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    <title>吉松真幸の旅日記</title>  
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    <description>古い旅の思い出と新しい旅の土産話</description>  
    <dc:language>ja</dc:language>  
    <dc:creator>skuroki</dc:creator>  
    <dc:rights>Copyright 2011</dc:rights>  
    <pubDate>Sun, 20 Feb 2011 21:40:09 +0900</pubDate>  
    <dc:date>2011-02-20T21:40:09+09:00</dc:date>  
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      <title>吉松真幸の旅日記</title>  
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      <description>古い旅の思い出と新しい旅の土産話</description> 
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      <title>宮崎の温泉と終焉間近の485系電車の旅</title>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
某月某日の朝、頭と心をリセットしたくなって、旅に出ることにした。<br/>
<br/>
ふと思いついたのは、僕の住む近所に高速バスの停留所があるのだが、そこからバスに飛び乗って、どこかに行こう、という事だ。<br/>
<br/>
行き先を定めない旅。<br/>
<br/>
と言っても、その停留所から出るバスで予約無しで乗れるのは、宮崎行き「はまゆう」号だけである。<br/>
さて、どこで降りるか、乗ってから決める事にして、停留所に向かった。<br/>
<br/>
停留所に着いて、「はまゆう」号の路線図を見ると、終点近く、宮交シティのひとつ先に「たまゆらの湯」という停留所があるのを発見した。<br/>
<br/>
どこか温泉があれば、そこに行くつもりで、替えの衣類とシャンプー、石鹸など持って来ていた。<br/>
<br/>
「･･･ここにしよう！　停留所名になるほどだから、「たまゆらの湯」という名を冠した、よほど大きな温泉があるのだろう！」<br/>
そう思い込んで（実際、思い込みであった事を、後で知る）、バスに乗る前から、早くも行き先決定。<br/>
<br/>
やがてやってきたバスは、休日だというのに空いていた。<br/>
その直前に発車していった福岡行きはほぼ満席の状態だったのに・・・。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201102/20/87/f0066887_20445714.jpg" border="0" width="239" height="178" align="left"/><br/>
ちなみに「はまゆう」号は宮崎交通と南国交通の共同運行便で、僕が乗ったのは、南国交通の便。<br/>
<br/>
宮崎自動車道小林SAで10分間の休憩中に撮影。<br/>
<br/>
向こうの山は、雪を頂いた高千穂の峰。<br/>
<br/>
新燃岳は、手前の山に隠れて見えず。<br/>
<br/>
さて、2時間ほどのバス旅の後、宮崎市内に入り、僕は「たまゆらの湯」停留所で下車。<br/>
しかし、辺りを見回しても、そのような施設があるような案内も看板もなかった。<br/>
停留所のあたりをぐるぐる歩き回っても見つけられず、通りがかりの人に聞いて、ようやく分かった。<br/>
<br/>
「たまゆらの湯」とは、特定の温泉施設の名前でなく、大淀川河畔のホテルが共同で使っている泉源の名前であるという。<br/>
<br/>
その人は、他にもいろいろ教えてくれた。<br/>
「・・・あの角を曲がったところにはうどん屋があってね、そこは長島さんとか巨人軍の選手もよく行くところで･･･」<br/>
とか。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201102/20/87/f0066887_20541363.jpg" border="0" width="400" height="222" align="left"/><br/>
謎が解けた僕は、お礼を言って、とりあえず目の前の宮崎観光ホテルに入った。<br/>
<br/>
このホテル、外観はかなり老朽化が進んでいるような印象を受けたが、中はいかにも一流ホテルといった雰囲気で、きれいだった。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201102/20/87/f0066887_205529.jpg" border="0" width="240" height="432" align="left"/><br/>
2月1日にリニューアルしたばかりだという、そのものずばり「宮崎リゾート温泉　たまゆらの湯」<br/>
西館１階のいちばん奥にある。<br/>
<br/>
泉質はナトリウム塩化物温泉、泉源温度は45.6℃。<br/>
<br/>
脱衣場も浴室も清潔で、使いやすかった。<br/>
<br/>
サウナと露天風呂もあって、なかなかいい温泉だった。<br/>
<br/>
温泉から出て、大淀川河畔を散策し、食事も済ませ、JRで帰る事にした。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201102/20/87/f0066887_2121288.jpg" border="0" width="400" height="222" align="left"/><br/>
宮崎駅。<br/>
アメリカのデザイナーが設計した、斬新なデザインの駅舎。<br/>
しかし、2本あるホームのそれぞれに改札口があって、乗換えでホームを移るときには一旦改札を出ないとならないなど、日本では使い勝手の悪い面もあるという。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201102/20/87/f0066887_2124119.jpg" border="0" width="400" height="222" align="left"/><br/>
なぜJRで帰る事にしたかというと、3月12日のダイヤ改正で九州から姿を消すという「485系電車」に乗るためである。<br/>
<br/>
485系電車は、旧国鉄の標準型特急電車みたいなもので、かつては南は鹿児島から北は青森まで、それこそ日本全国を縦横無尽に走り回っていた車両だ。<br/>
<br/>
しかし、国鉄の分割民営化後、JRが次々と新型車両を登場させるにつれて活躍の場は狭まり、九州では日豊線の大分以南で「にちりん」「ひゅうが」「きりしま」として、細々と走るだけになってしまった。<br/>
<br/>
それも、今度の九州新幹線全線開業に伴うダイヤ改正で、つばめ型「787系電車」に置き換えられることになり、その活躍もあと3週間足らずとなってしまったのだ。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201102/20/87/f0066887_21302353.jpg" border="0" width="400" height="222" align="left"/><br/>
