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  <title>私たちは２０世紀に生まれた</title>  
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  <modified>2012-05-26T15:48:45+09:00</modified>  
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  <tagline>千葉海浜日記</tagline>  
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    <title>ディーリアスの余韻</title>  
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    <issued>2012-05-25T23:40:00+09:00</issued>  
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    <dc:subject>読書</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
上京したら思いのほか帰宅が遅くなった。このまま就眠してしまうのも癪なので昨夜のディーリアスのＣＤを再び。「海流（海の彷徨／藻塩草）」の素晴らしさをひしひし感得した。大仰な絶唱を努めて回避し、深く沈潜するスタイルを貫く姿勢がなにより好もしい。それでいて魂の慟哭が自ずと伝わってくる演奏なのだ。独唱のハンプソンも指揮のヒコックスも申し分ない。もちろん合唱も秀逸。<br/>
<br/>
聴きながら本体の "BBC Music Magazine" をあちこち拾い読み。<br/>
<br/>
ディーリアスは決してブリティッシュ・コンポーザーではない、「彼は正真正銘のコズモポリタンだったのだ」と喝破する当代随一の研究家リンドン・ジェンキンズ氏の寄稿文は味読に足る内容だ。そのほか、閨秀ヴァイオリニスト、タズミン・リトル女史のインタヴューにもディーリアスへの言及がある。「（ディーリアスのヴァイオリン協奏曲を）一言で要約するのは難しいわ。どんな言葉があるかしら。夢見るよう？ 幻想的？ 私がこの複雑さを愛する理由は、それが他と比較しようがないところなの。響きがなんとも多彩で」。新譜レヴュー中にもディーリアスがちらほら。流石に節目の年だけのことはある。<br/>
<br/>
最も驚きだったのは上記ジェンキンズ論考に挿図として載ったエリック・フェンビーの写真（p.58）。書斎で寛ぐ翁の傍らには巨大な朝顔型の喇叭の付いた旧式蓄音器が鎮座する。キャプションに拠るとディーリアス遺愛の品なのだという。なんとそれは、かのケン・ラッセル監督のＴＶ映画《夏の歌 Song of Summer》（1968）に登場する蓄音器と全く同じものなのだ（→映画の一場面）。<br/>
いやはや驚いたのなんのって。真実をあくまでも追求する監督はフェンビーからこの貴重な遺品をわざわざ借り出して撮影に臨んだのに違いない。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>「海流」から「夏の歌」へ</title>  
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    <issued>2012-05-24T22:21:00+09:00</issued>  
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    <dc:subject>読書</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
数日後、いよいよ作曲の口述筆記が開始された。ディーリアスが旋律を歌い、フェンビーがそれを五線譜に書き写していくという、気の遠くなるような作業だ。<br/>
「タータター、タータター、タータタター、書き留めたまえ！ タータタタター、タータター、タター・・・」<br/>
耳障りな大声。しかもそれは高低がまるでない一本調子なのだ。フェンビーは必死に聴き取ろうとした。「何調なのですか？」「イ短調」。遅れをとるまいと躍起になるあまり、彼はペンを逆さに持ってしまう。インクで手が真っ黒になり、眼には涙が溢れてきた。「ごめんなさい。もうできません！ 僕を許して下さい」。フェンビーが泣き叫びながら部屋から飛び出すのと同時に、心配したイェルカ夫人が駆け込んで来た。<br/>
フェンビーの背後でディーリアスの怒鳴り声が聞こえた。「イェルカ、あの子は駄目だ。のろますぎる。簡単なメロディも書き取れやしない！」<br/>
その晩、フェンビーがほとんど一睡もできなかったのは言うまでもない。<br/>
<br/>
翌日、打ちのめされ、すっかり意気消沈した彼の許にイェルカ夫人がやってきた。<br/>
「フェンビーさん、貴方はここで主人を助けてあげられるただ独りの音楽家です。私には何の音楽的知識もないので、貴方の感じ方が正しいかどうか判らないけれど、私は貴方を信じます。ご自分の若さを武器に、主人に立ち向かって行って下さい。私はいつも貴方の味方ですからね！」<br/>
フェンビーが勇気を奮い起こして、再び助手としての仕事に立ち戻ったのは、この夫人の励ましのお蔭であった。<br/>
<br/>
彼の手元にはディーリアスから託された手書きの楽譜があった。それはもう十年も前に着手された交響詩『生と愛の詩 Poem of Life and Love』の草稿だったのだが、フェンビーは一読してみて、その出来の悪さに落胆した。でも、このことをどうやってディーリアスに伝えたらよいのか。<br/>
夫人の言葉に平静さを取り戻した彼は、思い切ってディーリアスに本音をぶつけてみた。老作曲家は一瞬憮然とした表情を見せたが、すぐに気を取り直すと、真剣な面持ちでフェンビーの意見に聞き入った。「判った、フェンビー。この草稿から良い部分だけを抜き出し、それを君自身で組み立ててみてくれないか。急がずに、じっくりとね」<br/>
ディーリアスによれば、本当の傑作とはそれ自身のなかから自然に生まれ出てくるものだという。その例として、彼は自作『海流 Sea Drift』（1903年）を挙げる。「あれは私の最良の作品のひとつなのだが、何の苦もなくやすやすと、いわばひとりでに私の手から産み落とされたものだ」<br/>
『生と愛の詩』が息を吹き返し、〈ひとりでに〉動き出すには、恐らくかなりの時間が必要となるだろう。　　　　――拙著『12インチのギャラリー』 最終章「夏の歌」より<br/>
<br/>
視力と四肢の自由を奪われ、パリ近郊に隠棲するフレデリック・ディーリアス。この気難しい老人の許を作曲家志望の青年エリック・フェンビーが訪れ、困難な協働作業が始まる。その最初の口述筆記の場面である。<br/>
もう二十年以上も前の作文だが、フェンビー自身の回想録『私の知ったディーリアス Delius As I Knew Him』を参照しつつ、その忠実な映像化であるケン・ラッセル監督のＴＶ映画《夏の歌 Song of Summer》の鮮やかな描写を思い浮かべながら夢中で書いた。熱に浮かされたようにワープロに向かった日々を懐かしく思い出す。なんだか「これだけは書かないと気が済まない」という心持ちだったのだ。<br/>
<br/>
