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  <title>Another position</title>  
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  <modified>2012-03-30T18:00:43+09:00</modified>  
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    <name>shinichi-log</name>
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  <tagline>日々の何かについて、建築・デザインなど</tagline>  
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    <title>403 architecture dajiba - 地方都市のブリコラージュ</title>  
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    <issued>2012-03-30T18:00:44+09:00</issued>  
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      <name>shinichi-log</name> 
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    <dc:subject>けんちく</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
新建築２月号にて403architecture dajiba（以下403dajiba）がこれまで浜松で関わってきた作品が掲載されている。403 architecture dajibaは、彌田徹＋辻琢磨＋橋本健史の3人からなる設計事務所で2011年から浜松を拠点に活動している。彼らは横浜国立大学YGSAに在籍していた時から403 architectureという団体を他２名のメンバーと共に結成し、大学での学びを自分たちの身の回りの都市空間へと落とし込む実践をインスタレーションや展示設計などを通して行なってきた。通常であれば、そのまま学生時代に築いた横浜や東京でのネットワークを生かして活動を展開するところ、浜松という地方都市を戦略的に選択することで、今の時代にアクチュアルな「建築（家）と都市」のスキームを見いだそうとしている。<br/><br/><br/>
建築（家）と都市。ポストバブル以降も、東京を中心とする大都市では引き続き大規模開発が相次ぎ、都市の様相は大きく変化し続けてきた。一方で、郊外の都市風景や大型ショッピングセンターで実装される工学的な空間デザインが注目されてきた。いうならば、郊外も含む都市は、資本と投機の流れ、そしてマーケティングや標準仕様という枠組みによって半ば自動的に作り上げられる。磯崎新が「計画」から「投機」へと述べたように、なにか実体のない力によって動く巨大な機構へと都市は変化していった。そのような状況にたいしアトリエ系建築家が批評性をもった提案を行なうことも、大手の組織設計事務所やゼネコンが主導的立場に立つということも無く、都市からの撤退が、都市そのものの忘却へと進んでいったかのようでもあった。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
危機の最中の表現<br/>
そこで、403 dajibaは地方都市というあるスケールをもった場（地域）を設定する。東京のようなメガシティの全体を把握することはもはや人間の情報処理のキャパシティを越えてしまった。都市はそれを作りだした存在を超越してしまう。それは浜松などの地方都市も、程度の差こそあれ同様ではあるが、都市構造が比較的はっきりとしていてる事に加え、すでにそこには多くの課題がひずみとして現前しており、そこを建築家が都市へと介入する「足がかり」として捉える可能性は残されているように思う。少子高齢化を原因とする人口減少、それにともなう中心市街地の空洞化、産業構造の変化による雇用の流出、厳しい財政状況。また、東京一極集中がもたらす駅前のチェーン店やロードサイド型店舗などは、一時的な雇用を生むものの、吸い上げ効果によって地元へ経済効果は少なく、地方の特色を減少させる方向へと向かってしまう。などなど、都市によって程度の差はあれど眼前に広がるのは輝かしい未来ではなく、今ここにある危機であり、緊急に対処することが求められている。<br/>
<br/>
さて、この新建築と同じ時期に書店にならんでいた『新潮』の２月号には精神病理学者の齋藤環による「”フクシマ”、あるいは被災した時間」という連載の第５回が掲載されている。換喩化のドライブという副題がつけられているこのテキストでは、震災後という緊急時における、危機の最中にあっては「構想があって、準備をして、構築していくというやりかた」ではない「そこにあるものを拾って使う」ことで表現がつくられていく例を紹介している。それは小説から現代アート、また過去の災害にさいしてつくられた表現などにおよび、それらは「災害サブカルチャー」と名付けられているが、それを特徴づける言葉が「ブリコラージュ」だとされている。「現場での応答によって発見され、選択された」というのは403 dajibaの新建築上のテキストからであるが、天井の解体時に発生した廃材を床材として転用する、手に入れた運送用パレットを自ら解体し壁をつくりあげる、偶然現れたテクスチャーを加工して仕上げとして利用する、と行った行為はブリコラージュだといえる。ここには意識的にであるかいなかは分からないが、地方都市という危機的な状況にあって彼らが選択したのが「ブリコラージュ」的な表現手段であったことは興味深い。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
ブリコラージュ<br/>
いわずもがなではあるが、人類学者レヴィ・ストロースが『野生の思考』のなかで提示したブリコラージュの概念は、「身のまわりにあるありあわせの道具・材料で手作りする」技術を指している。今回新建築に掲載されている「海老塚の段差」を中心に「渥美の床」「三展の格子」「頭蛇寺の壁」は先ほど書いたようにどれも素材の面でやりくりがされていることが特徴的である。彼らが「マテリアルの流動」という言葉によって説明しているように、マテリアルという次元でみると新築も、改築も、解体もフラットに見れるという視点はとても興味深い。パソコンのディスプレー上の表示物がすべてビット数やバイトとして交換可能なものとしてとらえている感覚を、もう一度現実のモノに適応しているかのようである。さてモノとしてのマテリアルを流動させるために必要となるキーは「記号」であるといえないだろうか。「技師が概念を用いて作業を行うのにたいして、ブリコロールは記号を用いる」とは先のレビストロースの言葉であるが、もともと「天井」だったものを「床」に使うなどはものがもっていた意味、つまり「記号」を操作しているとみることができる。彼らの作品名がすべて床、段差、格子、壁などの記号的な言葉であることに注目してみよう。しかもその前につくのは単にそのものが存在する場所の情報でしかなく（まるで流動するマテリアルの位置をプロットしているようだ）そこには性質や作用といった概念はない。また、単にどこかの素材を何かに当てはめるだけでなく、海老塚の段差で顕著なように、建物へのアプローチ上必要とされていた高い基礎を「段差」と読み替えることによって高低差とともに変化のある空間がうみだされ、同時に収納場所の確保という機能面での向上も図られている。ここでは制度や慣習の積極的な読み替え試みられている。また、渥美の床が結果的に緩やかな３次曲面として身体性を獲得しているように、単に概念的な操作に終わっている訳ではなく、そこにはマテリアル、つまりモノが否応無しに抱えている痕跡や質感などによって不気味な存在感がただようウェットな空間が生まれているのではないか。<br/>
<br/>
