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  <title>映画収集狂</title>  
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  <modified>2012-05-13T21:58:31+09:00</modified>  
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  <tagline>世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗</tagline>  
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    <title>今井 正監督　年譜</title>  
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    <issued>2012-05-13T22:14:10+09:00</issued>  
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      <name>sentence2307</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html">★今井 正（いまい ただし、1912．1．8 ～ 1991．11．22）&lt;br/&gt; 日本の昭和期の映画監督。社会派映画を主に手掛け、戦後日本映画の左翼ヒューマニズムを代表する名匠。『また逢う日まで』『にごりえ』『真昼の暗黒』『米』『キクとイサム』などの作品でキネマ旬報ベストテン第1位に5回選出、入選も22回を数え、小津安二郎よりも、溝口健二、黒澤明、成瀬巳喜男よりも「キネマ旬報ベストテン」で最多の入選を誇り“ベストテン男”の異名を持つ。&lt;br/&gt; &lt;br/&gt; 1912年（明治４５年）1月8日、東京都渋谷に住職の子として生まれる。&lt;br/&gt; 旧制芝中学校、旧制水戸高校時代よりマルクス主義と映画に傾倒し、左翼運動に関わって数回に渡り検挙される。東京帝国大学に入学。&lt;br/&gt; 1935年東京帝国大学中退。大学中退後、J.O.スタヂオ（現・東宝）に入社。並木鏡太郎、中川信夫などの助監督をつとめ、当時の同僚に市川崑がいた。&lt;br/&gt; J.O.が合併して東宝映画が設立された1937年、今井は入社2年目にして早くも監督昇進に指名され、異例のスピード出世となった。&lt;br/&gt; 1937年J.O.が合併して東宝映画が設立され、入社2年目にして早くも監督昇進に指名され、異例のスピード出世となった。&lt;br/&gt; しかし監督デビュー作『沼津兵学校』は出演俳優が兵役に取られるなどして完成が大幅に遅れ、2年後の1939年に公開された。&lt;br/&gt; しかし、第二次世界大戦中は、自らの信念とは別に数々の戦意高揚映画を製作。1943年、朝鮮を舞台に日本の武装警官隊と抗日ゲリラとの戦いを描いたプロパガンダ映画『望楼の決死隊』が、西部劇さながらのアクション・シーンを取り入れ、はじめて今井の名が注目を集めたのは皮肉なことに植民地支配を正当化した軍国主義映画だった。&lt;br/&gt; &lt;br/&gt; 第二次世界大戦中は、自らの信念とは別に数々の戦意高揚映画を製作した。&lt;br/&gt; 1943年、朝鮮を舞台に日本の武装警官隊と抗日ゲリラとの戦いを描いたプロパガンダ映画『望楼の決死隊』が、西部劇さながらのアクション・シーンを取り入れ、皮肉にも注目を集める。後年今井はこれら戦意高揚映画を作ったことに対し「私の犯した誤りの中でいちばん大きい」と述べ、つらい過去を隠蔽することなく、その後の作品の中で捉え直し続けた。&lt;br/&gt; 戦後は、一転して戦後民主主義啓蒙映画を手掛け、1946年、今井の戦後第1回作品で戦時中の財閥の腐敗を描いた『民衆の敵』で第1回毎日映画コンクールの監督賞を受賞。その一方で榎本健一と入江たか子主演の人情喜劇『人生とんぼ返り』のような作品も手掛けた。&lt;br/&gt; 1949年、石坂洋次郎原作で民主主義を謳歌した青春映画『青い山脈』前後篇を監督、同名の主題歌とともに大ヒットを記録し、キネマ旬報ベストテンの第2位に選ばれ、映画監督としての地位を不動のものとした。また、「青い山脈」は、原節子の代表作でもあり、その後3度もリメイクされた、まさに国民的映画であった。&lt;br/&gt; 1950年、戦争によって引き裂かれた恋人の悲劇を描き、主演の岡田英次と久我美子のガラス窓越しの悲痛なキスシーンで多くの観客を感動させたメロドラマの名作『また逢う日まで』はキネマ旬報ベストテン第1位に輝いた。ロマン・ロランの小説を水木洋子が脚色し、ヴィヴィアン・リーの「哀愁」をヒントにして、反戦の意味も込めて作った。この作品で、今井は女性を美しく撮れる監督として高い評価を得た。&lt;br/&gt; この頃から、自由に作品を作りたいという気持ちが昂まり、『青い山脈』の成功で手に入れた資金をもとに、東宝から独立してフリーの監督として民主主義の社会の到来を高らかに謳いあげる作品を次々と発表した。&lt;br/&gt; しかし、東宝争議で中心的人物として動いたため、映画会社5社から締め出し（いわゆるレッド・パージ）、生計を立てる為に一時期、屑物の仕切り屋などもした。同様に解雇された左翼系映画人たちが次々と独立プロを立ち上げる運動が活発となり、今井はその1番手として映画製作を再開する。&lt;br/&gt; 山本薩夫、亀井文夫らと独立プロ・新星映画社を創立した今井は1951年、前進座と組んで、日雇い労働者たちの生活を描いた『どっこい生きてる』を発表。続いて1952年『山びこ学校』を監督。&lt;br/&gt; 山本薩夫、亀井文夫らと独立プロ・新星映画社を創立し1951年、前進座と組んで、日雇い労働者たちの生活を描いた『どっこい生きてる』を発表、つづいて1952年、山村の中学校を舞台にした『山びこ学校』を監督した。&lt;br/&gt; 1953年、当時は新興まもない弱小スタジオだった東映に招かれて、沖縄戦の悲劇を描いた『ひめゆりの塔』を製作、今井自身は出来に満足はしなかったものの、本作は大ヒットを記録&lt;br/&gt; 1953年、当時は新興まもない弱小スタジオだった東映に招かれて、沖縄戦の悲劇を描いた『ひめゆりの塔』を製作、今井自身は出来に満足はしなかったものの大ヒットを記録して、東映の基礎固めとなったといわれる。1982年にはセルフリメイクしている。&lt;br/&gt; &lt;br/&gt; その後、再び独立プロに戻り、文学座と組んだ樋口一葉原作のオムニバス映画『にごりえ』（ベストテン第1位、その時の第2位は小津安二郎の『東京物語』）、また、高崎市民オーケストラ（現・群馬交響楽団）の草創期を描いた『ここに泉あり』などヒューマニズムと社会正義を前面に打ち出した瑞々しい傑作群を次々と発表した。&lt;br/&gt; 1956年には、日本における裁判批判映画の最初の作品として知られる八海事件の裁判で弁護を担当した正木ひろしのベストセラー「裁判官」を橋本忍が脚色した作品で、日本映画としては初めて冤罪を扱ったショッキングな実録ドラマだった。描かれている事件は当時まだ裁判中であったため最高裁判所からの圧力があったなどセンセーションを巻き起こした。&lt;br/&gt; 1957年、霞ヶ浦を舞台に農村の貧困を描いた、今井正の初のカラー作品『米』と、原爆症の少女と不良少年の恋を描く『純愛物語』は、映画賞の1位・2位を独占し話題を呼んだ。50年代は毎年のようにキネマ旬報ベストテンにランク・インを続け、その偉業を象徴する事例として57年の「米」第1位、「純愛物語」第2位という上位独占は、日本映画史の伝説になった。&lt;br/&gt; 　今井正の映画は、本人も語っているようにデ・シーカやロッセリーニらイタリアの映画作家の影響を多く受けている。敗戦を経て貧困に喘いでいる国情が似ている日本においても、熾烈な現実をえぐり取るようなリアリズムが必要だと考えた今井正は、その方法で日雇い労働者を描いた「どっこい生きてる」や混血児差別を描いた「キクとイサム」を撮った。それらを一概に「左翼的ヒューマニズム」とひと括りにするのは、今井正のリアリズムを論じる場合、あまりにも短絡すぎるかもしれない。だから、極端にいえば、今井正の映画にはカメラワークやカッティングよりも、大切なのは登場人物が描けているかどうかである。だから、演技指導の厳しさは半端でなく、多くの役者たちは撮影が地獄のようだったと回想している。例えば常連パイプレーヤーであった潮健児は自伝で、『米』のラストシーンの収録に、船の帆の貼り具合や船の位置、果ては雲の位置までを気にするあまり1週間かかったなどのエピソードを紹介している。&lt;br/&gt; 1959年、人種差別批判をテーマにした『キクとイサム』は、黒人との混血の姉弟と、彼らを引き取って育てる老婆の交流を描き、戦争や差別や貧困などに傷つけられる者たちへの社会的な告発を、イデオロギーを尖鋭に推したてることなく、抑えたリアリズムによって描きあげ今井正の代表作となった。&lt;br/&gt; 1961年、李承晩ラインをめぐる日韓関係の悪化を、在日朝鮮人の若い漁師を通して描く『あれが港の灯だ』なども話題を呼んだ。&lt;br/&gt; 1963年、封建社会の残酷さを描く『武士道残酷物語』で、ベルリン映画祭グランプリを受賞。その後、同映画祭で日本映画がグランプリを受賞するのは、39年後の宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』だつた。&lt;br/&gt; 1969年、ほるぷ映画を創立し、社長に就任した。&lt;br/&gt; 1970年、『橋のない川』第二部を巡って部落解放同盟から批判を受けた。&lt;br/&gt; 1971年、『婉という女』を完成後、資金難からほるぷ映画は解散し、1972年、古巣の東宝に招かれて反戦映画『海軍特別年少兵』を発表する。&lt;br/&gt; 日本共産党員であり、娯楽色豊かなヒット作を連打し、党派を超えた巨匠として日本映画に君臨した点では、山本薩夫と双璧だが（戦中に戦意高揚映画の秀作を撮っているところまで相似している）、最後まで大手からの監督依頼が絶えなかった山本に比べると、晩年は若干不遇であった。&lt;br/&gt; 1991年、9年ぶりに撮った『戦争と青春』完成後、その上映キャンペーンの最中、埼玉県草加市でくも膜下出血で倒れ、本作が遺作となった。&lt;br/&gt; 1991年11月22日死去。享年79。生涯監督作品は48本。&lt;br/&gt; &lt;br/&gt; 1.製作 &lt;br/&gt; 1.1969.02.01　橋のない川 　ほるぷ映画 &lt;br/&gt; 2.1970.04.25　橋のない川　第二部 　ほるぷ映画 &lt;br/&gt; 3.1971.05.29　婉という女 　ほるぷ映画 　...　企画 &lt;br/&gt; 2.監督 &lt;br/&gt; 1.1937.08.11　南国太平記 　Ｊ．Ｏ． 　...　演出補助 &lt;br/&gt; 2.1939.02.21　沼津兵学校 　東宝映画京都 &lt;br/&gt; 3.1939.08.01　われ等が教官 　東宝映画東京 &lt;br/&gt; 4.1940.01.25　多甚古村 　東宝映画京都 &lt;br/&gt; 5.1940.07.17　女の街 　東宝映画京都 &lt;br/&gt; 6.1940.11.26　閣下 　東宝映画京都 &lt;br/&gt; 7.1941.07.30　結婚の生態 　南旺映画 &lt;br/&gt; 8.1943.04.15　望楼の決死隊 　東宝映画 &lt;br/&gt; 9.1944.05.25　怒りの海 　東宝 &lt;br/&gt; 10.1945.07.26　愛の誓ひ 　東宝＝朝鮮映画 &lt;br/&gt; 11.1946.04.25　民衆の敵 　東宝 &lt;br/&gt; 12.1946.06.27　人生とんぼ返り 　東宝 &lt;br/&gt; 13.1947.04.29　地下街二十四時間 　東宝 &lt;br/&gt; 14.1949.07.19　青い山脈 　東宝＝藤本プロ &lt;br/&gt; 15.1949.07.26　続青い山脈 　東宝＝藤本プロ &lt;br/&gt; 16.1949.11.28　女の顔 　大泉映画 &lt;br/&gt; 17.1950.03.21　また逢う日まで 　東宝 &lt;br/&gt; 18.1951.07.04　どっこい生きてる 　新星映画 &lt;br/&gt; 19.1952.05.01　山びこ学校 　八木プロ &lt;br/&gt; 20.1953.01.09　ひめゆりの塔 　東映東京 &lt;br/&gt; 21.1953.11.23　にごりえ 　新世紀プロ＝文学座 - カンヌ映画祭コンペティション参加&lt;br/&gt; 22.1955.01.22　愛すればこそ　第二話　とびこんだ花嫁 　独立映画 &lt;br/&gt; 23.1955.02.12　ここに泉あり 　中央映画 &lt;br/&gt; 24.1955.08.03　由紀子 　中央映画 &lt;br/&gt; 25.1956.03.27　真昼の暗黒 　現代ぷろ - カルロヴィ・ヴァリ国際映画祭世界の進歩に最も貢献した映画賞&lt;br/&gt; 26.1957.03.04　米 　東映東京 - カンヌ映画祭コンペティション参加&lt;br/&gt; 27.1957.10.15　純愛物語 　東映東京 - ベルリン映画祭監督賞&lt;br/&gt; 28.1958.04.15　夜の鼓 　現代ぷろ &lt;br/&gt; 29.1959.03.29　キクとイサム 　大東映画 &lt;br/&gt; 30.1960.04.05　白い崖 　東映東京 &lt;br/&gt; 31.1961.02.26　あれが港の灯だ 　東映東京 &lt;br/&gt; 32.1962.01.03　喜劇　にっぽんのお婆あちゃん 　Ｍ・Ｉ・Ｉ・プロ &lt;br/&gt; 33.1963.04.28　武士道残酷物語 　東映京都 - ベルリン映画祭グランプリ&lt;br/&gt; 34.1964.05.09　越後つついし親不知 　東映東京 &lt;br/&gt; 35.1964.11.01　仇討 　東映京都 &lt;br/&gt; 36.1967.06.10　砂糖菓子が壊れるとき 　大映東京 &lt;br/&gt; 37.1968.06.29　不信のとき 　大映東京 &lt;br/&gt; 38.1969.02.01　橋のない川 　ほるぷ映画 - モスクワ国際映画祭ソ連映画人連盟賞&lt;br/&gt; 39.1970.04.25　橋のない川　第二部 　ほるぷ映画 &lt;br/&gt; 40.1971.05.29　婉という女 　ほるぷ映画 &lt;br/&gt; 41.1972.04.29　あゝ声なき友 　松竹＝渥美プロ &lt;br/&gt; 42.1972.08.12　海軍特別年少兵 　東宝映画 &lt;br/&gt; 43.1974.02.20　小林多喜二 　多喜二プロ &lt;br/&gt; 44.1976.10.16　妖婆 　永田プロ＝大映映画 &lt;br/&gt; 45.1976.10.23　あにいもうと 　東宝映画 &lt;br/&gt; 46.1979.01.20　子育てごっこ 　五月舎＝俳優座映画放送 &lt;br/&gt; 47.1981.08.09　ゆき 　にっかつ児童映画＝虫プロ &lt;br/&gt; 48.1982.06.12　ひめゆりの塔 　芸苑社 &lt;br/&gt; 49.1991.09.14　戦争と青春 　こぶしプロ＝プロデュースセンタ... - モントリオール世界映画祭エキュメニカル賞&lt;br/&gt; 3.脚本 &lt;br/&gt; 1.1949.07.19　青い山脈 　東宝＝藤本プロ &lt;br/&gt; 2.1949.07.26　続青い山脈 　東宝＝藤本プロ &lt;br/&gt; 3.1970.04.25　橋のない川　第二部 　ほるぷ映画 &lt;br/&gt;</content> 
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    <title>偉大なるＸ</title>  
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    <issued>2012-05-04T19:11:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-05-04T18:57:04+09:00</modified>  
    <created>2012-05-04T18:55:56+09:00</created>  
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      <name>sentence2307</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
この作品は、とにかく珍品中の珍品です。<br/>
<br/>
wowowもいい仕事をしてくれました。<br/>
<br/>
つくづく見ることができて良かったなあと思いました。<br/>
<br/>
皮肉じゃありません、皮肉じゃありませんが、「良かったなあ」と感じた理由は、この映画を見た方は既にお分かりのことと思いますが、劇中で話すある特定のセリフ（現代では、差し障りのある「言葉」なのでしょうね）がことごとく消去されてしまっていて、これがまた皮肉なことに頻繁に話される重要な場面など、頻繁に消去を繰り返すので、重要な場面ほど何を言っているのかさっぱり分からないという無様な情況を呈し、ことさら強く印象に残ってしまったのだと感じました。<br/>
<br/>
消去にコダワルそのあまりの凄まじさは、軍事政権下の言語統制を思わせるような熱中ぶりで、見ながら恐怖感というか危機感というか嫌悪感におそわれ、近い将来、差別用語満載の本編そのものも存在価値を問われ、この世から抹殺されるのも時間の問題ではないかと思うのも無理ないのではないかと思ったくらいでした。<br/>
<br/>
「良かったなあ」と感じた理由は、この映画を抹殺される前に見ることができてホントニ「良かったなあ」という意味です。<br/>
<br/>
しかし、その「言葉」が、かくも頻繁に使われるということは、もしかしたらその「言葉」こそ、この映画のテーマを伝えるのに欠かせない核心を突く言葉だったのではないか、それを差別用語だかなんだか知りませんが無闇に消去なんかしてしまっていいものなのかとチラっと思ったのです。<br/>
<br/>
その「言葉」というのは、・・うううっ・・危ない危ない、もう少しで書いてしまうところでした。<br/>
<br/>
良識のある方々の総攻撃とか炎上とかがあると怖いので、僕の口から言うことはできませんが、ほらあのゴダールの作品とかにあるじゃないですか、「なんとかピエロ」とかいうの、えっ、あっちじゃない?　じゃ黒澤明の方とか?　まさか山田洋次じゃないですよね・・・なんて、これじゃあなんだか回りくどくて訳が分からないじゃないですか。<br/>
<br/>
これって言葉狩りっていうんですよね、こういうの、いい加減止めにしません?　<br/>
<br/>
きっとGHQの要請で義務的に作った国策映画というので熱意の感じられない稚拙さは、まあ仕様がないとしても、とにかくこの映画、姿勢は戦後民主主義の理想を高らかに謳い上げようとしているわけなのですから、流し手もそこらはおおらかに構えていてもよかったのかなあと感じました。<br/>
<br/>
差し障りがある虞があるというだけで、重要なセリフを勝手に消去しまくっておいて、戦後民主主義の理想の謳歌もへったくれもあったもんじゃありませんものねえ。<br/>
<br/>
軍事ファッショに拮抗する民主主義謳歌の映画を見ながら、僕たちは同時に現代の良識ファッショの圧力を思い知らされねばならなかったというわけなんですよね。<br/>
<br/>
言論の自由を堂々と脅かすようなナチスの焚書の言語統制みたいな皮肉な音声処理映画を見せつけられて、笑うに笑えない残念な映画体験をさせていただきました。<br/>
<br/>
古い話ですが、「新潮」1993年3月号で筒井康隆と井上ひさしがその辺のところを対談しているのを思い出しました。<br/>
<br/>
現在僕たちが使っている言葉は、きっと長い時間をかけて封建社会の制度のなかで階級化されてきたもので、いわば一方の階級が他の階級を、それこそ「差別」することも含めて駆使されてきた道具だったわけで、そのうえで歴史的な文学作品が生み出されてきたのですから、それらの「言葉」を文脈を無視してただ隠蔽するだけの魔女狩りみたいな方法は、決して適切な行き方とは思えないような気がします。<br/>