長々と拙文の一節を引いたのには理由がある。たまたま渋谷で目にした音楽雑誌 "BBC Music Magazine" の最新号が「今月の作曲家」としてディーリアスを特集し、こんな素敵なＣＤを附録にしたからだ。<br/>
<br/>
"Delius: Sea Drift, Piano Concerto, Poem of Life and Love"<br/>
ディーリアス：<br/>
海流*<br/>
ピアノ協奏曲（改訂版）**<br/>
生と愛の詩**<br/>
バリトン／トマス・ハンプソン<br/>
リチャード・ヒコックス指揮<br/>
ＢＢＣ ウェールズ・ナショナル管弦楽団＆合唱団、バッハ合唱団*<br/>
ピアノ／ベンノ・モイセイヴィチ<br/>
マルコム・サージェント卿指揮<br/>
ＢＢＣ交響楽団**<br/>
ヴァーノン・ハンドリー指揮<br/>
ＢＢＣコンサート管弦楽団***<br/>
2004年7月19日、ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール（プロムズ実況）*<br/>
1955年9月13日、ロンドン、ロイヤル・アルバート・ホール（プロムズ実況）**<br/>
1999年3月1日、ロンドン、ゴールダーズ・グリーン、ヒッポドローム***<br/>
BBC Music BBCMM345 (2012)<br/>
<br/>
ディーリアスが晩年「あれは私の最良の作品のひとつ」と述懐したという傑作「海流（海の彷徨／藻塩草）」と並んで、フェンビー青年が「その出来の悪さに落胆」し、「良い部分だけを抜き出し」た末、「海の歌」として再生した原曲「生と愛の詩」が一枚のアルバムで聴ける。それだけでも夢のような企てなのだが、ＢＢＣは更に貴重なモイセイヴィチ独奏によるピアノ協奏曲の実況録音まで加えて生誕百五十年の記念アルバムとした。ヒコックス、サージェント、ハンドリーという、些か陽の当たる機会の不当に尠ない古今のディーリアンが三役揃い踏みするのも床しいことだ。<br/>
<br/>
因みにこの「生と愛の詩」は「夏の歌」の陰に隠れてしまい、久しく忘却されてきた幻の作品だ。今ではロイド=ジョーンズの指揮した初録音ＣＤで聴けるようになったが（そのレヴューは →念願の「生と愛の詩」を遂に聴いた）、今回このディスクに収録されたハンドリーの演奏はほかならぬ、その世界初演のときのものだ。なるほど確かにこの交響詩は些か纏まりを欠くとはいえ、「学生か誰かがディーリアスの作風を真似て書いたような代物」とフェンビーが酷評するほど不細工な曲ではない。今回のライナーノーツを引くなら、「これはこれとして聴くに値する」ものだし、「世界を放浪した作曲家の、ニーチェばりの活力が横溢する」音楽なのである。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>起き抜けのドビュッシー</title>  
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    <issued>2012-05-24T05:44:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-05-24T21:49:20+09:00</modified>  
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      <name>s_numabe</name> 
    </author>  
    <dc:subject>音楽</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
体調はまだ復さないが、歳月不待人、そうも云ってはいられない。今朝は早起きして心機一転、仕事を再開。久しぶりに起き抜けの朝ドビュッシー。<br/>
<br/>
"Debussy -- Pennetier"<br/>
ドビュッシー：<br/>
版画*<br/>
■ パゴダ<br/>
■ グラナダの夕<br/>
■ 雨の庭<br/>
ピアノのために*<br/>
■ 前奏曲<br/>
 ■ サラバンド<br/>
■ トッカータ<br/>
映像 第一集**<br/>
■ 水の反映<br/>
■ ラモー讃<br/>
■ 運動<br/>
映像 第二集**<br/>
■ 叢を渡る鐘音<br/>
■ 廃寺に懸かる月<br/>
■ 金の魚<br/>
ピアノ／ジャン=クロード・ペヌティエ<br/>
1994年8月22、23日**、1995年1月8～10日*、<br/>
マルセイユ、サル・ギヨーム・ファレル<br/>
Lyrinx LYR 148 (1996)<br/>
<br/>
想像はしていたものの、それを更に上廻る出来映えに驚く。明晰でありつつも深く沈潜するドビュッシー。ペヌティエならではの誠実さと細やかな詩情との稀にみる結合と云ったらいいのか。やっと理想のドビュッシー演奏に出逢えた思いだ。このディスクを今までずっと死蔵していた小生はつくづく愚か者だったなあ。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/Shq1wGk8.CYB/WqXWTtdlsLIE?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://bnr.rssad.jp/rss/img/Shq1wGk8.CYB/WqXWTtdlsLIE?type=3&ent=83b97c91cdfb6d0336c586d1d0d1cb06"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 合コンは本気度が分からないし、紹介も出尽くして・・。”真剣な出会い”始めませんか </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
    <created>2012-05-24T06:43:21+09:00</created>
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    <title>夜更けのペヌティエ</title>  
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    <issued>2012-05-23T00:07:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-05-24T07:47:10+09:00</modified>  
    <created>2012-05-22T23:34:47+09:00</created>  
    <author> 
      <name>s_numabe</name> 
    </author>  
    <dc:subject>音楽</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
旅行者は無事帰還。日光土産「栃乃実柚餅子（とちのみゆべし）」を夕食後に賞味。旅疲れからか早々と床に就いた家人を尻目にひっそり深夜の一人音楽会。引き続きフランスの Lyrinx 盤を聴こう。外はまだ雨が降り止まない。<br/>
<br/>
"Beethoven: Concertos pour piano 1 & 3"<br/>
ベートーヴェン：<br/>
ピアノ協奏曲 第一、第三番<br/>