キュレーターの長谷川祐子は建築は本来「計画的に進めていくエンジニアリングの過程」であるとしたうえで「アートはさまざまな素材を寄せ集め、作家個人の直感や感情を交えながら、試行錯誤の手仕事で進められるブリコラージュ的な過程を経る」（ 「建築、アートがつくりだす新しい環境―これからの“感じ” 展」カタログより） と記している。これは、403 dajibaの提案が地方都市の現状にたいする社会性を強く感じさせる一方、表現方法のブリコラージュ性によって「アート」的な表現に見えてしまうことの説明になっているのではないか。一般的にこれまで社会性という文脈で思い描かれていたのは、工業化によって安価で質の高い住宅を提供するための技術とデザインの融合を如何に行なうかであったため、その表現はある意味もっとも「ブリコラージュ的」でない。「ブリコロールは多種多様の仕事をやることができる。しかしながらエンジニアとはちがって、仕事の一つ一つについてその計画に即して考案され購入された材料や器具がなければ手が下せぬというようなことはない。彼の使う資材の世界は閉じている。そして「もちあわせ」、すなわちそのときそのとき限られた道具と材料の集合で何とかするというのがゲームの規則である。」とレヴィ・ストロースが書いているように、計画性を基礎に置いたエンジニアリングは、ブリコラージュの対局に位置している。ここで403が、非計画的でまったくエンジニアリングを無視しようとしているというのではなく、現代的な意味において捉えるのであれば、資材管理と３次元スキャン/コピーなどのエンジニアリングの質自体が変化してきているのだと捉えるべきだと考えるべきだろう。つまり、同一規格で大量に作ることと現に存在するそのものを加工するコストと仕組みが変化してきている。なので、ここで言いたいのは、そのような「アート」的であることは単に「特殊」な解であることを意味しているのではなく、その都度性をもった「個別」であると捉える必要がある。つまりすべてに適用可能な「普遍」であることを放棄することで、無数にある「個別」へむけたアプローチの可能性を感じさせる。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
浜松という身の回り<br/>
ブリコラージュについて「身のまわりにあるありあわせの道具・材料で手作りする」と説明したが、ここではありあわせを上手く使いこなす想像力とともに、「身の回り」というスケールをどう設定するのかという問題を考えてみたい。レヴィ・ストロースは「彼（ブリコロール）の使う資材の世界は閉じている」と書いているが、世界が閉じていないことにはどこまでも別の可能性を探し続けなければならなくなる（とはいえ現在では設定の方法さえ適切であれば世界中が身の回りとなってしまうのだが。）この点において403 dajibaは、浜松という地方都市をその「身のまわり」として設定しているようである（今のところ）。その上で、単に物質だけでなく地域の中で活動する人や場所も必要に応じて利用可能なマテリアルだとみなすことで、驚く程多様なマテリアルが設計という場に提供され、それによって建築が考えることの範囲が再設定されている。メンバーの辻が筑波大学貝島研の吉岡優一と共に主宰しているuntenoir（http://www.untenor.com/jp-top.html）はこれまで浜松を対象とした数回のリサーチプロジェクトを行なっているが、そこでも都市を構成しているマテリアルの発掘と理解に主眼が置かれている。例えば、市井の建築物に使用されている建材について調査したり、人を起点とした繋がりによるクリエイティブセンターの有り様を構想したりといったふうに。これら複層化した活動によって浜松の資材集合が可視化されている。<br/>
<br/>
また、ブリコラージュ的な態度によって、403 dajibaの建築は「地方色」というようなわかりやすいイメージを纏うことなく、その地域と接続することができている。「それらの多くがn次創作であるという意味では、メタレベルは常に存在する。しかし制作手順がブリコラージュ的であることは、そこに制作全体を統御する超越的視点がかけていることを意味する」と齋藤環は先の文章の中で述べてるが、例えば403 dajibaの作品もマテリアルが読み替えられることで作品が作られ、そこには都市（浜松）という建築の上位概念は存在しているが、そこに象徴的な都市の姿（地方色）が目指されることはない。ユートピアを描くこと無しに、都市を描くことが試みられているのではないか。ポストモダンや近年の景観条例がつくりだすのは、そうした地方色という理想像を設定し、その似姿を時に過剰に、多くは劣化コピーとして作り出しているだけにすぎない。それにたいして「マテリアルの流動」という超越的な視点を持たず都市を設定している彼らの活動は、大変興味深い。、わかりやすい「地方色」を建築の表現に用いることは、人々に安心感や帰属意識を与えることができる反面、キッチュに陥ることで非常に表面的な都市風景を作り出してしまう危険性もはらんでいる。浜松という地方都市を活動のフィールドとしつつも、「マテリアルの流動」という視点に立ったブリコラージュ的なアプローチが、地方色＝象徴化とは異なる回路で、浜松という地方都市を表現として組み込むことに成功している。<br/>
<br/>
<br/>
<br/>
まとめとして、「読み替え」の「連鎖」<br/>
リノベーションもその既存の空間を敷地と積極的に「読み替える」ことで、新築と特に意識を分けることなく考えることができる、という言説が００年代に若手建築家のインテリアという領域への認識としてしばしみうけられた。先に記したように００年代の中盤は日本でも比較的景気が良く商業施設＝インテリアが建築家にとって大事な活躍の場として存在していたと考えられるが、リーマンショック以降そのようなトレンドは変化しているのではないか。その向かう先の一つとして、様々な問題がむきだしになっている地方都市が。なぜか。 「すべてはコンテクストなのだ。」と述べているように、そのとき403 dajibaはこの「読み替え」可能な領域を「慣習や都市構造」にまで拡大していこうとしている。そしてそのために必要になってくる戦略が、人もモノも情報もマテリアルとして捉える視点なのだろう。そうしてマテリアルとして捉えられたものは、柱とか床材といったように記号的にではなく、その個別的な有用性によってとらえていく。「ブリコロールの用いる資材集合は、単に資材性（潜在的有用性）のみによって定義される」とレヴィ・ストロースが述べているように、その資材性（ 潜在的有用性）が「積極的な読み替え」によって最適化させられるのだ。そうして最適化されたマテリアルの連鎖的な反応によって建築や都市が作られていくが、それは当然のことながら近代科学がうみだした都市計画や機能主義のように、ある構造をから出来事を生み出そうとするベクトルではなく、個別の出来事を用いて全体の構造を形づくっていくことになる。個別の出来事が連鎖することで構造の暫時的なアップグレードが行なわれていく。そのとき、建築家は都市に対して同時多発的「な」アクションをおこしていくのではなく、403 dajibaが示しているように同時多発的「に」アクション「していく」ことが求められるのだろう。全体を統制する全能の建築家であることよりも、みずから積極的にその連鎖の中に入り込むことで、人や出来事を含むマテリアルは全て設計における「他者」（コンテクスト）として扱われる。そしてこの「他者」として出会う人や出来事のことこそを「社会」と呼ぶことができないだろうか。「建築家は社会にいかに接続するのか」と常に外側から社会を眺めているのではなく、この連鎖の中でみいだされた「他者」を 「如何につくることとして扱えるか」が、建築が社会に開くのかということに繋がっていく。そしてその時、「建築」ははたしてどのようなものとして建ち上がってくるのか。 403 dajibaの今後に期待したい。<br/>

        ]]></content> 
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    <title>福岡にて。</title>  
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    <issued>2012-03-30T11:05:15+09:00</issued>  
    <modified>2012-03-30T11:05:16+09:00</modified>  
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      <name>shinichi-log</name> 
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    <dc:subject>daily</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
先日福岡にいってきました。<br/>
これまでなんどか長崎には行ったことがあったのですが今回は初、福岡でした。<br/>
前日の２１時半のバスに乗り込み、朝８時着のその日の夜２２時初のバスという弾丸出張でしたが、天気もよく、またテトラの小山さんの名ガイドにより大変充実した滞在になりました。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/30/25/e0055325_10502540.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