<br/>
ラスト、「偉大なるＸ」がなかなか姿をみせず、ヤキモキさせた末に、警察署長がみえみえの変装をして「偉大なるＸ」になりすまし、いざ聴衆に滔々と語り掛ける「高邁な民主主義の理念」が、気抜けするほど凡庸で苦笑せざるを得なかったのですが、その苦笑は、当然「差別用語の自主規制の過剰反応」（「みっともない」という形容詞を挟み損ないました）まで及んだことを付記しなければなりません。<br/>
<br/>
ネットを見ていたら、この映画の解説のこんな一文を見つけました。<br/>
<br/>
「売れない小説家の丸木文夫は、混濁の世の中を立て直す『偉大なるX』を信じて、同じアパートの貧乏画家・裕吉とX運動をはじめるが、どこへ行っても狂人の寝言として相手にされない。<br/>
管理人の娘・千代と失業者の松下だけが支持したが、あとは『犯罪のない社会』も『平和国家』も信ぜず、混濁の世の中を混濁の生き方でいこうとするものばかりだ。」<br/>
と書いてありました。<br/>
<br/>
子供騙しの新興宗教の世迷言みたいな『犯罪のない社会』や『平和国家』の到来を信じないことなど常識のある人間なら当然の判断だし、むしろ『混濁の世の中を混濁の生き方』で生きていこうとする姿勢の方が、よっぽど魅力的で清々しいと思うのですが。<br/>
<br/>
（1948松竹大船）監督・大庭秀雄、製作・細谷辰雄、原案・岡田日出男、脚本・新藤兼人、撮影・生方敏夫、美術・森幹男、音楽・斎藤一郎、録音・妹尾芳三郎、照明・田村晃雄<br/>
出演・宇佐美淳、津島恵子、清水一郎、杉村春子、逢初夢子、殿山泰司、三津田健、若水絹子、賀原夏子、三井弘次、神田隆、村上冬樹、青山杉作、安部徹、増田順二、<br/>
1948.05.07　9巻 2,238m 82分 白黒 <br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>女性操縦法 “グッドバイ”より</title>  
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    <issued>2012-04-13T23:05:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-04-13T23:00:23+09:00</modified>  
    <created>2012-04-13T22:51:25+09:00</created>  
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      <name>sentence2307</name> 
    </author>  
    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
以前、清水宏監督「霧の音」1956を見て、キネマ旬報刊「日本映画作品全集」に掲載されている「霧の音」の作品解説と随分食い違っていたのに気がつき、その相違点について書きました。<br/>
<br/>
しかし、改めて読み返してみると、いくら無意識に書いたにしろ、その得々とした書きぶりが、いかにも嬉しそうで、それだけに嫌らしく、なんだかうんざりしてきました。<br/>
<br/>
随分恥ずかしいことをしてしまったみたいな後味の悪さだけが残りました。<br/>
<br/>
きっと、権威あるキネマ旬報の映画解説書のミスを発見したというので思わず狂喜し、一気に書き上げたその気持ちを考えれば、我ながら自分がなんだかいじらしくて可哀想にさえなってきました。<br/>
<br/>
しかし、冷静になって考えてみれば、小説などを映画化するにあたって本編と少しくらい違っていたり（あるいは大幅でも）改変されることは往々にしてあることで、なにも鬼の首をとったみたいに喜ぶほどのことでもなかったのだと今にして少々反省しています。<br/>
<br/>
あの作品全集の解説にあった齟齬も、ちょっとした行き違いだったに違いありません。<br/>
<br/>
実は、「霧の音」を見たあとすぐに島耕二監督作品「女性操縦法 “グッドバイ”より」（以後「グッドバイ」といいますね）を続けて見たのです。<br/>
<br/>
こちらの方は、改変どころの騒ぎではありません。<br/>
<br/>
小説「グッドバイ」は、太宰治が新聞に連載を始めた矢先に、例の心中事件（太宰の自殺願望に巻き込まれた無理心中だといわれています）によって中断してしまった新聞小説の映画化です。<br/>
<br/>
ほんの冒頭部分が書かれただけで分量としてもごくわずか、僕も青空文庫で読んでみたのですが、う～ん、たったこれだけの素材をあれだけふくらませ一応の形に整えたわけですから、巧拙とかはともかくとして、意欲と努力は十分に評価してもいいかな・・・とは思ったのですが、如何せん世評のほうがその努力を評価してないみたいですね。<br/>
<br/>
そもそも、当の小説の方も当初からそれほど好意的なコメントもなかったように聞いています。<br/>
<br/>
心中直後に発行された文芸雑誌には、作家仲間のこんなコメントも掲載されているそうです。<br/>
<br/>
《友人の小説家・今宮一は追悼に「女の人と死んだからどうだということは、微塵もない。「グッド・バイ」の書き出しを読んで、ああ、きみ、こんな小説を書いてはいかんと、叫びたい気持ちだけはある。あんな小説、何回つづくつもりかしらんが、あんな調子で書きつづけたら、黙っていても生命取りだと、身の毛のよだつ思いであった」（「文芸時代」８月号）と書いた。》<br/>
<br/>
熱烈な太宰のファンならともかく、現在でもこの小説のまとまった評価をあまり聞いたことがありません。<br/>
<br/>
あるいは、評価するほどの分量もないので、良し悪しのコメントなどしたくてもできないといったところなのでしょうか。<br/>
<br/>
しかし、未完の小説ならともかく、映画の方は、一本の完結した喜劇として世に出たわけですから、世間からのそれなりの洗礼を免れるわけにはいきません。<br/>
<br/>
そして、僕自身としても、この作品を見た直後、幾らなんでもこれはひどすぎるのではないかというのが偽らざる印象でした。<br/>
<br/>
構成は稚拙で、ストーリーにメリハリがありません、無節操に暴走するディテールは重層し、交通整理のつかないまま惨憺たる結末を迎えたという感じです。<br/>
<br/>
見たあとは、なんだか消化不良のモヤモヤ感だけが残り、喜劇を見たという（これが「喜劇」だったらの話ですが）独特の爽快感がまったくといっていいほどなく、むしろ、後味の悪い不快感だけが残りました。<br/>
<br/>
「なんだ、この不快感は？」という感じです。<br/>
<br/>
そんなわけですから、このモヤモヤを後々まで引きずらないためにも、この不快がなにに基づいているのか、はっきりさせようと考えました。<br/>
<br/>
しっかりとしたリセットでもしなければ、自分の中にいつまでも澱のようなものが蟠り、新たな映画を楽しむなんて気分になれません。<br/>
<br/>
是非ともここは自分自身のモヤモヤを晴らすためにも、一度この映画の錯綜した劇中人物の相関図をちゃんと整理して、すっきり納得したうえで、新たな映画を楽しもうと考えました。<br/>
<br/>
この物語は、雑誌編集者でプレイボーイの田島（森雅之が演じています。有島武郎の息子なんですってね、今回初めて知りました。）が、降って湧いたような富豪令嬢の結婚話を成就させるために、それまで愛人関係にあった女性たち4人に対して、偽計を弄して別れようとするかなり強引な物語です。<br/>
<br/>
「偽計」というのは、郊外に疎開させていた本妻がいよいよ帰郷してきたと愛人たちをダマクラかして、一挙に関係を整理してしまおうという算段です。<br/>
<br/>
美人の本妻と直接対決させれば、愛人たちもすんなりと諦めるに違いない（しかし、美的に劣るという劣等感だけで、愛人たちが田島の要請をすんなり受け入れ別離に同意するとは到底思えません）と確信した田島は、ショックを受けた彼女たちに、すかさず「グッドバイ」と言って引導を渡してしまおうと企んでいます。<br/>
<br/>
その美人妻のダミーとして仕立てあげられるのが、たまたま以前から会社に出入りしていたカツギ屋のきぬ子（高峰秀子が演じています）です。<br/>
<br/>
このカツギ屋の「きぬ子」の正体は、実は富豪令嬢で、そしてさらに、田島の4番目の愛人のケイ子の親友でもあるということが最後に明かされますが、しかし、ここまで映画を見てきて、幾つかの疑問にぶつかりました。<br/>
<br/>
カツギ屋のきぬ子が、あえて田島の会社に出入りをはじめたのは、親友・ケイ子から何らかの依頼があったからという前提でもなければ、この話はどうにも説明がつかないような気がします。<br/>
<br/>
そしてケイ子が、あえて親友きぬ子に依頼することといえば、たぶん、田島の監視とか、もしくは田島の本心を探ってほしいという漠然としたものくらいしか考えつきません。<br/>
<br/>
しかし、なんの切っ掛けもないのにケイ子は、いくら親友とはいえ、そんな唐突で不躾な相談をするものだろうかという疑念が湧きました、必然性が求められる物語の構成上からみても、なんだか脈絡がなく不自然な感じがします。<br/>
<br/>
むしろ、ここは、田島が恋人関係を清算しようと画策しているという情報を察知したケイ子が、不安のあまりいち親友のきぬ子をたよって今後のことを相談したと考えるのが自然に思えます（その相談の結果として、きぬ子は、田島を嘘の結婚話で誘って、彼を試すという罠を発案したと考えるのが、どうも自然に思えます）。<br/>
<br/>
つまり、「ケイ子の依頼」から、きぬ子は罠としての「結婚話」を考案し、それに動かされた田島が、愛人たちと手を切る必要に迫られて、そのハカリゴトの道具としてきぬ子をスカウトしたと順序づけられます。<br/>
<br/>
つまり、時系列的に書けば<br/>
<br/>
「ケイ子からの依頼」→きぬ子考案の「嘘の結婚話」→田島の「きぬ子の偽妻」と「グッドバイ作戦」作戦→作戦に危機感を感じた「ケイ子からの依頼」→<br/>
<br/>
こんな感じの循環になり、どこが最初か分からないような堂々巡りを呈しています。<br/>
<br/>
「なにか」のアクションの前に、「なにか」が存在しなければそれは動きようがないという八方すくみの図式です。<br/>
<br/>
これって確か「自家撞着」とかいうんですよね。<br/>
<br/>
そのほか、突っ込みどころは随所にあるのですが、その度に見直していた幾度目かに、偶然本編の最後に「映画手帖」とかいう短い解説（「グッドバイ」ほか数本の解説でした）が付されているのを見つけました。<br/>
<br/>
そして、それを見てびっくりしました。<br/>
<br/>
この映画を作るための小説を青柳信雄プロデューサーが太宰治に依頼し、承諾してくれたお礼に、高峰秀子と太宰治は鎌倉の料亭で顔合わせをしたというのです。<br/>
<br/>
そして、そのときの太宰の印象を高峰秀子は、まるで「ドブから這い上がった野良犬のごとく貧弱だった。」とズバリ「わたしの渡世日記」につづっているそうなのです。<br/>
<br/>
教祖・太宰治をこんなふうに言い切った人をはじめて知りました。<br/>
<br/>
三島由紀夫でさえ、かなり辛らつに批判したとはいえ、それは同じ根を持つ太宰に対するコンプレックスの裏返しでしかなく、重篤な病を抱えた者同士の病気自慢みたいなものに思えてしかたありませんでした。<br/>
<br/>
それは、同病相哀れむに根ざした「呪縛の自己証明」でしかないようにも思えたものでした。<br/>
<br/>
名著「わたしの渡世日記」は、自分も何度も読んでおり、しかし強く印象に残っているところといえば、山本嘉治郎の部分や黒澤明の箇所部分くらいで太宰治について書かれた箇所などあったかなあと半信半疑でした。早速、図書館にいって「わたしの渡世日記」上下巻を借りてきました。<br/>
<br/>
ありました・ありました、はは～ん、これですか。ちょっと長くなりますが、重要なところなので、ちょっと書き写しますね。<br/>
<br/>
《昭和22年の夏、青柳信雄プロデューサーは、２３年春の大作として「太宰治書下ろし、高峰秀子主演」の映画を企画した。太宰治からは間もなく承諾の返事が届き、ある日、私は太宰治にお目見えすることになったのである。<br/>
青柳信雄プロデューサーの肝いりで、鎌倉の料亭へ彼を招待して一献差し上げようじゃないか、というわけで、私たちは新橋の駅で彼と待ち合わせた。<br/>
昭和22年といえばまだ敗戦後２年、町ち行く人々の服装はまだ貧しかった。<br/>
それにしても、である。<br/>
新橋駅に現れた太宰のスタイルは、ひどかった。<br/>
既にイッパイ入っているらしく、両手がブランブランと前後左右に揺れている。<br/>
ダブダブのカーキ色の半そでシャツによれよれの半ズボン、素足にちびた下駄ばき。<br/>
広い額にバサリと髪が垂れ下がりへこんだ胸、ヌウと鼻ののびた顔には彼特有のニヤニヤとした照れ笑いが浮かんでいる・・・。<br/>
作家の容姿に、これといった定義があるわけではないけれど、とにかく、当代随一の人気作家太宰治先生は、ドブから這い上がった野良犬のごとく貧弱だった。<br/>
・・・・玄関に出て下駄をつっかけた太宰治は、ヒョロヒョロとした上体をクルリとまわすと、あがりがまちに膝をついて見送りに出ていた女中に向かって叫んだ。<br/>
「もっと飲ませろい、ケチ!」<br/>
・・・<br/>
「グッドバイ」の原作は、なかなかできてこなかった。<br/>
青柳信雄がひったくるようにしても持ってきた何枚かの原稿に在るヒロインは、「彼女は小さな丸顔で、手足も上品に小さい」とあった。<br/>
上品かどうかは知らないが、鎌倉の料亭でチロリとこちらをうかがっていた太宰治の酔眼は、作家としての正気は失っていなかったらしい。・・・》<br/>
<br/>
人間観察が鋭いということは、過剰に人目を気にするということでもあり、それは過酷で複雑な生い立ちが、情緒を歪ませ過敏にさせた証明でもあるのかもしれません、そういう意味では、それぞれ感情の表出のかたちは違っても、高峰秀子と太宰治は同じタイプの人間だったのではないか、太宰の発した「もっと飲ませろ、ケチ」は、太宰治の精一杯のサービスだったかもしれないと、するどい直感で高峰秀子が感じとっていたかもしれません。<br/>
<br/>
当然、このエピソードは、ぼくの「グッドバイ」に対する作品評価にも少なからず影響を与えないわけにはいきません、当然です。<br/>
<br/>
映画鑑賞というものは、そういうものなのです。<br/>
<br/>
（1949新東宝）製作・青柳信雄、監督・島耕二、脚本・小国英雄、原作・大宰治、撮影・三村明、音楽・鈴木静一、美術・下河原友雄、録音・神谷正和、照明・大沼正喜<br/>
出演・若原雅夫、清川玉枝、高峰秀子、森雅之、江川宇礼雄、斎藤達雄、霧立のぼる、三村秀子、 藤間紫、一の宮あつ子、清川虹子、<br/>
製作＝新東宝　配給＝東宝　1949.06.28　10巻 2,712m 99分 白黒 <br/>

        ]]></content> 
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    <title>霧の音</title>  
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    <issued>2012-03-20T14:45:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-03-21T23:18:49+09:00</modified>  
    <created>2012-03-20T14:31:57+09:00</created>  
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      <name>sentence2307</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
この作品「霧の音」が、清水宏監督作品だと知って、これはなにがなんでも見なくてはという強い気持ちで見ました。<br/>
<br/>
この作品の優れた部分と、あるいは甘々な部分は、あとで書くとして、実はその前に、この作品の情報をネットで拾っていたとき、経験した奇妙な体験を書かないわけにはいきません。<br/>
<br/>
この清水宏監督作品「霧の音」を見たあとで、ネットサーフィン（最近はちょっと言わなくなりましたが）この映画について検索していたら、gooの「解説」に、「相愛の男女が、三年目ごとの中秋名月に、信州高原の山小屋に再会を約しながら、遂に結ばれることなく終る愛情の悲劇」という記述があり、ちょっと驚いてしまいました。<br/>
<br/>
というのは、この映画の中には、ふたりが「三年目ごとの中秋名月に、信州高原の山小屋に再会を約束する」という場面など、まったく存在しないからです。<br/>
<br/>
信州の山小屋で世捨て人のように研究に勤しんでいる大学教授・大沼一彦（上原謙が演じています）のもとで、彼の身の周りの世話を甲斐甲斐しくやいているつる子（木暮実千代が演じています）とのふたりの満ち足りた穏やかな日常が描かれています。<br/>
<br/>
その安定した暮らしの様子は、このふたりが相思相愛の愛人関係にあるらしいということが分かります。<br/>
<br/>
この何年か後の大沼教授の回想で、この時のふたりの関係を「まだ清い関係だった」と述懐していることから、この山小屋でのふたりが、確かにいまだ清い関係だったにしても、かなり「成熟」していて「触れなば落ちん」状態だったことは確かだったと思います。<br/>
<br/>
しかし、そんなとき不意に大沼教授夫人が現れ（乱入し、という言い方のほうが相応しいかもしれません）、その穏やかなふたりの生活を滅茶苦茶にかき乱します。<br/>
<br/>
この大沼夫人という人が、家庭をかえりみることなく、婦人開放運動に熱中するただの政治オタクみたいに描かれているのですが、夫人の側の立場からすれば、東京の家を放ったらかしにし、手紙を出しても返事も寄こさない夫のことが気がかりで、いざ山に訪ねてみれば、いやに色っぽい若い女性となにやら楽しそうにしているのを見て、ついに切れ、逆上してふたりの穏やかな生活を掻き乱したり、愛人つらした女を罵倒したとしても、なんだかそちらのほうが当然で、夫人を非難する側に立つことにいささか躊躇を覚えました。<br/>
<br/>
いや、むしろ、肝心なことには口を閉ざし、いっさいの決断をすることなく、すべてのことを成り行き任せている無責任きわまりない大沼教授の優柔不断さというよりも狡猾さとでもいうしかないその態度の方にむしろ苛立ちを感じたくらいでした。<br/>
<br/>
やがて、物語は、大沼夫人に罵られたつる子が別れを決意し、置き手紙を残して大沼教授のもとを去るのですが、しかし、つる子が残したその手紙のどこにも「三年毎に逢瀬を約束する」などということは、いっさい書かれていませんし、また、つる子が大沼のもとを去る理由というのも、くだんのgooの解説にあったような「つる子は、子供まである大沼教授の家庭を破壊することを恐れ、秘かに山を下る。」などという種類のものでもありません。<br/>
<br/>
つまり本編の内容とは全然違うのです。<br/>
<br/>
実は、つる子には、同じような境遇の女友だちというのがいて、彼女もまたつる子同様、妻子ある男と不倫関係の真っ只中にあり（にっちもさっちもいかない、かなり煮詰まってしまった感じです）、たまたま彼らが信州に遊びに来た日の夜、出口のないその不倫関係の行き詰まりを精算するかのような心中事件を起こしてふたりが死んでしまうというショッキングな事件が起こります。<br/>
<br/>
たとえ彼女の残した書き置きに「子まである大沼の家庭を破壊することに罪悪感を持った」と書かれていたとしても、しかし、彼女が大沼と分かれる決心をした本当の理由といえば、それはもう同じ境遇にあった親友の心中事件に自分の境遇を写し見て悲観したと見るのが、彼女が別離を決断した理由とするのが当然かと思います。<br/>
<br/>
なぜgooの解説が、一度ならず二度までも本編の内容とこれほどまでに食い違うのか、どうしても不可解でした。<br/>
<br/>
その後、ほかのサイトを幾つか閲覧したのですが、gooの解説の引き写しのような誤った情報がコピーされていました。<br/>
<br/>