ピアノ／ジャン=クロード・ペヌティエ<br/>
セルジュ・ボド指揮<br/>
モンテカルロ・フィルハーモニー管弦楽団<br/>
1998年6月23～27日、モンテカルロ歌劇場、サル・ガルニエ<br/>
Lyrinx LYR 186 (1999)<br/>
<br/>
"Mozart: Les deux derniers concertos Pennetier|Lethiec|Kantorow"<br/>
モーツァルト：<br/>
ピアノ協奏曲 第二十七番*<br/>
クラリネット協奏曲**<br/>
ピアノ／ジャン=クロード・ペヌティエ*<br/>
クラリネット／ミシェル・ルティーク**<br/>
ジャン=ジャック・カントロフ指揮<br/>
オーヴェルニュ室内管弦楽団<br/>
1990年11月21、22日、サン=ジュネス=シャンパネル、協会会館ホール<br/>
Lyrinx LYR 107 (1991／99)<br/>
<br/>
専らＣＤばかりで実演に接した機会は僅かしかないが、その都度ジャン=クロード・ペヌティエの底知れぬ音楽性には敬服してしまう。もう十年以上も前になるが、パリの運河に浮かぶ平底船の極小歌劇場「ペニッシュ・オペラ」で間近に聴いたムソルグスキーの歌曲伴奏には震えがきた。つい先日も思いがけずスクリャービンの秀演に息を呑んだばかりだ。<br/>
<br/>
いやはや、夢うつつの美しさだ。ピアノに疎い小生にもその位はわかる。目のつんだ透明な音の粒立ちがじわじわ心の襞に分け入るような按配なのだ。惜しむらくは指揮者が常套的で同じ高みに届かないこと。ボドは実直に過ぎるし、カントロフも閃きを欠く。独奏の邪魔をしないだけの伴奏に留まっているのが惜しい。<br/>
<br/>
このまま就眠するのは悔しいので若き日のペヌティエを最後に。<br/>
<br/>
"Mozart: Concertos pour piano no 22 et 23"<br/>
モーツァルト：<br/>
ピアノ協奏曲 第二十三、二十二番<br/>
ピアノ／ジャン=クロード・ペヌティエ<br/>
カール・リステンパルト指揮<br/>
ザール室内管弦楽団<br/>
1967年4月2、3日、フラウラウテルン（ザール）<br/>
Universal Accord 476 9009 (1967/2006)<br/>
<br/>
弱冠二十四の新人が最晩年の巨匠リステンパルト（この年末に旅先で急逝）と共演した記録が遺るのは奇蹟というほかなかろう。筆舌に尽くせぬ至高の演奏。 <br/>
<br/>
この「夢の協演」は元のＬＰ（Le Club Français du Disque）は今や稀覯盤。同社音源を引き継いだ Accord が大手ユニヴァーサルに身売りした際、廉価ＣＤとして「叩き売り」同様の形で久し振りに再発された。今宵聴くのもそのディスクなのだが、早くも品切状態と化した模様。こういう演奏こそ常時入手可能だといいのだが。最早そういう悠長な時代ぢゃないのだろう。見つけたら是非ともお試しあれ。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
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    <title>深夜にブラームスはお好き？</title>  
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    <id>http://numabe.exblog.jp/15371533/</id>  
    <issued>2012-05-22T02:10:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-05-22T21:28:14+09:00</modified>  
    <created>2012-05-22T02:10:38+09:00</created>  
    <author> 
      <name>s_numabe</name> 
    </author>  
    <dc:subject>音楽</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
家人は友人と日光に旅行とかで留守にしている。なので好機到来とばかりに日中は心おきなくＣＤを続けざまに堪能。久しぶりにストラヴィンスキーのバレエ音楽を大音量で聴いた。いつもなら「喧しい、いい加減になさい！」と叱声が飛ぶところだ。とはいうものの、今は深夜なので心静かに室内楽を嗜もう。これまた愉しからずや。<br/>
<br/>
"Brahms: Sonates pour violon et piano"<br/>
ブラームス：<br/>
ヴァイオリン・ソナタ 第一、第二、第三番<br/>
ヴァイオリン／テディ・パラヴラミ<br/>
ピアノ／ムーザ・ルバツキーテ<br/>
1995年12月1～3日、マルセイユ、サル・ブランシエール<br/>
Lyrinx LYR 161 (1997)<br/>
<br/>
夜更けて聴くのにブラームスは最適だろう。先日たまたまスカルラッティのソナタ集を聴いたリトアニアの閨秀ピアニスト Mûza Rubackyté がアルバニアの若手（当時）ヴァイオリニスト Tedi Paravrami と協演した盤。ルバツキーテの奥行のある音色はむしろブラームスに相応しかろう。あっさり淡泊なパラヴラミをしっかり下支えする。なかなか好もしい演奏だ。<br/>
<br/>
"Brahms: Quatuors avec piano"<br/>
ブラームス：<br/>
ピアノ四重奏曲 第一、第三、第二番*<br/>
ピアノ／ジャン=クロード・ペヌティエ<br/>
ヴァイオリン／ジャン=ジャック・カントロフ<br/>
ヴィオラ／ブリュノ・パスキエ<br/>
チェロ／トルルス・モルク<br/>
1995年12月20～22日、1996年8月26～31日*、<br/>
マルセイユ、サル・ブランシエール<br/>
Lyrinx LYR 165/166 (1997)<br/>
<br/>
いよいよ余勢を駆って深夜らしく渋好みの世界に突入だ。おしなべて室内楽には疎いものだからブラームスのピアノ四重奏曲など滅多に聴く機会はない。まして三作続けざまに耳にするのは初体験ではなかろうか。<br/>
実に充実した音楽だと今にして悟る。他に比較する盤が手許にないので当ディスクの質を吟味できないが、仏人中心のアンサンブルはバランスのとれた堅実な演奏を披露する。Lyrinx 盤は録音もデザインも秀逸。手放さなかったのは正解だった。<br/>
<br/>
今夜の〆はやっぱりブラームス。<br/>
<br/>
"Brahms: Sonates pour violoncelle et piano"<br/>
ブラームス：<br/>
チェロ・ソナタ 第一、第二番<br/>
チェロ／ソニア・ヴィーダー=アサートン<br/>
ピアノ／カトリーヌ・コラール<br/>
1990年12月21～23日、マルセイユ、国立音楽院<br/>
Lyrinx LYR 109 (1991)<br/>
<br/>