今回は、つい先日福岡の平尾にできたFUCA(Fukuoka Urban Community of Art)の１階イベントスペースを会場に、約一ヶ月間福岡市のリサーチを行なおうという企画の調査、打ち合わせ。<br/>
「RESEARCH STORE」というのがプロジェクト名になっていて、このFUCAを拠点にマクロ／ミクロの様々なリサーチ（イベント含む）を期間内に実施して、その記録を貯めていく（ストア）していくというイメージです。そして、単にあるジャンルの人だけが関心のあるではなく、街全体が共有しているSocial Issueを発見することを目的にしています。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/30/25/e0055325_1142431.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
福岡は不思議なことに、これぞという街並、都市景観が見いだしにくいというのが印象でした。とはいえ、街中に公園含むオープンスペースも多く、中心街近傍に複数のクリエイティブスペースが点在しており、そのあたりは非常にうらやましい環境でした。<br/>
<br/>
<br/>
そして、平尾周辺は小さないい感じのお店が増えてきている良い感じのエリアで、街の周辺部が面白い街に生まれ変わりつつある気配を感じさせてくれる場所です。<br/>
<br/>
さてさて、正式リリースはもう少し先になりますが、もし４月中旬から５月中旬にかけて、一緒に福岡の都市リサーチに参加してくれる人がいましたら、学生、社会人とはず連絡お待ちしています。<br/>
また、こんな面白い日といるよ！とか友達がこんな変なことしてるとか！の情報も募集中です。<br/>
よろしくお願いします。<br/>
連絡先：info@radlab.info
        ]]></content> 
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  <entry> 
    <title>《終了！！》同居人、募集。</title>  
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    <issued>2012-03-15T17:04:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-03-30T10:47:14+09:00</modified>  
    <created>2012-03-15T17:04:57+09:00</created>  
    <author> 
      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>告知</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
無事、入居者きまりました！<br/>
お問い合わせくださったみなさまありがとうございます。<br/>
<br/>
<br/>
＊＊＊＊＊＊<br/>
<br/>
三寒四温。徐々に春らしくなってきました。<br/>
<br/>
さて、長年空き室になっていたはなれの２階の２部屋の住人を募集します。いわゆるシェアハウスです。母屋が共有部、はなれが個室、少し古いですが昔ながらの雰囲気がよいかんじです。アクセスもよく四条まで自転車で20分、最寄り駅へも徒歩10分です。京都府立大学、京都工芸繊維大学、ノートルダム女子大学へはすぐです。母屋の２階はゲストルームになっており急なお客さんにも対応できます。また、日本各地、海外からのお客さんが滞在される事も多く、思わぬ出会いもあるかもしれません。４月からの入居募集ですが、時期は相談にのります。<br/>
<br/>
個室面積：9㎡<br/>
共用部面積：約60㎡（ラウンジ、ダイニング、キッチン、トイレ、洗面所、風呂、洗濯機、冷蔵庫、庭、自転車置き場、ゲストルーム、ほか）<br/>
- 私を入れて合計４人のシェアハウスになる予定。<br/>
<br/>
- 大家の都合により（男性）限定<br/>
<br/>
家賃・22,000円＋共益費・4000円<br/>
保証金・家賃２ヶ月分<br/>
<br/>
住所・京都市左京区下鴨北園町<br/>
アクセス・地下鉄松ヶ崎駅or北山駅徒歩１０分　・市バス北園町徒歩２分<br/>
<br/>
見学、問い合わせはこちらまで。。。<br/>
連絡先：shinkawakatsu@gmail.com<br/>
<br/>
・個室<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/15/25/e0055325_16515534.jpg" border="0" width="200" height="301"/></center><br/>
・キッチン<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/15/25/e0055325_16532488.jpg" border="0" width="200" height="301"/></center><br/>
・庭（奥がはなれ）<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/15/25/e0055325_16545027.jpg" border="0" width="200" height="133"/></center><br/>
・ダイニング<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201203/15/25/e0055325_1651449.jpg" border="0" width="200" height="301"/></center><br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
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    <title type="text"><![CDATA[PR: 機能美ここに極まる。光学12倍プレミアムモデル。]]></title>
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/sN_Tw.jMb5Qy/fUAUAF5WnZKt?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://bnr.rssad.jp/rss/img/sN_Tw.jMb5Qy/fUAUAF5WnZKt?type=3&ent=f672a26ce5e5023b2a2346ee1d83fcda"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > ソリッドなデザインに、多彩な機能を凝縮。IXY 1／IXY 3デビュー。 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
    <created>2012-03-15T17:04:57+09:00</created>
    <modified>2012-03-30T10:47:14+09:00</modified>
    <issued>2012-03-15T17:04:00+09:00</issued>
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    <title>０地点からの</title>  
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    <id>http://shinkiti.exblog.jp/17441139/</id>  
    <issued>2012-02-29T02:37:09+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-29T02:37:12+09:00</modified>  
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    <author> 
      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>けんちく</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
建築の展覧会のもつ役割とは何だろうか？<br/>