誤った情報がどこかにあって、検証されることなく、それがそのまま流布されたに違いありません。<br/>
<br/>
しかし、これほどまでに疑いもなく頭から信頼し、偽りの情報が易易と広まってしまうというのは、その情報源がよほど信頼のおけるものか、よほど重要人物の書いた評文とか信憑性のある資料の裏付けがなければ起こり得ないことです。<br/>
<br/>
ぜひそのミナモトを知りたいと思いました。<br/>
<br/>
そんなことも忘れかけていたとき、偶然にその「情報源」に遭遇しました。<br/>
<br/>
キネマ旬報の「日本映画作品全集」（1973年発行のもので、いまだ日常的に愛用しています）の「霧の音」の項を読んでいてびっくりしました。<br/>
<br/>
書き出しの部分には、はっきりと「相愛の男女が、三年目毎の中秋の名月に信州高原の山小屋に再会を約しながら、ついに結ばれることなく終わる愛情の悲劇で、北条秀司が新国劇のために書き下ろした名作である。」と書かれています、執筆者は岸松雄。<br/>
<br/>
これだったのか、とそのときは、パッと目の前の視野が一挙に開ける感じでした。<br/>
<br/>
ビッグネームの信用というか、ブランドだけが誤情報を抱えて一人歩きしてしまう皮肉な現象（ネームバリューというバックがあれば、誤謬さえ堂々と市民権を得てしまう皮肉）を目の当たりにした体験でした。<br/>
<br/>
そんな思いでその一文を何度も読み返していると、そこに書かれている「相愛」という言葉にもなんだか疑問が湧いてきて、絡みたくなってきました。<br/>
<br/>
ふたりが本当に「相愛」なら、なにも三年目毎の中秋の名月に、よりにもよって信州高原の山小屋で会うなんていう、なんともまどろっこしい逢い方をしなくたって、とるべき手段はいくらでもあったのではないかという気がします。<br/>
<br/>
特につる子は、大沼教授の居場所や動静をいつでも知ることができたわけですから、この悲恋の理由として「夫人の生存」だけを殊更に上げるのは、かなり見当外れのような気がします。<br/>
<br/>
大沼教授の恋情としては確かに「そう」だったかもしれませんが、はたして、つる子の方に教授に対する強い気持というものが本当に存在していたのかどうか、意地悪い見方をすれば、ふたりの間を阻んでいるとされている「夫人の生存」は、彼女にとって本当は恋の障碍でもなんでもなく、むしろ逢いに行かないことの口実に使われただけなのであって、つる子の「恋情」ということでいえば、諦めようと思えば諦められる程度の薄いものだったのではないかという気がしてきました。<br/>
<br/>
ラストの場面、大沼教授は、つる子の死を知らされ、ついに結ばれずに終わった儚い恋に声を殺して、囲炉裏端でひとり嗚咽します。<br/>
<br/>
教授の周囲にいる人々も彼の悲しみに気がついており、いま悲しみにくれる彼のことを気づかない振りをして「しばらくは、そっとしておいてあげよう」というような心優しく繊細に見えるかもしれない場面として描かれてはいます。<br/>
<br/>
しかし、よく考えてみれば、大沼教授が、その囲炉裏端で果たして何に対して落涙したのか、なんだかよく分からなくなってきました。<br/>
<br/>
早世したとはいえ、つる子の生涯は、決して不幸だったわけではありません。<br/>
<br/>
妻思いの優しい夫に大切にされ、可愛い子供たちに囲まれた幸福な半生だったといえます。<br/>
<br/>
だとすると大沼教授の涙が、彼女の「不幸」に対して流したものという言い方はできないことになります。<br/>
<br/>
むしろ、あえていえば、大沼教授の涙は、つる子と一緒になれなかった自分自身の「不幸な恋」に対して流したナルシックな涙でしかなかったような気がします。<br/>
<br/>
さらに考えようによっては、自分の欲望が遂げられなかったことに対して嘆くというずいぶんと身勝手な涙だったかもしれません。<br/>
<br/>
成瀬巳喜男の「浮雲」のラストにおいて、絶海の孤島で薄幸のまま絶命したゆき子の骸に対して慟哭した富岡の涙とは、ずいぶん違う感じがします。<br/>
<br/>
富岡の慟哭には、少なくとも不甲斐ない自分が、腐れ縁のはてにゆき子を無残に死なせてしまったことの贖罪の気持ちとともに、身勝手だった自分自身にも忸怩たる悔恨の気持ちがあったからこそ、その悲痛な物語に観客たちは、せめてもの救いを感じ取ったのだと思いますが、しかし、この「霧の音」において、大沼教授は、自分の身勝手さに気づくことなく、いままさにつる子の忘れ形見の手を引いて今は亡き彼女の墓参に向かおうとしているその自己愛に酔いしれた大沼教授の涙に、どこまで観客が共感できるか、果たして「浮雲」に見出したような「救い」を観客は感じ取ることができるだろうかと、幾分の危惧が残りました。<br/>
<br/>
（1956大映京都）製作・永田雅一、企画・辻久一、監督・清水宏、原作・北條秀司、脚本・依田義賢、撮影・相坂操一、美術・神田孝一郎、音楽・伊福部昭、録音・大谷巌、照明・伊藤貞一、スチル・松浦康雄、助監督・渡辺実、製作主任・竹内次郎<br/>
出演・上原謙、木暮實千代、川崎敬三、藤田佳子、浪花千栄子、柳永二郎、江島みどり、浜世津子、見明凡太朗、坂本武、浦辺粂子、万代峯子、上田寛、石原須磨男、丸山修、横山文彦、三浦志郎、長谷川茂、大崎四郎、遠山泰裕、清水紘治、仲上小夜子、滝のぼる、戸村昌子、種井信子、須山礼子、里中位子<br/>
1956.11.21　9巻 2,294m 84分 白黒 <br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>トゥヤーの結婚</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sentence.exblog.jp/17829646/"/>  
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    <issued>2012-02-19T12:10:06+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-19T11:57:01+09:00</modified>  
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    <author> 
      <name>sentence2307</name> 
    </author>  
    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
「トゥヤーの結婚」は、内モンゴル地区の遊牧民を描いたとても素朴な映画で、2007年度ベルリン国際映画祭で金熊賞のグランプリを受賞したという評価の高い作品です。<br/>
<br/>
しかし、その「素朴さ」の意味も含めて、この作品のどこが「高い評価」につながったのかについては、じっくりと検証する必要があります。<br/>
<br/>
なにしろ、ベルリン国際映画祭におけるこれまでの選出作品をみると、日本作品の評価のされ方も「そう」なのですが、なんとなく偏った印象というか、ただ「目を引くような辺境もの」「物珍しい奇妙な習俗や風習」が描かれてさえいれば、ただちに評価に結びついてしまう、ちょっと安直で偏屈というかへそ曲がりっぽいものを感じていたからかもしれません。<br/>
<br/>
裏返していえば、そこには、ごく貧しい中央アジアの遊牧民や、あるいは奇妙な習俗にがんじがらめに囚われ、閉ざされた身分社会のなかで追い詰められ、ついに死を選ばざるを得ない極東の狂気の武士の物語（今井正の「武士道残酷物語」のつもりですが、欧州において今井正の名前がこの「武士道残酷物語」によって記憶されてしまうとすると、やっぱりちょっと複雑な思いがしますよね）など、その映画自体に対してというよりも、むしろその「奇妙さ」「惨めさ」「残酷さ」「無様さ」「いかがわしさ」「貧乏ったらしさ」「むごたらしさ」（まだまだネガティブな言葉があると思いますので、思いついたら、あとからどんどん付け足していきますね）にそそがれる視線のなかには、ただただ興味本位の、西欧の成熟し安定した社会で平穏すぎる退屈な生活をおくることに飽き飽きした西欧人の、なんか刺激的なものはないかとアジアに注がれる視線のいかがわしさを感じてしまうのです。<br/>
<br/>
死をかけて人間であることの誇りを描いた「武士道残酷物語」も、自分の家族は誰ひとり見捨てないと誓った遊牧民の妻の素朴なモラルに生きる悲しみを描いた「トゥヤーの結婚」も、同じような西欧価値観主体のひとりよがりな「評価」という視線に漉されてしまったとき、その作品が持っていた本来の姿（素朴や人間的な誠実さの意味）が、はたしてどのようなものに変質してしまうのか（逆に、極東に生きる黄色い肌をしたボクたちの「感性」が、はたしてどのように変質してしまうか、という逆作用だってないとは限りません）ちょっと気になったのです。<br/>
<br/>
さて、最近、この作品について、とても驚いた（ある意味「素晴らしい」）感想に遭遇したので、これは是非とも書き留めておかなくてはと、急いでパソコンの前に座りました。<br/>
<br/>
その「感想氏」は、この映画を見て、作中でもっとも印象に残ったセリフとして、「女をものにしたかったら、その気にさせてからにしなさい！」というトゥヤーの言葉をあげていました。<br/>
<br/>
確かに、そのセリフは、映画のなかにあります。<br/>
<br/>
元クラスメートのボロルが、トゥヤーが結婚をほぼ了承しているというのに、コトを急いで（魔が差したとでもいうのでしょうか）ホテルで彼女と無理やり肉体関係を結ぼうとして拒絶され、そのときに彼女から投げつけられる（罵られる感じで吐かれた）拒絶の言葉でした。<br/>
<br/>
そんなことくらいでヒルムような気の弱さでは、日本のＡＶに出演することなど、もちろん望外です。<br/>
<br/>
そのあとの意気消沈ぶりには、目を覆いたくなるものが、確かにありますが、あえて一番に上げなければならないような重要なものとも思えません。<br/>
<br/>
むしろ、一瞬「そっちかい!」という思いで唖然としたくらいでした。<br/>
<br/>
「女をものにしたかったら、その気にさせる」ことは、とても大切なことではありますし、またきわめて当然と言えば当然なことで、むしろそのことに失敗したとなると、大変なことになるわけで、翌日から彼女が目を合わさないようになる、話し掛けても答えない、こちらさえ見ない、まるで自分は彼女にとっての風景の一部となりさがってしまったかのように見過ごされ、しまいには社内の全女性から無視されるようになる、やがて全女子社員の協力をまったく得られなくなり、すぐにも仕事にいきづまる、だんだん会社に居ずらくなる、むしろ、いられなくなる、いや、その程度の社内のスポイルだけならともかく、最悪の場合は強姦未遂で告訴されて警察沙汰のとんでもない発展の仕方をすることだってないわけじゃない。<br/>
<br/>
延々とこんな妄想を書き綴っても仕方がないのですが、僕が言いたいのは、「女をものにしたかったら、その気にさせる」というセリフにこのシトが心惹かれたということは、そういうことなのではないかと考えたのです。<br/>
<br/>
この考え方っていうか、妄想の方向性って、ずいぶんと西欧的だなと思ったのです。<br/>
<br/>
これが、僕が、この感想「女をものにしたかったら、その気にさせる」を面白いと感じた理由です。<br/>
<br/>
（2007中国）監督ワン・チュアンアン、脚本ルー・ウェイ、ワン・チュアンアン、製作総指揮ユアン・ハンユエン、ワン・ルー、チェン・ツーチョン、製作コン・ターシュン、ヤン・チュイカン、撮影監督ルッツ・ライテマイヤー、美術ウェイ・タオ、録音チアン・ポン、編集ワン・チュアンアン<br/>
出演・ユー・ナン、バータル、センゲー<br/>

        ]]></content> 
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    <title>終着駅 トルストイ最後の旅</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sentence.exblog.jp/17787794/"/>  
    <id>http://sentence.exblog.jp/17787794/</id>  
    <issued>2012-02-12T11:14:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-12T13:22:33+09:00</modified>  
    <created>2012-02-12T11:01:08+09:00</created>  
    <author> 
      <name>sentence2307</name> 
    </author>  
    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
最初に「トルストイの家出」を知ったのは、書籍からだったのか、それとも教師や友人からだったのか、いまでははっきりと思い出すことができませんが、とにかく、最晩年のトルストイが家出した（その旅の途上の駅舎で野たれ死んだ）という事実を聞き知ったとき、まずは信じられず、趣味の悪いジョークか嘘だろうと思いました。<br/>
<br/>
やがて情報を得るにしたがって、それらが事実らしいと徐々に分かり、いつしか、ひとつの「衝撃」としてその事実はそのままの形で自分のなかに仕舞われたのだと思います。<br/>
<br/>
それまで文豪トルストイについての知識といえば、せいぜい世界文学全集や簡単な伝記などで紹介されたものを読んだくらいの大雑把な情報だったのですが、それにしても、そこには「徹底した平和主義者」だとか、「宗教的な雰囲気をたたえた求道者」、果ては、「高邁な人道主義者」などと記されており、凄い人なんだと思う反面、なんだかその節操の無い手放しの褒め上げ方には、子供ながらに「そんなに持ち上げていいのか」という懐疑心と、権威に迎合する知識人という人種（自分もいつかそんな人たちの中に組み込まれてしまうのかという）への遣り切れなさをぼんやりと覚えたくらいでした。<br/>
<br/>
しかし、少年のかすかな懐疑心など薙ぎ倒すような力強い「ヨイショ」に圧倒された自分は、もうそれだけでトルストイというロシア人が、近寄りがたい聖人と印象づけられたものの、しかし、その文豪が、まるで１６歳の夜遊び癖のついた不良少女がするような「家出」をやらかしたという、そのイメージの落差というか、奇妙なミスマッチに「なんなんだ、これは」という違和感にずっと囚われていました。<br/>
<br/>
しかし、それからかなり経った頃、小林秀雄の「文芸評論」を読んでいたら、「トルストイの家出」をめぐって、正宗白鳥とのあいだで論争があったことを知りました、すでに自分もかなりひねた年齢になってはいましたが。<br/>
<br/>
論争の切っ掛けは、正宗白鳥のこの有名な一節から始まっています。<br/>
<br/>
「廿五年前、トルストイが家出して、田舎の停車場で病死した報道が日本に伝つた時、人生に対する抽象的煩悶に堪へず、救済を求めるための旅に上つたといふ表面的事実を、日本の文壇人はそのまま信じて、甘つたれた感動を起したりしたのだが、実際は妻君を怖がつて逃げたのであつた。人生救済の本家のやうに世界の識者に信頼されてゐたトルストイが、山の神を恐れ、世を恐れ、おどおどと家を抜け出て、孤往独邁の旅に出て、つひに野垂れ死した径路を日記で熟読すると、悲壮でもあり滑稽でもあり、人生の真相を鏡に掛けて見る如くである。ああ、我が敬愛するトルストイ翁！」<br/>
<br/>
つまり、日本の文壇が崇め奉っている文豪トルストイの「家出」の実態というのが、実は女房のヒステリーに耐え切れずに、いい年をしておどおど・こそこそ行われたもので、ただの恐妻家にすぎないじゃないか、なにが文豪だ、というものでした。<br/>
<br/>
誤解があるといけないので付け足しておくと、正宗白鳥としては、「聖人と崇め立てるよりも、むしろ、こちらの方が人間臭くてずっといいじゃないか」という意味もあったと思います。<br/>
<br/>
しかし、芸術至上主義者・小林秀雄は、正宗白鳥の「女房のヒステリー」を前面に出して面白がっているこの皮肉な揶揄に食いつきます。<br/>
<br/>
この事件におけるもっとも大切な問題がどこにあるのか、はたして「女房のヒステリー」にあるのか、それとも、「切っ掛け」なんかなんだって構わない、年齢だって関係ない、ただ重要なのは「人生の真相を求めて無一文で流浪する」その居ても立ってもいられない芸術に仕える者の気持ちの方なのではないのか、と論戦を仕掛けました。<br/>
<br/>
雑誌上で何度か交わされた言葉の応酬の結果、この論争の結末は、小林秀雄が押され気味で、最後には矛を収めたという印象です。<br/>
<br/>
小林秀雄が、頑なに擁護している芸術至上主義が、この一連の論理展開においては、いささか精彩を欠き、旗色が悪い印象を受けるのはどうしてなのか、注意してもう一度「作家の顔」を読み返してみました。<br/>
<br/>
そして、ちょっと気になった一文が、この文章でした。<br/>
<br/>
「彼（トルストイ）の心が、『人生に対する抽象的煩悶』で燃えていなかったならば、恐らく彼は山の神を恐れる要もなかったであろう。正宗白鳥氏なら、見事に山の神の横っ面を張り倒したかもしれないのだ。」<br/>
<br/>
この論争のなかで、女房のヒステリーは、トルストイの家出の切っ掛けとして繰り返し登場しますが、その「ヒステリー」の質について検討された部分は一箇所もありません。<br/>
<br/>
女のヒステリーなど取るに足らないもの（あるいは、かるい精神異常程度のもの）として、最初から、度外視され問題にもされていないのです。<br/>
<br/>
とにかく、世界三大悪妻として公認されているくらいなのですから、それも無理からぬことだったかもしれません。<br/>
<br/>
逆に言えば、男から突然張り倒され、無理やり黙り込まされた女性たちの「立場」が、逆の側から暗に記述されていることを見逃してはならないという気がします。<br/>
<br/>
スパッと言い切る小林秀雄の論理の痛快さとは、そのようなきわめて偏った独断を押し通していく痛快さ（それを「痛快」などといってもいいかは問題なのですが）でしかないことを認識しておく必要があるのかもしれません。<br/>
<br/>
（2009イギリス・ドイツ・ロシア）監督・マイケル・ホフマン、製作・クリス・カーリング、イェンス・モイラー、ボニー・アーノルド、製作総指揮・アンドレイ・コンチャロフスキー、フィル・ロバートソン、ジュディ・トッセル、ロビー・リトル、原作：ジェイ・パリーニ（『終着駅-トルストイ最後の旅-』新潮文庫刊、旧題『終着駅 トルストイの死の謎』）、脚本・マイケル・ホフマン、撮影：ゼバスティアン・エドシュミット、プロダクションデザイン：パトリツィア・フォン・ブランデンスタイン、編集：パトリシア・ロンメル、音楽：セルゲイ・イェチェンコ<br/>
出演ヘレン・ミレン、クリストファー・プラマー、ジェームズ・マカヴォイ、ポール・ジアマッティ、アンヌ＝マリー・ダフ、ケリー・コンドン、ジョン・セッションズ、パトリック・ケネディ<br/>
【2009年アカデミー賞】主演女優賞・ヘレン・ミレン（ノミネート）、助演男優賞・クリストファー・プラマー（ノミネート）、【2009年ゴールデン・グローブ】女優賞・ヘレン・ミレン（ノミネート）、助演男優賞・クリストファー・プラマー（ノミネート）、【2009年インディペンデント・スピリット賞】作品賞（ノミネート）、監督賞・マイケル・ホフマン（ノミネート）、主演女優賞・ヘレン・ミレン（ノミネート）、助演男優賞：クリストファー・プラマー（ノミネート）<br/>
<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
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    <title>The 84th Annual Academy Awards　②</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sentence.exblog.jp/17749665/"/>  
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    <issued>2012-02-05T21:15:20+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-05T21:02:32+09:00</modified>  
