論で残念だったのは、女系天皇実現に固執する学者の方々が、自分の結論の宣伝を第一義とされて、学問的な議論の作法を無視されたことです。私が考える学問的な議論の作法とは次の三点です。<br/>
<br/>
①他人の説や史料を引用する場合、自分の都合のよい部分だけを紹介して、都合の悪い部分は隠すという手法はとらない。また、少なくとも、依拠する史料については一通り全体に目を通し、調査・検討ないし研究してから主張を公表する。<br/>
<br/>
②反論や反証を提出された場合には、どんなに答えにくい議論であっても、無視したりせずに誠実に答える。他人に代弁してもらうというような姑息な方法はとらない。<br/>
<br/>
③結論（女系天皇の肯定）を同じくする人の議論であっても、見解が相違する部分については、その違いを認め、相異の理由を明確にする。<br/>
<br/>
　この三点から、女系天皇の実現に固執されている方々の議論を、これから吟味していきたいと思います。<br/>
<br/>
　この吟味の結果、女系天皇論には「歴史的」な根拠・正統性はなく、ただ現状分析と未来予想に基づく正当化があるだけ、であることが明らかになると思います。したがって、女系天皇を容認する方々が学者であるとするならば、歴史学者ではなく、現状学者か、未来学者であるということになります。<br/>
<br/>
　そして、わたしは、それらの方々が、皇室を思う衷情から、歴史学者の立場をかなぐり捨てて、現状学者や未来学者になられる決断をされたことまで批判するつもりはありません。また、「未来永劫、皇室を安泰にするためには、歴史や伝統こだわるべきではない」と正直に言われるのであれば、その倫理性まで問題にしようとは思いません。ただ、「歴史学者や歴史研究家という肩書きを使って、歴史学を装って、歴史からは正当化できないことを、あたかも正当化できるかのように見せかけることはやめていただきたい」と思っているだけです。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Fri, 4 May 2012 17:17:02 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-04T17:17:02+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>女系天皇論の非論理性・非歴史性・非倫理性（1）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/18234608/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/18234608/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
　「ゴー宣言ネット道場」を久しぶりに開きました。その【提言　女性宮家創設は皇統維新である】を見て、『わしズム』第30号で、小林さんたちが「女性宮家」の創設を必死になって訴えはじめた理由が理解できました。旧宮家男子の皇籍取得を阻止するために強調してきた「君臣の分義」が、自分たちの首を締め始めたからです。<br/>
<br/>
【提言】の12分あたりで、高森さんは次のように言っています。「清子内親王殿下が黒田家に嫁がれた。それでも、准皇族としての地位を与えて、皇族の御公務の一端を担っていただいてはどうかという議論が出始めている。これはまさに君臣の別を踏みにじる議論です。はっきり言って。眞子さま、佳子さまが民間に降れても、どんどん御公務をやっていだければいいじゃないか。これは君臣の別を危うくする議論です」<br/>
<br/>
君臣の分義を強調しすぎた付けが回ってきて、女性皇族が一旦民間に降られてしまえば、その方々を女性宮家の候補者とすることは勿論、御公務を担っていただくことさえ、論理的にというよりも、倫理的に主張できなくなってしまいました。したがって、女性皇族が結婚適齢期を迎えられるという事態に遭遇してあせっているわけです。<br/>
<br/>
それにしても、高森明勅氏の論理は、二点においてめちゃくちゃです。<br/>
<br/>
①女性皇族が結婚した後でも皇族としての公務を続けられるようにしようという議論は「旧皇室典範」の第44条「皇族女子ノ臣籍ニ嫁シタル者ハ皇族ノ列ニ在ラス。但シ特旨ニ依リ仍内親王女王ノ称ヲ有セシムルコトアルヘシ」を根拠にしています。したがって、高森氏の議論は、勅裁を受けて制定された旧皇室典範に対して、「君臣の別を踏みにじる」条項を含んでいたと言っているのと同じなのです。<br/>
<br/>
②「旧皇室典範」の第44条については、このように否定しておきながら、高森氏は、【提言】の10分30秒あたりで、“皇室に嫁いだ民間女性が皇族とされるようになったのは明治以降にすぎない。それが今では違和感なく受け入れられている。したがって、男子が婿として皇族になっても、やがて違和感なく受け入れられるようになる”という趣旨の発言をしています。おなじく旧皇室典範からはじまったことでも、自分の結論に都合の悪いものは否定し、都合のよいものは肯定する、まさに、つまみ食い、ご都合主義です。<br/>