今回の展覧会の準備を進める中で感じた事は、予算や敷地、その他の社会情勢、クライアントの好みなど様々な条件によって規定される実施プロジェクトでなく、展覧会ではその人の建築的思考を純粋に見せる事が心がけられる。おそらくそこで試みられる事は、普段の建築の中に現れでている何かに違いない。けれども、その成立する条件の違いによって全く見え方が変わっている。思考というある種概念的なものを見せるには、できうる限り現実のノイズが取り払われた状況を用意する必要があるのだ。だから、建築の展覧会で行なわれるべきは、この「０地点」とでもいうべき状況をまず設定することではないか。それは実際の展示空間の整備に始まり、建築家の頭の中から普段設計において必然的に考慮に入れざるを得ない諸条件を取り除く事、そして作品制作においては「0地点」を演出するためのディテールの改良などにおよぶ作業である。そうして、科学の実験室で世界のモデルとなりうる現象や理論が実験によって実証されていくように、展示空間という「0地点」において建築を成り立たすということは、この各建築家の建築的思考＝世界モデルの課程を実証する場という事ができるのではないだろうか？<br/>
<br/>
追記<br/>
模型において構成要素となるものには縮尺が与えられても、そこに作られる（作り出そうとしている）空間は1/1であらわれるから意味があるんじゃないかな。実際の住宅とかの建物になると1/1なんて言わないのに、展覧会でのインスタレーションなんかになると1/1ってあえて言うのもなんか変。1/1といえども「建物」でない以上それは大きな模型以上の意味合いを持っていないという事なのかな〜。となると、重要になるのは体験の「らしさ」にいかに近づくかということになってくるのか。であれば、別に何分の一の表現でもやりようによっては「らしさ」に近づけるだろうし、となるとやっぱり空間は1/1でしか現れないってことに話しが繋がってくるのか。<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>京都会館、再訪</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://shinkiti.exblog.jp/17401669/"/>  
    <id>http://shinkiti.exblog.jp/17401669/</id>  
    <issued>2012-02-20T22:08:00+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-24T01:41:13+09:00</modified>  
    <created>2012-02-20T22:08:41+09:00</created>  
    <author> 
      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>daily</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
再訪といっても、もう何十と足を運んでいる建築。けれども今日は改めていっこの建築の魅力を再認識したという意味で再訪というべきものだった。それはおそらく外国人のアテンドという役目で、それゆえ他人の目を通してということも理由としてあるのだろう。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201202/20/25/e0055325_2264827.jpg" border="0" width="500" height="666"/></center><br/>
ということで、今日気付いた事をメモしておきたい。<br/>
・まず、立て替えが問題となっている第一ホール。現在のホールの台形の屋根ボリュームは中庭から見ると三角形に見え、そこから日本的な特徴をもつ庇のデザインとあいまって、日本のお寺の大屋根のように見えてきて、印象的なエレベーションを作り出す。そうなると庇より下の柱梁の構成が木造建築のような軽やかさをどんどん際立たせていく。普段は昼間のガラスが不透明な状況でみていたのだが今日は夕景でガラスも透明性の高い状態でより強調されていたように思う。また、一般的に隣の和風のコンクリート建て美術館別館は、評価が低く、正直ないほうがいいのではないかと思わせられる事もあるが、京都会館の意匠との対比という意味では大変意味のあるモノに感じられた。よって、今回の提示されている改修案での中庭側のガラスの箱は、上述の近代建築と日本的空間構成というコンセプトからを大きく損なってしまうのではないか？それは、致命的に建築の持つ価値＝その建築が実現しようとした理念（それは否定された訳でも、時代遅れになった訳でもない）を損なってしまうに違いない。<br/>
・ピロティの床のペーブメントがホール一階と同じということも知ってはいたが実感として再認識。内部的な外部として扱われている事が明確に、と同時にホール一階が外部的な内部として考えられている。これは先日のこのピロティでのピクニックの時に感じた内包される感じを作り出している考え方であるように思われる。<br/>
・ホールのエントランスが１Fにあることによって表現される平等な市民社会という理念。まさに建築に理念を感じた瞬間。人がすーと地続きにホールに吸い込まれていく。非日常へ誘う豪勢なアプローチではなくあくまで親しみさるそぶりで人を招き入れている。ここに建築家の社会に対する理念が感じられ、それが空間的に現れていることに非常な感動を覚えた。<br/>
<br/>
今回、なんども見ていた京都会館に関して、非常に新鮮な経験をすることができた。誰かに一生懸命説明しようとする事で、新しい気付きや再発見もあり、また印象や感想を言葉にまとめるよい機会になったのだろう。へたくそな英語ではあったが、伝えるべき事があれば伝わるのだという誰かの言葉を思い出した。<br/>
<br/>
にしても、京都市には見学申し入れたのに、結局返事がなかった。もしかりにこれをきっかけに京都会館が世界遺産への道を歩むという事になったかもしれないのに、残念なことである。京都会館を世界遺産に。それがいい事かどうか賛否あるだろうが、今起りつつある事態に向けた一つの可能態として心にとどめておきたい。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201202/20/25/e0055325_2274435.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center>
        ]]></content> 
  </entry>  
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/sN_Tw.jMb5Qy/ql_2ScQkpOVo?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://bnr.rssad.jp/rss/img/sN_Tw.jMb5Qy/ql_2ScQkpOVo?type=3&ent=b57b89cc090a9c557c4519a8ff1f2383"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 今から始めて独り身脱出！！あなたの理想のお相手を探しませんか？【結婚力診断】 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
    <created>2012-02-20T22:08:41+09:00</created>
    <modified>2012-02-24T01:41:13+09:00</modified>
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    <title>中国以外のアジアの国々に目を向けてみる、と。</title>  
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    <issued>2012-02-07T18:39:55+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-07T18:39:56+09:00</modified>  
    <created>2012-02-07T18:39:56+09:00</created>  
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      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>けんちく</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
