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  <title>soup＆moon</title>  
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  <modified>2012-05-18T01:37:24+09:00</modified>  
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    <name>Ricophoo</name>
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  <tagline>楽しいこと、かわいいこと、おいしいこと、素敵なこと全部煮込んでスープにしました。</tagline>  
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    <title>オレンジと太陽</title>  
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    <issued>2012-05-18T01:17:00+09:00</issued>  
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      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201205/18/54/f0036354_136165.jpg" border="0" width="142" height="200" align="left"/>神保町の岩波ホールでジム・ローチ監督作品<br/>
「太陽とオレンジ」を観て来ました。<br/>
ローチという名前を聞いたらおやっ？と思われる方もいらっしゃると思います。<br/>
そう、ジム・ローチ監督は、あの社会派映画監督　ケン・ローチ監督の息子さんなのだそうです。<br/>
かえるの子はかえる。二代目もまた人間の尊厳を深く掘り下げて描いていく腕のいい社会派監督のようです。<br/>
<br/>
　<br/>
<br/>
<br/>
「太陽とオレンジ」は、マーガレット・ハンフリーズのノンフィクション小説『からのゆりかご 大英帝国の迷い子たち』をもとに英国の歴史の暗部、「強制児童移民」の実態を描いた作品です。<br/>
<br/>
映画を見ながら、信じられない思い、そして強い怒りと悲しみで、<br/>
あふれる涙を抑えることができませんでした。<br/>
<br/>
イギリス政府は１９世紀からなんと１９７０年代に至るまでの間、<br/>
１３万人にものぼる、施設に預けられた3歳から１５歳までの子供達を「児童移民」として<br/>
オーストラリアに送り続けていたのです。<br/>
<br/>
「移民」と言うのは名ばかりで、幼い子供達を里子として迎え入れるわけではなく、<br/>
太陽を浴びオレンジも食べ放題だと嘘をついて連れてこられた子供達は、<br/>
劣悪な生活環境のなかで、強制労働に従事させられていたのです。　<br/>
<br/>
過酷な強制労働はもとより、しつけや教育という名目のもとに、<br/>
いじめや暴力、挙句に残酷極まるような性的虐待も横行していたといいます。<br/>
人権蹂躙とはまさにこのことです。<br/>
<br/>
児童移民は英国と豪州双方の政府ぐるみで行われ、<br/>
しかもカトリック教会や、慈善団体が深く関わってたというから信じられません。　<br/>
<br/>
この事実は、かつて児童移民だった一人の女性からの<br/>
「自分はだれなのか知りたい」という訴えをきっかけに、ソーシャルワーカーとして働く<br/>
マーガレット・ハンフリーズ女史の熱意と行動力により、次第に白日のもとに晒されていきます。<br/>
<br/>
たった一人の女性の力で真相究明を行い、最終的に、この児童移民については、オーストラリア政府が2009年、次いで英国政府も2010年にその事実を認め、公式に謝罪するに至りました。<br/>
<br/>
主演は「奇跡の海」、最近では「戦火の馬」のエミリー・ワトソン。<br/>
控えめな演技で芯の通った凛とした主人公を演じています。　<br/>
<br/>
時は１９８６年の英国ノッティンガム―。　<br/>
ソーシャルワーカーのエミリーが泣き叫ぶ母親から赤ん坊を保護する場面から始まります。<br/>
警察や裁判所と連携し、育児や養育能力（例えば児童虐待等）がない親から一時的に子供を引き離す仕事がエミリーの仕事です。　<br/>
<br/>
そんなある日、エミリーの元にオーストラリアから来たという一人の女性が助力を請いに訪れます。<br/>
　「自分は誰なのか調べて欲しい」と。<br/>
<br/>
彼女はわずか四歳の時に他の子供達と共に船でオーストラリアに送られたのだと言います。<br/>
子供が一人で移民すれば必ず記録が残る筈ですが記録がなかなか見つからない。<br/>
エミリーは政府の記録保管所まで足を伸ばします。　<br/>
これを機に、児童移民の事実を知ったエミリーはオーストラリアに渡り<br/>
本格的に調査をはじめることになります。<br/>
<br/>
オーストラリアではエミリーの元に我も我もと調査依頼が押し寄せてきます。<br/>
<br/>
人権を踏みにじられた人々は、忘れてしまいたいほどおぞましい過去と<br/>
私達の想像を超えるような激しい怒りを胸に秘めていると思います。<br/>
しかし彼らは、自分は一体誰なのか？アイデンティティを、ただそれだけを求め、エミリーを訪ねてきます。<br/>
<br/>
エミリーはそんな心に傷を負った一人一人の心に寄り添い、丁寧に聞き取り調査を行っていきます。<br/>
<br/>
オーストラリアでの妨害行為に遭い脅迫に脅えながらも、真実を求めて孤軍奮闘するエミリーは、あまりにも悲惨な人々の過去の境遇を聞き、精神的に追い詰められ、とうとう心的外傷後ストレス症を発祥してしまいます。　　<br/>
しかし、家族の支えもあり、立ち直っていくエミリー。<br/>
<br/>
クライマックスには、児童移民だったレンと共に、遂に虐待の行われていた修道院へ向かいます。　<br/>
<br/>
建物の中には、かつて棄てられた少年達に虐待を重ねたと見られる神父がいるだけです。<br/>
<br/>
聖職者でありながら人間以下の行為を働いたあまりに残酷な彼らへの怒りは鋭いけれど、<br/>
エミリーは面と向かって非難をしません。<br/>
軽蔑のまなざしと静かなる無言の圧力でそれらは表現されていました。<br/>
<br/>
それは声高に批判し怒りを爆発させるよりも、決して許されない罪の重さを物語っていました。<br/>
<br/>
政府が謝罪を行ったからといって<br/>
孤児達の失った日々は戻らず、全てが正される日も永遠に来ることはないでしょう。<br/>
<br/>
レンはエミリーに言います。<br/>
「８歳を最後に俺は泣き方を忘れた。あんたは違う。俺達の涙を感じ取ってくれる。俺達のために闘っている俺達の味方だ。自分達の為に闘ってくれる人が欲しかった。あんたがいてくれる。俺がもらった最高の贈り物だ」と。　<br/>
エンディングロールには、その後も調査が継続されていることが字幕で紹介されます。<br/>
<br/>
映画を見ることで、自分の知らない土地のこと、自分の知らない歴史のこと、歴史や宗教、経済…<br/>
本当に様々なことを学べます。<br/>
この映画を見なければ、もしかしたら、私はこの児童移民の事実を知らないで<br/>
一生終わっていたかもしれません。<br/>
<br/>
激しいアクションや残忍なシーンがあるわけではありませんが、<br/>
私にとって「太陽とオレンジ」は実にショッキングな映画でした。<br/>
<br/>
見終わった後、静かだけれど深い悲しみと憤りでしばらく立ち上がることができませんでした。<br/>
<br/>
映画と言う手段を使い、ジム・ローチは多くの人たちに知ってほしいことを語りかけてくれます。<br/>

        ]]></content> 
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    <title>自尊（ｴﾚｶﾞﾝｽ）を弦の響きにのせて</title>  
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    <issued>2012-05-02T00:16:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-05-02T07:47:04+09:00</modified>  
    <created>2012-05-02T00:16:22+09:00</created>  
    <author> 
      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201205/02/54/f0036354_0162143.jpg" border="0" width="135" height="90" align="left"/>４月２２日オーディトリウム渋谷で藤原道夫監督・撮影のドキュメンタリー「自尊(エレガンス)を弦の響きにのせて」を観て来ました。<br/>
このドキュメンタリーの主役、１９１５年生まれの青木十良先生は今なお現役で活躍するチェロ奏者であり、教育者です。<br/>
<br/>
９６歳を超えた現在も、青木先生の音楽への情熱は衰えることを知りません。<br/>
「シャンパンの泡の弾ける瞬間の美しい音」、理想の音色を求め続ける飽くなき探究心と音楽に対する真摯な姿勢に、スクリーンを前に心震わせました。<br/>
その演奏は気品・知性・高潔さが溢れ出る素晴らしいものでした。<br/>
青木先生は、まさしくご自身の言われる「自尊（エレガンス）」そのものでした。<br/>
<br/>
青木先生の存在は、今までクラッシック界でも一部の愛好家以外にはほとんど知られることはありませんでした。<br/>
先生が脚光を浴びるようになったのは、８０歳の時に念願だったヨハン・セバスチャン・バッハの難曲「と言われる「無伴奏チェロ組曲」の録音に挑戦し、８５歳で「第６番」の録音を終え、ＣＤデビューした２００２年以降のことです。<br/>
９１歳で「第５番」、そして「第４番」を９４歳の時に行ないました。<br/>
このドキュメンタリーは「第４番」の録音を完了するまでの９０歳を超えてからの６年間を追っています。<br/>
<br/>
４月２１日から２７日までのわずか７日間、しかも朝１１時からの１回のみの上映ということもあったのでしょうが、場内は満席。補助席まで一杯になるほどでした。<br/>
1時間半の上映が終わり、私が感じたことは、皆「本物」を求めているということでした。<br/>
お金ばかりかけた張りぼてや、格好ばかりの薄っぺらな偽者はもういらないということです。<br/>
<br/>
青木先生の長年求め続けてきたものはあくまで「基本」。<br/>
誇張や虚飾とは無縁、ひたすら音楽に誠実に向き合ってきた青木先生は、<br/>
桐朋学園のソルフェージスクールで長年後進の指導に当り多くの優れたチェリストを育てられました。<br/>
<br/>
ドキュメンタリーの中ではソルフェージスクールでの指導の様子も映し出されていましたが、穏やかな物言いと、短いけれど的を得た的確なアドバイスにより、生徒達の演奏が短時間のうちに明らかに上達し、生き生きと輝きを放ってくるのがわかります。<br/>
年齢の離れた生徒達に年配者はつい、否定や批判的になりがちです。<br/>
しかし先生の第一声はまず「うん、いいですね」と言う全肯定。<br/>
アドバイスをする前にまず認めて受け入れる・・・柔和な表情と優しい言葉。<br/>
一人の音楽家、指導者である前に、人間としての品格を感じずにはいられませんでした。<br/>
<br/>
中でも１６歳のチェロ奏者堀江牧生君が青木先生の自宅を訪ね個人レッスンを受けるシーンは、見ていて胸が熱くなりました。<br/>
７５歳差の年齢を超え、同じチェロという楽器を奏でる者同士しかわからない目に見えない静かな対話がそこにはありました。<br/>
またドキュメンタリーではねむの木学園園長の宮城まり子さんとの６０年ぶりの再会。<br/>