だいぶくたびれた車内。<br/>
たしかに、最近の特急電車と比べたら、だいぶ見劣りがする。<br/>
僕が乗った車両の製造銘板を見ると、「昭和48年　日立製作所」とあった。<br/>
40年近くも、よくがんばった、お疲れさま、と言いたくなった。<br/>
<br/>
走り始めると、線路のせいなのか、車両のせいなのか、新型の特急で感じる、貧乏ゆすりみたいな小刻みで硬い揺れは感じず、ゆらゆらと割と長い周期で揺れた。<br/>
<br/>
日豊線の宮崎-都城-国分間は、山越えがあり、急なカーブも連続する。<br/>
速度はあまり出ない。<br/>
いかにも淡々と、といった感じで「きりしま」8号は走っていった。<br/>
沿線には、あちこちで梅の花が咲き始めていた。<br/>
そのうちに眠くなり、何度か、優しい揺れに体を預けて浅い眠りに入ってしまった。<br/>
<br/>
<img class="IMAGE_LEFT" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/201102/20/87/f0066887_2138060.jpg" border="0" width="239" height="296" align="left"/><br/>
1時間半ほどして国分駅に到着。<br/>
ささやかな僕の旅は終わったが、「きりしま」号はさらに終着　鹿児島中央駅を目指して、重い響きを立ててホームを出て行った。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>ミニ旅行</dc:subject>  
      <dc:creator>skuroki</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 20 Feb 2011 21:40:09 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2011-02-20T21:40:09+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item>
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      <pubDate>Sun, 20 Feb 2011 21:40:09 +0900</pubDate>
    </item>
    <item> 
      <title>晩秋の霧島へ</title>  
      <link>http://tabimasaki.exblog.jp/9681605/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://tabimasaki.exblog.jp/9681605/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
鹿児島では、昨日までの天気予報では今日は雨だと言っていたけど、朝になったらきれいに晴れた。<br/>
せっかくの休日に天気が良いのだったら、遠出してみようと思い、クルマに乗って霧島まで行った。<br/>
道を登るにつれて、山々の風景はどんどん秋が深くなっていった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_2261780.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
まずは、「霧島いわさきホテル」が運営する「林田温泉」へ。<br/>
<br/>
温泉は、硫黄泉に明礬泉が混じった湯。源泉掛け流し（ただし夏場は加水して温度を下げてある）。<br/>
浴槽には湯の花が浮かんでいて、硫黄の匂いが漂っている。<br/>
サウナや大露天風呂を心ゆくまで楽しんだ。<br/>
<br/>
湯から上がったら、ホテルのレストランでランチバイキング。<br/>
ローストポークがたまらなく美味。クルマで来たのでお酒が飲めないのがとても残念。<br/>
温泉とランチバイキングのセットで1980円なり。<br/>
<br/>
ホテルを出たら、さらに道を登り、えびの高原へ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_2265435.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
ススキの野原の向こうに、韓国岳がそびえる。<br/>
<br/>
遊歩道を歩き、池めぐりをしてみた。<br/>
4.3ｋｍ、約1時間半のコース。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_2271315.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
まずは、不動池。<br/>
もう紅葉は終わってしまって、晩秋の森に囲まれた池は、青い水を湛えていた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_2274188.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
遊歩道は歩きやすい。<br/>
高原の空気は澄み、そして冷たく、すがすがしい。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_2281612.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_2283743.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
六観音池。向こうには韓国岳が。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_229814.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
六観音池を一望できる場所に、祠がある。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_2292341.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
白紫池。<br/>
かつて、厳冬期には湖面が凍りつき、天然のスケートリンクが開設されていたらしい。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_2210594.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
赤松林の中に、早くも傾いた秋の陽光が降り注ぐ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_22102188.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
展望台があった。<br/>
韓国岳をはじめとして、えびの高原のパノラマが広がった。<br/>
<br/>