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      <name>sentence2307</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
Best Writing, Screenplay Written Directly for the Screen<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
The Artist (2011): Michel Hazanavicius　ミシェル・アザナヴィシウス　『アーティスト』<br/>
Bridesmaids (2011): Kristen Wiig, Annie Mumolo　アニー・ムモーロ、クリステン・ウィグ　「ブライズメイズ（原題）』<br/>
Margin Call (2011): J.C. Chandor　 J・C・チャンダー　『マージン・コール』（日本未公開）<br/>
Midnight in Paris (2011): Woody Allen　ウディ・アレン　『ミッドナイト・イン・パリ』<br/>
Jodaeiye Nader az Simin (2011): Asghar Farhadi　アスガー・ファルハディ　『別離』<br/>
<br/>
Best Writing, Screenplay Based on Material Previously Produced or Published<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
The Descendants (2011): Alexander Payne, Nat Faxon, Jim Rash　アレクサンダー・ペイン、ナット・ファクソン、ジム・ラッシュ　『ファミリー・ツリー』<br/>
Hugo (2011/II): John Logan　ジョン・ローガン　『ヒューゴの不思議な発明』<br/>
The Ides of March (2011): George Clooney, Grant Heslov, Beau Willimon　ジョージ・クルーニー、グラント・ヘスロヴ、ボー・ウィリモン　『スーパー・チューズデー ～正義を売った日～』<br/>
Moneyball (2011): Steven Zaillian, Aaron Sorkin, Stan Chervin　スティーヴン・ザイリアン、アーロン・ソーキン　『マネーボール』<br/>
Tinker Tailor Soldier Spy (2011): Bridget O'Connor, Peter Straughan　ブリジット・オコナー、ピーター・ストローハン　『裏切りのサーカス』<br/>
<br/>
Best Animated Feature Film of the Year<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Une vie de chat (2010): Alain Gagnol, Jean-Loup Felicioli　『ア・キャット・イン・パリス（英題） / A Cat in Paris』<br/>
Chico & Rita (2010): Fernando Trueba, Javier Mariscal　『チコ＆リタ（原題） / Chico & Rita』<br/>
Kung Fu Panda 2 (2011): Jennifer Yuh　『カンフー・パンダ2』<br/>
Puss in Boots (2011): Chris Miller　『長ぐつをはいたネコ』<br/>
Rango (2011): Gore Verbinski　『ランゴ』<br/>
<br/>
Best Foreign Language Film of the Year<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Rundskop (2011): Michael R. Roskam(Belgium)　 『ブルヘッド（英題） / Bullhead』(ベルギー)<br/>
Hearat Shulayim (2011): Joseph Cedar(Israel)　 『フットノート（英題） / Footnote』（イスラエル）<br/>
In Darkness (2011): Agnieszka Holland(Poland)　 『イン・ダークネス(英題) / In Darkness』（ポーランド）<br/>
Monsieur Lazhar (2011): Philippe Falardeau(Canada)　 『ムッシュー・ラザール（原題）/ Monsieur Lazhar』（カナダ）<br/>
Jodaeiye Nader az Simin (2011): Asghar Farhadi(Iran)　 『別離』（イラン）<br/>
<br/>
Best Achievement in Cinematography<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
The Artist (2011): Guillaume Schiffman　ギョーム・シフマン　『アーティスト』<br/>
The Girl with the Dragon Tattoo (2011): Jeff Cronenweth　ジェフ・クローネンウェス　『ドラゴン・タトゥーの女』<br/>
Hugo (2011/II): Robert Richardson　ロバート・リチャードソン　『ヒューゴの不思議な発明』<br/>
The Tree of Life (2011): Emmanuel Lubezki　エマニュエル・ルベツキ　『ツリー・オブ・ライフ』<br/>
Senka no uma (2011): Janusz Kaminski　ヤヌス・カミンスキー　『戦火の馬』<br/>
<br/>
Best Achievement in Editing<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
The Artist (2011): Anne-Sophie Bion, Michel Hazanavicius　『アーティスト』<br/>
The Descendants (2011): Kevin Tent　『ファミリー・ツリー』<br/>
The Girl with the Dragon Tattoo (2011): Angus Wall, Kirk Baxter　『ドラゴン・タトゥーの女』<br/>
Hugo (2011/II): Thelma Schoonmaker　『ヒューゴの不思議な発明』<br/>
Moneyball (2011): Christopher Tellefsen　『マネーボール』<br/>
<br/>
Best Achievement in Art Direction<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
The Artist (2011): Laurence Bennett, Robert Gould　『アーティスト』<br/>
Harî Pottâ to shi no hihô: Part 2 (2011): Stuart Craig, Stephenie McMillan　『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』<br/>
Hugo (2011/II): Dante Ferretti, Francesca Lo Schiavo　『ヒューゴの不思議な発明』<br/>
Midnight in Paris (2011): Anne Seibel, Hélène Dubreuil　『ミッドナイト・イン・パリ』<br/>
Senka no uma (2011): Rick Carter, Lee Sandales　『戦火の馬』<br/>
<br/>
Best Achievement in Costume Design<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Anonymous (2011/I): Lisy Christl　『アノニマス（原題） / Anonymous』<br/>
The Artist (2011): Mark Bridges　『アーティスト』<br/>
Hugo (2011/II): Sandy Powell　『ヒューゴの不思議な発明』<br/>
Jane Eyre (2011): Michael O'Connor　『ジェーン・エア』<br/>
W.E. (2011): Arianne Phillips　『ダブリュー・イー（原題） / W.E.』<br/>
<br/>
Best Achievement in Makeup<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Albert Nobbs (2011): Martial Corneville, Lynn Johnson, Matthew W. Mungle　『アルバート・ノッブス』<br/>
Harî Pottâ to shi no hihô: Part 2 (2011): Nick Dudman, Amanda Knight, Lisa Tomblin　『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』<br/>
The Iron Lady (2011): Mark Coulier, J. Roy Helland　『マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙』<br/>
<br/>
Best Achievement in Music Written for Motion Pictures, Original Score<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
The Adventures of Tintin (2011): John Williams　ジョン・ウィリアムズ　『タンタンの冒険/ユニコーン号の秘密』<br/>
The Artist (2011): Ludovic Bource　ルドヴィック・ブールス　『アーティスト』<br/>
Hugo (2011/II): Howard Shore　ハワード・ショア　『ヒューゴの不思議な発明』<br/>
Tinker Tailor Soldier Spy (2011): Alberto Iglesias　アルベルト・イグレシアス　『裏切りのサーカス』<br/>
Senka no uma (2011): John Williams　ジョン・ウィリアムズ　『戦火の馬』<br/>
<br/>
Best Achievement in Music Written for Motion Pictures, Original Song<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
The Muppets (2011): Bret McKenzie("Man or Muppet")　「マン・オア・マペット」　『ザ・マペッツ（原題） / The Muppets』<br/>
Rio (2011): Sergio Mendes, Carlinhos Brown, Siedah Garrett("Real in Rio")　「リアル・イン・リオ」　『ブルー　初めての空へ』<br/>
<br/>
Best Achievement in Sound Mixing<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
The Girl with the Dragon Tattoo (2011): David Parker, Michael Semanick, Ren Klyce, Bo Persson　『ドラゴン・タトゥーの女』<br/>
Hugo (2011/II): Tom Fleischman, John Midgley　『ヒューゴの不思議な発明』<br/>
Moneyball (2011): Deb Adair, Ron Bochar, David Giammarco, Ed Novick　『マネーボール』<br/>
Transformers: Dark of the Moon (2011): Greg P. Russell, Gary Summers, Jeffrey J. Haboush, Peter J. Devlin　『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』<br/>
Senka no uma (2011): Gary Rydstrom, Andy Nelson, Tom Johnson, Stuart Wilson　『戦火の馬』<br/>
<br/>
Best Achievement in Sound Editing<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Drive (2011): Lon Bender, Victor Ray Ennis　『ドライヴ』<br/>
The Girl with the Dragon Tattoo (2011): Ren Klyce　『ドラゴン・タトゥーの女』<br/>
Hugo (2011/II): Philip Stockton, Eugene Gearty　『ヒューゴの不思議な発明』<br/>
Transformers: Dark of the Moon (2011): Ethan Van der Ryn, Erik Aadahl　『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』<br/>
Senka no uma (2011): Richard Hymns, Gary Rydstrom　『戦火の馬』<br/>
<br/>
Best Achievement in Visual Effects<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Harî Pottâ to shi no hihô: Part 2 (2011): Tim Burke, David Vickery, Greg Butler, John Richardson　『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART2』<br/>
Hugo (2011/II): Robert Legato, Joss Williams, Ben Grossmann, Alex Henning　『ヒューゴの不思議な発明』<br/>
Real Steel (2011): Erik Nash, John Rosengrant, Danny Gordon Taylor, Swen Gillberg　『リアル・スティール』<br/>
Saru no wakusei: Jeneshisu (2011): Joe Letteri, Dan Lemmon, R. Christopher White, Daniel Barrett　『猿の惑星：創世記（ジェネシス）』<br/>
Transformers: Dark of the Moon (2011): Scott Farrar, Scott Benza, Matthew E. Butler, John Frazier　『トランスフォーマー/ダークサイド・ムーン』<br/>
<br/>
Best Documentary, Features<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Hell and Back Again (2011): Danfung Dennis, Mike Lerner　『ヘル・アンド・バック・アゲイン（原題） / Hell and Back Again』<br/>
If a Tree Falls: A Story of the Earth Liberation Front (2011): Marshall Curry, Sam Cullman　『イフ・ア・ツリー・フォールス: ア・ストーリー・オブ・ジ・アース・リベレーション・フロント（原題） / If a Tree Falls:A Story of the Earth Liberation Front』<br/>
Paradise Lost 3: Purgatory (2011): Joe Berlinger, Bruce Sinofsky　『パラダイス・ロスト3: パーガトリー（原題） / Paradise Lost 3: Purgatory』<br/>
Pina (2011): Wim Wenders, Gian-Piero Ringel　『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』<br/>
Undefeated (2011): Daniel Lindsay, T.J. Martin, Rich Middlemas　『アンデフィーテッド（原題） / Undefeated』<br/>
<br/>
Best Documentary, Short Subjects<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
The Barber of Birmingham: Foot Soldier of the Civil Rights Movement (2011): Robin Fryday, Gail Dolgin　『ザ・バーバー・オブ・バーミンガム：フット・ソルジャー・オブ・ザ・シビル・ライツ・ムーブメント（原題） / The Barber of Birmingham: Foot Soldier of the Civil Rights Movement』<br/>
God Is the Bigger Elvis (2011): Rebecca Cammisa, Julie Anderson　『ゴッド・イズ・ザ・ビガー・エルヴィス（原題） / God Is the Bigger Elvis』<br/>
Incident in New Baghdad (2011): James Spione　『インシデント・イン・ニュー・バグダッド（原題） / Incident in New Baghdad』<br/>
Saving Face (2011/II): Daniel Junge, Sharmeen Obaid-Chinoy　『セイビング・フェイス（原題） / Saving Face』<br/>
Tsunami Soshite Sakura (2011): Lucy Walker, Kira Carstensen　『津波そして桜』<br/>
<br/>
Best Short Film, Animated<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Dimanche (2011): Patrick Doyon　『ディマンシェ/サンデー（原題） / Dimanche/Sunday』<br/>
The Fantastic Flying Books of Mr. Morris Lessmore (2011): William Joyce, Brandon Oldenburg　『ザ・ファンタスティック・フライング・ブックス・Books of Mr. Morris Lessmore』オブ・ミスター.モリス・レスモア（原題） / The Fantastic Flying<br/>
La Luna (2011): Enrico Casarosa　『ラ・ルナ（原題） / La Luna』<br/>
A Morning Stroll (2011): Grant Orchard, Sue Goffe　『ア・モーニング・ストロール（原題） / A Morning Stroll』<br/>
Wild Life (2011): Amanda Forbis, Wendy Tilby　『ワイルド・ライフ（原題） / Wild Life』<br/>
<br/>
Best Short Film, Live Action<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Pentecost (2011): Peter McDonald　『ペンテコステ（原題） / Pentecost』<br/>