先日のジャカルタの都市研究についてのインタビューを受けて思った事。<br/>
<br/>
日本人建築家の十八番ともいえる個人住宅。けれども中国のように全ての土地が国の所有である場合、都市部では大規模な開発で集合住宅を建設するという事態がおこってくるため、個人住宅というリアリティが全然わかないというのが現状らしい。そうなると、日本で住宅をたくさんつくって実績を積んで、中国のマーケットにといっても中々理解が得られないという事も起こりえそうだ。けれども、都市化が進んでいるのはなにも中国だけでなく、インドネシアなど多くの国は日本（というか多くの国）と同様に、個人が住宅と土地を所有している。その上インドネシア政府は公共住宅の共有をほとんど行なっていないという事なので、タイプはあれど基本個人住宅によって都市が造られているともいえる。現状では、その地域の大工さんが住宅の建設に関わっているらしいが、日本同様世代が進むにつれて起る土地の細分化や、都市化による環境変化にたいして、建築的な有効な対応がとれていないらしい。なので、もしかしたらそういう場所には日本の建築家の住宅分野での豊富な経験の蓄積が多いに役に立つのかもしれないな、などと考えてしまった。中国のその先に。<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/sN_Tw.jMb5Qy/EZXkliPsTDGD?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/sN_Tw.jMb5Qy/EZXkliPsTDGD?type=3&ent=e9ccd96b702cd471a90a13a69c1c84ec"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > パナソニック公式直販サイトで先着3000名様初期費０円、キャッシュバック実施中 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
    <created>2012-02-07T18:39:56+09:00</created>
    <modified>2012-02-07T18:39:56+09:00</modified>
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    <title>京都の抽象的都市構造</title>  
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    <issued>2012-02-06T22:31:49+09:00</issued>  
    <modified>2012-02-06T22:31:50+09:00</modified>  
    <created>2012-02-06T22:31:50+09:00</created>  
    <author> 
      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>けんちく</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
さて、京都は碁盤の目を持つ非常に人口的で抽象化された都市基盤を持っている。それゆえ、町家（+長屋）という単一の形式をグリッドの中に効率よく展開し、普及させる事ができたのではないだろうか。結構道路がまっすぐで、街区のスケールも同じくらいというのは材料の規格化にも都合が良かったに違いない。そうしてつくられたのが、町家の連なる伝統的な美しい街並だった。少し前までは。現在では、そのような町家が比較的多く残るエリアも存在するのの、基本的には日本中どこにでもあるようなマンションや商店、建て売り住宅の中にたまに町家が残っているという言ってしまえば凡庸な風景で覆われている。それは、もちろん適切な都市計画や保存が行なわれなかった政策上の失敗でもあるのだけれど、グリッドの抽象的な都市構造は、町家の街並を形成するにも都合の良かったが、よく考えれば都市を均質化するという作用をそもそも強く持っていたんではないかと考えてします。だからこそ、町家という単一のシステムで街を覆うということもしやすかったし、全体的に中庸な都市が出来上がるのも簡単だったと考えれなくもないのではないか？逆に、谷や山といった地形によって少なからず都市空間が規定されている東京の印象は、全体的に同質というものではない。抽象的な仕組み以上に、地形の持つ力が残っていて、影響を今も昔も与えているからではないだろうか。１２００年の間幾度かの消失を経てもなお都市を維持しえていることもこのグリッドによる効率のいい生成力によっているのかもしれない、とすると条件さえ上手く設定できれば街並の誘導も比較的行ないやすいとも考えられないか。条件を比較的揃える事が可能であるのだから。<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>memo...建築のライブをアーカイブすることについての問</title>  
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    <issued>2012-01-11T00:14:05+09:00</issued>  
    <modified>2012-01-11T00:14:06+09:00</modified>  
    <created>2012-01-11T00:14:06+09:00</created>  
    <author> 
      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>めでぃあ</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
メモ程度に。<br/>
<br/>
建築はライブでしか体験できないので、それ以外の建築の伝達は２次的にならざるを得ない、というベタな話しがあるとして、現状その問題は建築にとどまらず、表現の世界ではどこにでも起っている問題なのではないだろうか？<br/>
<br/>
サイトスペシフィックということで美術館からアートがでていったり、どうアーカイブするかという問題にも通じると思うけれど、これについてはmuseumの巨大化などによって物理的に再回収（そのために箱自体が最適議されるとうう逆説もありつつ）されたりしてきた。しかし、現在おこっているのはものではなく関係性であったり状況であったりとよりアーカイブが難しくなっている。また、第三者が後から見た時にそのライブでの体験との差異が、視覚的な作品とは異なったカタチで生まれてくるということは明らかだろう。（建築でも建物を作ることだけではないコミュニティのなかでの振る舞いそのものが評価対象となる状況がうまれつつあるように思われる。）<br/>
<br/>
ライブで起った出来事や状況そのものが制作物として目指された場合、それはどのようにアーカイブされていくのだろうか？どのように伝達が目指されるのか？これは、建築においては特に展覧会という形式に置いてその困難さが露呈してしまう。また、大型のインスタレーションでの乗り越えというアプローチをとったとしても、アーカイブの問題は残る。例えば、川俣正のようなアーティストの作品が美術館に収蔵されるときなにがどのように収蔵されるのか？だから、建築が抱えるこのアポリアから、現在のアートを含むライブとアーカイブが分離した制作物においての伝達の方法や困難さについて考えることができるのではないだろうか？<br/>
<br/>
ということをふと思った。
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>書き初め、ました</title>  
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    <issued>2012-01-08T22:51:24+09:00</issued>  
    <modified>2012-01-08T22:51:24+09:00</modified>  
    <created>2012-01-08T22:51:24+09:00</created>  
    <author> 
      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>daily</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201201/08/25/e0055325_22443570.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