池めぐりを終え、えびの高原から、道を下っていった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200811/16/87/f0066887_22103942.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
高千穂河原。天孫降臨の地・高千穂峰への登山口。<br/>
かつては霧島神宮もここに置かれた。<br/>
<br/>
オレンジがかった光を浴びて、高千穂峰の御鉢の山腹がますます赤く見えた。<br/>
<br/>
その後、さらに道を下って現在の霧島神宮にお参りした後、家路についた。<br/>
昼前から7時間のドライブ＆ウォーキングだった。<br/>
家に着いた頃にはすっかり日は暮れて真っ暗だった。<br/>

  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>ミニ旅行</dc:subject>  
      <dc:creator>skuroki</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 16 Nov 2008 23:20:51 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2008-11-16T23:20:51+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>南薩線の思い出</title>  
      <link>http://tabimasaki.exblog.jp/8746484/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://tabimasaki.exblog.jp/8746484/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
僕はもともと乗り物好きだったが、特に飛行機が大好きだった。小学校の頃までは、空を飛ぶ飛行機の機影を見て、大きさや、エンジンの位置、翼の形状から、「あれはボーイング727」とか、「あれはダグラスＤＣ-9」だとか、機種を言い当てる事ができた。<br/>
<br/>
その僕が、鉄道ファンになったのは、鹿児島県で唯一の私鉄にして、日本最南端の私鉄でもあった、鹿児島交通南薩線の影響による。<br/>
<br/>
僕が小学校の頃、母に連れられて、鹿児島市内から、祖母の住む指宿や親戚の住む松元町まで、当時の国鉄の列車に乗って行く機会が何度もあった。その折、西鹿児島駅の構内に、見なれない車両が停まっているのを目にする事があった。何両も連結して威風堂々とした国鉄の車両とは違って、たった1両きりの寂しい車両だった。普段から見なれた国鉄車両の色とは違って、朱色のボディーに紺の帯を巻いていた。鹿児島の鉄道といえば、国鉄か市電しか知らなかった僕には、なんだか、異様な光景に思われた。<br/>
<br/>
小学校低学年の頃、僕は地図帳を持っていた。祖父からもらった、分厚い、帝国書院発行の地図帳だった。その中の、南九州のページに、国鉄を示す線とは違った、別種の線が引かれているのが不思議だった。それは国鉄とは違う、私鉄を示す線だと父から教えられた。けれども国鉄と私鉄の違いなんて、僕には、よく乗る国鉄とは違う全く別の鉄道があるんだな、という認識で精一杯だった。<br/>
<br/>
ちょうどその頃、鹿児島にもＳＬが走るというニュースがあった。父は、鹿児島にもＳＬが走ったら、乗せに連れて行ってやる、と僕に言った。しかしＳＬの復活は沙汰止みとなり、僕はその話をすっかり忘れてしまった。後年、鹿児島交通がＳＬを復活させようという計画を立てていたのを知り、それがあれだったのかと、急にその事を思い出したのだった。<br/>
<br/>
小学校3年の春、ある団体旅行で熊本に行った。鹿児島本線上りの特急有明の車窓から、伊集院駅から分岐する細い線路が見えた。単線のその線路は、川を越えて、樹木が生い茂る山の中へと入っていた。その様が、あまりに寂しく、か細いものに子供心にも思われた。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200807/31/87/f0066887_23502667.jpg" border="0" width="300" height="211"/></center><br/>
<br/>
南薩線の廃止の方針が打ち出されたのは、昭和57年の12月だった。鹿児島のローカルニュースでは、ほとんど乗客のない列車内の映像が流されていた。<br/>
<br/>
翌年の春、家族で吹上浜まで潮干狩りに行った。父が運転する車は、伊集院から南下し、吹上浜沿いの国道を走った。途中、永吉川を渡る時、国道よりも海側に架かる南薩線の橋が見えた。川面は太陽の光を反射して、きらきらときらめき、その中にガーダー橋がシルエットのように浮かび上がっていたのを、鮮明に覚えている。<br/>
<br/>
大漁だった潮干狩りの帰り、車は小さな駅のそばを通り過ぎた。朽ちて傾きかけた木造の無人駅は、吹上浜駅だった。列車の時間が近いのか、旅行者らしいいでたちの二人の男性が、ホームに立って列車を待つのが見えた。踏切を渡る時、車の窓から、ひょろひょろと貧弱な線路が、夕刻迫る砂丘の松林の中に消えているのが見えた。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200807/31/87/f0066887_2351116.jpg" border="0" width="300" height="206"/></center><br/>
<br/>
その光景を見てから、それまで以上に南薩線のことが気になり、「乗りたい！」と思うようになった。<br/>
<br/>
両親は、何のために乗るのか、といった反応を示した。そこに行く目的がないのに、なんで南薩線に乗らねばならないのかと。（列車に乗る事自体に目的があるのだという事を分かってもらえずに、旅行を反対されるというのは、それから高校時代まで続いた）<br/>
<br/>
それでも粘り強い交渉（？）を続け、夏休みになったら乗れるかもしれない、そう思っていた矢先に、鹿児島地方を水害が襲った。<br/>
<br/>
僕が住んでいたのは、鹿児島の旧市街地を取り囲むシラス台地の下のあたりだったが、その近所でも、流れてきた土砂で道路が埋まった。県全体でも河川の氾濫や土砂崩れなどが起こった。鉄道でも、指宿枕崎線で、線路に崩れた土砂に乗り上げて脱線した列車が、さらに崩れてきた土砂に埋まったり、山川駅で落石が発生して、列車の屋根を突き破ったりの被害があった。<br/>
<br/>
そして南薩線は、全線にわたって崩れた土砂に埋まったり、鉄橋や線路が流失したりして、全面運休となってしまった。土盛が流されて、レールが宙吊りになった映像は、テレビのニュースでそれから度々放映された。<br/>
<br/>
もう、南薩線には乗れないかもしれない。そう思っていた時、部分復旧のニュースがあった。比較的被害の少なかった日置-加世田間で、再び列車が走り始めたのだった。<br/>
<br/>
昭和58年（1983年）7月31日。ついに南薩線に乗れる日がやってきた。その日の昼前、僕は父と一緒に家を出た。<br/>
<br/>
南薩線は、1日に3回、西鹿児島駅に乗り入れていた。僕がかつて、西鹿児島駅構内で見かけたのは、その乗り入れ列車だった。それに乗るつもりだったのが、時間を間違えて、すこし早めに駅に行ってしまった。それで、その前の国鉄電車で伊集院まで向かった。<br/>
<br/>