ヴァイオリニストの森悠子さんとの４０年ぶりの再会。<br/>
その森さんの率いる「長岡京室内アンサンブル」との初競演の映像も花を添えています。<br/>
<br/>
9歳で両親を亡くし、悲しみの中での音楽との出会い。人生に絶望し死をも考えた中学時代。<br/>
弦楽器の音色の魅力にとりつかれ９０歳を超えた今、最終的に求めているものが「自尊（エレガンス）」なのだと発見したと先生は言います。<br/>
「エレガンス」と言う言葉の根底にあるのは「自尊」です。<br/>
クラッシック音楽や芸術は気品や品格が全てだ」とも。<br/>
「自分を信じ、他の人を尊ぶ。　それが全身にみなぎって表現できた時には１００％良い音楽をやったと思う」<br/>
<br/>
青木先生の言葉の数々には、深みがあります。人生を年輪にたとえるとするならば、青木先生の年輪は美しい五線譜のような年輪なのだろうなと思います。<br/>
<br/>
青木先生は「まだ自分の持っている能力の３％くらいの力しか出せていない」とおっしゃっています。<br/>
９０歳で死んだ葛飾北斎も臨終の際に「あと１０年、いやあと５年あれば本物の画工になれたのに」と言ったと言います。<br/>
聖路加国際病院の１００歳を超える医師　日野原重明先生も「まだまだこれからが勉強だ」とおっしゃっています。<br/>
<br/>
年齢など関係なく、いくつになっても学ぼうとする気持ち、<br/>
チャレンジする精神、高みを目指す志、<br/>
理想を追い求める心を常に私たちは忘れてはいけないのだと<br/>
諸先輩たちは、その生きる姿勢で教えてくださいます。<br/>
<br/>
ドキュメンタリーの中、青木先生は「人間は皆心に傷を持って生きている。音楽や芸術がその傷を癒すことができるのだ」とおっしゃっていました。私もそう思います。<br/>
<br/>
３．１１以降、自然災害における悲惨な状況を前に多くの芸術家やアーチストが「自分はこんなことをやっていていいのか？」と悩んだと聞きました。<br/>
音楽や芸術は、たとえそれがなくても生きていけるかも知れません。<br/>
しかし音楽や芸術は私たちに大きな力や勇気をくれます。<br/>
やさしく傷を癒してくれる、なくてはならないものだと思います。<br/>
<br/>
青木先生のチェロの響きは柔らかく優しいボウイングで疲れた私の心を包んでくれました。<br/>

        ]]></content> 
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    <title>今そこにある危機　</title>  
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    <issued>2012-04-13T22:05:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-04-13T23:07:41+09:00</modified>  
    <created>2012-04-13T22:05:19+09:00</created>  
    <author> 
      <name>Ricophoo</name> 
    </author>  
    <dc:subject>その他</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
2012年春、木曜日の朝にヨネスケが暴れている。<br/>
ヨネスケといえばかつて一世を風靡した日本テレビ「ルックルックこんにちは」の<br/>
「突撃！となりの晩ごはん」のリポーターである。<br/>
<br/>
となりの晩ごはんを知らないと言われる諸兄もいらっしゃると思うので、<br/>
軽く説明すると、巨大しゃもじを持ったヨネスケが<br/>
アポなしで全国各地の住宅街に突如現れ、<br/>
半ば強引に一般家庭の夕ご飯の様子をレポートすると言った内容で<br/>
1985年から2001年までの16年と、その後も日本テレビ系列の情報番組などで<br/>
「突撃！リアル」「帰ってきた」「突撃！スターの」などと微妙に<br/>
名前を変えながら2011年まで続いた日テレを代表する看板コーナーである。<br/>
<br/>
その「突撃！となりの晩ごはん」が<br/>
なんとこの春からテレビ朝日の朝のニュース番組「やじうまテレビ」の<br/>
木曜日のコーナーに蘇ったのだ。<br/>
むろん、朝の番組だから「晩ごはん」じゃなく「朝ごはん」になるわけだが。<br/>
朝は反則だろう。<br/>
しかも人のふんどしで相撲を取るというより、<br/>
よその局の土俵に土足で上がり込み、悪びれもせずそのまま土俵ごと<br/>
持ち逃げした感じである。<br/>
日テレも日テレだ。伝家の宝刀といってもいいような看板コーナーを<br/>
そっくりそのままテレ朝に譲ってしまったかのようだ。<br/>
懐の深いところを見せたいのか…はたまた金銭がらみか？<br/>
下種な視聴者の想像はとどまるところを知らない。<br/>
いや、もしかしたらヨネスケという存在は<br/>
メディアの枠を超え既に私たちの知らないところで何か巨大な見えない力によって<br/>
記号化・共有化されているのではないだろうか？肖像権や著作権などといった<br/>
小さく小賢しい世界に留まらないような。<br/>
<br/>
で、ヨネスケである。<br/>
<br/>
木曜朝、その暴れっぷりはもはや放蕩無頼、茫然自失、傍若無人の限りを尽くしている。<br/>
夕ご飯という一日を終えるなにか牧歌的、大河的な時間の流れとは対極にある<br/>
戦場然とした朝の時間に、ヨネスケの乱入。人々が苛立たないわけがない。<br/>
大体、出勤通学前の一分一秒を争う一般家庭のどこにヨネスケを受け入れる余裕などあるものか！<br/>
取材拒否、または門前払いを食らわされるのがオチだろうと思いきや<br/>
ヨネスケまさかの暴挙。<br/>
勝手に門扉を開きドアを開け住宅に侵入している。<br/>
家人の許しを得ようものなら、免罪符を手に入れたかのごとく<br/>
ずんずん家の中に入っていく。<br/>
まずはテーブルの上のおかずを、ねめ回した後でお約束の味見。<br/>
挙句、台所にまで入ってきて、鍋の中身をチェック。味噌汁の具がなんであろうと<br/>
余計な御世話だ。<br/>
そうこうしているうち冷蔵庫を勝手に開けてタッパーに入った常備菜をつまみ食い。<br/>
粗業の悪さは目を覆うばかりだ。<br/>
当事者ではない私でも、ああ！やめてと思わず口をついて出てしまうほど<br/>
もう誰にもヨネスケを止められない。<br/>
<br/>
<br/>
「しかし、朝から意外にいいもの食ってるな。」とか自分の朝ごはんを棚に上げ<br/>
「この家は昆布の煮ものだけかよ。しけてんな～」などと<br/>
他人の生活を、こっそりのぞき見するようなワクワク感が、なるほどたまらない。<br/>
これが２０年以上人々に愛され見続けられた所以というわけか。<br/>
<br/>
一日の始まり。朝のニュースの時間帯が、他局の手によりいつのまにか、<br/>
タレントの起用やアイドル然とした女子アナを巧みに使い<br/>
バラエティ化を図ってきた中で、<br/>
長年頑なまでに政治や経済評論家、知識人を結集させて<br/>
報道の「やじうま」と言われるほど、社会派を頑固一徹守り通してきた<br/>
テレ朝が、ここにきてヨネスケかよ!と訝しがる私に、息子は言った。<br/>
<br/>
垂れ流しの情報社会。緩みきった朝のニュースショウに対するアンチテーゼとしての<br/>
象徴がヨネスケなのだと。<br/>
<br/>
震災から１年。少し気が緩みかけた私たちに「やじうま」は危機感を持ち続けろと喚起を促しているのだと言う。<br/>
いつヨネスケが自宅玄関の前に立っていてもいいような<br/>
心の準備だけは、いつ何時でもしておかなければならないという<br/>
危機管理の重要性を説いているとも。<br/>
<br/>
さすが生まれた時からやじうまを見て育ってきた、<br/>
生え抜きの「やじうまッ子」だけの事はある。<br/>
<br/>
まあ難しい事はさておき、<br/>
このコーナーは視聴者として気楽に楽しむ分にはたまらないものがあるが<br/>
自宅に突撃される当事者にだけはなりたくないものだ。<br/>
冷蔵庫をヨネスケに開けられることを想像しただけで発狂する。<br/>
<br/>
まずは毎日のカギの施錠はもとより、チェーンの掛け忘れには<br/>
細心の注意を払いたい。<br/>
とにかくヨネスケの突撃侵入だけは死守しなければ。<br/>
ヨネスケは防犯予防にも警鐘を鳴らしているのか。<br/>
ヨネスケ、それは今そこにある危機。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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  <entry> 
    <title>ものすごくうるさくてありえないほど近い</title>  
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    <issued>2012-03-02T23:09:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-03-02T23:29:01+09:00</modified>  
    <created>2012-03-02T23:09:05+09:00</created>  
    <author> 
      <name>Ricophoo</name> 
    </author>  
    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/02/54/f0036354_23272615.jpg" border="0" width="227" height="151" align="left"/>2月18日、渋谷シネパレスでスティーブン・ダルドリー監督作品「ものすごくうるさくてありえないほど近い」を観てきました。<br/>
「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」（Extremely Loud and Incredibly Close）という、なんだかわけのわからないタイトルです。<br/>
「ものすごくうるさい」ものとは？「ありえないほど近い」ものとは、一体何なのでしょう？<br/>
その意味が、映画の中に引っかかりのように隠されていて、最後には何がうるさくて、何が近いのか…観ている人たちの心の中に、ぼんやりとですが、物語を通して徐々に浮かび上がってきます。<br/>
<br/>
<br/>
2001年９月11日―。それは忘れもしない、世界中が恐怖と絶望に包まれたニューヨークの世界同時多発テロ。<br/>
オスカー (トーマス・ホーン)の最愛の父(トム・ハンクス)は、崩れ落ちる貿易センタービルと共に、突然この世界から消えてしまいました。<br/>
留守番電話に息子に宛てた声を残したまま…。<br/>
<br/>
あの日から、帰らない父、そしてからっぽの柩のままの葬儀。<br/>
第六区を探すゲームも途中のまま・・・。<br/>
<br/>
尊敬する父であり、唯一心を許し合える親友でもあった、大好きな大好きな父。<br/>
<br/>
もともとアスペルガー症候群という発達障害を持つオスカーにとって、その父の死はどうしても受け入れがたいものでした。<br/>
どんどん殻に閉じこもっていくオスカーを心配する母親(サンドラ・ブロック)の優しい言葉にも反発し、ついには「死んだのが父さんじゃなく、母さんだったら良かったのに！」などと酷い言葉を言い放ってしまいます。<br/>
<br/>
そして、９・１１から一年、ある日オスカーは父のクローゼットで、偶然花瓶の中に隠されていた一本の鍵を発見します。<br/>
鍵を入れた封筒には“ブラック”と書かれており、これを人の名前だと考えたオスカーは、その鍵に父の死の意味を求め、またその鍵が父が自分へ残した最後のメッセージなのではないかと受け止め、その謎を解くために、１本の鍵と共にニューヨークに住む500人近い「ブラックさん」を訪ねるオスカーの旅が始まります。<br/>
<br/>