Raju (2011): Max Zähle, Stefan Gieren　『ラジュ（原題） / Raju』<br/>
The Shore (2011): Terry George, Oorlagh George　『ザ・ショア（原題） / The Shore』<br/>
Time Freak (2011): Andrew Bowler, Gigi Causey　『タイム・フリーク（原題） / Time Freak』<br/>
Tuba Atlantic (2010): Hallvar Witzø　『チューバ・アトランティック（原題） / Tuba Atlantic』<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry>
    <title type="text"><![CDATA[PR: パナセンスでWiMAXが格安！キャンペーン実施中]]></title>
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/KYmCAbeRRYsG/rcIdK0BmBQ_o?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/KYmCAbeRRYsG/rcIdK0BmBQ_o?type=3&ent=b6d05c11d6a77811cc49dc7e9ed4d181"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > パナソニック公式直販サイトで先着3000名様初期費０円、キャッシュバック実施中 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
    <created>2012-02-05T21:02:32+09:00</created>
    <modified>2012-02-05T21:02:32+09:00</modified>
    <issued>2012-02-05T21:15:20+09:00</issued>
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    <title>第84回アカデミー賞の全ノミネーション</title>  
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    <issued>2012-02-05T09:16:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-05T09:10:32+09:00</modified>  
    <created>2012-02-05T09:04:06+09:00</created>  
    <author> 
      <name>sentence2307</name> 
    </author>  
    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
第84回アカデミー賞の全ノミネーションがロサンゼルスのサミュエル・ゴールドウィン・シアターで発表されました。<br/>
<br/>
遙かな国で行われている、しかも見ていない作品ばかりの受賞レースをあれこれ考えるというのも、なんだか変てこな話ですが、しかし、これらの作品がゴク近い将来、日本でほとんど見られることを考えれば、この作業も結構楽しかったりします。<br/>
<br/>
しかし、反面、根掘り葉掘り「予習」し過ぎてしまうと、いざ実際に見る段になると「既視感」というのでしょうか、なんだかもう見てしまった映画を再び見直しているような（ダレたような）感じがしてしまうので、好奇心もそこそこで止めとかないと、つまらない一年を送ることになってしまいます。<br/>
<br/>
なにしろここで話題にのぼる作品は、その年に取られた映画の頂点を極めるような優れた作品ばかりなのですから、そこのところはきわめて慎重に対処する必要があります。<br/>
<br/>
今年のノミネートで一番の話題は、なんといってもマーティン・スコセッシ監督の「ヒューゴの不思議な発明」が作品賞や監督賞など最多11部門でノミネートされたことでしょうか、それに続いてゴールデン・グローブ賞で最多3部門受賞するなど、評価の高いモノクロサイレント映画「アーティスト」が10部門にノミネートされていて、今年の話題はこのふたつの作品の一騎打ちの行方を予想するコラムが多く見受けられました。<br/>
<br/>
それと、こちらは残念なほうですが、レオナルド・ディカプリオが主演男優賞へのノミネートから落ちたことが、ずいぶん話題になりました。<br/>
<br/>
主演女優賞ですが、ゴールデン・グローブ賞を受賞したメリル・ストリープとミシェル・ウィリアムズがしっかりノミネートされています。<br/>
<br/>
メリル・ストリープのノミネートは、今回で１７回目、俳優としての最多ノミネート記録（ストリープ自身が持っています）を更新し、それと、脚本賞にノミネートされたウディ・アレンも、同部門ノミネート記録を15回に更新したそうです。すごいですねえ～<br/>
<br/>
The 84th Annual Academy Awards　①<br/>
Nominations announced Tuesday, January 24th; winners announced on Sunday, February 26th.<br/>
<br/>
Best Motion Picture of the Year<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
★The Artistアーティスト (2011): Thomas Langmann　　2011年・第64回カンヌ国際映画祭で主演男優賞を受賞した白黒＆サイレントのラブストーリー。舞台は1927年のハリウッド。スター俳優のジョージ・バレンタインは若い端役女優のペピー・ミラーを見初めてスターへと導くが、折しも映画産業は無声からトーキーのへの移行期。声とセリフ回しに問題のあるジョージが落ちぶれていく一方で、ペピーはスターダムを駆け上がっていく。監督は06年の第19回東京国際映画祭グランプリ受賞作「OSS 117 私を愛したカフェオーレ」のミシェル・アザナビシウス。【監督】ミシェル・アザナビシウス【製作】トマ・ラングマン【脚本】ミシェル・アザナビシウス【撮影】ギョーム・シフマン【美術】ローレンス・ベネット【衣装】マーク・ブリッジス【編集】アン＝ソフィー・ビヨン、ミシェル・アザナビシウス【音楽】ルドビック・ブールス【キャスト】ジャン・デュジャルダン、ベレニス・ベジョ、ジョン・グッドマン、ジェームズ・クロムウェル、ペネロープ・アン・ミラー、マルコム・マクダウェル、ミッシー・パイル、ベス・グラント、エド・ローター、ジョエル・マーレイ、ケン・ダビティアン<br/>
<br/>
★The Descendantsファミリー・ツリー (2011): Jim Burke, Alexander Payne, Jim Taylor　　「サイドウェイ」「アバウト・シュミット」のアレクサンダー・ペイン監督がジョージ・クルーニーを主演に迎え、ハワイで暮らすある家族に起こる出来事を描いたドラマ。ハワイ・オアフ島で妻エリザベスと2人の娘に囲まれ幸せな人生を送っていたマット・キングだったが、ある日、エリザベスがボートの事故でこん睡状態に陥ってしまう。さらに、そのことをきっかけにエリザベスには恋人がおり、離婚を考えていたことが発覚。友人や長女もその事実を知っていたことにがく然としたマットは、自らの人生を見つめ直すことになる【監督】アレクサンダー・ペイン【製作】アレクサンダー・ペイン、ジム・テイラー、ジム・バーク【原作】カウイ・ハート・ヘミングス【脚本】アレクサンダー・ペイン、ナット・ファクソン、ジム・ラッシュ【撮影】フェドン・パパマイケル【美術】ジェーン・アン・スチュワート【編集】ケビン・テント【衣装】ウェンディ・チャック。【キャスト】ジョージ・クルーニー、シャイリーン・ウッドリー、ボー・ブリッジス、ジュディ・グリア、アマラ・ミラー<br/>
<br/>
★Extremely Loud & Incredibly Closeものすごくうるさくて、ありえないほど近い (2011): Scott Rudin　　2005年に発表され、「9・11文学の金字塔」と評されたジョナサン・サフラン・フォアによるベストセラー小説を、「リトル・ダンサー」「めぐりあう時間たち」のスティーブン・ダルドリー監督が映画化。9・11テロで最愛の父を亡くした少年オスカーは、クローゼットで1本の鍵を見つけ、父親が残したメッセージを探すためニューヨークの街へ飛び出していく。第2次世界大戦で運命の変わった祖父母、9・11で命を落とした父、そしてオスカーへと歴史の悲劇に見舞われた3世代の物語がつむがれ、最愛の者を失った人々の再生と希望を描き出していく。脚本は「フォレスト・ガンプ　一期一会」のエリック・ロス。オスカーの父親役にトム・ハンクス、母親役にサンドラ・ブロックらアカデミー賞俳優がそろう。【監督】スティーブン・ダルドリー【製作】スコット・ルーディン【製作総指揮】セリア・コスタス、マーク・ロイバル、ノーラ・スキナー【原作】ジョナサン・サフラン・フォア【脚本】エリック・ロス【撮影】クリス・メンゲス【美術】K・K・バレット【衣装】アン・ロス【編集】クレア・シンプソン【音楽】アレクサンドル・デプラ【キャスト】トム・ハンクス、サンドラ・ブロック、トーマス・ホーン、マックス・フォン・シドー、ビオラ・デイビス、ジョン・グッドマン、ジェフリー・ライト、ジェームズ・ガンドルフィーニ、ゾーイ・コールドウェル<br/>
<br/>
★The Helpヘルプ　心がつなぐストーリー (2011): Brunson Green, Chris Columbus, Michael Barnathan　　1960年代の米ミシシッピを舞台に、白人女性と黒人家政婦たちの友情が旧態依然とした街を変革していく様子を描いたベストセラー小説の映画化。南部の上流階級に生まれた作家志望のスキーターは、当たり前のように黒人のメイドたちに囲まれて育ったが、大人になり白人社会に置かれたメイドたちの立場に疑問を抱きはじめる。真実を明らかにしようとメイドたちにインタビューを試みるスキーターだったが、誰もが口を閉ざすばかり。そんな中、ひとりのメイドがインタビューに応じたことから、社会全体を巻き込んだ大きな事態へと進展していく。主演はエマ・ストーンとビオラ・デイビス。監督は「ウィンターズ・ボーン」などにも出演している俳優のテイト・テイラー。【監督】テイト・テイラー【製作】ブロンソン・グリーン、クリス・コロンバス、マイケル・バーナサン【製作総指揮】マーク・ラドクリフ、テイト・テイラー、L・ディーン・ジョーンズ・Jr.、ネイト・バーカス、ジェニファー・ブラム、ジョン・ノリス、ジェフ・スコール、モハメッド・カラフ・アル＝マズルーイ【原作】キャスリン・ストケット【脚本】テイト・テイラー【撮影】スティーブン・ゴールドブラット【美術】マーク・リッカー【編集】ヒューズ・ウィンボーン【衣裳】シャレン・デイビス【音楽】トーマス・ニューマン【キャスト】エマ・ストーン、ジェシカ・チャステイン、ビオラ・デイビス、ブライス・ダラス・ハワード、アリソン・ジャネイ、オクタビア・スペンサー<br/>
<br/>
★Hugoヒューゴの不思議な発明(2011/II): Graham King, Martin Scorsese　　世界各国でベストセラーとなったブライアン・セルズニックの冒険ファンタジー小説「ユゴーの不思議な発明」を、マーティン・スコセッシ監督が3Dで映画化。1930年代のパリ。孤児の少年ヒューゴは、父親の残した壊れた機械人形とともに駅の時計塔に隠れ住んでいた。ある日、機械人形の修理に必要なハート型の鍵を持つ少女イザベルと出会ったヒューゴは、人形に秘められた壮大な秘密をめぐって冒険に繰り出す。主人公ヒューゴを演じるのは「縞模様のパジャマの少年」のエイサ・バターフィールド。イザベル役に「キック・アス」「モールス」のクロエ・モレッツ。【監督】マーティン・スコセッシ【製作】グレアム・キング、ティム・ヘディントン、マーティン・スコセッシ、ジョニー・デップ【製作総指揮】エマ・ティリンガー・コスコフ、デビッド・クロケット、ジョージア・カカンデス、クリスティ・デムブロウスキー、バーバラ・デ・フィーナ【原作】ブライアン・ セルズニック【脚本】ジョン・ローガン【撮影】ロバート・リチャードソン【美術】ダンテ・フェレッティ【編集】セルマ・スクーンメイカー【衣装】サンディ・パウエル【音楽】ハワード・ショア【キャスト】エイサ・バターフィールド、クロエ・モレッツ、サシャ・バロン・コーエン、ベン・キングズレー、ジュード・ロウ、レイ・ウィンストン、クリストファー・リー、ヘレン・マックロリー、リチャード・グリフィス、フランシス・デ・ラ・トゥーア、エミリー・モーティマー、マイケル・スタールバーグ<br/>
<br/>
★Midnight in Parisミッドナイト・イン・パリ (2011): Letty Aronson, Stephen Tenenbaum　　「アニー・ホール」「それでも恋するバルセロナ」のウッディ・アレン監督・脚本によるラブコメディ。ハリウッドで売れっ子の脚本家ギルは、婚約者アィネズと彼女の両親とともにパリに遊びに来ていた。パリの魔力に魅了され、小説を書くためにパリへの引越しを決意するギルだったが、アィネズは無関心。2人の心は離ればなれになり……。キャストはギルにオーウェン・ウィルソン、アィネズにレイチェル・マクアダムスのほか、マリオン・コティヤール、仏大統領夫人としても知られるイタリア出身の歌手カーラ・ブルーニら豪華スターが顔をそろえる。【監督】ウッディ・アレン【製作】レッティ・アロンソン、スティーブン・テネンバウム、ハウメ・ロウレス【製作総指揮】ハビエル・メンデス【脚本】ウッディ・アレン【撮影】ダリウス・コンジ【美術】アン・セイベル【編集】アリサ・レプセルター【衣裳】ソニア・グランデ【キャスト】キャシー・ベイツ、エイドリアン・ブロディ、カーラ・ブルーニ、マリオン・コティヤール、レイチェル・マクアダムス、マイケル・シーン、オーウェン・ウィルソン<br/>
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★Moneyballマネーボール (2011): Michael De Luca, Rachael Horovitz, Brad Pitt　　メジャーリーグ「オークランド・アスレチックス」のGM（ゼネラルマネージャー）、ビリー・ビーンの半生を、ブラッド・ピット主演で映画化。全米約30球団の中でも下から数えたほうが早いといわれた弱小球団のアスレチックスを独自の「マネー・ボール理論」により改革し、常勝球団に育てあげたビーンの苦悩と栄光のドラマを描く。監督は「カポーティ」のベネット・ミラー。「シンドラーのリスト」のスティーブン・ザイリアンと「ソーシャル・ネットワーク」のアーロン・ソーキンが脚本を担当した。【監督】ベネット・ミラー【製作】マイケル・デ・ルカ、レイチェル・ホロビッツ、ブラッド・ピット【製作総指揮】スコット・ルーディン、アンドリュー・カーシュ、シドニー・キンメル、マーク・バクシ【原作】マイケル・ルイス【原案】スタン・シャービン【脚本】スティーブン・ザイリアン、アーロン・ソーキン【撮影】ウォーリー・フィスター【美術】ジェス・ゴンコール【編集】クリストファー・テレフセン【衣装】カシア・ワリッカ＝メイモン【音楽】マイケル・ダナ【キャスト】ブラッド・ピット、ジョナ・ヒル、ロビン・ライト、フィリップ・シーモア・ホフマン、クリス・プラット、ケリス・ドーシー、キャスリン・モリス、スティーブン・ビショップ、ブレント・ジェニングス、ジャック・マクギー、ニック・サーシー、グレン・モーシャワー<br/>
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★The Tree of Lifeツリー・オブ・ライフ (2011): Sarah Green, Bill Pohlad, Dede Gardner, Grant Hill　　「天国の日々」「シン・レッド・ライン」のテレンス・マリック監督が、ブラッド・ピット、ショーン・ペンを主演に描くファンタジードラマ。1950年代半ば、オブライエン夫妻は中央テキサスの田舎町で幸せな結婚生活を送っていた。しかし夫婦の長男ジャックは、信仰にあつく男が成功するためには「力」が必要だと説く厳格な父と、子どもたちに深い愛情を注ぐ優しい母との間で葛藤（かっとう）する日々を送っていた。やがて大人になって成功したジャックは、自分の人生や生き方の根源となった少年時代に思いをはせる……。製作も務めたピットが厳格な父親に扮し、成長したジャックをペンが演じる。第64回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞した。【監督】テレンス・マリック【製作】サラ・グリーン、ビル・ポーラッド、ブラッド・ピット、デデ・ガードナー、グラント・ヒル【脚本】テレンス・マリック【撮影】エマニュエル・ルベツキ【美術】ジャック・フィスク【編集】マーク・ヨシカワ【音楽】アレクサンドル・デプラ【キャスト】ブラッド・ピット、ショーン・ペン、ジェシカ・チャステイン<br/>
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★Senka no uma戦火の馬(2011): Steven Spielberg, Kathleen Kennedy　　1982年にイギリスで発表され、舞台化もされて成功を収めたマイケル・モーパーゴの小説を、スティーブン・スピルバーグ監督が映画化。第1次大戦下、農家の少年アルバートは毎日を共にしていた農耕馬のジョーイを軍馬として騎馬隊に売られてしまう。フランスの戦地に行くことになったジョーイを探すため、アルバートは徴兵年齢に満たないにもかかわらず入隊し、激戦下のフランスへと向かう。主人公アルバート役にイギリスの若手俳優ジェレミー・アービン。そのほかエミリー・ワトソン、デビッド・シューリス、ピーター・ミュランら名優が脇を固める。【監督】スティーブン・スピルバーグ【製作】スティーブン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ【製作総指揮】フランク・マーシャル、レベル・ゲスト【原作】マイケル・モーパーゴ【脚本】リー・ホール、リチャード・カーティス【撮影】ヤヌス・カミンスキー【美術】リック・カーター【衣装】ジョアンナ・ジョンストン【編集】マイケル・カーン【音楽】ジョン・ウィリアムズ【キャスト】ジェレミー・アービン、エミリー・ワトソン、デビッド・シューリス、ピーター・ミュラン、ニエル・アレストリュプ<br/>
<br/>
Best Performance by an Actor in a Leading Role<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Demián Bichir for A Better Life (2011)　 デミアン・ビチル　「明日を継ぐために」<br/>
George Clooney for The Descendants (2011) 　ジョージ・クルーニー　「ファミリー・ツリー」　<br/>
Jean Dujardin for The Artist (2011)　 ジャン・デュジャルダン　「アーティスト」<br/>
Gary Oldman for Tinker Tailor Soldier Spy (2011)　 ゲイリー・オールドマン　「裏切りのサーカス」　<br/>
Brad Pitt for Moneyball (2011)　 ブラッド・ピット　「マネーボール」　<br/>
<br/>
Best Performance by an Actress in a Leading Role<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Glenn Close for Albert Nobbs (2011)　 グレン・クローズ　「アルバート・ノッブス」<br/>
Viola Davis for The Help (2011)　 ヴィオラ・デイヴィス　「ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜」<br/>
Rooney Mara for The Girl with the Dragon Tattoo (2011)　 ルーニー・マーラ　「ドラゴン・タトゥーの女」<br/>