伊集院駅でしばらく待っていると、西鹿児島駅から、南薩線のディーゼルカーがやってきた。本来ならば、その列車に乗って伊集院から先、加世田や枕崎方面へ行く事になるのだが、伊集院から途中の日置までは、水害から復旧していなかった。<br/>
<br/>
父と僕は、伊集院駅の窓口で、加世田までの切符を買っていた。加世田から先、枕崎までもまた、不通になっていた。僕は当時小学生で、子供切符だったが、国鉄の場合は大人用の切符に「小」と赤く印字してあったのに対して、南薩線は大人用の切符をはさみで半分に切って、大人用と区別していた。<br/>
<br/>
さて、列車からは割合多くの乗客が降りてきた。水害さえなければ、そのまま列車に乗っていてもよかったのだろうが、日置までは臨時の列車代行バスに乗って行かねばならなかった。ほとんど満員で駅前から発車したバスは、「列車代行」の札を掲示していた。<br/>
<br/>
バスの窓からは、水害であぜが崩れてたり、土砂が流れ込んだりして荒らされた田んぼが見えた。バスは、日置までの峠道を越えて、日置に着いた。<br/>
<br/>
ちっぽけな木造駅舎の日置駅前に、バスは到着した。切符を持ったまま、改札口をくぐると、ホームには朱色のディーゼルカーが1両、発車を待っていた。バスから列車に乗り換える人も多く、座席はほとんど埋まっており、僕たちは他のお客さんと相席になった。<br/>
<br/>
列車の中は板張り床で、ビニールレザーの座席は窮屈だった。すべてが、使い古され、古びていた。やがて、列車は発車した。僕にとっては、南薩線の列車に乗った最初の経験だった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200807/31/87/f0066887_23523710.jpg" border="0" width="300" height="216"/></center><br/>
<br/>
列車は、激しく揺れた。冷房はもちろんの事、扇風機さえない列車は全ての窓を開け放していたが、窓の下からは、オンボロ列車がガタガタの線路を走る音、まさに鉄と鉄がぶつかり合うすさまじい音が、「がしゃーん！ぴしゃーん！」と聞こえてきた。エンジンの音が、これもまたガラガラとけたたましく響いてきた。<br/>
<br/>
僕が乗ったのは、前後が丸く流線型になった、南薩線を代表する「丸型」ではなく、当時の国鉄でもよく見られた箱形のディーゼルカーだった。外は真夏の光がまぶしかったのに、車内は薄暗く、くすんで見えた。座席も、車内の壁もくたびれ、傷付いていた。<br/>
<br/>
ガタゴトと列車は上下左右に激しく揺れながら走り、最初の駅に着いた。吉利駅だった。無人でボロボロの木造駅舎と、駅名さえ読み取りにくいほど朽ちた駅名標が、夏の光を浴びていた。<br/>
<br/>
車掌の手笛の合図で列車は再び南へ走りだし、林の中の坂を下りきる頃に、海が見えてきた。濃い緑の松林の向こうに、東シナ海が広がっていた。列車は轟音とともに永吉川の鉄橋を渡った。川の向こうには、河口を塞ぐように横に伸びる砂州があり、そのさらに向こうには、真っ青な海が広がっていた。<br/>
<br/>
永吉、吹上浜、薩摩湖と、松林の中に畑が現われる風景が続いた。松林の中には、列車の乗客に向けて吹上浜を宣伝していた野立て看板が、壊れたまま立っていた。やがて松林の砂丘を下って、開けた場所に出た。伊作だった。<br/>
<br/>
伊作は吹上町の中心地で、この駅は駅員が配置されていた。ホームの向こうには、日置方面へ向かう上り列車が到着していた。南薩線は全線が単線で、上りと下りの列車は、行き違い設備のある駅で離合をしなければならなかったのだ。<br/>
<br/>
その時の光景は、とりわけ鮮明に覚えている。舗装されていないシラス土のホームは白く光り、向かいに停車した列車の中は、対照的に暗く見えた。向こうの列車も、すべての窓が開け放され、こちらと同じく多くの乗客があった。僕の窓のちょうど真向かいの窓には、同じ年頃・・・小学校高学年くらいの女の子がいた。その子は、よそ行きみたいな白い服を着ていて、暗い列車の中に浮きあがって見えた。女の子は窓の外を見ていて、そして僕と目が合った。<br/>
<br/>
けれどもやがて、上り下りのふたつの列車は、同時に発車した。伊作駅は、大きく半円を描くようなカーブの最も奥まったところにあり、双方の列車は走るうちにカーブの内側の側面をこちらに向けた。あの子が座っていたのとは反対側の面である。<br/>
<br/>
白い服の女の子の列車は坂を登りながら松林の中に消え、僕が乗った列車も、カーブを切りながら台地の上へと駆け上がっていった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200807/31/87/f0066887_23531642.jpg" border="0" width="300" height="219"/></center><br/>
<br/>
列車は、駅に着く度に少しずつ乗客を減らしながら、南へと走っていった。<br/>
<br/>
背の高い草むらや藪は列車に迫り、藪を抜けると田んぼが現れ、そしてまた藪に突っ込む、その繰り返しだった。小さい川や用水路をいくつも渡った。僕の記憶が正しければ、北多夫施のあたりまでの田んぼはまだ、青々とした稲が風に揺れながら夏の日光を浴びていて、阿多のあたりではすでに刈り取りが始まっていた。<br/>
<br/>
広々とした田んぼの中に、雑木林に囲まれた集落が点在し、さらにその向こうには金峰山が見えた。対して海側は、吹上浜の大砂丘の松林の丘が、どこまでも続いていた。鹿児島市周辺の、シラス台地と海に挟まれた狭っ苦しい風景を見慣れた僕には、とても開放的な風景だった。列車はその中を、激しく揺れながら、走っていった。<br/>
<br/>
万之瀬川の鉄橋を渡ると、ビルや工場などが現れた。加世田の市街地だった。加世田駅の構内に入り、線路がいくつにも分かれ、その先の草ぼうぼうの側線に、朽ちて壊れた客車や貨車が何両も並んでいるのが目に飛び込んできた。僕は、あれほどまでに荒れ果てた鉄道車両というものを、それまで見たことがなかった。ある意味、衝撃を受けた。<br/>
<br/>
列車は、ゴトゴトと揺れながら、ホームに停車した。本来は枕崎行きの列車だが、加世田から先は水害で不通となっており、そこから先に行く乗客はまたバスに乗り換えなければならなかった。<br/>
<br/>
僕たちは、加世田までの切符だったから、そのまま駅に留まった。加世田駅は、木造の古びた駅だったが、中心駅らしくそれなりに大きく、待合室も広かった。駅に間借りするかたちでうどん屋があり、駅前広場はバスやタクシーの乗り場となっていた。<br/>
<br/>
しかしトイレは汚く、待合室のベンチも古びていた。待合室の壁には、だいぶ昔に描かれたらしい観光案内図が、ほこりに汚れながら掲げられていた。改札口の上には手書きの時刻表があったが、記された列車の数は少なく、しかも水害から復旧した区間でも、バス代行の紙が貼ってある列車もあった。おそらくは、列車を走らせるよりもバスで代行した方がマシなくらい、乗客が少ない便なのだろう。<br/>
<br/>
父と僕は、駅を出て、周辺をうろうろと歩き回った。<br/>
<br/>
加世田駅はもともと、鹿児島交通の前身である南薩鉄道という会社の本社が置かれていた駅で、その名残で南薩線の車庫があった。<br/>
<br/>