この批判に、高森さんは、どう答えられますか？<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>女系天皇(主に高森さんへの問い)</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 3 May 2012 18:14:37 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2012-05-03T18:14:37+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>田中卓氏を批判せざるを得なかった理由</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/15057202/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/15057202/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
　この【追記編・欄外編】は、３月１１日に、最後の一文を書いて終了する予定でした。ところが、東北太平洋大震災が発生し、その悲劇を前にして、なかなか更新する気になれませんでした。うまく言えませんが、「多くの同朋が不幸に苦しみ、国民が一丸となって国難に立ち向かわなければならない時に、特定の個人の批判にかまけていていいのだろうか」。そんな気持ちでした。それに、小林さんに対する批判は、もう言い尽くしました。<br/>
　ただ、最後の一文だけは、事情説明として、公にしておく必要があると思い、掲載することにしました。<br/>
<br/>
<br/>
『ＷｉＬＬ』平成２２年１０月号２０４頁で、小林さんは「新田は田中卓先生に直訴して皇學館に入れたんだろう。田中先生に認められる学問に集中しろ！」と書かれています。このことについて、おそらくは、小林さんが知らないであろう事実を述べて、【追記編・欄外編】を終わりたいと思います。<br/>
<br/>
　私は早稲田大学の博士課程に在籍していた時に、皇學館大学に電話をかけて就職の希望を伝えました。その時応対して下さった事務局長が「それなら、学長に業績を送って下さい」と言われたので、当時学長だった田中卓先生に、就職希望の手紙に業績を添えて送りました。その後、一年ほどして、皇學館大学国史学科教授の鎌田純一先生から「会いたい」との連絡がきました。田中先生が、次の学長になられた谷省吾先生に私のことを伝えて下り、谷先生が神道研究所の助手として私を推薦して下さったからでした。こうして私は皇學館に就職することができました。私は、そのことに深く感謝し、いつか田中先生に恩返ししたいとずっと思っていました。<br/>
<br/>
　やがて時がたち、詳しい経緯は省きますが、八木秀次さんのお陰で、私は論壇で発言できるようになりました。平成１５年のはじめころだったと思いますが、その八木さんと高森明勅さんと私の三人で、梅原猛氏を批判するという鼎談が『諸君！』で企画されました。その鼎談の後の懇親会で、『諸君！』の編集長から、「戦後の保守運動を回顧できるような人はいないだろうか」という話が出ました。そこで、私は、いまこそ田中先生に恩返しできる機会だと考えて、こういう趣旨のことを言いました。<br/>
「中央の論壇ではほとんど知られていませんが、思想堅固に活動されてきた古代史の大家で田中卓という先生がおられます。この方に、書いていただいてはどうでしょうか」。<br/>
<br/>
　この私の提案に、八木さんも、高森さんも賛成した下さったので、私が仲介役となって、『諸君！』編集部と田中先生とを伊勢でお引き合わせすることになりました（ちなみに、この鼎談は『諸君！』の企画しては没となりました。しかし、『正論』が注目して下さったお陰で、拙論「梅原猛氏の「日本学」に異議あり！」が平成１５年５月号に掲載されました）。<br/>
<br/>
　引き合わせの結果、田中先生の「祖国再建」の連載が決まり、先生はそのことを大変喜ばれて、連載企画案を私にファックスで送ってこられました。その時は「これでようやく少しは恩返しができたかな」と嬉しく思いました。<br/>
<br/>
　ところが、「祖国再建」の連載が終盤にさしかかったころ、「皇室典範に関する有識者会議」が発足し、田中先生は連載の最後で、その報告書を支持する論文「女系天皇で問題ありません」（『諸君！』平成１８年３月号）を書いてしまわれたのです。その発表時期は、状況的に見て最悪で、女系容認の皇室典範改正案を小泉内閣がまさに国会に上程しようとしている時でした。その法案に保守の古代史の大家がお墨付きを与えたという形になってしまったのです。<br/>
<br/>
　これは、私としては黙っていられない事態でした。黙っていれば、皇學館は全学あげて女系論賛成だと誤解されかねません。國學院の先生が田中先生を批判されたら、皇學館対國學院という本質とは関係のない対立図式で語られることになりかねませんでした。したがって、どうしても、皇學館の内部から批判の声が上がる必要があったのです。<br/>