殆ど話題になった気配はないが、これは素晴らしい演奏だ。今は一家をなす実力派 Sonia Wieder-Atherton も当時はまだ二十代、デビュー間もない時期だと思うが、深々した音色、朗々たる歌、臆するところのないボウイング、すでに大家の風格がある。協演の Catherine Collard はこのとき四十三歳。ニ年後には病歿してしまうから晩年ということになろう。控え目だが思慮深いピアノはちょっと比類ないものだ。今のソニア嬢には不満なのか、公式ＨＰのディスコグラフィからは省かれた録音だが、忘却するにはいかにも惜しい秀演だろう。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
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    <title>日蝕という幼時体験</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://numabe.exblog.jp/15363084/"/>  
    <id>http://numabe.exblog.jp/15363084/</id>  
    <issued>2012-05-21T08:37:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-05-21T10:46:22+09:00</modified>  
    <created>2012-05-21T09:45:34+09:00</created>  
    <author> 
      <name>s_numabe</name> 
    </author>  
    <dc:subject>日々の出来事</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
金環蝕が東京周辺で起こったのは1839年以来なのだという。次回は2312年。だからあと三百年は見ることが叶わない。まさに一生で一度きりの椿事なのだ。<br/>
<br/>
遠い昔のことになるが、これにきわめて類似した、かなり大きく欠けた部分日蝕ならば観たという微かな憶えがある。幼稚園児の頃、父の赴任先の佐賀で遭遇した。今もそのときの常ならぬ雰囲気をなんとなく思い出す。<br/>
ちょっと調べたら1958年4月19日のことだという。九州と種子島の間の洋上のみ金環蝕になり、九州本土は部分蝕だったそうな。なにぶん五歳児の体験なのでたいそう朧ろげだが、周囲の地面の木漏れ日が悉く三日月状になって見えたという光景が記憶の底から浮かび上がる。時は真昼、幼稚園の庭だったような気がする。<br/>
こうして思い出そうとするうち、だんだん怪しく思えてきた。あの記憶は実は本物ではなく、母から聞かされた話がいつしか自分自身の見聞のように誤って刷り込まれた偽物なのぢゃないか。その後「アサヒグラフ」で日蝕時の木漏れ日の写真を見た憶えもあるので、それとの混同かもしれない。幼児期の記憶の多くはのちの捏造なのだそうだから、全くもって信用ならないのだ。<br/>
<br/>
それはそれとして、いつの日か皆既日蝕をこの目で見たいというのが小学生の頃からの切なる願望である。所詮は叶わぬ夢と知りながら、今だに諦めきれない。大昔こんな罪作りな文章を読んでしまったからだ。<br/>
<br/>
しかし、この短かい時間に見られる皆既日食は、あらゆる自然現象の中で最も壮厳をきわめる。新月の黒い円板が西がわから魔物のように太陽面に食い込んで行き、やがて東のはしに三日月の影を残すだけになると、空も、地面も異様な赤がね色となり、大気の温度は急速に下り、草木は花を閉じ、鳥はねぐらに帰り、犬は悲しげに吠える。<br/>
そのうちに、西の方から、月の不吉な影がさっと突進してくると、たちまち皆既になって、その瞬間に月のぎざぎざのへりから太陽の光がもれて、ペイリーの数珠が現われる。<br/>
やがて、それも消えると、空は満月の夜ほどの暗さとなり、一等級の星や惑星が輝き出す。そして黒い月のへりに、太陽のまっ赤な彩層が見え、そこから紅炎が地獄の妖火のようにひらめき、コロナが八方へ真珠光の花がさをひろげる。[原文総ルビ]<br/>
<br/>
うわあ半世紀ぶりに読み返したのだが、やっぱりワクワク、ゾクゾクする。<br/>
「新月の黒い円板が西がわから魔物のように太陽面に食い込んで」「大気の温度は急速に下り、草木は花を閉じ、鳥はねぐらに帰り、犬は悲しげに吠える」というあたりの迫真の名調子ぶりはどうだ！ <br/>
この講談師も顔負けの語り口にぞっこん参って天文少年となった小学生も少なくなかろう。小生もその端くれなのである。文章の主は云うまでもない、野尻抱影その人だ。稀代の名著「天体と宇宙」（偕成社版・図説シリーズ６、1962）から引いた。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>どうにかこうにか金環観察</title>  
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    <dc:subject>日々の出来事</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
ここ千葉では全天ほぼ雲で蔽われた状態だったので「こりゃあかんな、無理だろう」と殆ど絶望視していたら、肝腎の金環蝕の時刻になると雲間からうっすら太陽のお出まし。七時三十四分から三十六分までの僅かな間だが、美しい完全なリング状になった姿をとくと目撃した。ちょうど薄雲がうまい具合にフィルターの役目を果たし、肉眼でも易々と観察できたのはまさしく怪我の功名だろう。公園で空を仰ぎ見る人々から一勢に歓声が巻き起こる。こんな空模様だったのだから、ほんの一瞬とはいえ観られただけでも幸運というべきか。
        ]]></content> 
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/Shq1wGk8.CYB/Hs12t4eXpmu6?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/Shq1wGk8.CYB/Hs12t4eXpmu6?type=3&ent=8619787f66741f0392d364db155cbeb8"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 見て見ぬフリはもうやめませんか？あなたの個人情報はしっかり守ります。 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
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    <title>辛くも日蝕観測</title>  
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    <dc:subject>日々の出来事</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
予告どおり朝日が右上から欠け始めた。目下のところ雲間から時折その姿を覗かせる。今は一割位か。肉眼でもはっきりわかる。
        ]]></content> 
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    <title>スカルラッティの静謐</title>  
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    <dc:subject>音楽</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