アスペルガー症候群は、外界からの刺激にとても敏感になる傾向があるそうです。<br/>
健常者が気にならないような、乗り物の音、人々の話し声など、オスカーにとっては大きなストレスになります。<br/>
彼にとって、この世界は「ものすごくうるさい」のです。<br/>
公共交通機関に乗るのもオスカーにとっては一大事。心を落ち着かせるためのタンバリンを片手に、（おばあちゃんの家の間借り人（つまりおじいちゃん）という相棒を側に）オスカーは数ヶ月をかけて、ニューヨーク中を歩きます。<br/>
<br/>
「他人と触れ合う事」など、自分の感情を上手くコントロールしたり、人の心を理解する事が苦手な、それまでのオスカーには、決してありえないこと。<br/>
週末を利用してニューヨーク中の一人ひとりのブラックさんに会い、事情を説明し、語り合い、心を通わせ、触れ合わなければ、鍵の謎は解けません。<br/>
<br/>
オスカーのブラックさん探しの旅は、意外な形で終わりを迎えます。<br/>
ようやくたどり着いた鍵の謎を握る人物が、自分と同じく父を亡くした喪失感に苛まれている事を知り、オスカーは堰を切ったように話し始めます。<br/>
あの日、父の残した留守番電話に残した最後の声を。自分を苦しめている誰にも告げる事の出来なかった秘密を…。<br/>
余りにも残酷な記憶の吐露を…。<br/>
小さなオスカーにとって身内ではない誰かに話すことこそが、彼の心の奥の小さな部屋の氷の塊を溶かし、絶望と喪失を受け入れ、再生と成長の一歩を踏み出すための心の鍵だったのではないでしょうか。<br/>
<br/>
ニューヨーク中を歩く旅の果て、様々な人々との出会いにより、孤独でひとりぽっちだと思い込んでいたオスカーは、実は多くの人々の「ありえないほど近い」愛に包まれている事。<br/>
そして「大切な何かを失ったのは自分だけではない」ことを知ります。<br/>
背負っている荷物の重さは違っても、みんな悲しみを背負って生きています。<br/>
<br/>
ちょうど9.11から10年後、3.11の悲劇を経験した私たち日本人にとっても、この「ものうる」は、愛と喪失、そして生と死の意味を問う物語となって心に響いてきます。<br/>
人間は儚い存在です。<br/>
だけどどんなに辛くても、もうだめだと思っても、何度も立ち上がって再生していく、また再生できる心を持つ強い存在であることも確かなのです。<br/>

        ]]></content> 
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    <title type="text"><![CDATA[PR: 【三井の賃貸】当社のみご紹介できる限定住戸があります]]></title>
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    <title>キツツキと雨</title>  
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    <issued>2012-02-14T23:01:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-22T00:05:21+09:00</modified>  
    <created>2012-02-14T23:01:54+09:00</created>  
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      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201202/14/54/f0036354_2325762.jpg" border="0" width="170" height="113" align="left"/>角川シネマ有楽町に沖田修一監督作品「キツツキと雨」を見に行きました。<br/>
前作の「南極料理人」は南極基地という極めて非日常な状態に身を置き、狭い空間で個性の強い観測隊員達が嫌でも顔を突き合わせて日々を暮す中で朝、昼、晩とみんなで一緒に「食べる」という行為を通じて、日常生活で繰り広げられる、ささやかな人間関係のおかしみや日々の生活の積み重ねをほのぼのと描いた素晴らしい作品でした。この「キツツキと雨」はその沖田監督の第二作目ということに加え、何しろ主演は、今や日本映画界を代表する名優“役所広司”さんと「岳」「荒川アンダーザブリッジ」などで様々なキャラクターを巧みに演じ着実にその演技の幅と実力を高めている“小栗旬”さんですから、黙っていても期待は高まります。<br/>
<br/>
南極料理人が「みんなで一緒に食べる」ことがテーマだったのに対し、この「キツツキと雨」では「映画という一つの作品を皆で協力して作り上げていく過程」と、それをとりまく人間たちの関わりあいや成長が大きなテーマになっていますが、それよりも何よりも心が温かくなるような、何気ないユーモアがふんだんに散りばめられていてとても素敵なハートウォーミングな映画に仕上がっています。<br/>
<br/>
物語の舞台は、岐阜県のとある山間の村。木こりの岸克彦（役所広司）は、毎日早朝から仲間と山林に入り、木々を伐採し生計をたてています。２年前に妻を亡くし、今は息子の浩一（高良健吾）との二人暮らし。<br/>
慣れない家事と定職につかずふらふらしている息子に、木こり一筋でやってきた無骨な父の怒りが爆発し、うまく気持ちを伝えられない二人は、喧嘩の絶えない毎日を送っています。<br/>
そんなある日、村にゾンビ映画の撮影隊がやってきます。<br/>
そして、ひょんなことから撮影隊に村を案内する羽目になった克彦。<br/>
映画や撮影などといったこととは、今まで無縁の生活を送ってきたので、とまどい困惑しながらも、挙句の果てにゾンビ役でエキストラ出演することになります。<br/>
しかし撮影隊の中に、どうみてもやる気のない若者が一人。<br/>
そのやる気のなさと気の利かなさが自分の息子と重なるのか、克彦は、気になってその若者に、ついつい声を荒げてしまいます。<br/>
実はその若者こそが、自分の思い通りの作品が作れず、撮影隊さえまとめる事ができない気弱な新人監督、このゾンビ映画の監督　田辺幸一（小栗旬）でした。<br/>
<br/>
エキストラを体験したことをきっかけに克彦が撮影を手伝い、挙句村の人々を巻き込んでゾンビ映画の撮影はにわかに活気を帯びたものになってきます。<br/>
<br/>
若い映画監督と、初老の木こり。親子ほど年の離れたこの二人の出会いは、お互いの気持に少しずつ変化をもたらしていきます。<br/>
<br/>
撮影の合間、克彦が杉の木を指さしながら幸一に言います。<br/>
「あの杉は２５年。あっちのは６０年だ。」その違いがよく分からず、きょとんとする幸一に「立派な木になるまでには１００年は掛かる」<br/>
<br/>
人間、思い通りにいかない事で悩み、逃げ出したくなる事もあるけれど焦る事はないのだと、克彦の無骨で朴とつな言葉が、幸一のみならず、私たちの胸にも温かく響いてきます。<br/>
<br/>
ある時、なぜ映画をやるようになったのか？と尋ねる克彦に、父が買ってきたビデオカメラをきっかけにして映画を撮り始めるようになったが、長男である自分が実家の旅館を継がなかったことで、父はカメラを買ってきた事を後悔しているのではないかと幸一はそっと打ち明けます。<br/>
それに対して、「後悔なんてしてねぇよ！自分の買ってきたカメラが息子の人生変えたんだ！嬉しくてしょうがねぇだろうよ！」と言う克彦の語気を荒げながらも優しさ溢れる言葉が心に染みました。<br/>
<br/>
多分それは、悩みながらもやりたい事をやろうとしている幸一に、いつしか共鳴した克彦が、定職を持たず、やりたいことも見つけられず、多分自分の中で苦しんでいるであろう息子、まして親の自分さえ見放そうとしている息子を思う強い気持ちから吐きだされた言葉ではないかと思います。<br/>
<br/>
克彦は顔を合わせれば喧嘩の絶えなかった息子との関係を、幸一を通して優しい気持ちで寄り添う事ができるようになります。<br/>
幸一は克彦の言葉から、困難にも逃げず、自分の力で前に進んでいく勇気をもらい、みんなで力を合わせて行う映画作りの本当の面白さを身体で感じ、映画監督としての自覚に目覚めていきます。<br/>
<br/>
役所広司さんは連合艦隊　山本五十六など重厚な演技も素晴らしいですが、私はダイワハウスのＣＭで見せる、とぼけた味わいや動揺を隠せないといった、うろたえる演技が特に好きです。<br/>
様々な役柄を、緩急自在に演じ分け、芝居を心から楽しんでいるのが観客である私たちも伝わってきます。<br/>
この「キツツキと雨」では、役所さんの重厚な演技と、とぼけた味わいの両方が、しっかり堪能できます。<br/>
<br/>
役所広司さん、小栗旬さんの二人の脇を固めるのが、古館寛治さん、平田満さん、伊武雅刀さん、島田久作さん、山崎努さんと言った錚錚たる個性派俳優陣です。<br/>
<br/>
役所さんを始めとした、大先輩に囲まれ、若い小栗さんにとっては役者として大いに成長できた作品になったのではないでしょうか。<br/>
<br/>
ちなみに私は、役所さんの息子を演じた高良健吾さんを、なにげに応援しています。<br/>
目に力があって、とてもいい役者になると密かに期待しています。<br/>
<br/>
人は、つい年齢や性別や環境に境界線を引いてしまいます。判りあえるはずがないと、自分で勝手に決めつけて、異種なものに　目をつぶり、耳をふさいで生きています。<br/>
<br/>
かつて壁や国境や境界線を越えることで、文化や文明は広まっていきました。<br/>
人と人との出会いも同じことなのかもしれません。年齢や性別や環境を超えた人と人との出会いは、ぶつかりあいながら、理解を深めながら、人間を大きく成長させてくれるような気がします。<br/>

        ]]></content> 
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    <title>永遠の僕たち</title>  
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    <issued>2012-02-08T00:45:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-08T00:57:00+09:00</modified>  
    <created>2012-02-08T00:45:56+09:00</created>  
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      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201202/08/54/f0036354_0564295.jpg" border="0" width="108" height="160" align="left"/>期待して観にいった「荒川アンダーザブリッジ」「人生はビギナーズ」がちょっとハズレだったので、２週間前に渋谷シネマライズ観た「永遠の僕たち」についてのレビューでお茶を濁します。<br/>
<br/>
不治の病に侵された少女と、事故で両親を失い心に深い傷を持つ青年の悲しくも美しい恋物語・・・と言えば、私が子供の頃、日本中を涙の渦に巻き込んだミコとマコの悲恋物語「愛と死を見つめて」を思い出します。<br/>
<br/>
幼心にコテコテなお涙頂戴的な物語に辟易しながらも、ミコのミイラ少女を彷彿とさせる包帯姿に恐怖を抱きつつ、マコの学ラン姿に胸ときめかせ、白黒のテレビ画面に張り付いて毎週楽しみに観ていました。<br/>
<br/>
難病・悲恋物というと、どうしても暗く、深刻になりがちなテーマですが、「永遠の僕たち」は、現代を生きる若者のタッチで、軽くなりすぎない程度に切なく繊細かつ美しく描いています。<br/>
<br/>
やはり、そこはさすが、社会問題に深くメスを入れた「ミルク」や人間のトラウマや心の繊細な部分を鋭く描いた「グットウィル・ハンティング／旅立ち」などを手がけたガス・ヴァン・サント監督です。<br/>
<br/>
死という重いテーマを、悲しみや涙だけで力任せに描いていくのではなく、若い恋人たちの美しさや危うさ、瑞々しいほどの幸福感で、逆に儚さや切なさが、こちらに痛いほど伝わってきました。<br/>