駅構内には丸型、箱形のオレンジ色のディーゼルカーが何両も休んでいた。片隅には、何十年も前に使われなくなった客車や貨車が、放置されたままになっていた。その客車や貨車はボロボロに壊れ、ガラスの割れた窓が暗く口をあけ、ツタやカズラが巻き付き、鉄道の墓場のようだった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200807/31/87/f0066887_23535692.jpg" border="0" width="300" height="217"/></center><br/>
<br/>
父と、駅の南の方へと歩いていった。<br/>
<br/>
車庫のそばを通った。窓の向こうには、反対側の窓が、真夏の昼下がりの光を受けて、黄色みがかった白色に輝くのが透けて見えた。<br/>
<br/>
もっと南へと、歩いていった。セミの声は聞こえず、道路のアスファルトからの照り返しが熱い、静かな夏の午後だった。住宅地を抜けると、草の生い茂る土盛りと出会った。水害以来、1か月以上も列車が走らなくなった線路だった。踏切から線路の伸びる方向を見ると、赤錆びたレールが夏草に埋ずもれていた。線路のそばには旧式の信号機が、腕木をまっすぐ横に伸ばしたまま佇んでいた。<br/>
<br/>
また駅のほうに戻り、駅構内の境にある踏切を渡った。踏切のそばにはまた別の車庫があった。古い木造の車庫の中を覗くと、蒸気機関車が見えた。踏切から駅構内を眺め渡すと、線路が右や左に分かれ、その先に、日を浴びながら休む朱色のディーゼルカーの顔が並んでいた。<br/>
<br/>
それから、加世田に住む、父の知り合いの家に寄ってから、夕方にまた駅に戻ってきた。<br/>
<br/>
出札口や改札口は、発車直前にならなければ開かなかった。ペンキで白く塗られた木組みの改札口の下には、改札鋏からこぼれ落ちた切符のかけらが散らばり、時折待合室を吹き抜ける風が、それらを静かに弱々しく飛ばしていた。<br/>
<br/>
「改札を始めまーす」<br/>
<br/>
駅員が改札口に立った。数人が椅子から立ち上がり、改札口を抜けた。ホームには、まだ列車はなかった。線路の向こうに並ぶ廃車体は、傾いた西日を受けて、めくれあがった外版や、かずらが作る濃い影が痛々しさを際立たせていた。<br/>
<br/>
しばらくすると、伊集院方向から警笛が遠く聞こえ、ディーゼルカーが線路の向こうに現れた。夕方のすこし鈍い光の中で、ディーゼルカーの朱色が余計に赤っぽく見えた。<br/>
<br/>
日置から走ってきた1両編成のディーゼルカーは、ゆっくりとホームに停まった。数人の乗客を下ろし、入れ替わりに、僕たち日置方面に行く乗客が乗り込んだ。ホームと反対側の座席に座ると、側線の廃車の群れが窓越しにより一層近付いて見えた。<br/>
<br/>
時間が来て、汽笛とともに列車は走りだした。床下から、ごつん、ごつんという振動が座席を通して伝わってきて、そしてその振動の間隔は速度が上がるにつれ短くなっていった。窓の下を見ると、駅構内に広がっていた線路がどんどん収束していき、列車の下に吸い込まれるように合流していった。<br/>
<br/>
列車はゴトゴト激しく揺れながら、そしてギシギシ軋みながら、北へ向かっていった。南多夫施のあたりでは、色付いた田んぼが夏の夕刻の光線を浴びて黄金色に輝いていて、家族総出で稲を収穫しているのも見えた。金峰山の上には夏雲が湧いていた。<br/>
<br/>
乗客は僕たち二人を合わせても6人しかいなかった。外の光が黄色からオレンジ色へと刻々と変化していき、それにつれて、灯かりの点かない車内の影はどんどん濃くなっていった。<br/>
<br/>
行きでは白い服の女の子が乗った列車と行き違った伊作では、今度は行き違いの下り列車はなかった。薩摩湖では、遊びに来たらしい小さい兄弟たちが列車に手を振っていた。松林の中は一足先に日没が来たように暗く、その中を列車は坦々と、走っていった。<br/>
<br/>
やがて日置に着いた。バスに乗り換え、国鉄伊集院駅へ。ホームに出ると妙に魚臭く、ひょっとしたら向こうの側線に停まっている貨車の、積荷の匂いかもしれなかった。夏の日はなかなか沈まず、薄明かりの中でホームに立っていると、西鹿児島行きの列車がやってきた。電車やディーゼルカーではなく、旧式の、ぶどう色の客車が数両、機関車に牽かれた列車だった。ひょっとすると南薩線のディーゼルカーよりも古い車両かもしれず、冷房の無い車内は窓は全開で、それどころかデッキの手動扉も開いたままだった。けれども、天井の蛍光灯は明々と灯り、扇風機は生暖かい夏の夕刻の空気をかき回していた。<br/>
<br/>
西鹿児島駅に付く頃には日は暮れ、宵闇が降りはじめた住宅街を、歩いて家まで帰った。そうして、その日の南薩線の旅は終わった。けれどもそれは、僕と南薩線との長い付き合いの始まりでしかなかった。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>過去の旅</dc:subject>  
      <dc:creator>skuroki</dc:creator>  
      <pubDate>Thu, 31 Jul 2008 23:54:34 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2008-07-31T23:54:34+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>パラダイス！　生駒山上</title>  
      <link>http://tabimasaki.exblog.jp/2830221/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://tabimasaki.exblog.jp/2830221/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
7月某日・・・梅雨の晴れ間で、かんかん照りの暑い日、生駒山に行ってみた。<br/>
生駒山は、大阪の東にどっしりと壁のように連なる山だ。<br/>
<br/>
名古屋行きの特急電車をはじめとして、ひっきりなしに電車が出入りする近鉄難波駅から、快速急行に乗って19分。<br/>
その間、電車は東大阪の町工場や住宅が密集する中を疾走し、やがて生駒の山腹をトラバースするように急坂をのぼり、そして長いトンネルを抜けると、すぐに生駒駅。<br/>
<br/>
近鉄生駒駅から歩いてすぐのところに、生駒ケーブルの駅がある。<br/>
この生駒ケーブルの第1の特徴は、日本最初の営業用ケーブルカーということだ。<br/>
<br/>
しかし、現在の車両は2000年に導入された新しいのが走っている。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23122122.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑その中の1両、「ミケ」号。<br/>
双眼鏡を持ったネコだそうで、なんとも・・・<br/>
<br/>
この生駒ケーブルの第2の特徴は、途中の宝山寺を境にして麓側の宝山寺線と、山頂側の山上線の、二つの路線に分かれていること。<br/>
第3の特徴は、宝山寺線は1号線と2号線という、2本のケーブルカーが並列に並んでいること。<br/>
<br/>
ただし、2号線は、正月など多客期のみの運行。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23175297.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑留置中の2号線の車両、「ゆめいこま」号。<br/>