明日は早起きなので心静かにそろそろ就眠しよう。今夜の枕元の供はひっそり玄妙なドメニコ・スカルラッティのソナタ集。改めて申すまでもないが「ソナタ」とはきりり小股の切れ上がった珠玉の小品のことだ。だから構えて聴くには及ばない。<br/>
<br/>
"Mûza Rubackyté: Scarlatti"<br/>
スカルラッティ：<br/>
ソナタ集<br/>
K1, 6, 8, 9, 11, 19, 69, 96, 141, 159, 162, <br/>
198, 377, 446, 466, 491, 492, 513, 519<br/>
ピアノ／ムーザ・ルバツキーテ<br/>
2000年3月20～23日、マルセイユ、サル・ブランシエール<br/>
Lyrinx LYR 201 (2002)<br/>
<br/>
見るからにリトアニア女性らしい苗字だなと思ったら、やはりそうだ、彼女はかなり昔チュルリョーニスのピアノ曲選集のＣＤを二枚出したことがある（Marco Polo/ 今はNaxos に移行）。そう気付くと俄かに馴染深い人に思えてきた。<br/>
<br/>
スカルラッティのソナタはとんと不案内なのが恥ずかしい。クラヴサンによる原典版もスコット・ロスの全曲集で聴いたものだが疾うに手放した。未だにクララ・ハスキルの太古の演奏を懐かしむという程度の新参者。このディスクもついさっき書庫からひょっこり出現した。いつ手に入れたのかも思い出せない。<br/>
<br/>
ルバツキーテのピアノは実直そのもの、音に芯があるのが却って仇になったのか、残念ながらスカルラッティのこの世ならぬ風情を醸さない。いや、こういう地に足の着いた演奏があっても構わないのだが、小生の頭のなかにはハスキル女史のあえかな夢うつつの気配が未だ色濃く漂っているものだから、あくまでもピアニスティックなスカルラッティにはどうしても心を許せないのだ。狭量なのだろうか。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>画家マティス・ゴートハルト・ナイトハルト</title>  
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    <dc:subject>音楽</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
ひどく体調を害したため終日ずっと伏せっていた。読書も儘ならないので耳元で音楽を流しながら漫然と身を任す。手にしたきり放置してあった大作オペラのディスクを聴いてひたすら過ごした怠惰な一日。<br/>
<br/>
"Paul Hindemith: Mathis der Maler"<br/>
ヒンデミット：<br/>
歌劇「画家マティス」<br/>
画家マティス／ファルク・シュトルックマン<br/>
マインツ大司教アルブレヒト・フォン・ブランデンブルク／スコット・マッカリスター<br/>
大聖堂参事ローレンツ・フォン・ポンマーフェルデン／カールステン・ヴィットモーザー<br/>
ヴォルフガング・カピート（アルブレヒトの諮問官）／ペーター・ガリアルト<br/>
富裕商人リーディンガー／ハラルト・シュタンム<br/>
小作頭ハンス・シュヴァルプ／ペーア・リンツコーク<br/>
将軍トルフセス・フォン・ヴァルトブルク／モーリツ・ゴック　<br/>
将校ジルヴェスター・フォン・シャウンブルク／ユルゲン・ザッハー<br/>
伯爵附笛師／チョン・ホユン（정호윤 Ho-Yoon Chung）　<br/>
ウルズラ（リーディンガーの娘）／スーザン・アンソニー<br/>
レギーナ（ハンス・シュヴァルプの娘）／インガ・カルナ<br/>
ヘルフェンシュタイン伯爵夫人／レナーテ・シュプリングラー<br/>
シモーン・ヤング指揮<br/>
ハンブルク州立歌劇場合唱団<br/>
ハンブルク・フィルハーモニー管弦楽団<br/>
2005年9月25日、ハンブルク州立歌劇場（舞台実況）<br/>
Oehms OC 908 (2007)<br/>
<br/>
ＬＰ時代クベリーク指揮の全曲盤を架蔵したまま殆ど聴く機会がなかった。独逸語の三時間オペラは辛かったのだ。だから耳にするのはかれこれ三十年ぶり。ざっと一聴しただけだが、実に堂々たる円熟作ではなかろうか。ヤングの指揮も秀逸。<br/>
筋が込み入っているらしく、漠然と聴き流したのでは何も判らぬに等しいが、音楽の充実ぶり位は了解できる。とにかく実在の画家マティス・ゴートハルト・ナイトハルト、すなわち通称グリューネヴァルトを主役に据えつつ農民戦争の渦中に巻き込まれた人々を描いた重厚な歴史劇なのだ。いずれちゃんと対訳を見ながら聴き直そう。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>福島のベン・シャーン</title>  
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    <dc:subject>美術</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
回顧展「ベン・シャーン クロスメディア・アーティスト」の記憶も急速に遠のいた感がある。葉山展が終了した一月末からまだ四箇月にもならないのだが、去るものは日々に疎しの諺どおり、なんだか遙か遠い昔の出来事のようにも思う。<br/>
実は同展はその後も国内を巡回し、名古屋市美術館を経て今週末まで岡山県立美術館で開催中なのである。出品者の末席に連なる小生には各館から鄭重な招待状が届いてはいるものの、なにぶん遠方ゆえ出掛けるのも儘ならない。六月からはいよいよ舞台は福島県立美術館に移る（→同館ＨＰの告知）。<br/>
<br/>
この展覧会はもともと福島県立美術館が中心になって企画・構成したものと聞く。同館には少なからぬベン・シャーン作品が収蔵され、過去に大規模な回顧展の開催実績もあるうえ、地道に研究を続けてきた学芸員もいる。だから推進役たる資格を十二分に備えているだろうし、いわば満を持して開催に臨んだことは想像に難くない。<br/>
<br/>
既に新聞報道もなされたから些か旧聞に属する話題だが、同展出品作のうち米国の美術館から貸し出された約七十点が福島にだけは巡回しないというので大いに物議を醸したらしい。「福島民報」から引く（1月25日付）。<br/>
<br/>
神奈川、愛知、岡山を巡回した後、６月から福島市の県立美術館で開かれる「ベン・シャーン展」の作品約５００点のうち、米国の美術館七館が貸し出した約７０点が県立美術館では展示されないことが２４日、分かった。東京電力福島第一原発事故による放射線の影響を心配した米国側が本県での公開を渋り、県立美術館は展示を断念した。 <br/>
<br/>
ベン・シャーンは帝政ロシア領生まれの米国の芸術家。県立美術館はシャーンの作品収集に努めており、米国の水爆実験で被ばくした「第五福竜丸」をテーマにした「ラッキードラゴン」などを所蔵している。神奈川県立近代、名古屋市、岡山県立の各美術館と連携して展覧会を企画した。 <br/>
開催は震災前に決まっていたが、原発事故後、米国の美術館の一館が本県での展示を拒否し、他の館も「開催直前に判断する」との考えを示した。県立美術館は放射線量の測定結果を伝えるなどして理解を得ようとしたが進展がなかった。 <br/>