<br/>
ちなみにこの作品は、第64回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門でオープニング上映され高い評価を受けています。<br/>
<br/>
事故で両親を失い、自らも３ヶ月における昏睡状態に陥り、臨死体験をした１８歳の孤独な青年イーノック。<br/>
深い心の傷を抱えたまま、叔母に引き取られ、学校へも行かず、日々を過ごしていました。<br/>
<br/>
友達もなく、孤独な青年の唯一の楽しみは葬儀場で他人の葬儀に参列することでした。<br/>
ある日他人の葬儀に紛れて参列していることがばれ捕まりそうになったところを、一人の少女アナベルによって助けられます。<br/>
<br/>
アナベルもまた脳腫瘍と闘い、余命３ヶ月と診断された孤独な少女でした。<br/>
<br/>
死に取り付かれた孤独な青年と、これから死んでいく健気で明るい少女。<br/>
二人の儚い恋はぎこちなく始まっていきます。<br/>
<br/>
主演イーノックを演じたヘンリー・ホッパーは、なんと、あの「理由なき反抗」や「イージーライダー」に出演していた名優デニス・ホッパーの息子だとのこと！（孫じゃないところが凄い）<br/>
<br/>
またアナベルを演じたのは「アリス・イン・ワンダーランド」のミア・ワシコウスカ。<br/>
<br/>
そして何より2人を見守るヒロシという重要な役どころで、日本の実力派俳優・加瀬亮さんが出演しているのも見逃せません。<br/>
<br/>
加瀬さん、英語も上手で、びっくりしました。何より感情を抑えた控えめな演技が素晴らしかったです。<br/>
<br/>
<br/>
臨死体験のあるイーノックは、ヒロシという自分だけしか見えない友達がいます。<br/>
ヒロシは、太平洋戦争でカミカゼ特攻隊として、恋人への思いを残し死んでいった日本兵の亡霊なのです。<br/>
<br/>
二人の恋を見守るヒロシの存在は、死というものは「無」でも「恐怖」でもないと教えてくれます。<br/>
そして、後悔をしないことの大切さを、イーノックに、私たちに諭してくれます。<br/>
<br/>
戦争や特攻隊をモチーフにすることは、非常にデリケートな部分を含んでいます。それにも関わらず、アメリカ人のガス・ヴァン・サント監督が、ここまで深いところを見つめて、とても丁寧に描いてくれているところが、日本人の一人としてとても嬉しく感じました。<br/>
<br/>
印象的な二人のデートシーンや、ファッションもオシャレで、音楽も素敵でした。<br/>
<br/>
悲しい映画のはずなのに映画を観終わった後は、若葉が芽吹くときのような生命力にあふれるような清々しい気持ちになりました。<br/>

        ]]></content> 
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    <title>モナクカバキチ　</title>  
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    <issued>2012-02-01T07:21:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-01T07:28:05+09:00</modified>  
    <created>2012-02-01T07:21:08+09:00</created>  
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      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>その他</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201202/01/54/f0036354_7175637.jpg" border="0" width="198" height="151" align="left"/>福山市営競馬のベテラン競走馬モナクカバキチ（アラブ系、牡13歳）が30日、地方競馬 <br/>
の歴代最多勝の記録更新を目指し３カ月半ぶりに出走しました。歴代タイの54勝を挙げて以降、 長年蓄積した疲労もあり、ここ最近は黒星が続いていたそうですが、３ヶ月の休みをとって30日の第９レース（１２５０メートル、10頭立て）に出走、昨年７月以来の勝利に期待が膨らみましたが、残念ながら結果は５位となりました。<br/>
モナクカバキチは１３歳、人間であれば50歳を少し越えたくらいだとのこと。市営競馬の現役最年長の競走馬です。<br/>
30日のレースに出走した馬は殆どが、３、４歳だと言うことを考えれば、13歳という年齢がどんなに凄いことなのかが良くわかります。<br/>
<br/>
よくもまあ、大した怪我もせず１３歳まで第一線で活躍することができるものです。<br/>
「無事是名馬なり」とは、まさにこのモナクカバキチのためにあるような言葉ではないでしょうか？<br/>
<br/>
他のライバルたちは、カバキチより１０歳も若いのです。50歳の中年オヤジが、血気盛んな中学生に交じり同じ舞台で勝負を賭けているわけです。<br/>
<br/>
2001年10月に 福山でデビューし、荒尾競馬、名古屋競馬でも活躍し、昨年７月24日、高知競馬の エスケープハッチ（牡、08年引退）の記録に並んだそうです。<br/>
<br/>
テレビで、カバキチのレースを見ましたが、スタートは出遅れたものの、その後巻き返し、堂々ベテランの走りを見せてくれました。１０頭中の５位ですから、大したものです！<br/>
しかも３ヶ月間のブランクを考えれば、コンディションや勝負勘が戻れば、次回歴代最多勝記録更新も夢ではありません。<br/>
<br/>
<br/>
諦めない走り！中年の星！私たちの希望！果てしない夢！<br/>
今回、単勝で２番人気だったそうです。<br/>
アラブ種でサラブレッドではないところがまたいいのでしょう。<br/>
これからますます人々の期待が膨らんできます。<br/>
<br/>
ぜひとも、カバキチには地方競馬会の「あぶさん」となって、いつまでも頑張ってほしいものです。<br/>
<br/>
競馬ファンでなくとも、カバキチに勝手な妄想を描き、ついうるうると涙目になって応援してしまう諸兄も多くいらっしゃるとは思いますが、私は、馬にカバキチなどという名前をつける馬主の狙いが、今気になって仕方ありません。<br/>
<br/>
カバと言えば、少し前テレビで観た衝撃映像が忘れられません。川に落ちたヌーや、同じく川を渡り損ねた鹿の子供がワニに襲われるのを、カバが必死になって助けているのです。<br/>
専門家も、どうしてそんなことをするのか分からないのだそうです。<br/>
色や体つきから、自分の子供や仲間の子供と間違えたのでしょうか？<br/>
助けた見返りになにか得なことでもあるのでしょうか？<br/>
しかし、私はカバについて、あまり深く考えるのは止めました。<br/>
見返りのない無償の愛、溢れる優しさで力の弱い動物たちを守る、カバのレスキュー隊！<br/>
浪漫と妄想が広がります。<br/>
私が小さい頃から夢に見ていた、森の仲間たちのメルヘンがそこにはあります。<br/>
<br/>
２０１２年、今年はカバが熱い！<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
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    <created>2012-02-01T07:21:08+09:00</created>
    <modified>2012-02-01T07:28:05+09:00</modified>
    <issued>2012-02-01T07:21:00+09:00</issued>
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    <title>しあわせのパン</title>  
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    <issued>2012-01-29T02:50:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-01-29T10:25:05+09:00</modified>  
    <created>2012-01-29T02:50:57+09:00</created>  
    <author> 
      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201201/29/54/f0036354_25665.jpg" border="0" width="142" height="220" align="left"/>渋谷シネクイントで三島有紀子脚本監督作品「しあわせのパン」を観て来ました。<br/>
<br/>
東京から北海道・月浦に移り住み、洞爺湖が見渡せる美しい湖畔でオーベルジュ式宿泊施設付のパンカフェ「マーニ」を始めた夫婦　水縞君とりえさん。<br/>
<br/>
水縞君がﾊﾟﾝを焼き、りえさんがコーヒーを入れ、おいしい料理を作る。<br/>
美しい北海道・洞爺湖の春夏秋冬、それぞれの季節に様々な想いを抱いて「マーニ」に訪れた人たちが、水縞君の心を込めて焼くﾊﾟﾝと、りえさんの丁寧に作る料理と、ゆっくり時間をかけてネルドリップで入れたコーヒーを飲み、自分の心の中の幸せを確かめ、本当に大切なものを見つけていく素敵な物語です。<br/>
<br/>
物語の初めに、りえさんが大好きな絵本「月とマーニ」が紹介されます。<br/>
<br/>
少年マーニは自転車のかごに月を入れて毎日東の空から西の空へと走って行きます。<br/>
ある日やせ細った月が、マーニに自分を照らす、暑くまぶしい太陽を取ってくれと言います。<br/>
マーニが言います。<br/>
「だめだよ太陽を取ったら困っちゃうよ」<br/>
「誰が？」<br/>
「僕だよ」<br/>
「どうして？」<br/>
「だって太陽を取ったら君がいなくなってしまうから」<br/>
<br/>
「大切なのは、君が照らされて、君が照らしていることなんだよ」<br/>
<br/>
<br/>
マーニの大きな窓の外に広がる湖の景色。<br/>
センスのいい家具や雑貨、真っ白いカップにコーヒーを注ぐ音、焼きたてのカンパーニュのはぜる音、ナイフを入れたときに立ち上る湯気、ポトフを煮込んだダッチオーブン。りんごのはちみつパンの甘い香り、こげたチーズが香ばしいチーズのパン。ブルーベリージャムの深紫、大きな栗がごろりと入ったクリのパン。数々のシーンと共に映像から幸せな香りが漂い、緩やかで優しい時間と、気持のいい空間が広がっていきます。<br/>
<br/>
「好きな場所で、好きな人と、好きな仕事をしたかった」水縞夫妻は誰もが羨む最高に幸せな生活を送っているようにも見えますが、りえさんの孤独と悲しみを癒せない切なさを水縞君は抱えています。<br/>
<br/>
人は誰でも月の満ち欠けのように、喜んだり悲しんだり、それぞれの悩みを持って生きています。<br/>
四季の移り変わりのように、春の美しさもあれば、冬の凍てつく厳しさもあります。<br/>
キレイなだけじゃない生活が、そこにはあります。<br/>
身体も心も、喜びも悲しみも、毎日変わっていきます。<br/>
この映画は、ただ単に心地よいだけの、童話のような物語だけではありません。<br/>
そこは、ドキュメンタリー畑出身の監督作品、丁寧に丁寧に人間の心の襞をしっかり見つめて、ドラマを描いているように思えました。<br/>
<br/>
カフェを描いた作品なので、当然食事の場面が多くありましたが、全編を通じて印象に残ったのが、<br/>
一つのパンを二人で分け合うシーンでした。<br/>
「ＳＨＡＲＥする」ことの大切さ、温もりを感じました。<br/>
以前読んだ小川糸さんの「食堂かたつむり」のテーマを思い出します。<br/>
「食べることは生きること」。<br/>
<br/>
冬の章、今までパンが食べられなかったおばあさんが、豆のパンを食べる様子に、おじいさんが呟きます。<br/>
「人間って最後まで変化し続ける生き物なんですね」<br/>