こちらの車体のデザインは、地元の子供たちということだ。<br/>
<br/>
時間が来て、「ミケ」号は宝山寺に向けて動きだした。<br/>
ケーブルカーは、1本あたり2両の車両がワンセットとなっており、1本のケーブルで結ばれた2両は、上と下の駅から同時に発車し、ちょうど中間点ですれ違う。<br/>
「ミケ」号の相方は、イヌの車掌さんをデザインしたという「ブル」号である。<br/>
<br/>
宝山寺線は、終点の宝山寺まで、沿線に住宅やマンションが建ち並び、他のケーブルカーとは異なった車窓だ。<br/>
通勤利用も多く、通勤定期の発行枚数は、ケーブルカーとしては日本一、だとか。<br/>
これが第4の特徴。<br/>
<br/>
スーツ着たサラリーマンも、毎朝、「ミケ」号や「ブル」号に乗って通勤しているわけか。<br/>
<br/>
さて、程なく、宝山寺駅に到着。ここで、山上線に乗り換え。<br/>
山上線の車両も、宝山寺線と同じ2000年に、新しい車両となった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23272236.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑待っていたのは、お菓子やケーキをモチーフにした「スイート」号。<br/>
<br/>
山上線は、発車するなりトンネルに入り、それを抜けると、もう山の緑の中だった。<br/>
途中、梅屋敷駅に停車。乗降ともになし。<br/>
中間点で、森の音楽会をモチーフにした「ドレミ」号とすれ違い。<br/>
それから、もうひとつの駅、霞ヶ丘駅に停車。やはり乗降なし。<br/>
上るにつれて、空気がひんやりと、清々しくなってきた。<br/>
そして、上りきったところが、生駒山上駅。<br/>
<br/>
生駒山の頂上には、遊園地が整備されている。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23324989.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑しかし、連休中だというのに、賑わいはない・・・。<br/>
全国の遊園地と同じ、来園者減という症状に見舞われているようだ。<br/>
<br/>
それはそれとして、腹ごしらえ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23342359.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑展望レストランから見た、大阪の市街。<br/>
霞がかって、あまりよく見えないが、空気が良ければ、もっと壮大なパノラマが展開されるはずだ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23363218.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑昼食は、カツカレー。若干高め。けど、景色を見ながらだったからおいしかった。<br/>
<br/>
生駒山は、遊園地の他に、寺院や、無線中継施設などがある。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23383440.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑遊園地に接して、テレビアンテナがある。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_2341939.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑毎日放送のアンテナの真下に、NHK教育テレビの、じゃじゃまる君がいるではないか。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23422336.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑しかし本当に、ニョキニョキといった感じで、テレビや電話のアンテナが生えている。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23432221.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑アンテナ群のはずれで、異彩を放っていた塔。<br/>
近くに寄って見ると、使われているような様子も、管理されているような様子もなく、廃墟になりかかっていた。<br/>
帰ってから地図で調べたら、京都大学天文台とあった。<br/>
さらに調べてみると、1941年に設立され、1972年に閉鎖された、京大の太陽観測所の跡らしい事が判った。<br/>
<br/>
さて、遊園地にもどってみた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23553899.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑「ゴールドラッシュ」　水しぶきが涼しげ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23563739.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑お化け屋敷「地獄門」　中は涼しいのだろうか。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/17/87/f0066887_23572126.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑お客が来た時だけ動く、メリーゴーランド。<br/>
<br/>
賑わいはないが、そこそこ来園者はあった。<br/>
遊具は、絶叫マシーンもあったが、昔懐かしいものが多かった。<br/>
ファミリーやカップルでゆっくり過ごすには、なかなか良い遊園地かもしれない。<br/>
生駒山上遊園地HP<br/>
<br/>
さて、帰りは、ケーブルカーの線路に並行している登山道を歩いて下る事にした。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/18/87/f0066887_03643.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑深い森の中を下る登山道。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/18/87/f0066887_042090.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑途中、寄り道してケーブルの霞ヶ丘駅へ。ちょうど「ドレミ」号が上ってきた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/18/87/f0066887_062863.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑生駒ケーブルは、踏み切りがある。これが第5の特徴。<br/>
<br/>