ハーバード大付属フォッグ美術館やニューヨーク近代美術館などの所蔵作品が本県では見ることができない。県立美術館は代わりに作品の写真パネル展示など、対応策を検討している。 <br/>
<br/>
県立美術館が公表している館内の放射線量（昨年１２月２７日測定）は玄関が毎時０・１４マイクロシーベルト、一階の企画展示室が０・０６～０・０８マイクロシーベルト。県立美術館での開催は６月３日から７月１６日まで。 <br/>
<br/>
ほぼ同内容の記事は毎日、朝日など全国紙にも載った。そのうち最も早く、最も突っ込んで取材している「毎日新聞」の山田孝男記者の署名記事「福島には届かない絵」から引く（1月23日、連載コラム「風知草」）。<br/>
<br/>
[...] １５日朝、Ｅテレの「日曜美術館」では画家ベン・シャーン（１８９８～１９６９）の特集をやっていた。この放映のあと、神奈川県立近代美術館・葉山（葉山町）で開催中の「ベン・シャーン展」（２９日まで）は、たちまち人出が増えた。<br/>
私も見に行き、受付で聞いて気になったことがある。同展はこの先、名古屋、岡山、福島市を巡回するが、約５００の展示作品のうち、アメリカの六つの美術館から借り受けた７０点は岡山まで。つまり、福島へは行かないというのだ。<br/>
なぜか。福島県立美術館（福島市）に聞くと、案の定、理由は放射能だった。<br/>
<br/>
アメリカの某美術館ははじめから「福島はダメだ」と言った。残る五つは「福島については直前に判断しましょう」と言った。福島の担当者は「放射線量の情報開示に努めますから」と粘ったが、色よい返事がない。固執していては何も進まないのであきらめたという。<br/>
不思議な皮肉だと思う。シャーンは核兵器に関心を示した画家だ。一方、福島県立美術館は２０世紀アメリカの具象絵画の収集に努め、シャーンの作品を増やしてきた。その福島で本格的な「ベン・シャーン展」の準備が進んでいた折も折、核の平和利用施設が暴発してシャーンと福島を遠ざけた。<br/>
１９５４年、南太平洋でアメリカが水爆実験をした。近くにいた日本のマグロ漁船「第五福竜丸」が死の灰をかぶり、無線長が死んだ。シャーンはこの事件に触発され、「ラッキードラゴン（＝福竜の英訳）」シリーズを描いた。その主要な一部は福島県立美術館にある。廃墟の広島をモチーフにした晩年の版画も同館にある。<br/>
同館所蔵のシャーン作品は今回の巡回展の重要な部分を占めるが、福島では、シャーンの仕事の全貌を紹介することができないのである。<br/>
<br/>
シャーンは帝政ロシア（現在のリトアニア）生まれのユダヤ系アメリカ人だ。石版画職人として生計を立て、絵画からポスター、本の装丁、挿絵、レコードジャケットに至るまで印象深い作品を残した。[...]<br/>
日本で大規模な「ベン・シャーン展」が開かれるのは高度成長絶頂期の７０年、バブル崩壊直後の９１年に続いて３度目。シャーン作品を持っている各美術館の専門家が今回の巡回展を企画して以来、実現まで１０年の歳月を要したという。<br/>
図録や「芸術新潮」１月号にベン・シャーンの解説を書いている福島県立美術館の荒木康子学芸員（５１）に「最も福島に来てほしかった作品は何か」と尋ねると、荒木は「解放」（１９４５年、ニューヨーク近代美術館蔵）を挙げた。廃墟の鉄柱にぶら下がって遊ぶ子どもたち。表題とは裏腹に表情が暗く、うつろだ。背景に壊れたビルとガレキ。主題はパリ解放と終戦である。<br/>
「これ、今の福島と同じだなって思うんです」と荒木。無邪気に見える子どもが、変わり果てた街から鋭く感じ取る不安。確かに似ている。 <br/>
<br/>
文中で荒木学芸員が言及しているベン・シャーンの《解放 Liberation》とはこういう絵だ（→これ）。なるほど誰の目にも「そっくりそのままだ」と映る。これこそ福島に招来さるべき絵だったのにと惜しまれる。<br/>
<br/>
管見した限りネット上では「残念だ」「悔しい」「そうなるのもやむなし」といった反応が大半のようだが、なかには出品を拒んだ米国の美術館を悪しざまに罵り、作品を借りられなかった主催者側の弱腰を詰る向きもなくはない。そう憤りたくなる気持ちもわかる。「数多くの社会の不正義に厳しく迫るとともに、人々の怒りや哀しみ、痛み、そして喜びに深い共感をよせ」たベン・シャーンの仕事を回顧することを通し、「3.11東日本大震災を経験した私たちには、新たな眼でシャーンの作品を見つめるチャンスを与えられたのではないかと考え」るとＨＰで明確に記す今回の展覧会は、福島会場でこそ十全にその力を発揮するに違いないからだ。もしもベン・シャーンが存命中だったらどうだろう。必ずや福島の地で自作が公開されるのを望んだのではないか。それには殆ど議論の余地はないように思う。<br/>
<br/>
とはいうものの、今回の貸主は画家本人でなく美術館である。作品を毀損から護り後世に伝えるのを本務とする美術館が、大地震に見舞われたばかりか、放射能拡散の危機に瀕する地域での展覧会への貸出を躊躇するのは理の当然だろう。事実、震災直後、海外からの出品が取り消され、いくつもの展覧会が開催中止に追い込まれたのは記憶に新しかろう（葉山の美術館でもジョルジョ・モランディ展が取り止めになった）。開催を目前に控えたベン・シャーン展もまた存亡の瀬戸際にあったことは想像に難くない。たとい巡回館全部でないにせよ、約束どおり作品を日本に貸与した米国の美術館は、その厚情と英断を称讃されこそすれ、決して非難されるべき筋合はないと小生は考える。チェルノブイリの大事故の直後、キエフやリヴォフの美術館に誰が心安く作品を貸し出そうとしただろうか。<br/>
<br/>
更に附言するならば、この展覧会（第一会場の初日は昨年12月3日）に作品を貸し出すか否かの最終的決断が下されたのは会期の始まる数箇月前、恐らくは昨夏か、遅くとも秋口だったと推察されよう。その時点で米国政府は自国民が福島第一原発から五十マイル（八十キロ）以内に立ち入らないよう厳しく勧告していた（勧告自体の当否はひとまず措く。この勧告内容が「二十キロ以内」に緩和されたのは、管見の限りでは10月7日になってからである）。<br/>
周知のように、美術作品の海外貸出・返却には所蔵館員の同行が不可欠とされる（「クーリエ」と称する）。同展の場合、館員は巡回最初の葉山と、最終会場の福島と、双方の館をクーリエとして訪れ、作品の状態をつぶさに点検する責を担う（空路移送時には同道する）。米国の各美術館が昨夏（あるいは初秋）の段階で、まだ立ち入りの許されない福島市に立地する館（原発から約六十四キロ）への作品貸出を忌避したのは当然であり（作品が回収できなくなる）、非の打ち処なく正当な判断というほかない。小生が彼らの立場だったなら、きっと同じように行動するだろう。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>眠りに就こうとして</title>  
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    <issued>2012-05-17T21:53:00+09:00</issued>  
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    <dc:subject>日々の出来事</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
またもや体調を崩したらしく全身がだるいのはどうしたことか。こんな日は早く就眠してしまうに限る。ナイトキャップ代わりに滅多に聴かないリヒャルト・シュトラウスを。一体どうしたって？ なあに、雑誌の附録なのだ。<br/>