一つのパンから、生きる力や生きる希望が生まれてくるのです。<br/>
<br/>
残された人生で、あと何度の食事をするか分かりませんが、毎日の暮らしを丁寧に生き、美味しく食事をすることを心がけていきたいと思っています。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201201/29/54/f0036354_2573738.jpg" border="0" width="85" height="119" align="left"/>普段は明るく飄々とした青年を演じることが多い大泉洋さんですが、あまり多くを語らない水縞君のとても控えめな演技が印象的でした。<br/>
そして原田知世さんの１０代の頃から変わらない透明感と微かな翳りを含んだ自然体の演技には脱帽でした。「りえさん」はまさしく、原田さんのはまり役ではないでしょうか。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
ｴﾝﾃﾞｨﾝｸﾞで流れる、矢野顕子さんと忌野清志郎さんの歌う　主題歌「ひとつだけ」が、映画館を出てからも帰宅してからも、ずっと頭の中で流れています。<br/>
<br/>
素敵な歌詞とお二人の独特の歌声がこの映画になくてはならないスパイスになっています。<br/>
<br/>
<br/>
「ひとつだけ」<br/>
<br/>
欲しいものは たくさんあるの。<br/>
きらめく星くずの指輪。<br/>
寄せる波で 組み立てた椅子。<br/>
世界中の花 集めつくる オーデコロン。<br/>
<br/>
けれども今 気がついたこと。<br/>
とっても大切なこと。<br/>
欲しいものは ただひとつだけ。<br/>
あなたの心の 白い扉 ひらく鍵。<br/>
<br/>
離れている時でも わたしのこと忘れないでいてほしいの。<br/>
ねぇ おねがい。悲しい気分の時も わたしのことすぐに 呼びだしてほしいの。<br/>
ねぇ おねがい。<br/>
<br/>
楽しいことは ほかにもある。<br/>
満月の下のパーティー。<br/>
テニスコートを 駆けまわる。<br/>
選びぬいたもの 集めつくる 中華料理。<br/>
<br/>
けれども今 気がついたこと。<br/>
とっても大切なこと。<br/>
一番楽しいことは あなたの口からあなたの夢 きくこと 。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>花をめぐる　ささやかな楽しみ</title>  
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    <id>http://ricophoo.exblog.jp/17110466/</id>  
    <issued>2012-01-23T23:18:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-01-23T23:23:22+09:00</modified>  
    <created>2012-01-23T23:18:32+09:00</created>  
    <author> 
      <name>Ricophoo</name> 
    </author>  
    <dc:subject>アート</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
３０代の子育ての合間に、生花やドライフラワーなどを使った<br/>
フラワーアレンジメントを少しだけ習ったことがある。<br/>
オアシスという柔らかい発泡スチロールのようなものに、おおまかな規則はあるものの<br/>
好きな花を好きなようにさしていく。<br/>
また柔らかい針金なども利用したり、プラスチックを溶かしたもので花を固定をさせたりと<br/>
見た目の優雅さの裏で、意外と手荒な作業を施すので、多少驚いたものだが<br/>
生け花ほど格式ばった感じはなく、異国の生け花とはそんなものかと気軽に行え、そこそこ楽しかった。<br/>
また出来上がったアレンジメントやリースは、籠に入れたり、室内のドアに吊るしたりとても豪華に見えた。<br/>
しかし、その見ごろはせいぜい２、３日。<br/>
せっかくの生け花はそれ以上経つと元気がなくなり、一週間もすれば萎れて見る影もなくなってしまう。<br/>
萎れてしまった花や枯れてしまった花を捨てる時の切ない感じがどうにもやるせなくて、あまりのめりこむことはなかった。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201201/23/54/f0036354_23135464.jpg" border="0" width="255" height="354" align="left"/>昨秋石和温泉で初めて押花アートを体験した。<br/>
先生が用意した素材の押花を小さな台紙の上にピンセットで載せて思い思いにアレンジしていくのは<br/>
アレンジメントフラワーや生け花と同じ感覚だ。<br/>
楽しくて時間を忘れた。初めて「押した」作品がコレ。<br/>
先生からは「既に教える事なし」の免許皆伝のお墨付きを頂いた。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201201/23/54/f0036354_23142359.jpg" border="0" width="283" height="170" align="left"/><br/>
自宅に戻ってからも、時々思い出しては「押して」いる。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
押花の良さは何と言っても、押してしまえば、押した時点での花の形や色を失わないことだ。<br/>
生花の瑞々しさは失われても<br/>
花の可憐さや淡い色彩は残すことができる。<br/>
花を摘んだときの思いでも一緒に色あせず決して枯れる事はない。<br/>
<br/>
花屋の店先にあるような豪華で大ぶりな花より、小さくて可憐な花の方が好きなので、<br/>
道を歩いていいても名もない小さな花や草、木の芽が気になって仕方がない。<br/>
道端にひっそりと咲いている小さな花を見つけると<br/>
文庫本の間にそっと挟んで持ち帰る。<br/>
しっかり押して乾燥させて、押花の素材となるまで、しばしの時間を要する。<br/>
この小さな花が押花になる時、果たしてどんな色合いでどんな新しい可憐な表情を<br/>
見せてくれるのか、そんなことを考える緩やかな時間が、とても楽しい。<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>漁港の肉子ちゃん</title>  
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    <issued>2012-01-06T01:32:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-01-06T01:41:47+09:00</modified>  
    <created>2012-01-06T01:32:52+09:00</created>  
    <author> 
      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>本</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201201/06/54/f0036354_1315848.jpg" border="0" width="109" height="160" align="left"/>西加奈子さんの作品は、寒い雪の日に自動販売機で買う缶コーヒーに似ている。<br/>
<br/>
心細いほど、かじかんだ指先をほっこりと温めてくれるような、心の中までじわじわと染み渡る限り無い優しさに包まれている。<br/>
風が吹けば折れてしまいそうな弱い心を、くだらないプライドや強がりという重い鎧兜で武装して生きている私たちに、そんなモノは必要ないよと、ハダカのままでいいんだと、自分は自分のままでいいんだと、圧倒的な肯定で、西さんの作品は語りかけてくれる。<br/>
「漁港の肉子ちゃん」も然り。<br/>
西加奈ワールドの泣き笑い、優しくも逞しい人生劇場に誘ってくれる、そんな一冊だ。<br/>
<br/>
主人公は見須子（みすじ）菊子３８歳。<br/>
太っているから皆から「肉子ちゃん」と呼ばれている。<br/>
小学校５年生になる美しく賢い娘の喜久子と北国の小さな漁港の街に住んでいる。<br/>
<br/>
男に騙されて騙されて、そして騙された果てに、たどり着いた漁港の町。<br/>
焼き肉屋「うをがし」の老店主、サッサンに「肉の神様が現れた」とすっかり、気にいられ、店の裏にある小さな平家に住み込み働きながら、明るく陽気に、親子仲睦まじく暮らしている。<br/>
<br/>
肉子はブスだ。そして、とんでもなく太っている。<br/>
頭も悪いし、鈍感で品がない。テレビが大好きで、暇があると食べてばかりいる。だからどんどん太る。<br/>
バリバリの関西弁で、しょーもないことばっかりを大きな声でしゃべりまくる。空気が読めない。<br/>
着る物も持ち物もとにかくセンスが悪い。いびきがでかいし、うるさい。<br/>
はっきり言ってうざい。<br/>
とっても恥ずかしい人である。<br/>
<br/>
しかし、肉子はとにかく、明るく素直で能天気。そしてバカが付くくらいのお人よしだ。<br/>
頭が悪いが、相手が話す言葉を、そのまま真っ直ぐに聞き入れる感性をもっている。<br/>
そして、その身体にまとった肉ですべてを包み込んでくれるような深い愛情をもった人である。<br/>
なので北国の漁港の小さな町の人々も、肉子の天真爛漫な明るさと優しさに、まるでこの土地で生まれ育った人間と接するような温かいまなざしで家族のように付き合ってくれる。<br/>
一方、娘の喜久子は美人で賢く運動神経もよく、小５で家事もこなし、肉子の欠点を補いつつ、阿呆な肉子の事を大人のようなまなざしで優しく見守り、受け入れている。<br/>
しかし思春期にさしかかり、いろんな思いが彼女を悩ませるが、親である肉子はそんなことには頓着しないし、能天気で頭が悪いので、親らしい言葉もかけてあげられない。<br/>
そもそも喜久子も肉子に相談するという行為を諦めている。<br/>
<br/>
「ｷｸりん、何読んでるん？」<br/>
「ｻﾘﾝｼﾞｬｰ」<br/>
「ｻﾘﾝｼﾞｬｰっ！なんとか戦隊の名前みたいやなっ！」<br/>
<br/>
親と言う字は「木の上に立って見る」と書く。<br/>
あれこれ子供のことに口をはさみ、あーでもない、こーでもないと、子供に注文をつけるより<br/>
子供の成長を木の上に立って黙ってそっと見守るのが、多分きっと、それが親の役目なのだろう。<br/>
<br/>
決して批判せず、良い面しか見ず、能天気にすべてを受け入れる肉子は、実は親の鏡なのかもしれない。<br/>
<br/>
みんなに迷惑をかけることを気にしておなかの痛みを我慢した喜久子は、とうとう盲腸で入院する。<br/>
手術から目を覚ました喜久子に、サッサンが言う。<br/>
<br/>
「生きてる限りはな、迷惑かけるんがん、びびってちゃだめら。<br/>
生きてる限り、恥かくんら、怖がっちゃなんねえ。子供らしくせぇとは言わね。子供らしさなんて、大人がこしらえた幻想らすけな。みんなそれぞれでいればいいんらて。ただね、それとおなじようにちゃんとした大人なんてものもいねんら。だすけ、おめさんが、いっくら頑張っていい大人になろうとしても、辛え思いや、恥ずかしい思いは絶対に絶対にすることになる。それは避けらんねぇて。だすけの、その時の為に備えておくんだ。子供のうちにいーっぺ恥かいて、迷惑かけて、怒られたり、いちいち傷ついたりして。そんでまた生きていくんらて。　迷惑かけたって大丈夫ら。ｵﾚはおめに遠慮なんてしねぇ。他人じゃね」<br/>
<br/>
<br/>
喜久子は幸せだ。親子二人きりだけれど、二人じゃない。家族じゃないけど、他人じゃない。サッサンや、鍵屋のﾏｷさん、ﾍﾟｯﾄショップの金子さん、二ノ宮、漁港の町の優しい人々に囲まれ、きっとこの先もいろんなことに悩みながらも、前を向いてまっすぐに生きて行くのだろう。恥ずかしい思いや、いろんな人々に迷惑かけて生きていくだろう。立派な大人でもなく、いい大人でもなく、肉子やこの漁港の人々と同じように、優しい大人になっていくのだろう。<br/>