今年もよろしくお願いします。<br/>
ともう何度書いたことか、そろそろいいだろうと思いつつ、昨日は新年会で書き初めというものをおそらく人生初で書きました。たしか「先手必勝」って書きたいと朝は思ってたtのに、忘れてしまい結局「先取先制」。まあ意味はほぼあっているのでよしとしよう。<br/>
<br/>
昨年は、物事を後手後手にまわしてしまうことでいろいろ冷や汗かいたり、迷惑をおかけしてしまったりしたので、今年は少しでも先回りで物事を進めることができるようにしていきたいという思いを込めてみました。<br/>
<br/>
とにかく、３月までの今年度をしっかり締めくくるというのが当面の目標。<br/>
<br/>
<br/>
ちなみに、１０月にパリで行なった展覧会のカタログ（120分DVDつき）が販売開始になりました。以下のリンクからご購入下さい。建築系の書店にも随時置いてもらえるように動いていきます。よろしくです。http://kenchiku-architecture.com/#news/news_8<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>謎、パズル、動的情報</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://shinkiti.exblog.jp/17086838/"/>  
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    <issued>2011-12-19T12:48:00+09:00</issued>  
    <modified>2011-12-19T12:49:31+09:00</modified>  
    <created>2011-12-19T12:48:23+09:00</created>  
    <author> 
      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>Lecture log</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
部分だけしか聞けなかったが、昨晩のsocialkitchenでの佐々木敦氏のレクチャーを聞いて。<br/>
<br/>
佐々木氏本人も終了後のツイッターで非常に面白かったと興奮気味に語られていたように、後半にかけて盛り上がっていったのだが、基本的には「日本の思想」から「未知との遭遇」に至り、加納＋高橋展のタイトルでもある「パズルと反芻」について語るという内容だった（ようだ。）<br/>
<br/>
日本の思想が、８０年代、９０年代、００年代はゲーム盤の上での「ゲーム」が「反復」してきた事に対し、テン年代はそのゲーム盤（どれだけわかるを提供できるか）から抜け出さだす事が必要とするのが「未知との遭遇」で語られている事のようだが、キーワードとして「日常」と「なぞ」ということが言及されていた。ここでは主に後者について書いていく。<br/>
<br/>
「なぞ＝よく分からないもの」と考える。<br/><br/>全てが既知の、そして「わかる」ようになることで逆説的に「分からない事」の価値が生まれてくるのではないか？その事をどう考えればいいのか。例として紹介された若手の劇団「リクウズルーム」の作品では複数の登場人物が（時にはお互いコミュニケーションを一切介さずに接触を行なうが）まったくばらばらに舞台上で振る舞い、しかもそれが最後まで交わる事がない。つまり落ちがない。ある意味が焦点を結ぶ事がない。しかし、それらは意図的に演出され、でたらめというわけではない。つまり、そこには並列的に進行していく脈絡のない出来事があるだけで、そこに全体的なメッセージや理解の仕方はない。そう言えるだろう。では、何が起っているのか？<br/>
<br/>
その事は、今回の「パズルと反芻」というタイトルにひきよせての佐々木氏の話しがヒントになるように思う。ここではゲームとパズルの違いがおおざっぱに言うと<br/>
ゲーム・・・目的（勝敗やミッション）の達成<br/>
パズル・・・プロセス（puzzling）そのものが重要視される。<br/>
とされていた。パズルは、ゴールが目的というよりも、ピースをはめていく途上こそが目的になっている。つまり、意味のたち上がる「場」そのものを提示する事を意味しているのではないか。「リクウズルーム」は、（私自身はみていないので）おそらく明確なメッセージを与えてカタストロフを生み出す事を目指さず、常にそのパフォーマンスを通して意味が観客の側に生成される事を求めているのではないだろうかと考えられる。生成だけでなく、生成と消滅が繰り返され、収斂する事が意図的に避けられている。では、このことから「リクウズルーム」の舞台に感じてしまう面白さはどのように説明されるのだろうか？<br/>
<br/>
「よく分からない」というより「訳が分からない」としよう。でも面白いと感じてしまう。<br/>
こう思わせるという事は、並大抵の事ではない。分からなさすぎるものは退屈を生み出し端的におもしろくない。でもその「よく分からない」と、ここでの「訳が分からない」は少し違うようにも思う。「よく分からない」はある意味がその背後にあるにもかかわらず、何かしらの理由で隠されていると言う事もできる。簡単には分からないという事がそのモノの価値を高めているということもある。それに対して、「訳が分からない」はそもそも特定の意味があるわけではなく意味の場が開かれている。受け取る側によって無限にその「訳」が考えだされていくといってもいい。この「見る側」が「生み出す」というところにこの面白さの契機があるのではないか。<br/>
<br/>
「わかる」という感じが点と点が結びつく瞬間を目的とするのにたいし、ここで議論している面白さのあり方は、複数の経路が同時にたち現れ、常に新しい結びつきが生み出されている、ネットワークのようなものになるだろう。ここで情報工学の金子氏が述べている情報の２つのあり方について述べる。<br/>
<br/>
さて、ネットワーク論の金子 郁容氏によると情報は２種類のあり方があり、ひとつはこれまでどおり<br/>
現在のようにネットの発達によって情報が瞬時に広まり、かつ希少性が維持できない状況に置いては、逆に情報を動的に増幅させていく事の方がより価値が高くなっていくと９５年に記している。<br/>
静的情報・・・情報の希少性によってその価値を高める<br/>
動的情報・・・情報を公にすることで、常に変化増幅していく。ゆえに個別の情報は弱いものになるが総体として膨大な量の情報へと拡張する<br/>
<br/>
自分には開かれていないがどこかにある物事の意味を「わかる」事の価値は静的情報といえるのにたいし、この動的情報のありかたはその価値が絶えず生成されていくという意味で、「」の舞台であり、訳の分からない事の「場」であるといえるのではないか。<br/>
<br/>
「訳の分からないもの」に接することの意味をポジティブにどう解釈できるか。<br/>
この議論は、先週のde sign deの倉方塾での話しにもかなり密接に繋がっていておもしろい。<br/>
<br/>
さて、ある意味昨日のレクチャー自体は「落ち」のいいわかりやすいものではあったのだが。<br/>
<br/>
<br/>
上で書いた事を批判されているようでもあるが、リクウズルームのblogの以下の記事は大変共感するところ多し<br/>
http://ameblo.jp/reqoo-zoo-room/entry-10914663644.html<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>倉方塾で、、、</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://shinkiti.exblog.jp/17059774/"/>  
    <id>http://shinkiti.exblog.jp/17059774/</id>  
    <issued>2011-12-14T02:53:28+09:00</issued>  
    <modified>2011-12-14T02:53:29+09:00</modified>  
    <created>2011-12-14T02:53:29+09:00</created>  
    <author> 
      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>review</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
倉方塾に呼んでいただき、ひさしぶりのRADプレゼン。<br/>
僕らにとっては、来年度からの展望をふまえて、これまでを振り返る非常にいい機会であった。<br/>