<br/>
"Richard Strauss: Der Rosenkavalier (highlights)"<br/>
シュトラウス：<br/>
「薔薇の騎士」抜粋<br/>
■ 序曲<br/>
■ 第一幕：目醒め（オクタヴィアン、元帥夫人）<br/>
■ 第一幕：別れの場（元帥夫人の独白と二重唱）<br/>
■ 第二幕：銀の薔薇の献呈（ゾフィー、オクタヴィアン）<br/>
■ 第三幕：元帥夫人とゾフィーの面会<br/>
■ 第三幕：終幕の二重唱<br/>
元帥夫人／トワイラ・ロビンソン<br/>
ゾフィー／ルーシー・クロウ<br/>
オクタヴィアン／ダニエラ・ジンドラム<br/>
ドナルド・ラニクルズ指揮<br/>
ＢＢＣスコティッシュ交響楽団<br/>
2011年11月17日、グラズゴー市民会館（実況）<br/>
BBC Music BBCMM344 (2012)<br/>

        ]]></content> 
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    <title type="text"><![CDATA[PR: これぞ極上！７０００万円台の新築マンション特集]]></title>
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/Shq1wGk8.CYB/V7mOfIB8yjJs?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/Shq1wGk8.CYB/V7mOfIB8yjJs?type=3&ent=331f648cfd3de7176a9d470f3b11ba2d"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > まるでホテル？この開放感ある広さ！理想の間取りは…大規模マンション特集 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
    <created>2012-05-18T06:12:27+09:00</created>
    <modified>2012-05-18T06:47:51+09:00</modified>
    <issued>2012-05-17T21:53:00+09:00</issued>
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    <title>神田鍛冶町の奇蹟</title>  
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    <issued>2012-05-16T20:32:00+09:00</issued>  
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    <dc:subject>日々の出来事</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
所用で岩本町に足を運ぶことになった。とんと不案内な街なので予め地図を繙くと、都営地下鉄の同名の駅から程近い場所だ。ただし些か行き辛い。どうやらＪＲ神田駅からも近そうだ。ざっと十分位だろうか。日和も良いことだし、散歩がてら歩いてみることにしよう。大体の方角は見当がつく。<br/>
ところがこの界隈は線路と街路とが斜に交叉しているためか、油断するとたちまち方向を見失う。案の定ほんの数分も歩かぬうちに東西南北が判然としなくなった。当てずっぽうに大通りから裏道に迷い込んだ。街路表示は鍛冶町一丁目とある。<br/>
<br/>
角を曲がった途端、年ふりて格調の高い褐色のビルヂングが忽然と姿を現す。おゝと声にならぬ感嘆が口をつく。この建物にはたしかに見憶えがある（→これ）。かれこれ二十年も前だろうか、藤森照信氏の建築探偵本に存在を教えられ、一度ここまで観に訪れたことがあったっけ。今もなお健在であったか！<br/>
いやはや、この建物は実に素晴らしい。「丸石ビルディング」といい、1931年に竣工した擬ロマネスク風の様式建築。元々は「太洋商会ビル」と称し、米国ゼネラル・モーターズの乗用車のショールームが一階にあり、最上階には日本ビクターの録音スタジオが設けられたというから、戦前にはハイカラの粋を極めた建物だったのだろう。しかも手入れが行き届き、保存状態が抜群に秀でているから、思わずその場に立ち止まって見惚れてしまう。何しろファサードが美しい（→これ →これ）。<br/>
<br/>
（まだ書きかけ）<br/>
<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/Shq1wGk8.CYB/tOVXz_K9JbGs?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/Shq1wGk8.CYB/tOVXz_K9JbGs?type=3&ent=fd884cff9233d398b708716f56a33479"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > からだ巡茶必ずプレゼント！あなたの性格を、歴史や物語の女性に例えて診断します。 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
    <created>2012-05-17T09:57:44+09:00</created>
    <modified>2012-05-18T06:44:09+09:00</modified>
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    <title>1910年6月25日のバレエ・リュス</title>  
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    <issued>2012-05-15T14:08:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-05-16T19:30:01+09:00</modified>  
    <created>2012-05-15T14:35:59+09:00</created>  
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      <name>s_numabe</name> 
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    <dc:subject>音楽</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
久しぶりバレエ・リュスに思いを馳せる。今年は「牧神の午後」や「ダフニスとクロエ」が初演されてから百年になるのだが、その話題は後日に回し、今日は1910年の第二回パリ公演を回想する。巷で評判のディスクを漸く手にしたからだ。<br/>
ストラヴィンスキーの「火の鳥」をピリオド・インストルメンツ、すなわち初演時に近い旧式の仏蘭西楽器を用いたオーケストラで百年ぶりに蘇演した注目盤である。<br/>
<br/>