Meryl Streep for The Iron Lady (2011)　 メリル・ストリープ　「マーガレット・サッチャー 鉄の女の涙」　<br/>
Michelle Williams for My Week with Marilyn (2011)　 ミシェル・ウィリアムズ　「マリリン　7日間の恋」<br/>
<br/>
Best Performance by an Actor in a Supporting Role<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Kenneth Branagh for My Week with Marilyn (2011)　 ケネス・ブラナー　「マリリン 7日間の恋」<br/>
Jonah Hill for Moneyball (2011)　 ジョナ・ヒル　「マネーボール」　<br/>
Nick Nolte for Warrior (2011)　 ニック・ノルティ　「ウォーリアー（原題） / Warrior」　<br/>
Christopher Plummer for Beginners (2010)　 クリストファー・プラマー　「人生はビギナーズ」<br/>
Max von Sydow for Extremely Loud & Incredibly Close (2011)　 マックス・フォン・シドー　「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」<br/>
Best Performance by an Actress in a Supporting Role<br/>
Nominees:<br/>
Bérénice Bejo for The Artist (2011)　 ベレニス・ベジョ　「アーティスト」　<br/>
Jessica Chastain for The Help (2011)　 ジェシカ・チャステイン　「ヘルプ 〜心がつなぐストーリー〜」<br/>
Melissa McCarthy for Bridesmaids (2011)　 メリッサ・マッカーシー　「ブライズメイズ（原題）」<br/>
Janet McTeer for Albert Nobbs (2011)　 ジャネット・マクティア　「アルバート・ノッブス」<br/>
Octavia Spencer for The Help (2011)　 オクタヴィア・スペンサー　「ヘルプ　〜心がつなぐストーリー〜」　<br/>
<br/>
Best Achievement in Directing<br/>
Nominees:<br/>
<br/>
Woody Allen for Midnight in Paris (2011)　 ウッディ・アレン「ミッドナイト・イン・パリ」<br/>
Michel Hazanavicius for The Artist (2011) 　ミシェル・アザナヴィシウス「アーティスト」<br/>
Terrence Malick for The Tree of Life (2011) 　テレンス・マリック「ツリー・オブ・ライフ」<br/>
Alexander Payne for The Descendants (2011) 　アレクサンダー・ペイン「ファミリー・ツリー」<br/>
Martin Scorsese for Hugo (2011/II) 　マーティン・スコセッシ「ヒューゴの不思議な発明」<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>ノルウェイの森</title>  
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    <issued>2012-01-22T18:30:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-01-22T18:20:50+09:00</modified>  
    <created>2012-01-22T18:18:22+09:00</created>  
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      <name>sentence2307</name> 
    </author>  
    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
この村上春樹作品「ノルウェイの森」には、僕自身の原作への愛着もあり、大いに期待して見たのですが、その分だけ、実際以上の失望感の相乗効果に見舞われて、おそらく実態以上に、さらに低く見てしまったかもしれません。<br/>
<br/>
正直、これは僕が読んだ「ノルウェイの森」なんかではないという苛立ちを強く感じました。<br/>
<br/>
そして、もし、村上春樹の小説が、この映画に撮られたように、こんなにも暗く陰鬱なだけのものだったなら、きっと僕は、いままで村上春樹の愛読者でいつづけることはなかっただろうという気がします。<br/>
<br/>
いや、むしろ、この映画を見てはじめて「ノルウェイの森」という小説が、こんなにも深刻で絶望的な「あらすじ」を持っていることを「発見」したといってもいいくらいです。<br/>
<br/>
しかし、小説は、決して「あらすじ」なんかではありません。<br/>
<br/>
そして、小説を読むということが、ただ「あらすじ」を追うことであってはならないと同じように、その映画化となれば、映像表現を駆使して映画独自の表現の高みを目指すべきものという、アカラサマに結果を問われるなら、この作品は、僕にとっては、もう二度と見返す必要などない作品という気がします。<br/>
<br/>
いくらセリフを忠実になぞっても、そこに「時代」が描かれていなければ、ただ無残な空回りを見せ付けられるだけの話です。<br/>
<br/>
そして、映画「ノルウェイの森」において、もっとも忌避すべき点は、小説において作品全体を覆う「陰鬱さ」を凌駕してしまうように書き込まれた村上作品独特な「奇妙で醒めた軽さ」の欠如です。<br/>
<br/>
若さの陰鬱と苦渋を強烈に打ち消して、まるでバランスをとるかのように描き込まれているその「奇妙な軽さ」の輝きをつかみ損ねたこの映画は、バランス感覚を欠いて一層の貧弱さを見る者に強く印象づけたのではないかと感じました。<br/>
<br/>
それは、1960年代末から1970年代初頭にかけて、あの過酷な「時代」と否応なしに青春を併走させなければならなかった世代が、身につけねばならなかった他人に対する距離のとり方、状況への絶望を回避するために必要な「バランス感覚」の生きる姿勢の認識がなければ、この映画は、きっと見るに耐えない身勝手なエゴイストたちの裏切りの物語にすぎない愚劣な作品に堕してしまうに違いないと思いました。<br/>
<br/>
当時の切迫した時代性を描き込むこと（しかし、実際に描かれていることといえば、せいぜいチマチマした学内デモ風景程度です）に失敗したこの程度の映画では、新しい世代に、例えば、他人を愛することが同時に傷つけてしまうことの「生きることの不全感」みたいなものを理解させることは、当然ながら難しかったに違いありません。<br/>
<br/>
多くの若い観客が、この映画の「性」の描き方に対して生理的な拒絶をあらわにしたコメントをいままで数多く読んできました。<br/>
<br/>
あるいは、この物語が、なぜ、これほどまでに「性交」にコダワルのかが、その観念的な「性」に対する考え方がどうしても理解できないしつまらない、「馬鹿みたい」という趣旨でした。<br/>
<br/>
考えてみれば、僕たちを取り巻いていた当時の映画状況といえば、健さんが怒りを炸裂させて斬りまくる「仁侠映画」と、異性・同性はおろか犬・馬・羊とさえ交わるという歯止めを失った「ポルノ映画」の暴走と氾濫でした（それこそ、観念の暴走にすぎなかったのですが）。<br/>
<br/>
そして、これらの状況が僕たちに示唆し・強いたものは、当然のことながら、「暴力による解放」と「自由な性（交）」であり、そうした「時代」に囚われ、あと押しされながら、旧態依然の観念を抱いたままの僕たちは、必死に「時代」に合わせるために稚拙な恋を無理やりに背伸びさせたり（性交までしなければ今風な恋愛ではないみたいな思い込みのもとで）、大切な人間関係を悉く壊し、失ってしまった苦い経験を積み重ねてきました、シチュエーションはどうあれ、それは「ノルウェイの森」に描かれたとおり、「観念」に引きずり回されたあげくに、しかし、結局はそのようになど生きれるわけもなく蹉跌し傷つき諦念のはてに、ある者は精神の均衡を崩して沈黙し、また、ある者は早すぎる老成の準備をはじめた世代といえるかもしれません。<br/>
<br/>
この映画においても、最後に語られる直子の述懐が胸を打つのは、女として愛する人の性器を受け入れることができない体の不全を嘆きながらも、しかし同時に、「不全」のまま生きる選択も有り得たかもしれない途を、みずから断たねばならないという「その時代」の要請から逃れられない者たちの限界と絶望をも語っているからかもしれません。。<br/>
<br/>
<br/>
【参考】<br/>
直子の告白（抜粋）<br/>
<br/>
「彼のが入ってきたとき、私痛くて痛くてもうどうしていいかよくわかんないくらいだったの」って直子が言ったわ。「私初めてだったし。濡れてたからするっと入ったことは入ったんだけど、とにかく痛いのよ。頭がぼおっとしちゃうくらい。彼はずっと奥の方まで入れてもうこれくらいかなと思ったところで私の脚を少し上げさせて、もっと奥まで入れちゃったの。するとね、体中がひゃっと冷たくなったの。まるで氷水につけられたみたいに。手と脚がじんとしびれて寒気がするの。いったいどうなるんだろう、私このまま死んじゃうのかしら、それならそれでまあかまわないやって思ったわ。でも彼は私が痛がっていることを知って、奥の方に入れたままもうそれ以上動かさないで、私の体をやさしく抱いて髪とか首とか胸とかにずっとキスしてくれたの、長いあいだ。するとね、だんだん体にあたたかみが戻ってきたの。そして彼がゆっくりと動かし始めて・・・ねえ、レイコさん、それが本当に素晴しいのよ。頭の中がとろけちゃいそうなくらい。このまま、この人に抱かれたまま、一生これやってたいと思ったくらいよ。本当にそう思ったのよ。」<br/>
「そんなに良かったんならワタナベ君と一緒になって毎日やってればよかったんじゃないの？」って私言ったの。「でも駄目なのよ、レイコさん」って直子は言ったわ。「私にはそれがわかるの。それはやって来て、もう去っていってしまったものなの。それは二度と戻ってこないのよ。何かの加減で一生に一度だけ起こったことなの。そのあとも前も、私何も感じないのよ。やりたいと思ったこともないし、濡れたこともないのよ」<br/>
<br/>
（2010東宝）監督脚本・トラン・アン・ユン、原作・村上春樹、エグゼクティブプロデューサー・豊島雅郎、亀山千広、Co.エグゼクティブプロデューサー・マイケル・Ｊ・ワーナー、バウター・バレンドレクト、製作統括・寺嶋博礼、石原隆、プロデューサー・小川真司、共同プロデューサー・福島聡司、撮影・リー・ピンビン、美術・イェンケ・リュゲルヌ、安宅紀史、音楽・ジョニー・グリーンウッド、音楽プロデューサー・安井輝、主題曲主題歌・ザ・ビートルズ、録音・浦田和治、照明・中村裕樹、編集・マリオ・バティステル、キャスティング・杉野剛、アソシエイト・プロデューサー・松崎薫、池田穣、ライン・プロデューサー・宿崎惠造、製作担当・田口雄介、アシスタントプロデューサー・小川未央子、助監督・片岡章三<br/>
出演・松山ケンイチ、菊地凛子、水原希子、高良健吾、霧島れいか、初音映莉子、玉山鉄二、柄本時生、糸井重里、細野晴臣、高橋幸宏、<br/>

        ]]></content> 
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    <title>はたして「みぞゆう」は、読み誤りか</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://sentence.exblog.jp/17584638/"/>  
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    <issued>2012-01-10T22:49:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-01-10T22:51:29+09:00</modified>  
    <created>2012-01-10T22:36:53+09:00</created>  
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      <name>sentence2307</name> 
    </author>  
    <dc:subject>徒然草</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
もう何年も会っていない友人から、久しぶりに電話が掛かってきました。<br/>
<br/>
嫁いだ娘さんが無事男の子を出産し、初孫ができたのだそうです。<br/>
<br/>
すこし高齢出産だったということで、彼も随分心配したらしいのですが、母体も赤ちゃんも何事も無く出産できたので嬉しかったのだと思います。電話の声が小躍りしていて、終始上ずっていました。<br/>
<br/>
さっそく、お祝いの席をもうけ、久しぶりに旧交を温めました。<br/>
<br/>
最近彼は、日本に在住する外国人たちを相手に日本語を教えるボランティアにはげんでいると聞いていました。<br/>
<br/>
充実した忙しい日々をおくっていることと、初孫誕生の嬉しさも加わって、羨ましいほど生き生きしていました。<br/>
<br/>
まずは初孫誕生の祝杯をあげ、病院での誕生の様子などを聞いたあとで、話は当然、お孫さんにつけた名前をさっそく聞いてみました。<br/>
<br/>
彼は、「それがさあ」と言いながら、目にも止まらぬ早業で、カバンからタブレット端末を取り出すやいなや、パッパッバッと手馴れた指さばきで「最近の男の子の命名ランキング」という画面を表示させ、ぼくの目の前に突き出しました。<br/>
<br/>
なるほどなるほど、この「命名ランキング」という人気の名前をサカナに、お孫さんの名前の話をしようというわけですね。<br/>
<br/>
とにかく、これを見れば、最近の人気の名前の様子が一目瞭然です。<br/>
<br/>
ちなみに「最近の人気の男の子の名前」というのは、以下のとおりだそうです。<br/>
<br/>
大翔、蓮、颯太、樹、大和、陽翔、陸斗、太一、海翔、蒼空、翼、翔、翔太、歩夢、湊、優真、悠真、悠斗、陽向、一輝、海斗、悠太、陽、陽斗、颯介、一真、光希、蒼真、蒼太、蒼大、大雅、優、悠人、悠翔、颯、颯斗、レン、瑛太、瑛斗、航、春馬、潤、蒼、大空、大智、歩、優斗、陸、琉生、玲央、煌、颯人、愛斗、一翔、健太、仁、拓真、隼人、唯斗、優希、悠馬、遥斗、遥翔、陽太、陸翔、琉斗、龍之介、諒、琥太郎、颯真、颯汰、伊織、瑛翔、空、圭吾、慶人、健、康太、皇成、航輝、航大、春輝、駿、駿介、匠、真聖、迅、奏太、奏輔、爽、蒼介、太陽、大芽、大希、大輝、大地、智久、智也、柊真、彪雅、風雅、歩武、優月、勇斗、勇翔、悠雅、悠希、悠仁、悠大、遥輝、陽希、陽大、理人、璃空、亮、亮太、遼太、蓮介、蓮斗、和希、和真、昊、琥珀、翔太郎、翔斗<br/>
<br/>
・・・それでね、と彼「婿さんが付けたのも、ほら、ここにちゃんとあるだろ。これこれ」と指差したのを見ると「蒼空」とあります。<br/>
<br/>
ランキングでいうと、だいたい１０位くらいですから、かなり人気の高い名前なのでしょう。<br/>
<br/>
ただ、コレってどういうふうに読んだらいいのか、とっさには読めませんでした。<br/>
<br/>
というのは、この字面から、このまえ北京でちょっと話題になった女優の蒼井そらの艶かしいイメージが瞬間的に過ぎり、やや動揺してしまい（あとから思えば、動揺する理由などなにもなかったのですが）、しかし、とにかく彼にとっては可愛い初孫の名前なのですから、迂闊な読み方をするわけにはいきません。<br/>
<br/>
ここは慎重のうえにも慎重に、恐る恐る「あおぞら・・・くん？」と聞くと、<br/>
<br/>
「だろ。でも、これで『そら』って読ませるらしいんだ。役所では、常用漢字や人名漢字でありさえすれば、読みはどうであれ受理するんだと。」<br/>
<br/>
そうそう、自分もそんな話、どこかで聞いた覚えがありました。<br/>
<br/>
しかし、漢字はそれだけガチガチに規制しておいて、「読み方」を野放しにするなんて、考えてみれば随分ルーズな規制だなという気がします。<br/>
<br/>
「それでさ、オレいまボランティアで外国人に日本語教えているんだけど、時と場合によって微妙に使い分けなければならない漢字の読みを理解させるのが、これがまた、なかなか大変なんだよなあ」<br/>
<br/>
日本人が、何気なく使い分けている漢字の読みを、改めて外国人に教えようとすると、この場合にはコレ、あの場合にはアレ・・・みたいな極めて煩雑なその規則性がよく分かるということらしいのです。<br/>
<br/>
（以下は、彼の話したことの概略です。）<br/>
<br/>
数年前に麻生首相が「未曾有」を「みぞゆう」と読み間違えて、みんなで笑いものにしたことがあったよな。<br/>
<br/>
確かに、日本では、仏教語は呉音で発音することになっていて、例えば、有名、有限などは漢音で「ユウ」と発音するけれども、仏教語の有為、有無などは呉音で「ウ」と発音することになっている。<br/>
<br/>
したがって、仏教語である「未曾有」は「ミゾウ」と呉音で読まなければならない。<br/>
<br/>
その辺の漢音と呉音の使い分けができないと（それが「教養」ということになるのでしょうが）、呉音で読むべきところを、謝って漢音で「ミゾウユウ」などと読み、笑いものになってしまうということになんだ。<br/>
<br/>
しかしさ、そもそもの原因は、日本語における漢字の読み方が複雑すぎることにあるのであって、それからすれば「未曾有」を「みぞゆう」で読んでしまうというのも仕方のないことのように思える。<br/>
<br/>
中国語では「有」という字には「ヨウ」という読み方しかないのに、日本語では有無や未曾有の時は「う」、保有、有機、有償などの時は「ゆう」と読み分けなければならない。<br/>
<br/>
同じ「有為」でも「有為の青年」と書いてあれば「ゆうい」と読まなければならないし、「有為転変」と書いてあれば「うい」と読まなければならないという具合で、およそ規則性というものがなんだな。<br/>
<br/>
こう見ると、どうやら大勢は「ゆう」で、仏典に出てくるような言葉は「う」という使い分けになっているのらしいと推測できるが、要するにどの場合も「ある」という意味なのだから、あえて読み分ける必要など本来ないのではないかと思えてしまう。<br/>
<br/>
繰り返すけれども、中国語では、ほとんどの字は一つの読み方しかない。<br/>
<br/>
もともと一つの音しかないはずの「有」という漢字に、日本語を反映させるために日本人が「あ（る）」という訓読みを付け加えたのはいいとしても、なぜ漢語を表すときに「ゆう」と「う」という二つの読み方（音読み）が存在するようになったのかといえば、それは日本人が飛鳥時代から室町時代に至るまできわめて長い時間をかけて中国語を日本語の中に取り入れてきたために、中国の様々な地方と時代の読み方がそれぞれに伝わってきたからなんだ。<br/>
<br/>
「有」という字の「う」という読み方は呉音と呼ばれ、奈良時代以前に長江下流域の言葉が朝鮮半島経由あるいは直接に日本に伝わってきたものとされている。<br/>
<br/>
一方、「ゆう」という読み方は奈良時代末から平安時代にかけて遺唐使や留学生として唐に赴いた人々が伝えた長安の発音で、漢音と呼ばれる。<br/>
<br/>
ただし、呉音が実際どの程度正確に呉の地方の発音を写し取っているかは疑問だといわれている。<br/>
<br/>
いずれにせよ、「有」という字には本来一つの意味→音しかなかったものが、日本人が長い間に中国語を様々な地方の中国人、あるいは中国語を知っている朝鮮人などいろいろな人たちに教わったために、各地の方言が混ざってしまったということらしい。<br/>
<br/>
つまり、そういう成り立ちの「読み」に、それほどこだわることがあるだろうかということなんだが、どうだろう。<br/>
<br/>