また歩いて、梅屋敷駅へ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/18/87/f0066887_073850.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑線路が傾斜しているから、当然、ホームも傾斜している。<br/>
階段状になったホームからの眺めは良く、下界を走る電車が模型よりももっと小さく見えた。<br/>
周りは静かで、時折、ヒグラシの鳴き声がもの哀しく聞こえてくるような駅だった。<br/>
<br/>
やがて、線路の真ん中にあるケーブルが「カラカラ」と音をたてて動きだした。<br/>
上と下の駅で、「ドレミ」号と「スイート」号が発車したのだ。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200607/18/87/f0066887_0105732.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
↑宝山寺駅から、「スイート」号がやってきた。<br/>
やはり、乗降なし。僕を残し、「スイート」号は山上めざし上り始めた。<br/>
<br/>
ここから、宝山寺駅まで急坂をさらに下り、そこから宝山寺線に乗って近鉄生駒駅に向かった。<br/>
行きと同じ「ミケ」号の乗客は、僕の他には地元の年配の女性一人だけだった。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>ミニ旅行</dc:subject>  
      <dc:creator>skuroki</dc:creator>  
      <pubDate>Tue, 18 Jul 2006 0:14:21 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2006-07-18T00:14:21+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>No.4 いよいよ日本もLRT時代に突入！</title>  
      <link>http://tabimasaki.exblog.jp/2620945/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://tabimasaki.exblog.jp/2620945/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
近年、新しい交通機関として注目されているのが、LRTだ。<br/>
<br/>
LRTとは、"Light Rail Transit" の略で、直訳すると「軽量軌道交通」となる。<br/>
<br/>
国土交通省によれば、<br/>
「LRTとは、Light Rail Transitの略で、低床式車両(LRV)の活用や軌道・電停の改良による乗降の容易性、定時性、速達性、快適性などの面で優れた特徴を有する次世代の軌道系交通システムのことです。」<br/>
という事らしい。<br/>
（http://www.mlit.go.jp/road/sisaku/lrt/lrt_index.html）<br/>
<br/>
システムとしては、普通の鉄道や地下鉄より簡略。建設コストが低く抑えられる。<br/>
輸送量は、鉄道とバス、乗用車の中間くらい。<br/>
消費エネルギーは自動車より小さく、効率的で環境的。<br/>
一般にバリアフリーで人に優しい。<br/>
主に市街地内では路面を走り、郊外に向けては専用の軌道を走る。<br/>
バスなど他の公共交通機関との連携も重視される。<br/>
・・・などが特徴か。<br/>
<br/>
そのLRTの、日本で初めての導入事例と言われる、富山ライトレール・富山港線が今年（2006年）4月29日に開業したので、乗ってみた。<br/>
<br/>
この富山ライトレールは、通称を「ポートラム」という。<br/>
もともとはJR西日本富山港線だった路線だが、これをLRT向けに改良し、さらに都心部では道路に新しく引いた軌道へとルートを変更して新規開業となった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_239083.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　富山駅北で発車を待つ車両。LRT向けの車両といえるLRV。<br/>
もちろん、車両もすべて新車のLRVで揃えられた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_2393751.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　既存の道路に新しく造られた軌道。<br/>
なお、駅前の一部区間はサイドリザベーション（道路の端に軌道を寄せる）と、緑化軌道が導入されていた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_2395540.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　途中から、JR線だった線路に乗り入れる。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23101219.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　この、専用の軌道では、ぐんぐんスピードが上がる。<br/>
速度計は55km/hを示していた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23102479.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　車内はすっきりとしていて、明るかった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23103588.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　超低床電車なので、ホームと車内との間に段差はない。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23104755.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　終点、岩瀬浜。<br/>
ホームも路面電車向けに低く作り直された。<br/>
待合所もきれいで、そしてデザイン的にも優れている。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_2311171.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23111224.jpg" border="0" width="400" height="299"/></center><br/>