<br/>
あとがきに、この漁港のモデルは宮城県石巻市だと明かされている。<br/>
震災前、西加奈子さんが石巻を訪れたとき、町にひっそりと寂れた焼肉屋があった。<br/>
美味しい魚が食べられる土地でも、ときには焼肉が食べたくなるのかと、西さんは、この焼肉屋にすごく太った明るい女の人が働いていたら楽しいな、と思ったそうだ。<br/>
連載途中にあの震災が起きた。<br/>
「小説は例えばひとつのおにぎりに、何を尽力したってかなわないのだということを心に刻みながら、誰かの希望とか誰かの力になるというような大それた考えではなく、震災前に、きらきらした石巻のおかげで生まれた「漁港の肉子ちゃん」という物語を、ただ自分自身で愛し、慈しもうと思った」ということを西さんは書いている。<br/>
震災後「絆」という言葉が頻繁に飛び交った。一人歩きを始めた「絆」という言葉に少しうんざりもした。<br/>
「絆」なんて言葉より<br/>
本の帯に書かれていたコピーが言葉が胸をうつ。<br/>
「迷惑かけて生きていけ」<br/>
「みんな、それぞれ生きている。それでいい。」<br/>

        ]]></content> 
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    <title>第１１回歴史街道丹後１００キロウルトラマラソン　その３</title>  
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    <issued>2011-09-23T23:33:00+09:00</issued>  
    <modified>2011-09-24T20:06:22+09:00</modified>  
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      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>スポーツ</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
今年の１００キロの完走率は53.6％<br/>
１４時間の制限時間以内にゴールすることができたのは１３５３人の出走者のうち７２５人。<br/>
女性においては１８２人中、完走できたのは８８人。完走率は48.4％ということでした。<br/>
<br/>
去年の１００キロの完走率が65％を越えていたことを思えば<br/>
今年の激しさを理解していただくことが出来ると思います。<br/>
<br/>
暑さと激しいアップダウンに苦しめられた本当に厳しいレースでした。<br/>
<br/>
丹後の１００キロを走りながら、私は、どうしてみんなこんなに苦しいのにウルトラを走っているんだろうと考えていました。<br/>
<br/>
代わり映えのしない日常、つまらないルーティンワーク、ストレスが爆発しそうな満員電車、夢中になれないテレビ、暗い事件や悲惨な事故。<br/>
ただ漠然と、生きているだけの実感の無い毎日。<br/>
<br/>
そんな日常で、一瞬でも輝ける瞬間を皆この非日常に求めているんじゃないでしょうか？<br/>
<br/>
普段の生活で１００キロを走るなんてことはありえないことです。<br/>
まさしくウルトラは非日常以外の何者でもありません。<br/>
<br/>
痛い、苦しい、辛い、嬉しい、楽しい、美味しい…みんな含めて生きている証拠。<br/>
ウルトラにはそんな瞬間がたくさん詰まっています。<br/>
<br/>
ゴールをきる瞬間の、開放感と達成感、喜びと感動、<br/>
自分を支えるほんの少しのプライドと、そして命の輝きは、<br/>
こうした非日常の中にあるのだと言う気がしてなりません。<br/>
<br/>
しかし、１００キロを走ったからと言って何かが変わるわけではありません。<br/>
<br/>
たぶん２００キロ走っても３００キロ走っても、それは同じこと。<br/>
明日になれば、いつものように変わらない日常はやってきます。<br/>
<br/>
だけど、ウルトラを走っている間の、痛い、苦しい、辛い、嬉しい、楽しい、美味しい…と感じた心は、その瞬間に確かに私が生きていた証、私の心と身体にしっかりと刻まれた思い出になっています。<br/>
<br/>
辛いから、苦しいからと言って、立ち止まったままでは、ゴールはできません。<br/>
足は重くても一歩を踏み出さなければ、ゴールはできません。<br/>
<br/>
つまらなくありふれた日常を何百回、何千回も重ねて、いつかくる人生のゴールを目指して私たちは生きています。<br/>
<br/>
「ワクワクするような明日」や「エキサイティングな日常」はこなくても、あの瞬間のきらめきや、心に刻んだ忘れられ無い思い出があれば、私たちは、いつもの、あのありふれた日常に帰っていくことができるような気がします。<br/>
辛く苦しいことがあっても、変わらない毎日を前を向いて生きていける気がします。<br/>
<br/>
さて、次のゴールテープを切るために、また明日から日常を生きていきます。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/2XToYeKEVlSE/1AaDGjr0vSgU?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/2XToYeKEVlSE/1AaDGjr0vSgU?type=3&ent=59f88e615aa5bd0be6334dabb010046b"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 「妊娠中と産後の理想ギャップ」や「妊娠中の過ごし方のコツ」を公開中！ </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
    <created>2011-09-23T23:33:21+09:00</created>
    <modified>2011-09-24T20:06:22+09:00</modified>
    <issued>2011-09-23T23:33:00+09:00</issued>
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  <entry> 
    <title>第１１回歴史街道丹後100キロウルトラマラソン　その２</title>  
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    <issued>2011-09-23T23:23:00+09:00</issued>  
    <modified>2011-09-24T00:21:11+09:00</modified>  
    <created>2011-09-23T23:23:34+09:00</created>  
    <author> 
      <name>Ricophoo</name> 
    </author>  
    <dc:subject>スポーツ</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
今日の丹後の天気は曇りのち晴れ。気温３３度、湿度８８％という予報です。<br/>
３時の時点で、むせ返るような蒸し暑さに気が遠くなりました。<br/>
<br/>
ウェアは半袖Ｔシャツとショート丈のタイツ。ザムストのゲーター、万能バンダナ。<br/>
<br/>
シューズは、５月に福島～新潟１９６キロを走ったMIZUNOのネクサスです。<br/>
<br/>
すこし大き目のポーチには携帯とお財布、浅間神社のお守り、保険証、ｉＰｏｄ、日焼け止め、ティシュと生理用ナプキン(６枚)（無情なことに生理２日目に大会を迎えることになり地獄絵図を下半身に抱えながらのレースになりました）、<br/>
サバスのゼリー３個、パワージェル２個、アミノバイタル顆粒３本、塩熱サプリ６つ、キャンディー４つ、スポーツドリンクのペットボトル１本。（中にＭＵＳＡＳＨＩのリプレニッシュを一袋入れました。）<br/>
（ペットボトルは空のものでも１つ持っておき、すこし水をいれて置くと、エイドの無い区間に給水できたり、水をかぶったりできるので便利です）<br/>
<br/>
今年の丹後のスターターは、今年の２４時間テレビでランナーを務めた徳光和夫さんです。<br/>
<br/>
「ニューヨークへ行きたいかぁ～！」「おぉー！！」「絶対完走するぞ！！」「おぉ～！」「勝手に行け～っ！」<br/>
徳光さんとランナーとの掛け合いで、大爆笑の中、４時半、１００キロのスタートが切られました。<br/>
1400人近くの100キロのランナーが一斉に走り出しました。<br/>
<br/>
スタート直後は、真っ暗で何も見えません。<br/>
道の左側に突起物があるという注意があったので、前方の人の脚の運びをよく見ながら<br/>
転ばないように慎重に走りだしました。<br/>
<br/>
今日の天気は曇りのち晴れとのこと。気温も高くなるという予報だったので、日差しが出てからだとかなり厳しい状態になると思い、どうにかお日様が顔を出す夜明けまでに距離を稼ぎたい…<br/>
そう思って無謀とは知りながら、キロ６分でいけるところまでいく作戦を取りました。<br/>
<br/>
湿度が高いせいでしょうか、スタートのアミティ丹後を出発して５分も経たないうちに、顔中、体中から汗が噴出してきました。<br/>
毛穴を汗がふさいでしまうと上手に体温のｺﾝﾄﾛｰﾙができなくなるので、噴出した汗は、なるべくバンダナで拭くように心がけました。<br/>
<br/>
初めの１０キロは５７分。まずまずの運び出しです。<br/>
<br/>
スタートして直ぐの七竜峠越えの厳しさには完全に目が覚めました。<br/>
ここ京丹後には「羽衣伝説」「七夕伝説」「浦島伝説」など往古からの伝説も残されています。<br/>
さすが歴史街道という大会名に偽りなし。<br/>
コース上には、静御前の生誕の地、静神社や網野銚子山古墳など、いにしえを偲ぶ様々な歴史遺産が多く見受けられました。<br/>
<br/>
夜が明けて、いつ強い日差しが射してくるかと戦々恐々としていたのですが、遠くにある台風の影響か、空は厚い雲に覆われ、湿度は高いものの、多少の風もあり、随分走りやすく感じます。<br/>
それでも汗は滝のように出てきます。エイドごとに水分をとっているため、反対に低ナトリウム症が心配になってきますが受付の際に袋に入っていた「塩熱サプリ」は、口に入れて噛み砕くだけで、塩分と電解質を素早く吸収してくれるので、これには随分助けられました。<br/>
<br/>
七竜峠のアップダウンはきつかったです。<br/>
上りはさほどでもないのですが、下りの傾斜が半端ではありません。下りを得意にしていた私は、初めは転がるように嬉々として駆け下りていきました。何人のランナーを抜いたか分からないほどです。<br/>
<br/>
しかし、久美浜湾を回り再びの七竜峠越えは、４０キロ辺りで既に腿が上がらなくなってしまいました。<br/>
あの日本一過酷だと言われている野辺山ウルトラのメインの馬越峠より下りの部分だけみれば、七竜峠の下りの方が過酷に感じました。<br/>
<br/>
まだ、４０キロ。あと半分以上ある…。もう止めたい…。何度も心が折れそうになりました。<br/>
更に追い討ちをかけるように、６０キロを過ぎる辺りから雲が取れ、鋭い日差しが突き刺してきました。<br/>
蒸し暑さと強い日差しで、たぶん３２、３度は越えていたような気がします。<br/>
<br/>
５６キロ弥栄庁舎は一回目の着替えポイントエイドです。<br/>
丹後梨、ぶどう、丹後名物の「ばら寿司」などが振舞われました。<br/>
<br/>
ここで預けた荷物の中に隠し入れていた頼みの「ユンケル」を一本補給しました。<br/>
<br/>
８０から先は残りの少なくなっていく距離を励みに頑張れますが、５０～８０までは気力も体力も無くなったらアウトだと私は考えます。<br/>