歴史的なその初演は1910年6月25日、パリのオペラ座。その晩ピットに入ったのは当時フランス屈指の腕前を誇ったコンセール・コロンヌ管弦楽団。指揮はこの年に歿したコロンヌから常任を引き継いだばかりのガブリエル・ピエルネだった。<br/>
ピエルネは「火の鳥」の録音を残さなかった。戦前のパリのオーケストラに拠る録音は作曲者が1928年11月に指揮した抜粋盤ＳＰ（楽団名は匿名の「大管弦楽団」。曲目は1911年の「第一組曲」と1919年の「第二組曲」の折衷版）しか存在しない筈である。初演時の演奏が果たして如何なるものだったかは今となっては確かめようもない。もはや霧の彼方なのだ。<br/>
<br/>
"Stravinsky ~ L'Oiseau de Feu ~ Les Siècles Live"<br/>
バレエ音楽「東方風（レ・ゾリアンタル）Les Orientales」<br/>
■ グラズノーフ： サラセン人たちの入場 ～「ライモンダ」<br/>
■ グラズノーフ： 東方の踊り ～「ライモンダ」<br/>
■ グラズノーフ： パ・ド・ドゥー ～「四季」バッカナール<br/>
■ シンディング： 東方の踊り 作品32-5 （チャーリー・パイパー編）<br/>
■ アレンスキー： エジプトの踊り ～「エジプトの夜」<br/>
■ アレンスキー： 蛇使女 ～「エジプトの夜」<br/>
■ アレンスキー： ガージたちの踊り ～「エジプトの夜」<br/>
■ グリーグ： 魔神 ～抒情小曲集 作品71-3 「小鬼」（ブルーノ・マントヴァーニ編）<br/>
ストラヴィンスキー：<br/>
バレエ音楽「火の鳥」<br/>
フランソワ=グザヴィエ・ロート指揮<br/>
レ・シエクル<br/>
2010年10月2日、パリ音楽都市（実況）<br/>
2010年10月9日、ラン大聖堂（実況）<br/>
harmonia mundi Musicales Actes Sud ASM 06 (2011)<br/>
<br/>
本盤のユニークさは単に「火の鳥」をオリジナルに近い音で提示するに留まらない。「火の鳥」と同日に新作として初演されながら忘却の淵に沈んだバレエ「東方風」の音楽を果敢に復元・再構成する。こちらも劣らず興味津々なのだ。<br/>
「東方風」が今に残らないのも無理はない。これは当時の観客が好んだオリエンタルな異国趣味に応えるべく、ディアギレフが急拵えで仕込んだ「寄せ集め」のオムニバス・バレエだからだ。1909年の「饗宴 Le Festin」「クレオパトラ」と同工異曲、既存のロシア音楽を恣意的に繋いだだけの作品はいっとき拍手喝采を博したものの、急速に人気を失い忘れられた。今となってはニジンスキーが踊った「シャムの踊り」（→これ、→これ）の神話的な画像のみで僅かに想起される作品なのである。<br/>
今回の「復活演奏」は完全でない。初演時に用いられたシンディング「東方の踊り」（タネーエフ編）とグリーグ「小鬼」（ストラヴィンスキー編）のオリジナル譜は散逸し、新たに編曲を依頼せねばならなかったし、併せて使用されたと諸書にあるボロディンの楽曲が省かれた理由も判らない。そもそも本ＣＤに用いられた音楽が初演時と同じものなのか、曲の配列がこれで正しいのか否かも、なんとも判断しかねる。<br/>
<br/>
何はともあれ物は試しと半信半疑ながら復元版「東方風」を聴き始めハッと気付く。この音色にはたしかに耳馴染があるぞ、と。軽く涼やかな木管、毳（にこげ）のように柔和な感触の弦楽合奏には聴き憶えがある。グラズノーフの「バッカナール」に差し掛かったとき、ああそうだ、随分と昔になるが、アルベール・ヴォルフが指揮した「四季」がまさしくこの音色配合だったと膝を打つ。1955年のパリ音楽院管弦楽団には古式床しい音色のパレットがまだ健在だったのだ。  <br/>
<br/>
（まだ聴きかけ）
        ]]></content> 
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    <title>But you're so far away</title>  
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    <issued>2012-05-14T22:15:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-05-15T23:46:32+09:00</modified>  
    <created>2012-05-14T23:01:09+09:00</created>  
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      <name>s_numabe</name> 
    </author>  
    <dc:subject>舞台</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
夕暮近い大隈講堂前の広場を長蛇の列がのたうつ。数百人はいるだろうか。今や遅しと開場を待つのは申し合わせたかのように五十代後半から六十代前半とおぼしき初老の男女ばかり。今は昔、青山のVAN99ホール前の路上に並んだジーンズ姿の学生たち、新宿の紀伊國屋ホールの通路にしゃがみ込んだ熱狂的な若者たち。同じその連中の三十数年後の成れの果て（？）なのだろうか。<br/>
<br/>
さいもの広い講堂も中高年で満員鮨詰状態になる。七時きっかりに始まったのは「座談会 つかこうへいの70年代」という催しだ。風間杜夫、平田満、根岸とし江（今は「季衣」と名乗る）が登場すると満場から割れんばかりの拍手。そりゃそうだ、時代のアイドルだった人たちだもの。司会の扇田昭彦氏に導かれ、三人はこもごも故人である恩師の思い出を語る。<br/>
<br/>
初期の芝居が如実に示すように、つかこうへいは詭弁の達人だ。科白では本音と建前が目まぐるしく交錯し、強がりとハッタリと言い逃がれと見え透いた嘘が綯い交ぜになる。身近に接した三人の語るつか当人の素顔もまさにそれで、矢鱈と自信満々を装い、偉そうに先輩風を吹かせた。作中人物そのままの屈折ぶり。<br/>
未経験のまま劇団に入った平田、根岸は「そういうものか」と唯々諾々と従ったが、子役時代からキャリアを積んできた風間は違った。台本もなしに稽古に入り、その場で台詞を伝授する「口立て」芝居には当初は戸惑うばかりだったそうな。<br/>
<br/>
全く存在しないと云われてきた70年代の劇団「つかこうへい事務所」の動く映像を断片的ながら観られたのは眼福である。とりわけ1975年春、VAN99ホール初演時の「ストリッパー物語」。普段着で会話していた根岸とし江に突如スポットライトが当たり、鳴り出した欧陽菲菲「雨の御堂筋」に合わせ妖艶なダンス（脱がないストリップ）が始まる場面とか、どういうはずみか高野嗣郎がいきなり全裸になって鞭をふるうという奇想天外な場面とか、ジャージ姿の三浦洋一が所在なげに舞台をうろつく場面とか、「おゝ、たしかにそうであった」と太古の記憶がまざまざ呼び醒まされる。ホールのスタッフがこっそり収録したというモノクロ８ミリ映像はピントがぼやけ、ハレーションだらけ。表情の細部はまるで映っておらず、何が何だかわからぬ代物だが、実際その場に居合せた者には往時を偲ぶ唯一無二のよすがなのだ。<br/>
<br/>
（まだ書き出し）
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