<br/>
　しかし、それでも、田中先生が全国的な論壇で影響力を発揮するという事態になっていなければ、私は批判の矢面に立たなかったかもしれません。当時、私以上に明確に「男系」を主張していた同僚の松浦光修氏に批判を「お任せ」して、田中先生との直接対決は回避したかもしれません。批判したとしても、神社関係の新聞や雑誌の中でのことに限定していたと思います。<br/>
　ところが、田中先生は政治家にも影響力がある『諸君！』という全国的なオピニオン誌に論文を書いてしまわれた。しかも、その道筋をつけたのが私だった。その対処を他人にお願いしたり、押しつけたりするわけにはいきません。そのような抜き差しならない事情で、私は恩人と全国誌で対決せざるをえなくなったのです。<br/>
　これは傍目からみれば喜劇なのかもしれませんが、私にとっては、今でも忘れがたい痛恨事なのです。<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>追記・欄外編</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 15 Mar 2011 21:09:34 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2011-03-15T21:09:34+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>「論画家」小林よしのり氏“公認”「ゴーマニスト」宣言【追記編・欄外編】（５７）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/15035765/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/15035765/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
●「小林よしのりさん・罵詈雑言集【新田均編】」２２<br/>
<br/>
『サピオ』平成２２年１０月２０日号７０頁<br/>
<br/>
男系を妄信し、固執する者は、歴史を知らず、歴史から分断され、男尊女卑感情に支配された自分の脳内に勝手に涌いて出た「男系神」（正体はシナ宗族制度）に帰依しているだけである。こういうのを「カルト」というのだ。<br/>
<br/>
［コメント］<br/>
　何者かが小林さんに下した啓示。<br/>
「信者及び師範は引き続き男系論者の活動妨害、信用失墜に励むこと。手に負えない場合はカルト、バカ、素人、男尊女卑、優生論者のレッテルを貼ること・・・繰り返し反復することにより、われらの提示するものが大衆にとっての『真実』となる」<br/>
<br/>
<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>追記・欄外編</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 10 Mar 2011 22:55:09 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2011-03-10T22:55:09+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>「論画家」小林よしのり氏“公認”「ゴーマニスト」宣言【［新］追記編・欄外編】（１０）</title>  
      <link>http://nittablog.exblog.jp/15029882/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://nittablog.exblog.jp/15029882/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
　八木さんが「パール論争」の時に小林さんを助けた話は、大切なので、更新をしばらくストップして掲示し続けました。すると、いつもは敏感に反応する小林ブログが完全に沈黙。リスクを犯して助けてくれた人の勇気や温情を隠して、「小心」「姑息」「ずる」「ヘタレ」などと誹謗した「不道徳」。この事実を否定できない以上、黙るしかないのは当然でしょうね。「いま彼はデビュー以来の危機に直面している」（『新天皇論』の帯、参照）のでしょう。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>追記・欄外編</dc:subject>  
      <dc:creator>nitta_hitoshi</dc:creator>  
      <pubDate>Wed, 9 Mar 2011 20:22:45 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2011-03-09T20:22:45+09:00</dc:date> 
    </item> 
  </channel> 
</rss>