なので、この６０前後のエイドでカンフル剤を注入することを作戦の一つとしました。そして、どんなに食欲がなくても、ごはんやうどんなど、エネルギーになるものを胃の中にいれておくこと。<br/>
荷物は重たくはなりますが、ジェルやゼリーなど、すぐにエネルギーになるものを携帯しておくことが重要と考えます。<br/>
<br/>
７０キロ地点手前から依遅ケ尾登山口に入っていきます。<br/>
<br/>
ここから８５キロまでは急激なアップダウンが４回ほど立て続けにやってきます。<br/>
それはまさにランナー殺しの坂でした。<br/>
<br/>
いつ終るとも知れない長い上り坂の先に待っているのは、谷底に落ちていくような感覚の下り坂。<br/>
しかし下り坂になってもランナーたちは走りません。それは不思議な光景でした。<br/>
普通は上り坂を歩いていくものですが、ここでは皆が下り坂を、ひたすら歩いています。<br/>
傾斜が厳しすぎます。<br/>
転がってしまわないように無意識にﾌﾞﾚｰｷをかけてしまうので、<br/>
皆、一様に膝をやられてしまっているのでしょうか、足を引きずるように歩いています。<br/>
<br/>
ジリジリと突き刺してくる日差し、暑さ、過酷なアップダウン…<br/>
私の膝はなんとか大丈夫そうでしたが、相次ぐアップダウンで完全に大腿四頭筋が強い痛みで上がらず、得意の下りでも、タイムを縮められるような走りができません。<br/>
<br/>
上り坂では、こちらは一生懸命走っているのに、歩いているランナーからどんどん追い越されていきます。<br/>
苦しくて辛くて、意識もぼんやりしてくる始末。<br/>
しかしここが頑張りどころ。<br/>
<br/>
なんとか気を紛らわせようとポーチからｉｐｏｄを取り出し音楽を聴きながら走ることにしました。<br/>
ＹＵＫＩさんの歌は元気がでます。<br/>
アップテンポの曲に合わせると意外にリズムよく走れます。<br/>
<br/>
そんな時、いきなり私の中に何かがストンと落っこちてきたような感覚を覚えました。<br/>
今まで、あまりに苦しく歩いているのか走っているのか分からないくらいの速度で、ぼんやりと力なく走っていた私の身体に、何かが乗り移ったように、力が漲ってきました。<br/>
上り坂をまるで重戦車のごとく、ガシガシとｽﾋﾟｰﾄﾞをあげて上っていけます！<br/>
自分の身体ではないような感覚です。<br/>
こんなことがあるのでしょうか？<br/>
もしかしたら５６キロ地点で飲んだ「ユンケル」のおかげなのでしょうか？<br/>
上り坂は歩くのが当然と思っている私が、歩いているランナーたちを上り坂で、次から次へと抜き去っていきます。<br/>
２、３メートル前の風景をしっかり捉え、腕を振り、腿が機械のように規則的に動きます。<br/>
<br/>
意識が集中し、目つきが変わっているのが、自分でも分かります。<br/>
<br/>
そんな私の姿に他のランナー達が、追い抜き際に一様にぎょっとするのが、面白いような、不思議な気持でした。<br/>
その目は「あんなにへばっていたｱｲﾂが、一体どうしたんだ？」と訴えてくるような目でした。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201109/23/54/f0036354_00559.jpg" border="0" width="180" height="120" align="left"/>そして、長い長い上り坂をやっとの思いで上りきり、そこからは最後の長い下り坂。<br/>
転げ落ちるまま、心のままに転げてみようじゃないかという気持で、腿の痛みを忘れて一気に駆け下りました。そして、駆け下りた先に見えたものは、日本海を臨む本当に素晴らしい風景でした。<br/>
<br/>
<br/>
その時ｉｐｏｄから流れてきた曲は、大好きなLovepsychedelicoの「Freedom」でした。<br/>
青くｷﾗｷﾗと光る海と水平線、美しい白浜、屏風岩、そして抜けるような青空。心も身体も何もかもが開放された気分になりました。<br/>
「キレイだ～！！」走りながら大声で叫びだしていました。<br/>
そして自然と涙が溢れ出て止まらなくなりました。<br/>
<br/>
丹後ウルトラのコースは、ユネスコの世界ジオパークにも選ばれた京丹後市の経ヶ岬から鳥取市白兎海岸あで広がる「山陰海岸」に含まれています。<br/>
こんな美しい風景を今まで知らずに過ごしてきたことが残念で仕方ありません。<br/>
きっと私の知らない美しい風景は、この日本にまだ沢山あるのだろうなあと、全ての美しい風景を、何年かけてもこの目で見てみたいという欲望に駆られました。<br/>
<br/>
しかし８５キロを過ぎる頃には、私に取り付いたパワーもすっかり底を突き、また以前の力ない走りに戻っていました。<br/>
<br/>
日差しは翳ることなく容赦なく突き刺してきます。「ランナーは左側通行をお願いします」と、スタッフの方から注意を呼びかけられるのですが、日陰はすべて右側にあり、熱中症の危険が頭を掠めます。こんな遠くまで来て救急車で運ばれるようなことは避けたいという一心で、とにかくエイドでは塩を舐め、水を頭からかぶり、水分を取りました。<br/>
<br/>
エイドにはありがたいことにクラッシュした氷が置いてあり、コップに入れて首に当てたり、溶けた水を飲みながら、走りました。おかげで体温が下げられて本当に助かりました。<br/>
<br/>
この大会はエイドが杓子定規に５キロごとではなく、後半になるとﾗﾝﾅｰの気持に沿った距離にエイドを置いてくれています。<br/>
９０キロを過ぎると２キロごとにエイドが現れ、最後まで頑張って走る力を与えてもらえました。<br/>
９４キロ三津小学校エイドで食べたおしるこが美味しかった！<br/>
<br/>
ゴール近くでは街の人たち、大会関係の方々が沢山集って応援をして下さり、「おかえりなさい！」の声に感激の涙が溢れました。<br/>
両手をあげたガッツﾎﾟｰｽﾞでゴールﾃｰﾌﾟをきりました。<br/>
タイムは１２時間３７分。<br/>
１００キロをすべて走り終えました。<br/>
きつかった、苦しかった。<br/>
しかし苦しければ苦しいほど、辛ければ辛いほど、後からそれは、より思い出深いレースになるものです。<br/>
まさにこの丹後ウルトラがそんなレースの一つになったような気がします。<br/>
今までのウルトラでは辛くて歩いてしまうことが多々あり、走りきったという感覚は味わえませんでしたが、今回はほぼ歩くことなく、苦しさの末の涙を流すことも無く、走りきることができました。<br/>
<br/>
<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>第１１回歴史街道丹後100キロウルトラマラソン　その１</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://ricophoo.exblog.jp/16594707/"/>  
    <id>http://ricophoo.exblog.jp/16594707/</id>  
    <issued>2011-09-23T23:10:00+09:00</issued>  
    <modified>2011-09-23T23:26:44+09:00</modified>  
    <created>2011-09-23T23:10:17+09:00</created>  
    <author> 
      <name>Ricophoo</name> 
    </author>  
    <dc:subject>スポーツ</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
９月１８日に第１１回２０１１歴史街道丹後１００キロウルトラマラソンに参加してきました。<br/>
<br/>
今回は一緒に走る仲間の参加はなく、完全な一人きりでの参加になります。当然甘えや泣き言は許されない、自分と言う人間と正面から向き合ういい機会になります。とにかく知り合いも無く、行ったことも、見たことも無い、丹後という土地でのウルトラマラソン、不安がないといったら嘘になりますが、５０歳を目前に自分がどこまで一人で頑張れるのか、自分への挑戦と位置づけて走るつもりです。<br/>
<br/>
9月17日、8時の新幹線で新横浜から京都へ向いました。<br/>
静岡を過ぎたあたりで厚い雲が立ち込め、横殴りの雨も降っていましたが、京都へ着くころは雨もなく、東京と変わらないくらいの蒸し暑さでした。<br/>
京都駅で直ぐにお弁当を買い、ツアーバスの発着所を探しました。<br/>
<br/>
ツアーバスばかりの発着所でトップツアーの係員の方を見つけるのは至難の業。案内の幟なども無く、不安になり、あたりを見回すと、明らかに観光ファッションではない方達の姿がチラホラ。「もしかしたらウルトラの方ですか？」と尋ねると笑顔で「去年もこの辺で待っていたら、係りの人が来たからココで待っていれば大丈夫だよ」とおっしゃって下さいました。<br/>
<br/>
待機中、年配の男性ランナーの方や、長野から来たというＭさんＧさんという女性２人組の方たちと意気投合。<br/>
登山の話や今まで参加したマラソンなどのお話をして過ごしました。<br/>
<br/>
しばらくすると係りの人が来て、ＭさんＧさんとは離れ離れ。私は１号車に乗り込みました。<br/>
<br/>
まだ発車前でしたが、おなかが減ってﾊﾞｽに乗ると車酔いしてしまうので、お弁当をいつ食べようかと考えていたところ、隣に座った男性が、おもむろにお弁当を食べ始めたので、私も負けじと食べ始めました。まるで争うように弁当を食べ終わった後、互いの食べっぷりを労うように「どちらからの参加ですか？」と尋ねたところ「練馬区から」だというので話が繋がり、更に話していくと同い年だと言うことが分かり、これまた意気投合。<br/>
男性はSさんとおっしゃる佐藤浩一似のちょっといい男。走歴はまだ２年弱ということですが、私とのタイムも近く、練習方法や参加大会などの話で、会場のある網野までの約４時間大いに盛り上がりました。<br/>
<br/>
Sさんは去年も丹後を走られたそうですが、５６キロ地点で故障して、涙を飲んで棄権されたそうです。今年はそのリベンジで臨まれるそうです。<br/>
バスを降りる前、お互いの完走を誓い合い、受付会場入りしました。<br/>
<br/>
受付会場では各地からのツアーバスが続々と到着し、すごい賑わいでした。<br/>
受付を終え、ゼッケンとチップを受け取りました。<br/>
袋の中には参加Ｔシャツ、「丹後のおいしいコシヒカリ」という３合入りのお米、「塩熱サプリ」という電解質をすぐに補給できるタブレットが入っていました。<br/>
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地元の小中学生の女の子達がステージで踊る可愛いチアダンスを観て、宿へのシャトルバスへ乗り込みました。<br/>
16時発で会場を後に宿へ向います。<br/>
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何度も係りの人に「○○という宿に行くバスですか？」と聞いて乗り込んだのですが、行けども行けども、私の宿泊する宿に到着しません。<br/>
もう出発から５０分程経っています。<br/>
不安になって運転手さんに尋ねると、「○○は反対方向だよ」と言われ愕然。<br/>
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「もう一度会場まで引き返すから、そこで○○へ行くバスに乗り換えればいいよ」と慰めてくれましたが、12時ごろお弁当を食べてから、何も食べておらず、既に17時。<br/>
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おなかが減って気分が悪くなってきました。会場から係りの人のバンに乗せてもらい、私の宿泊する宿に到着したのが18時。なんと２時間もバスで引きずりまわされたことになります。<br/>
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もう宿では夕食の時間が始っていたので、直ぐに食事をしなければなりませんでした。<br/>
車酔いした身体で直ぐに食事というのはかなり堪えました。<br/>