これまで、時々の状況や巻き込まれ方で進めてきたプロジェクト達を構造化するよい機会となった。<br/>
<br/>
師でもある米田さんが会場に来られるという事でかなり緊張していたが、直前によった粒々堂の松村さんにお茶に誘ってもらった事で大分緊張がほぐれた。ほんとにありがとうございました。<br/>
<br/>
【未整理なメモ】<br/>
さて、一通りプレゼンをしたところで、自分たちの意見表明という事に置いて不十分ではないか？そのことが何となく不可解だというような話しへと議論が進んでいったように思う。それは、各プロジェクトが並列的に並んでいるのだけれど、その全体を通しての集約されたメッセージが見えてこないという事へのいらだち、というか腑に落ちなさだと思う。そのように活動を上手く集約して編集したらすっきりとクリアに見えるという意見が一方であり、パッケージ化されていない状態をとどめいている事こそRADの活動における強みなのではないかという意見もだされた。つまり、並列的に扱う事でRADのアイデンティティがまず複数化されるのだが、そのことは個別の強度の弱さとしてありつつも、並列であるからこそ巻き込める人のバラエティや、場に適応するカタチでのプロジェクトの進化の可能性もあるだろうと。それは西洋的というよりは東洋的な思想であって、ネットワーク理論に近いものなのではないかというのが恩師のご指摘。<br/>
<br/>
途中三角形をもちいた図を提示し建築的な領域の広がりを説明した。意図していなかったが、おそらくそこで言いたかったのは、要は中心の一点に集約していくような動きではなく、周囲に網の目のように拡散して広がっていくような動き方がしたいという事だったのではないだろうか。おそらくその事が、先に言われているネットワークであり、現代的なリスクヘッジという話しに繋がるのかもしれない。つまりそもそも集約化しパッケージングする事が目的ではなく、どれだけ拡散でくるのかということを僕らは問題にしていた。<br/>
<br/>
そういえば、MVRDVが都市においては革命ではなく、絶え間ないevolutionこそが重要であるべきだと言っていたが、そのようにRADの各プロジェクトも発展的進化を遂げながら、状況に合わせて生き残っていくという戦略と考える事もできる。その事の価値や意味やクリエイティビティをどれだけ提示できるのかということにいなるのだろうか？<br/>
<br/>
プロジェクト同士は並列的に存在し、主体性を複数化したまま、プロジェクト内部での集約を上手く進めていく事が今後の課題でであろうか？<br/>
<br/>
ともかく、プロジェクト自体への質問はなく、RADという活動そのものへの疑問が集中した事がどういう事だったのかも少し考えたい。<br/>
<br/>
<br/>

        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry> 
    <title>【告知】倉方塾３に参加させていただきます。</title>  
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://shinkiti.exblog.jp/17024043/"/>  
    <id>http://shinkiti.exblog.jp/17024043/</id>  
    <issued>2011-12-07T13:10:43+09:00</issued>  
    <modified>2011-12-07T13:10:42+09:00</modified>  
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    <author> 
      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>告知</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds2.exblog.jp/pds/1/201112/07/25/e0055325_1383043.png" border="0" width="500" height="391"/></center><br/>
<br/>
来週１３日火曜日に上記のトークイベントに参加します。<br/>
お時間あるかたは是非お越し下さい。<br/>
お待ちしております。<br/>
<br/>
川勝
        ]]></content> 
  </entry>  
  <entry>
    <title type="text"><![CDATA[PR: 編集・デザイナー求人はテンプスタッフ・クリエイティブ]]></title>
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    <content type="html"><![CDATA[<table cellspacing="0" cellpadding="0"><tbody><tr><td align="left" valign="center"><a href="http://rss.rssad.jp/rss/ad/sN_Tw.jMb5Qy/elvQ8onXpFj2?type=2" target="_blank"><img alt="" style="border: 0;" border="0" src="http://rss.rssad.jp/rss/img/sN_Tw.jMb5Qy/elvQ8onXpFj2?type=3&ent=d4728310f72c5d25514aa48b87f978ea"/></a></td></tr><tr><td align="left" valign="top" > 雑誌書籍編集・デザイナー・Web系のクリエイターに特化し案件をご紹介。実績多数 </td></tr></tbody></table><div style="font-size:10px;"><span style="padding-top:5px;"><br style="display:none"/><a href="http://www.rssad.jp/trendmatch/trendmatch.html">Ads by Trend Match</a></span><br/></div>]]></content>
    <created>2011-12-07T13:10:42+09:00</created>
    <modified>2011-12-07T13:10:42+09:00</modified>
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    <title>アイロニストな建築家の自由（メモ）</title>  
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    <issued>2011-12-07T12:23:35+09:00</issued>  
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      <name>shinichi-log</name> 
    </author>  
    <dc:subject>Lecture log</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
長坂常さんのレクチャーと行き帰りの電車の中で読んでいた一般意思2.0、１３章がおもしろいくらいにつながって読めてしまったので、その事を少しメモ（以下は思いつきのレベルをでない上に、文章も支離滅裂だ。関連付けに根拠もないし、説明も十分でないです。その辺りご了承ください。）<br/>
<br/>
さて、一般意思2.0の中で東博樹はアメリカのプラグマティズムの哲学者ローティによるアイロニスト（アイロニーを実践する人）の定義を紹介している。<br/>
<br/>
「自分にとって最も重要な信念や欲求の偶然性に直面する類の人物」（ローティ）<br/>
<br/>
これがローティによる定義なのだが、ここでいう偶然性とは「たまたま」という感覚を指している。ゆえにそれは東の記述によると、「あることの普遍性を信じながら、同時にそのものが特殊である事も認める」人ということになる。この「２つの矛盾する主張を同時に信じる」ことに如何に耐えるのか。<br/>
<br/>
さて、これがどのように長坂さんの話しに繋がるのか。話しの中で「これでいいいのだ」という価値観を大切にしたいという長坂さんの言葉があったのだが、これはつまり「これがいい」というカント的な主観に根ざした絶対的な価値観によってモノをつくるのではなく、「これでいい」という態度によって、その事自体は確かだけれども当時にそこに外部としての他者を受け入れることを許容する<br/>