奈良時代の末に、遣唐使が伝えた漢音に漢字の読み方を統一すべきだという勅令がだされたことがあったらしいが、「仏教語は呉音で発音しなければならない」的な既にそれなりの勢力を得た教養派閥が、そういう是正案を潰したであろうことは、想像に難くないと思う。<br/>
<br/>
麻生首相は、あのとき、本当は、日本語にとって、とても深刻な問題提起を為したのであって、少なくとも僕たちは、彼を笑うべきではなかったのかもしれない、と彼はポツリと言いました。<br/>
<br/>
<br/>
ちなみに、男の子の名前のランキングだけ掲げるのでは片手落ちなので、女の子の名前のランキングも載せておきますね。<br/>
陽菜、結愛、結衣、杏、莉子、美羽、結菜、心愛、愛菜、美咲、葵、心結、凜、愛莉、杏奈、希、咲希、柚希、玲奈、莉央、さくら、愛奈、花音、心優、美桜、優月、美優、優衣、あかり、愛美、愛梨、芽依、七海、心菜、美空、未来、莉奈、こころ、ひなの、叶愛、琴音、結月、彩葉、心美、美月、百花、夢、優芽、優菜、優奈、陽愛、陽向、里桜、栞奈、ひなた、華音、芽衣、芽生、菜々美、桜、心花、真央、美結、楓、萌愛、優香、和、和奏、莉桜、あおい、愛桜、綾乃、杏樹、光希、彩羽、彩花、咲、紗希、朱里、心音、心陽、桃音、桃花、日和、美海、穂香、萌々香、陽菜乃、璃桜、瑠菜、怜奈、凛、莉菜、莉乃、ひかり、ひまり、りん、愛乃、音羽、花帆、花歩、花梨、結花、結華、結子、光、彩華、彩乃、菜央、咲良、紗那、紗良、春花、心春、心寧、真奈、晴、蒼依、虹心、美音、美緒、美陽、萌花、望愛、優亜、優羽、優花、柚咲、柚奈、遥、陽葵、陽莉、梨乃、璃子、里咲、里奈、琉愛、瑠愛、瑠花、麗、麗奈、和花、莉愛<br/>

        ]]></content> 
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    <title>夜の緋牡丹</title>  
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    <issued>2012-01-09T22:44:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-01-09T22:43:51+09:00</modified>  
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
京橋のフィルムセンターでは、１月６日から約１ヵ月かけて、１９４９年～１９６０年に製作された「新東宝映画」作品をニュー・プリントで特集上映しています。<br/>
<br/>
それらの作品は、今回新たに収集され、いままで見ることのできなかったもので、新しくライブラリーに加えられる作品だそうです。<br/>
<br/>
そうそう、特集のメイン・タイトルには「映画保存のための特別事業費によるよみがえる日本映画」とあるとおり、ナニシロ国家予算がらみの重々しい公的プロジェクトと銘打つ真摯な企画で、思わず膝を正したくなるような仰々しい取り組みですが、しかし、上映作品されるという当の作品が新東宝作品というところが、ちょっと笑っちゃうじゃないですか（当然笑ったりしてはいけませんが）。<br/>
<br/>
いえいえ、なにもメジャー作品が良くて、新東宝作品などマイナー作品が悪いなんていっているわけではありません。<br/>
<br/>
むしろ自分は、新東宝作品大好き人間で、しばしばチャンネルｎｅｃｏなどで珍しい作品が放映されていれば、積極的に録画して見るようにしているくらいですが、もっとも、同じ時間帯で他社の未見作品などが放映されていたりすると、あっさりと宗旨替えしてしまう程度の信用のおけない大いに薄いファンではありますが。<br/>
<br/>
まあとにかく、見てみなければ分からないというタテマエと、一方経験則から、だいたいは「期待」が裏切られ肩透かしを食わされるに違いないことを前提にそれなりに身構えたうえで、一作ずつ慎重に見ていきたいと考えています。<br/>
<br/>
しかし、そうはいうものの、新東宝映画をこだわって見てきたおかげで分かったこともありました。<br/>
<br/>
「映画とは、こういうものでなければならない」という頑なな思い込みというか、狭い固定観念（芸術的でなければならないとか、勧善懲悪でなければならないとか、深刻的でなければならないとか、道徳的でなければならないとか）から解放され、自由な立場で映画をもっと気楽に見てもいいのだ、というか、「もっと芸術的な作品を見たい」という欲求と、「もっと淫乱な映画を見たい」という欲求は、それほど隔たったものでないことが分かりました。<br/>
<br/>
いまでは、それが映画を見る上でのぼくの指針です。<br/>
<br/>
要は、見るこちら側の問題に過ぎないのであって、映画は、芸術的であろうと、淫乱であろうと、それらはそのままで全然構わない、その総体こそが映画という生きものであることに気づかせてくれたような気がします。<br/>
<br/>
今回の上映作品は、以下のとおりですが、このなかでは、島崎雪子のデビュー作であり、また、「島崎雪子失踪事件」で話題になった千葉泰樹監督の「夜の緋牡丹」が入っていて、ぜひ見たいと思っている作品です。<br/>
<br/>
ちなみに、フィルムセンターのこの「新東宝」カタログの第一面の表紙は、「夜の緋牡丹」のスチール写真が使用されており、それは、島崎雪子が真っ白い太ももをあらわに天井から逆さにブラ下がって（それだけでもズイブン変態的で異様です、とっさに衝撃的な体位なのかという妄想にとらわれました）、いままさに伊豆肇と接吻しようという扇情的・官能的な場面です。<br/>
<br/>
島崎雪子のプロフィールには、「島崎雪子失踪事件」前後の事情についてこんなふうに紹介されています。<br/>
<br/>
《２５年、新東宝製作【山のかなたに】のフレッシュガール募集に応募し、トップで合格。【青い山脈】の原節子の役名を芸名とし、オキャンな女子軍団の１人に扮し十数名のグループの中の１人だったが存在感を示した。<br/>
藤本プロダクション専属となり、続いて【夜の緋牡丹】に出演が決まった。<br/>
当初、主役の「芸者・たい子」に抜擢されたが、突然、轟夕起子に変更になるとの報道が流れ、その後スタッフ・会社間のゴタゴタなども起こり、一連の騒動に島崎雪子は精神的なショックを受けて失踪した。<br/>
これが有名な『島崎雪子失踪事件』だが、事件は新聞の三面記事で大きく扱われ一時騒然となったものの、結局のところ藤本プロデューサーが仕組んだ新人売出作戦だったともいわれ、ほかにも共演者の伊豆肇が島崎雪子に恋をしたなどというゴシップもアエテ流したらしい。<br/>
当の島崎雪子は、騒動中、撮影所近くのアパートに潜んでいたという。<br/>
ていよく利用されたカタチとなった轟夕起子は大いに激怒したが、島崎雪子の謝罪で納まったらしい。<br/>
結局、無事「たい子役」を得た島崎雪子は、伊豆肇を相手に大いに官能的演技を披露した。》<br/>
<br/>
当時ポスターに使われた宣伝惹句は、<br/>
・泥まみれの愛！　ぎりぎりの欲！　屋根裏に燃えあがる熱っぽい女の体質<br/>
・男を殺す眼！　狂わせる肢体！　ぎりぎりの愛欲が火と燃える！ <br/>
・娼婦の肉体と少女の感情を持つダンス芸者・瞬間の刺戟を求めて男を漁る奔放女性<br/>
・泥まみれの恋情が火と燃える!!　 <br/>
・晩秋のエクランを飾る芸術巨篇！　日本版「情婦マノン」!!　 <br/>
・赤裸々になげだされた女の体臭と真実！　胸打つ情炎の大メロドラマ！<br/>
という「これ以上もうない」というくらい相当なものでした。<br/>
<br/>
（1950銀座ぷろだくしょん・新東宝）監督・千葉泰樹、製作原作脚本・八田尚之、撮影・鈴木博、美術・下河原友雄、音楽・早坂文雄、制作補・島村達芳<br/>
出演・伊豆肇、島崎雪子、千明みゆき、田崎潤、月丘夢路、龍崎一郎、山本禮三郎、北澤彪、勝見庸太郎、高堂國典、澤蘭子、志村喬、小島洋々、菊地双三郎、山室耕、伊藤雄之助、冬木京太、<br/>
　1950.12.08　11巻35mm 2,890m 105分 白黒 <br/>
<br/>
<br/>
★フィルムセンター　新東宝作品上映作品<br/>
1  【流星】（1949新東宝）（監督脚本）阿部豊（原作）富田常雄（脚本）館岡謙之助（撮影）山中進（美術）進藤誠吾（音楽）服部良一（出演）山口淑子、大日方傳、山村聰、若原雅夫、野上千鶴子、千明みゆき、伊澤一郎、中村彰、鳥羽陽之助（82分・35mm・白黒）<br/>
2  【湯の町悲歌（エレジー）】（1949新東宝）（監督）野村浩將（脚本）佃血秋（撮影）横山実（美術）梶由造（音楽）古賀政男（出演）山根壽子、近江俊郎、清川荘司、田中春男、宮川玲子、千石規子（60分・35mm・白黒）<br/>
3  【恐怖のカービン銃】（1954新東宝）（監督）田口哲（監督脚本）浅野辰雄（撮影）井上莞（美術）吉山雅治（音楽）伊藤宣二（出演）天知茂、三原葉子、村山京司、加藤章、三砂亘、児玉一郎、上野綾子、有馬新二、倉橋広明、川部守一、近藤宏（45分・35mm・白黒）<br/>
4  【帰國 ダモイ】（1949新東宝）（監督）佐藤武（監修）渡邊邦男（脚本）岸松雄（撮影）山崎一雄（美術）伊藤寿一（音楽）飯田信夫（出演）井上正夫、野上千鶴子、和田信賢、堀雄二、大日方傳、莊司肇、山室耕、田中春男、山口淑子、堀越節子、泉麗子、池部良、藤田進（90分・35mm・白黒）（90分・35mm・白黒）<br/>
5  【憧れのハワイ航路】（1950新東宝）（監督）斎藤寅次郎（原作）サトウ・ハチロー（脚本）八住利雄（撮影）友成達雄（美術）加藤雅俊（音楽）上原げんと（出演）岡晴夫、美空ひばり、花菱アチャコ、キドシン、古川緑波、柴田早苗、吉川満子、清川玉枝 （78分・35mm・白黒）<br/>
6  【夜の緋牡丹】（1950銀座ぷろだくしょん）（監督）千葉泰樹（原作脚本）八田尚之（撮影）鈴木博（美術）下河原友雄（音楽）早坂文雄（出演）伊豆肇、島崎雪子、田崎潤、月丘夢路、龍崎一郎、山本禮三郎、北澤彪、勝見庸太郎、高堂國典（105分・35mm・白黒）<br/>
7  【桃の花の咲く下で】（1951新東宝）（監督脚本）清水宏（脚本）岸松雄（撮影）鈴木博（美術）鳥井塚誠一（音楽）服部良一（出演）笠置シヅ子、日守新一、柳家金語樓、花井蘭子、中川滋、大山健二、北澤彪、鳥羽陽之助、清川玉枝、伊達里子、堀越節子、江戸川蘭子、花岡菊子（73分・35mm・白黒）<br/>
8  【惜春】（1952新東宝）（監督脚本）木村惠吾（撮影）小原讓治（美術）下河原友雄（音楽）飯田三郎（出演）上原謙、山根壽子、笠置シヅ子、齊藤達雄、清水将夫、田中春男、伊藤雄之助、東野英治郎（97分・35mm・白黒）<br/>
9  【ハワイの夜】（1953新東宝・新生プロ）（監督）マキノ雅弘、松林宗惠（原作）今日出海（脚本）松浦健郎（撮影）三村明（美術）進藤誠吾（音楽）渡辺弘（出演）鶴田浩二、岸惠子、水の江滝子、御園裕子、水島道太郎、三橋達也、小杉勇、江川宇礼雄、横山運平、田中春男、滝花久子（84分・35mm・白黒）<br/>
10 【アジャパー天國】（1953新東宝）（監督）齋藤寅次郎（原作）サトウ・ハチロー（脚本）八住利雄（撮影）友成達雄（美術）加藤雅俊（音楽）服部正（出演）花菱アチャコ、伴淳三郎、古川緑波、田端義夫、堺駿二、清川虹子、南壽美子、高島忠夫、田中春男、星美智子、キドシン、トニー・谷、泉友子、柳家金語楼（84分・35mm・白黒）<br/>
11 【もぐら横丁】（1953新東宝）（監督脚本）清水宏（原作）尾崎一雄（脚本）吉村公三郎（撮影）鈴木博（美術）鳥井塚誠一（音楽）大森盛太郎（出演）佐野周二、島崎雪子、日守新一、宇野重吉、若山セツ子、森繁久彌、和田孝、片桐余四郎、千秋實、磯野秋雄、杉寛、田中春男、堀越節子、天知茂、尾崎士郎、壇一雄、丹羽文雄（93分・35mm・白黒）<br/>
12 【戰艦大和】（1953新東宝）（監督）阿部豊（原作）吉田満（脚本）八住利雄（撮影）横山実（美術）進藤誠吾（音楽）芥川也寸志（出演）藤田進、舟橋元、高田稔、佐々木孝丸、小川虎之助、見明凡太朗、伊沢一郎、片山明彦、高島忠夫、三津田健、中村伸郎、宮口精二、竜岡晋（101分・35mm・白黒）<br/>
13 【日本敗れず】（1954新東宝）（監督）阿部豊（脚本）館岡謙之助（撮影）横山実（美術）進藤誠吾（音楽）鈴木靜一（出演）早川雪洲、藤田進、山村聰、柳永二郎、齋藤達雄、小川虎之助、髙田稔、小笠原弘、舟橋元、沼田曜一、細川俊夫、丹波哲郎、宇津井健、北沢彪、安部徹、佐々木孝丸（102分・35mm・白黒）<br/>
14 【忍術児雷也】（1955新東宝）（監督）萩原遼、加藤泰（脚本）賀集院太郎（撮影）平野好美（美術）鈴木孝俊（音楽）高橋半（出演）大谷友右衞門、若山富三郎、田崎潤、瑳峨三智子、新倉美子、利根はる惠、大河内傳次郎（80分・35mm・白黒）<br/>
15 【逆襲大蛇丸】（1955新東宝）（監督）加藤泰（脚本）賀集院太郎（撮影）平野好美（美術）鈴木孝俊（音楽）高橋半（出演）大谷友右衛門、若山富三郎、田崎潤、瑳峨三智子、新倉美子、利根はる恵、大河内傳次郎（70分・35mm・白黒）<br/>
16 【番場の忠太郎】（1955新東宝）（監督）中川信夫（原作）長谷川伸（脚本）三村伸太郎（撮影）岡戸嘉外（美術）伊藤壽一（音楽）淸瀨保二（出演）山田五十鈴、若山富三郎、桂木洋子、森繁久彌、鳥羽陽之助、阿部九州男、伊澤一郎、三井弘次、滝花久子、光岡早苗、花岡菊子、坪井哲、冬木京三（86分・35mm・白黒）<br/>
17 【母の曲】（1955新東宝）（監督）小石榮一（原作）吉屋信子（脚本）笠原良三（撮影）岡戸嘉外（美術）朝生治男（音楽）飯田三郎（出演）三益愛子、安西郷子、宇津井健、田中春男、增田順二、淸川玉枝、花岡菊子、坪井哲、上原謙、木暮実千代（98分・35mm・白黒）<br/>
18 【アツカマ氏とオヤカマ氏】（1955新東宝）（監督）千葉泰樹（原作）岡部冬彦（脚本）笠原良三（撮影）西垣六郎（美術）朝生治男（音楽）三木鶏郎（出演）小林桂樹、上原謙、久保菜穂子、三原葉子、遠山幸子、花井蘭子、細川俊夫、井上大助、上田みゆき、相馬千恵子、森繁久彌、三遊亭金馬、美舟洋子、沢村昌之助、関三十郎（85分・35mm・白黒）<br/>
19 【風流交番日記】（1955新東宝）（監督）松林宗惠（原作）中村貘（脚本）須崎勝彌（撮影）西垣六郎（美術）黑澤治安（音楽）宅孝二（出演）小林桂樹、宇津井健、加東大介、多々良純、丹波哲郎、高田稔、志村喬、安西郷子、阿部寿美子、野上千鶴子、花岡菊子、千明みゆき、英百合子、御木本伸介、天知茂（91分・35mm・白黒）<br/>
20 【リングの王者　栄光の世界】（1957新東宝）（監督）石井輝男（脚本）内田弘三（撮影）鈴木博（美術）小汲明（音楽）齊藤一郎（出演）宇津井健、池内淳子、中山昭二、細川俊夫、鮎川浩、小髙まさる、若杉嘉津子、伊沢一郎、林國治、米山廣人、旗照夫、天知茂（75分・35mm・白黒）<br/>
21 【女の防波堤】（1958新東宝）（監督）小森白（原作）田中貴美子（脚本）小山一夫、村山俊郎（撮影）岡戸嘉外（美術）鳥居塚誠一（音楽）古賀政男（出演）小畑絹子、荒川さつき、筑紫あけみ、細川俊夫、三原葉子、城実穂、万里昌代、鮎川浩（87分・35mm・白黒）<br/>
22 【黒線地帯】（1960新東宝）（監督脚本）石井輝男（脚本）宮川一郎（撮影）吉田重業（美術）宮沢計次（音楽）渡辺宙明（出演）天知茂、三ツ矢歌子、三原葉子、細川俊夫、瀬戸麗子、矢代京子、魚住純子、鮎川浩、宗方祐二、大友純（80分・35mm・白黒）<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>左ききの狙撃者 東京湾</title>  
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    <issued>2012-01-04T23:19:19+09:00</issued>  
    <modified>2012-01-04T23:07:15+09:00</modified>  
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      <name>sentence2307</name> 
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
この1962年作品「左ききの狙撃者　東京湾」を見ていて、野村芳太郎監督が後年（1974年）に撮ることとなる「砂の器」が、いかに野村監督にとって生涯の集大成となる重要な作品だったかということを今回あらためて思い知りました。<br/>
<br/>
しかし、この「左ききの狙撃者　東京湾」を、「砂の器」が撮られるための布石的な準備作品だとか、野村監督の映画作家としての「方程式」にあてはめた作品にすぎないとか、あるいはまた「定番」的な作品だなどというミもフタもない話をしようとは思いません。<br/>
<br/>
出世とは縁の無い下積みの刑事の視点を借りて、事件を捜査していく過程で明かされていく陰惨な「犯罪」と名づけられた「現象」のなかに、社会の底辺に追いやられ、抑圧され虐げられ続けた差別に苦しむ無力な者たちの怒りの反映としてある「犯罪」にこめられた苦しみと悲しみを、痛切な共感をもって見つめる野村監督のドラマツルギーを正当に評価したいという衝動にかられました。<br/>
<br/>
製作されて既にかなりの時間がたってしまった現在から、「砂の器」を意識しつつ（当然「そう」なりますが）、おびただしい予備知識をまといつかせながら「左ききの狙撃者　東京湾」を見るしかない僕たちにとって、その作品独自の価値を正当に見定めることなど、やはり、かなり困難なことに違いありませんし、ただただ絶望的なことだろうと思います。<br/>
<br/>
しかし、その不運な状況にあっても、「左ききの狙撃者　東京湾」を撮られたことによって、「砂の器」の完成度がさらに深められたという予定調和的な視点とかではなく、あるいはまた、「砂の器」の成熟を明かすために「左ききの狙撃者　東京湾」の未成熟さを貶めるというような、時間を逆行するという倒錯した認識の限界を避けて、この野村芳太郎作品にアプローチしたいと考えました。<br/>
<br/>
「左ききの狙撃者　東京湾」において、刑事・澄川（西村晃が好演しています）が、かつての戦友であり、そして、射殺事件の容疑者としてきわめて重い嫌疑のかかっている井上(玉川伊佐男が演じています)に対して、その「情」と「職務」のハザマで、澄川がどのような行動をとったかが、「砂の器」との違いの意味を知る手立てになるのではないかと考えました。<br/>
<br/>
はたして、容疑者・井上に対して、刑事・澄川は「逮捕」をためらうような何らかの「情」みたいなものがあっただろうかということです。<br/>
<br/>
例えば、澄川は、捜査を共にする若い刑事・秋根と妹・ゆき子との結婚を反対し続けています。<br/>
<br/>
その理由というのが、彼だっていまに刑事の仕事が面白くなって捜査に夢中になって当然家庭など顧みなくなり、やがては自分がそうだったように早晩家庭崩壊をまねく、だから妹には、刑事となど結婚はさせない、というのが理由です、というか、理由にならない理由です。<br/>
<br/>
しかし、ここで語られている重要なことは、妹の結婚如何などてはなく、むしろ「いまに刑事の仕事が面白くなって捜査に夢中になる」と語らずにはおられない犯罪捜査に取りつかれた澄川のマニアックな部分です。<br/>
<br/>
いままで多くの映画の中で見た治安維持法にもとづく捜査の陰惨な拷問の場面を支えていたものは、悪を憎む「正義感」であるよりも、「権力の後ろ盾を得た捜査の異常な加虐嗜好」のような気がします。<br/>
<br/>
黒澤明の「野良犬」においてさえも、その雰囲気が充満していたような気がしています。<br/>
<br/>
あの作品においても、戦争によってなにもかもを失った青年復員兵の為した犯罪に対して三船敏郎の刑事は、一応の理解は示したものの、同情とか、ましてや共感などは決してあらわしてはいませんでした。<br/>
<br/>
「砂の器」全編において明らかにほのめかされていたあまやかな「同情」など、この「野良犬」や「左ききの狙撃者　東京湾」には、いささかの気配もありはしません。<br/>
<br/>
「犯罪者」への理解や同情など、随分近年の話にすぎないのです、社会が豊かになり、人の道義感が緩み、価値観が多様化したことによって（「多様化」とは、実に便利な言葉ですが、要は「凋落」とか「堕落」の隠蔽程度の意味合いしかなく）生じただけで、「死刑廃止」同様「社会の進歩」や「知性」の問題とは、なんら関係ありません。<br/>
<br/>
この作品「左ききの狙撃者　東京湾」を貫いている理念は、「犯罪に対する確固たる憎悪」です。<br/>
<br/>
たぶん、その象徴的な場面は、逃亡をはかった容疑者・井上を列車の中に追い詰め、遂に井上の持つ「現金」という物的証拠をつかんで逮捕におよぼうとする場面に描かれています。<br/>