這うように食事会場へ行き、無理やり夕食をかきこみ、部屋に戻りました。<br/>
温泉があったことを思い出し、温泉へ行き汗を流すと、気分がすっきりと良くなりました。<br/>
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明日は4時半ｽﾀｰﾄなので、朝2時に朝食を取らなければなりません。<br/>
明日のｳｪｱの準備などして（就寝前にｶﾞｽﾀｰ10を一錠服用）、9時前には就寝しましたが、なかなか寝付けません。<br/>
いつもなら１０秒もしないうち眠りに入れるのですが…。<br/>
<br/>
何度も寝返りを打ちながらウトウトとするうちに時計を見ると2時すこし前。<br/>
眠るのを諦めて起きることにしました。<br/>
結局殆ど眠ることができませんでした。<br/>
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しかし２４時間走の経験から、１日くらい眠らなくても大丈夫だという変な確信があります。<br/>
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朝食を済ませ、準備をして（ここでまたｶﾞｽﾀｰ10を１錠服用）、３時１５分発の宿から出発するシャトルバスに乗り込みました。<br/>
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さて、いよいよスタート会場入りです。<br/>
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    <title>127時間</title>  
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    <issued>2011-08-21T22:50:00+09:00</issued>  
    <modified>2011-08-25T21:37:11+09:00</modified>  
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      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
今年の夏は北八ヶ岳に登りました。<br/>
北八ヶ岳は、アクティブで情熱的な山と称される南八ヶ岳とは違った、「静」の山、幻想的で、瞑想的な美しい哲学の山でした。<br/>
人間が誕生するはるか昔から、聳え立つ山々はありました。その懐で動植物を育み命を繋ぎ続けてきた大自然が、そこにはありました。<br/>
苔生した原生林の森を歩き、巨大な岩々の上をよじ登りながら、私たち人間がどれほどちっぽけで頼りないものか、と言うことを思い知らされた気がします。そして自然の中では人間は常に驕ることなく謙虚でなければならないということを。<br/>
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<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201108/21/54/f0036354_2311719.jpg" border="0" width="227" height="151" align="left"/>シネクイントで公開されていたダニー・ボイル監督作品「１２７時間」を観て来ました。<br/>
（７月の封切り直後に一度観たのですが、八ヶ岳から帰ってきて、もう一度見たくなり、結局２度も観てしまいました。）<br/>
「１２７時間」はこの映画の主人公でもあるアーロン・ラルストン氏の書いたノンフィクション『奇跡の6日間』(小学館刊)を基に、実際に自身に起った遭難事故を描いた作品です。<br/>
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「１２７時間」というのは、主人公アーロンが事故に巻き込まれてから、奇跡の生還を果すまでの経過時間です。<br/>
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2003年4月25日の金曜日深夜、山登りやトレイルを趣味とするアーロンは、ユタ州のキャニオンランズ国立公園に向けて、誰にも行き先を告げずに出発します。<br/>
車中で一泊した翌日、マウンテンバイクと徒歩で目的地であるブルー・ジョンを目指します。アーロンは山や自然が大好きな、少しだけ自信過剰なところを除けば、どこにでもいそうなごく普通の青年です。途中で知り合った女の子達と大きな岩の峡谷に出来た自然のプールで楽しく遊んだり、週末のパーティに誘われたりと、気ままで、ごく普通の一人旅を楽しんでいました。<br/>
ところが女の子達と別れ、一人で狭い谷間を通っていた、ほんの一瞬に事故は起こります。<br/>
足を滑らせたアーロンは、たまたま落ちて来た岩に右手を挟まれてしまいます。<br/>
通常のコースからは遠く離れた独自のルートを通っていたために、大声で助けを呼んでも誰にもその声は届きません。右手を完全に岩に挟まれて、まったく身動きが取れない状態のアーロン。<br/>
リュックの中のロープや道具を駆使して岩を動そうとしたり、なんとか岩を少しずつ砕いて右手を動かすことが出来ないかと試行錯誤を試みるものの、右手を挟んだ岩は、びくともしません。<br/>
２４時間血の通わない右手の指の感覚は無くなり、壊死が始まります。<br/>
食料は殆ど無し、残された水は僅か４００ｃｃのボトル一本のみです。<br/>
錯乱と失意のなか、一日、二日…と時間が経過していくうちに、意識も薄れ、ボトルの水をこぼしてしまったり、夜の寒さに身を震わせ、洪水に見舞われ溺れかけたりと…。それでも事態は少しも変わらないまま、もがき続けるアーロンをよそに時間(間違いない死へのﾀｲﾑﾘﾐｯﾄ）だけが容赦なく過ぎていきます。<br/>
最悪の事態を覚悟したアーロンは、両親へ向けて遺言を残すかのごとく、ビデオカメラで自らの最期の日々を記録していきます。<br/>
薄れていく意識の中で、アーロンは様々な幻影を見ます。<br/>
走馬灯のように蘇ってくるのは、自分を愛してくれた家族との思い出。<br/>
別れた恋人との思い出。優しかった人たちへ、自分がしてきた小さな裏切や甘え。<br/>
今まで自由奔放に生きてきた事への後悔や反省。<br/>
同じように、それはアーロンが幼い頃に抱いていたはずの自然に対する畏敬の念にも反映されていたのかも知れません。<br/>
ダニー・ボイルは、この最悪の状況に陥った主人公の、ともすれば暗く、絶望に満ちた心理状態、隔離された小さな世界と単純なストーリーを、現実と幻想、主観と客観、スプリット・スクリーンなども駆使した映像テクニックで、テンポ良く繋いで、見ごたえあるエンターテイメント作品に仕上げているところは、さすが「スラムドック＄ミリオネア」の監督だと唸らされます。<br/>
そして、クライマックスへ向けての展開は、肉体的にも精神的にも非常に痛い展開となりますが、ボイルはイメージの世界へは逃げずに、ストレートの直球を投げてきます。<br/>
思いっきりアーロンの痛みを強調する演出をしているので、私のような怖がり（痛がり）は指の隙間からスクリーンを覗く事になります。<br/>
命尽きる直前に目の前に浮かんだ、自分の未来に関するﾋﾞｼﾞｮﾝを見たアーロンは、最後の力を振り絞って、ラストで自分の腕を切り落として岩の間から生還します。<br/>
奇跡と一言で片付けるのは簡単ですが、絶望の底にいても決して希望を失わず諦めない心、<br/>
何より生きたいと願う強い気持ち。<br/>
それがアーロンが奇跡の生還者になった大きな理由の一つといえるでしょう。<br/>
<br/>
自分が生まれるはるか昔から、岩はそこにあり、自分が足を滑らせて岩に挟まれることは、自分が生まれるはるか昔から決まっていたのだ…<br/>
そしてアーロンは生還しました。<br/>
<br/>
私たちの運命なんて、きっとそんなはるか大昔からの壮大な自然の理の一部にすぎないのかもしれません。<br/>

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    <title>おじいさんと草原の小学校</title>  
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    <issued>2011-08-20T22:44:00+09:00</issued>  
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      <name>Ricophoo</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201108/20/54/f0036354_22563234.jpg" border="0" width="170" height="113" align="left"/>神保町の岩波ホールでジャスティン・チャドウィック監督作品「 おじいさんと草原の小学校」言う映画を見て来ました。<br/>
世界最高齢の小学生としてギネスにも載ったケニアに住む84歳のおじいさん(ｷﾏﾆ・ﾏﾙｹﾞ)の実話に基づいたお話です。<br/>
<br/>
ケニアは、アフリカ大陸東部、赤道直下にある高原の国です。首都はナイロビ。<br/>
１９６３年、「マウマウ団の乱」という民族独立運動が大きな力になり、英国の植民地支配からの独立を果たしたといいます。主人公のマルゲは祖国解放を目指した、このマウマウ団の一員で独立運動の戦士でした。祖国の自由のために闘い続けてきたマルゲﾞでしたが、幼い頃からの貧困と独立運動への参加から教育を受ける機会がありませんでした。<br/>
マルゲはＡＢＣの簡単な文字さえ読むことも書くこともできないので自分自身に来た大切な手紙を読むことができずに長い間過ごしてきました。<br/>
英国植民地支配解放から３９年後の２００３年にケニア政府がついに全国民の無償教育制度を導入することになりました。<br/>
多くの子供と親たちが小学校の前に押し寄せる中に長身の老人マルゲもいました。<br/>
自身に来た大切な手紙を自らの力で読みたい！学校に行って読み書きを覚え、勉強がしたい！<br/>
それが８４歳のマルゲの夢でした。<br/>
<br/>
当然のように仲間からの嘲笑を浴び、周囲からの様々な反対や妨害を受けますが、マルゲの信念は変わりません。何度門前払いされても学校の門の前に立ち入学を願うマルゲ。<br/>
あきらめない彼の熱意と情熱に校長のジェーンの心は動かされ、ついには小学校への入学を認めてもらえます。<br/>
小さな子供達に交じり、生まれて初めて学ぶことの楽しさを体験するマルゲ。<br/>
しかし、５０年が経った今でも、妻子や仲間を目の前で虐殺され、自らも強制収容所で拷問にかけられた壮絶な過去、悪夢の日々は彼の脳裏から離れることはありません。<br/>
抑圧と抵抗、暴力は暴力でしか解決できないのでしょうか？ <br/>
「文字は力だ」という台詞に、学ぶことの大切さ、教育こそが真の独立への道なのだというメッセージをマルゲは伝えたかったのではないでしょうか？<br/>
過去に打ち勝ち、未来を変えるためにマルゲは勉強を続けていきます。<br/>
<br/>
「土に帰るまで人間は学ぶことができる」「私にとって自由とは、学校に行き学ぶこと。もっともっと学びたい」等の台詞には説得力があり、深い感銘を受けました。<br/>
<br/>
2009年にマルゲは亡くなっていますが、亡くなる直前には教育の大切さを訴え、国連で演説をされたそうです。ABCさえ書くことも読むこともできなかった、小学校の校門の前で「老人は家に帰って死んでろ！」と、酷い言葉で追い返された、おじいさんがです。<br/>
ﾀｲﾄﾙ横に書かれてある「まだ終わりじゃない」のｺﾋﾟｰに心が震えます。<br/>
人間には無限の可能性があるのです。遅すぎることなんていうことは、この世の中には何もないのだと言うことを実感しました。<br/>
情熱と信念と強い気持があれば、夢は必ず叶うのです。<br/>
「誰にだってチャンスはある。だから死ぬまで諦めない。」<br/>
映画の中のマルゲの言葉に、私はたくさんのことを学んだような気がします。<br/>

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