という意味において非常にアイロニカルといえるのではないか？<br/>
建築家は、引き渡しという時間的な切断を行なわなければならない故に、その時点での完成形を目指して建築をつくる。しかしながら、それはひとつの完成形ではあるものの、同時に他の完成形の姿を許容する建築のあり方。<br/>
<br/>
もう一点、この章の最後に自由について議論が紹介されている。<br/>
自由とは、主体の意識的な行為を何事も妨げられないということを意味する。自由を信奉する人の事をリベラルとした上で、ローティはリベラルであるという事を「理念を必要としない、身体的な反応（＝無意識）を意味する言葉としてとらえ返し」ていると東は述べている。<br/>
長坂さんのスライドもまた自由になりたいということから始まっていた。自由とは何であろうか？自由を獲得するためにはどうすればいいのか。自分の意識を先鋭化させて何ものにもとらわれず自分の表現を突き詰める事が一般的には自由であると考えられているが、長坂さんの場合はそうではない。そのような行為は逆に多様である事、自分以外の何かを受け入れる事の可能性を取り除いてしまっていると考えているようだ。では、自由はどのように獲得されているのか？ここで長坂さんがきわめて限定的な行為「とる」「削る」「切る」「流し込む」によってデザインを行なっている事を思い出したい。単純な行為＝操作。それは先の言葉で言うと「身体的な反応＝無意識」を呼び起こすためのきっかけではあるまいか。ローティの自由の概念が一般的なものと異なっているのと同様に、長坂さんの自由も、これまで建築家や芸術家が目指してきた自由と実は正反対のものとして構想されているのかもしれない。<br/>
<br/>
この自由を巡る態度は先のアイロニーの議論と繋がってくる。アイロニストである長坂さんは操作の限定性（＝何でもできるではない）によって、最大限の自由を建築の中に生み出せるのではないかと信じている、そう考えれなくはないだろうか。。<br/>
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        ]]></content> 
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    <title>AHFのプロジェクト</title>  
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    <issued>2011-12-02T01:56:51+09:00</issued>  
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      <name>shinichi-log</name> 
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    <dc:subject>けんちく</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
ウルトラファクトリーCritical Design Lab.とAFH（Architecture for Humamity）が宮城県南三陸町志津川地区に番屋（漁師小屋）を建設する恊働プロジェクトをおこなっており、RADも参加している。今日、そのリサーチ結果の発表が参加している学生から行なわれた。その模様はここhttp://togetter.com/li/221599にまとまっているので、思った事を少し。。。<br/>
<br/>
震災によってそれまで家族経営で別個に漁を行なっていた漁師さん達が今協業での漁を行なっている。実際行ってみて驚いた事に、それまで漁師さん同士の交流はあまりなく、お互いの漁の方法や加工する機械すらよく知らないという状況だったらしい。いわば商売敵同士であり、また穫るものが違えば漁の時間も違ってくるというのが主な理由だろう。なので、震災を機に（実際実に多くのものを漁師さんは失っており、簡単に言う事はできないのだが。協業化の一番の原因は設備のシェアでもある）これまで分断されていた漁のノウハウが共有されたり、うまくタイムシェアリングが起る事で、震災前よりも効率的で計画的な漁業の姿を描く事ができるのではないだろうか。<br/>
<br/>
今回建設される番屋もここ最近は利用されておらず、ヒアリングの際もその使い方のイメージは漁師さん毎にことなり曖昧なものだった。おそらく漁が個人単位になったこともあって、あまり協業の場としての番屋が使われなくなっていったのだろうと推測される。なので、今回番屋を建設する事は同時に、新しいこの協業化という動きと連動するものでなければならないのではないか。新しい働き方によって番屋の使われ方がみいだされ、また番屋によって協業化の流れが確かなものになり、これまでにない働き方が生まれてくる。そのように建築がこの土地の漁師さんたちと復興という道のりを歩んでいく事を願っている。<br/>
<br/>
プロジェクトは、来年の春頃まで続く予定。
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    <title>「サステナブルデザイン」とは？</title>  
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    <issued>2011-11-29T02:47:27+09:00</issued>  
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      <name>shinichi-log</name> 
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    <dc:subject>Lecture log</dc:subject>  
    <content type="html"><![CDATA[ 
ウルトラファクトリーにて、パーソンズ美術大学のキャメロン・トンキンワイズ氏と、AHFのナサニエルのトークイベント「サステナブルデザイン」とは？に参加<br/>
<br/>
以下、キャメロンがサステナブルデザインにとって重要なポイントとして語った内容を簡単にまとめ。<br/>
<br/>
１、Social Networking<br/>
ソーシャルネットワークそれ自体ではなく、コミュニケーションのツールの変化によってコラボレーションの方法が変化。人＝human energyを対象にすることが重要になってくる。<br/>
<br/>
2、Amplify hidden Share<br/>
世の中の目に見えない"Share"をみつけだし、展開していくという事。近代的な社会システムは"buy＝所有する"によってなりたってきた。郊外はまさに、家、車、家電を個人が所有する事によってしか始まらない生活空間。所有という概念を帰る必要があり、その代替がシェア。様々なシェアのプラットフォームがうまれつつある。しかし、そもそもシェアという状況は社会の中に存在している。その見えないシェアを発見して増幅することによって、シェアの役割りが強化されていく。それがデザインにとって重要。<br/>
<br/>
３、Service design<br/>
プロダクトだけでなくその先のサービスデザインまでを考える事。design for peopleでなく、desing between people（おそらく）。ある種のサイクルを考えるという事。<br/>
<br/>
非常にわかりやすくまとめられている提案だと思う。注意しておきたいのは、これが主にヨーロッパで見受けられるということ。つまり、日本は日本のサステナブルについて考えないと行けないし、オーストラリアはオーストラリアのそれを見つける必要があるという事だろう。もし、単一のサステナブルを世界中に適応するのだとしたらそれこそ近代と同じ轍を踏むことになる。<br/>
<br/>
最後にもう一点。キャメロンはデザイナーという語が不当に多くを担わされていると考えているようだ。つまり、デザイナーとイノベーターは分けて考える必要がある。イノベーターとは、オリジネーターであって、新しいアイデアを発明する人のことで、アーティストや起業家のようなひとを意味する。それにたいしてデザイナーとは、そのように発見されたアイデアのエッセンスを引き出し、生産のラインに載せる事で生活を豊かにする人間の事をいう。そして、現在ではこの「エッセンスを引き出し」と「生活を豊かにする」の間が変化してきていると言えるのではないだろうか？<br/>
<br/>

        ]]></content> 
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