<br/>
澄川は、刑事として容疑者・井上に手錠を掛けたのであり、そこには恩ある戦友への配慮など微塵もありません。<br/>
<br/>
そして、もみ合いの末に手錠につながれたまま、列車のデッキからともに転落する凄絶な場面と、そのあと、一対の轢死体として鉄橋にぶら下がっている無残なラストシーンに、刑事としての執念が象徴的に描かれているのだと感じました。<br/>
<br/>
（1962松竹大船）製作・白井昌夫、企画・佐田啓二、監督・野村芳太郎、脚本・松山善三、多賀祥介、撮影・川又昂、音楽・芥川也寸志、美術・宇野耕司、録音・栗田周十郎、照明・青松明、編集・浜村義康、声・田口計<br/>
出演・石崎二郎、榊ひろみ、葵京子、三井弘次、玉川伊佐夫、西村晃、織田政雄、細川俊夫、高橋とよ、加藤嘉、富田仲次郎、浜村純、佐藤慶、穂積隆信、上田吉二郎、末永功、山本幸栄、今井健太郎、山本多美、水木涼子、<br/>
1962.05.27　6巻 2,261m 1時間23分　白黒 シネマスコープ<br/>

        ]]></content> 
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    <title>日本映画史叢書　第①巻から第⑤巻</title>  
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    <id>http://sentence.exblog.jp/17488883/</id>  
    <issued>2011-12-29T22:35:34+09:00</issued>  
    <modified>2011-12-29T22:23:36+09:00</modified>  
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      <name>sentence2307</name> 
    </author>  
    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
う～ん、さて、どれを読むかとなると迷いますねえ<br/>
<br/>
論考のタイトルだけぼんやり眺めているだけでは、どうしようもありません。<br/>
<br/>
具体的に大まかな内容に当たりをつけて実際に読み始めるしかないのですが、最初自分は、このシリーズが通史的な時系列で編まれていないのだとしたら、なにもわざわざ第①巻から読みはじめることに必ずしもこだわる必要はないかと考えていました。<br/>
<br/>
しかし、それを崩して、自分から優先順位を探すとなると、逆にもっとややこしいことになるのではないかと気が付きました。<br/>
<br/>
まずは、定石どおりに第①巻から順を追って第⑤巻くらいまでのタイトルをリストアップして検討してみることにしました。<br/>
<br/>
以下は、各巻の目次です。<br/>
<br/>
【森話社刊・日本映画史叢書】<br/>
<br/>
第①巻　日本映画とナショナリズム　1931-1945（岩本憲児編）<br/>
ナショナリズムと国策映画（岩本憲児）<br/>
小春日和の平和における非常時－映画「非常時日本」のイデオロギー（宜野座菜央見）<br/>
風景の（再）発見－伊丹万作と「新しき土」（山本直樹）<br/>
身体の「無力さ」と「声」としての権力－「五人の斥候兵」論（岩槻歩）<br/>
「路傍の石」と文部省教化映画－出世ならざる吾一の出世譚（米村みゆき）<br/>
長谷川一夫と山田五十鈴－戦時下におけるロマンチシズムの興隆（志村三代子）<br/>
《日本》の二つの顔－「医者のゐない村」と日中戦争期の農村（藤井仁子）<br/>
戦時下のニュース映画－「同盟ニュース」再考（奥村賢）<br/>
アヴァンギャルド映画の受容をめぐる左翼と天皇主義者（那田尚史）<br/>
日本映画と全体主義－津村秀夫の映画批評をめぐって（長谷正人）<br/>
木下映画における国策と逸脱－男性たちの「男性性」（藤田亘）<br/>
音楽映画の行方－日中戦争から大東亜戦争へ（笹川慶子）<br/>
<br/>
第②巻　映画と「大東亜共栄圏」（岩本憲児編）<br/>
アジア主義の幻影－日本映画と大東亜共栄圏（岩本憲児）<br/>
満鉄記録映画と「満州」－異郷支配の視線（小関和弘）<br/>
抗日救国運動下の上海映画界－満州事変から第二次上海事変へ（張新民）<br/>
上海・南京・北京、－東宝文化映画部《大陸都市三部作》の地政学（藤井仁子）<br/>
「大東亜映画」への階段－「大陸映画」試論（晏妮）<br/>
映画人たちの帝国－大東亜映画圏の諸相（マイケル・バスケット）<br/>
戦時下の台湾映画と「サヨンの鐘」（洪雅文）<br/>
日本植民支配末期の朝鮮と映画政策－「家なき天使」を中心に（金京淑）<br/>
１９４０年文化空間とエノケンの「孫悟空」（垂水千恵）<br/>
漫画映画の笑いと英雄－「桃太郎」と戦争（秋田孝宏）<br/>
南方における映画工作－《鏡》を前にした日本映画（岡田秀則）<br/>
ナショナリズムとモダニズム－「あの旗」は撃ち落されたか？（岩本憲児）<br/>
<br/>
第③巻　映画表現のオルタナティブ－１９６０年代の逸脱と創造（西嶋憲生編）<br/>
アヴァンギャルドとオルタナティブ（西嶋憲生）1950～60年代を中心に<br/>
劇場の三科とダダ映画（西村智弘）<br/>
戦後アヴァンギャルドの映像と身体（越後谷卓司）<br/>
可能性の映画－滝口修三の「北斎」シナリオとシュルレアリスム（倉林靖）<br/>
松本俊夫の実験としての映画形式（広瀬愛）<br/>
日本映画の６０年代と金井勝（那田尚史）<br/>
寺山修二の映画的実験－「審判」の場合（広瀬愛）<br/>
日本映画の新しい波－1960年代（岩本憲児）<br/>
時代を証言する－大島渚「日本の夜と霧」論（御園生涼子）<br/>
「砂の女」再読－レズビアン・リーディングの新たな可能性（溝口彰子）<br/>
増村保造から純愛映画劇運動へ－「イントレランス」公開（滝浪佑紀）<br/>
日本映画の他者ドナルドリチー－占領下における反＝啓蒙者の肖像（高崎俊夫）<br/>
もう一人のクロサワ－フランス映画批評における「黒沢清」の受容（御園生涼子）<br/>
<br/>
第④巻　時代劇伝説・チャンバラ映画の輝き（岩本憲児編）<br/>
時代劇伝説（岩本憲児）<br/>
歌舞伎から映画へ－「芸能史」としての時代劇映画前史（児玉竜一）<br/>
時代劇の誕生と尾上松之助（田島良一）<br/>
「旧劇」から「時代劇」へ－映画製作者と映画興行者のヘゲモニー闘争（板倉史明）<br/>
マキノ映画時代劇－反射しあうメディア（冨田美香）<br/>
東映時代劇論（田島良一）<br/>
「任侠もの」の水脈（神山彰）<br/>
ヴァンプ女優論－鈴木澄子とは誰だったのか（志村三代子）<br/>
忍者映画の変容－松之助からｎｉｎｊａへ（横山泰子）<br/>
大川橋蔵という「正統」－衣裳と化粧のドラマトゥルギー（神山彰）<br/>
サムライ・イメージの変遷－宮本武蔵からたそがれ清兵衛まで（岩本憲児）<br/>
<br/>
第⑤巻　映画は世界を記録する・ドキュメンタリー再考（村上匡一郎編）<br/>
方法としてのドキュメンタリー・現実に向かうカメラをめぐって（村上匡一郎）<br/>
台頭期のドキュメンタリー映画と記録映画（岩本憲次）<br/>
アマチュア映画のアヴァンギャルド（西村智弘）<br/>
誰がいかに語るのか・帝国の自民族中心主義（宜野座菜央見）<br/>
科学映画の興隆と迷走・文化映画論序説（奥村賢）<br/>
スポンサード映画の光と影（江口浩）<br/>
1950年代の岩波映画製作所・戦後記録映画の転回点（上村実）<br/>
アート・ドキュメンタリーの美学（越後谷卓司）<br/>
映像人類学の現在（村尾清二）<br/>
テレビ・ドキュメンタリーの新しい相貌・虚構と現実のあいだで（竹村紀雄）<br/>
ビデオ・ジャーナリズムの現在（佐野博昭）<br/>
ビデオ・アクティビズムの闘い（土屋豊）<br/>
山形国際ドキュメンタリー映画祭とアジア（矢野和之）<br/>
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        ]]></content> 
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    <title>日本映画史叢書</title>  
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    <issued>2011-12-29T19:06:00+09:00</issued>  
    <modified>2011-12-29T18:58:03+09:00</modified>  
    <created>2011-12-29T18:54:43+09:00</created>  
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    <dc:subject>映画</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
さて、いよいよ今日から１月３日まで正月休みです。<br/>
<br/>
時間に拘束されるサラリーマンにとって、一週間というまとまった休暇など滅多にありませんので、とてもありがたいし素直に嬉しいです。<br/>
<br/>
そう、今回こそは、漫然と過ごすのではなく、あとで後悔しないような有意義な過ごし方をしたいと考えています。<br/>
<br/>
別段、とりたててこれといった予定も入っていませんしね。<br/>
<br/>
もうずっと前の話ですが、正月休みのすべての時間を使って、島崎藤村の「夜明け前」を読み切ったことがありました。<br/>
<br/>
起きている限りのすべての時間を読書に当てました。<br/>
<br/>
食事のときも、買い物のときも、入浴中も、片手に文庫本を捧げ持つスタイルで、可能な限り読み続けました。<br/>
<br/>
ある意味とてもマニアックな小説ですので、読む側としても相当マニアックになって読みました。<br/>
<br/>
しかし、時折、こんなことをしていて、果たしていいのかと不図気がつき、もっといろんなことをした方がいいのではないかという迷いに始終捉われ、そのたびに、もういい加減やめようと決心し、しかしすぐに、折角ここまで読んできたのだから、ここで止めるというのもなんだか惜しい気がして、再び読み始めるということの繰り返しで、ようやっと全編読み切りました。<br/>
<br/>
だいたい正月といえば旅行や近親者の集まりや観光施設などに行ったりと、休暇をフルに楽しく過ごしてきたつもりなのに、しかし、思い起こそうとして鮮明に思い返すことのできる「正月休暇」といえば、まさにあの「夜明け前」を読み切った充実のあの「休暇」だけだったような気がします。<br/>
<br/>
つまり、時間の無いサラリーマンにとって、まとまったものを読むということは、とても贅沢なことなのだとそのとき気がつきました。<br/>
<br/>
そんなこともあって、今回の休暇の過ごし方について、ちょっと前からある計画を立てていました。<br/>
<br/>
それというのは、ひと月くらい前でしょうか、ある新聞の書評欄で森話社という出版社が「日本映画史叢書」というシリーズ１５巻を完結させたという記事を読み、ぜひ読んでみたいと思っていたのです。<br/>
<br/>
ネットで内容を眺めたり、カタログを取り寄せたりして、各巻の内容を確認したのですが、まあ映画史とはいえ時系列で映画史をたどるという通史形式ではなく、むしろ、あるテーマについての論文を集中的に収録するタイプのものであることを知りました。<br/>
<br/>
むかし岩波書店から出版された「講座・映画」（正式名称は分かりません）のような感じなのかなと思います。<br/>
<br/>
とにかく、今回出版されたのが「日本映画の誕生」というのですから（新聞の解説には「映画が発明されて間もない１９世紀末、米エジソン社と仏リュミエール社が、日本の風俗を撮影するために争って来日した様子から説き起こし、初期の製作形態や映画館の建設、弁士などの活動などを詳しく分析」とありました）推して知るべしです、それならなにも杓子定規に第１巻から読み始めるというのも、なんだか芸の無い話かもしれません。<br/>
<br/>
ということで、とにかく①巻からのタイトルを順に調べてみました。<br/>
<br/>
①「日本映画とナショナリズム」<br/>
②「映画と大東亜共栄圏」<br/>
③「映像表現のオルタナティブ」<br/>
④「時代劇伝説」<br/>
⑤「映画は世界を記録する」<br/>
<br/>
なるほどなるほど、そういうことですか。<br/>
<br/>
随分難しそうじゃないですか。<br/>
<br/>
それとも、「あっち」系？<br/>
<br/>
まあ、それはそれとして、その先は、と。<br/>
<br/>
⑥「映画と身体／性」<br/>
⑦「家族の肖像」<br/>
⑧「怪奇の幻想への回路」<br/>
⑨「映画のなかの天皇」<br/>
⑩「映画と戦争」<br/>
<br/>
やっぱ、「戦争」の影が大きく覆いかぶさってますね。<br/>
<br/>
まあ、「映画史」ですから、当然ですが。<br/>
<br/>
そして、⑪以下もざっとこんな感じです。<br/>
<br/>
⑪「占領下の映画」<br/>
⑫「横断する映画と文学」<br/>
⑬「映画のなかの古典芸能」<br/>
⑭「観客へのアプローチ」<br/>
⑮「日本映画の誕生」<br/>
<br/>
さて、これだけの量ですから、いくらなんでも一度に全巻は読めません。<br/>
<br/>
何から読み始めるか、ビールでも飲みながら、これから、ゆっくり考えるとしますか、こういうのも読書の楽しみのひとつですからね。<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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    <title>コリヤー兄弟</title>  
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    <issued>2011-12-25T13:01:04+09:00</issued>  
    <modified>2011-12-25T12:49:16+09:00</modified>  
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      <name>sentence2307</name> 
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    <dc:subject>徒然草</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
いよいよ今年も押し詰まってきました。<br/>
<br/>
家人から「手伝ってとまでは言わないけど、せめて自分の部屋くらいは、きれいにしておいてよね」という催促は、日増しにとげとげしくなり、ほとんど恫喝みたいな脅迫口調に変わってきています。<br/>
<br/>
表面的には、多忙な仕事のせいにして逃げ回っているのですが、実をいうと12月に入ったあたりから、家人のいないところで、何度もその「大掃除」とやらを試みました。<br/>
<br/>
しかし、結果は惨憺たるものでした。<br/>
<br/>
まずは読み掛け・読み散らした本の散乱です。<br/>
<br/>
なぜ本がこんなに溜まってしまうのか、答えはごく簡単です。<br/>
<br/>
まだ読んでいない本は、当然棄てられないし、読んだ本は愛着が湧いてなお棄てられません。<br/>
<br/>
それに次々に出版される本への欲求は抑えられないし、しかし読むスピードには限りがあるしで、それじゃあ、誰が考えたって溜まる一方ですよね。<br/>
<br/>
そんなふうな「癖」なものですから、本だけではなく雑誌やＤＶＤやＣＤ（それに、服にもちょっとしたこだわりが・・・）の堆積が、もう大変な状態になってしまいました。<br/>
<br/>
これを一言でいうと、「手の付けられないオテアゲ状態」です。<br/>
<br/>
ここにきてやっと気が付きました、棄てられなければ「掃除」というものは成立しないんだなあって。<br/>
<br/>
家人は、この部屋を、「ゴミ屋敷」と呼んでいますが、その言葉を口にするあたりから、「テキも諦めの境地に入ったな」と自分勝手にタカをくくって、今年もこのまま現状維持で押し切れるなという確信を得るに至ります。<br/>
<br/>
しかし本当は、自分はそんな小ずるい人間なんかではなくて、ちゃんとキレイにしたいと切望している真人間であるのだと実は弁解したいのですが、それを言ってしまったら「なぜキレイにできない？」と問い詰められて、自分が「癖」などではなく、ほとんど「病」であることを自認しなければならなくなってしまう恐怖があるからかもしれません。<br/>
<br/>
まあしかし、コリヤー兄弟が残したという100トンのゴミに比べたら僕のなんか（ゴミじゃありませんが）可愛いものではないですか。<br/>
<br/>
とはいうものの、「ゴミ屋敷」という「病」は、そもそも重量の多寡の問題などではなく、そういう状況を手をこまねいて呼び込んでしまう怠惰というか、無気力というか、日常生活に対応していくために必要ななにかがバランスを失ったり崩れたりしてしまうことなのだとしたら、そのためには、やはりきちんと「棄てる」ことを果たしていかなければならないんだろうなと痛感している歳の暮れです。<br/>
<br/>
できるかな？<br/>
<br/>
【参考】<br/>
ホーマー・コリヤー（Homer Lusk Collyer,1881.11.6～1947.3.21）と、ラングレー・コリヤー（Langley Collyer,1885.10.3～1947.3推定）の、この元海事裁判所の法律家と医師の兄弟は、ニューヨークのマンハッタンに住んでいましたが、母親の死を切掛けに1909年ごろから家に引き篭もるようになって、外界から遮断された生活を送ることとなります。<br/>
<br/>
兄のホーマーは引き篭もり中に病気により失明し、世話をしていた弟ラングレーが事故死（ゴミの山が崩壊し、それに埋もれて窒息死）したために餓死したとされています。<br/>
<br/>
住んでいたマンハッタンの治安が悪化しても屋敷を離れずにいた彼らは家中に罠を仕掛けて侵入者を撃退していましたが、最終的にはその仕掛けが元で、1947年邸宅内のゴミに埋もれて死んだとされています。<br/>
<br/>
「警官が二階の窓から屋敷に入り死後およそ10時間経ったホーマー・コリヤー（65歳）の死体を発見した。暴力の形跡はなく、手元にはしなびたリンゴの芯が一個残されていた。だが、弟のラングレー（61歳）が発見されるまでに、毎日数百人から数千人にふくれあがった野次馬に見守られながら、2週間以上の捜索を要してゴミの中から発見された。」<br/>
<br/>
状況から見て弟のラングレーが兄ホーマーに食事を運ぶ途中、堆積したゴミの落下の下敷きになり、自力で脱出する事が出来ずそのまま死んだものと思われ、そのため弟の世話を受けていた兄ホーマーも、弟の死によって餓死あるいは衰弱死したものとみられています。<br/>
<br/>
この兄弟はそれぞれ医師、弁護士の資格を持ちながら60歳代になるまでの38年間、ずっと屋敷に篭りきりの生活でした。<br/>
<br/>
ともにかなりの蒐集癖があり、引きこもりの中で彼らが溜め込んだものは、ピアノ14台、Ｔ型フォード、15,000冊の医学書など、死後この屋敷から運び出されたものは130トンにも及んだといわれています。<br/>
<br/>
コリヤー家の跡地は、現在では公園になっています。<br/>
<br/>
コリヤー兄弟の謎の生涯を描いたＥ．Ｌ．ドクトロウの小説Homer & Langley: A Novel には、第一次世界大戦の戦場で毒ガスを浴びて帰ってきたラングレーが「人類の歴史は際限ない反復であり、あらゆるものは代替可能である」と唱えるようになり、人間社会の真の姿を伝える恒久不変の新聞を作り上げるために古新聞を集めはじめながら、徐々に荒廃していく兄弟の人生と、それとは裏腹にラングレーの奇説が説得力を増していく過程が迫真のドキュメンタリータッチで描かれています。<br/>
<br/>

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