↑　走行風景。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23112472.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　終点岩瀬浜付近は、廻船問屋の町が残されていて、散策に良い。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23113522.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　導入したLRVは編成ごとに色が違うのも楽しい。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_2311462.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　岩瀬浜と蓮町の停留所からは、周辺の町と結ぶフィーダーバスが設定されている。<br/>
これは、蓮町と四方を結ぶバス。<br/>
<br/>
ポートラムに乗ってみて、いよいよ日本にもLRTの時代が来たかと、感動した。<br/>
全線200円（平日日中と土曜・休日は100円）均一と分かりやすい料金体系も良かった。<br/>
しかし、フィーダーバスの案内が停留所にも車内にもどこにもなく、バスも需要に対して明らかに大きいバスを使うなど、要改善点と思われる部分もわずかにあった。<br/>
<br/>
しかし、これからなのだ。<br/>
北陸新幹線開通に向けた富山駅の改良工事が終われば、このポートラムも高架のJR線をくぐり、富山市の都心部へと直通するようになる。<br/>
今後に期待が持てると思う。<br/>
<br/>
次に、フィーダーバスで四方に向かい、そこからバスと渡船を乗りついで、万葉線へ。<br/>
万葉線は、高岡と新湊とを結ぶ路面電車だ。<br/>
もとは、加越能鉄道という会社が運行していたが、乗客の減少により2002年に手放され、新しく設立された、市民参加型第三セクターである万葉線株式会社が引き継いだ。<br/>
<br/>
万葉線は、都心部では路面を走り、郊外では専用の線路を走る。<br/>
しかも、LRVが2004年に導入されたのだ。<br/>
ひょっとすると、今後、LRTへと成長するのではないかと予感していた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_2312357.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　終点・越ノ潟で発車を待つ電車。<br/>
あいにくとLRVではなく、旧型の電車だった。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23121510.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　越ノ潟を出た時点では、乗客は僕を含めて4人。<br/>
ポートラムが満員に近い状態で運転するのを見たばかりだったから、寂しく感じた。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_2312264.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　電車は、ゆっくり、ゆったり、まったりと走った。<br/>
専用軌道の区間でも、決してスピードを上げることなく、マイペース。<br/>
開け放された窓から、気持ちのいい風が吹き込んできた。<br/>
路面区間では、郵便配達のバイクにも追い付かれてしまった。<br/>
<br/>
まだまだ旧来の路面電車そのものという印象。<br/>
僕としてはその方が嬉しいのだが、万葉線の将来を考えると、喜んではいられない。<br/>
路線を守った、沿線に住む方々のパワーに期待したいと思った。<br/>
<br/>
さて、夏の日は高く、夕方になってもまだ明るかった。<br/>
そこで、福井で途中下車して福井鉄道に乗ってみた。<br/>
この福井鉄道は、もとは福井市と武生市を結ぶ、都市間鉄道だったが、並行するJRに乗客を奪われ、かつてほどの勢いはなさそうだ。<br/>
<br/>
ちなみに、福井鉄道も福井市街地では路面を走る。<br/>
普通の大型の鉄道用車両が路面をゴロゴロ走る姿は、なかなか圧巻だ。<br/>
しかし最近になって、路面電車型の車両が導入され、さらにはLRVも走り始めた。<br/>
こちらも、将来的にはLRTへと発展する期待が持てる。<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23124089.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200606/25/87/f0066887_23125212.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
↑　車両は路面電車と同じなのだが、専用軌道区間では、ポートラム同様にスピードが上がる。<br/>
田んぼに林が混在する区間を、軽快に走った。<br/>
車内は割と混んでいて、終点の武生新駅まで乗った乗客もあり、都市間鉄道の役割をまだ果たしているようだった。<br/>
<br/>
富山、高岡、福井と、LRTとそのタマゴのような路線に乗ってみて、日本にLRTが本格的に導入される時代は近い事を確信した。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>乗り物</dc:subject>  
      <dc:creator>skuroki</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 25 Jun 2006 23:12:58 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2006-06-25T23:12:58+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>No.3　狸の置物の里　信楽へ</title>  
      <link>http://tabimasaki.exblog.jp/2053821/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://tabimasaki.exblog.jp/2053821/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
5月某日、ふらりと小さな旅に出た。<br/>
<br/>
昼過ぎに南海電車に乗って、新今宮でJR線に乗り換え。<br/>
大阪環状線から奈良方面に向かう大和路快速で、まずは加茂に向かった。<br/>
<br/>
列車は生駒の山並みに向けて、上り勾配をひたすら上っていった。<br/>
しかし車両自体は、もともとは新快速用に作られた比較的新しいもので、連続する勾配など、ものともせずに駆け上った。<br/>
沿線の風景は都会から郊外へ、そして大和川に沿う山の中へと、目まぐるしく変わっていった。<br/>
山には新緑がまぶしく、藤の花が紫に咲くのもいい眺めだった。<br/>
<br/>
山を越えると、奈良盆地へ。<br/>
沿線には再び新しい住宅が増え、列車の窓からは、法隆寺の五重塔が新しい家並みの向こうに見えた。<br/>
<br/>
奈良、木津と、古から続く歴史を秘めた地を列車は駆け抜け、大和路快速の終点、加茂へ。<br/>
<br/>
これまで乗ってきた路線は、関西本線と呼ばれる、名古屋方面から奈良を経由して大阪方面を結ぶ、かつての幹線にあたる。<br/>
加茂はその途中にあるのだが、大阪から加茂までは快速電車が乗り入れ、京阪神を中心としたいわゆるアーバンネットワークの範囲内にある。<br/>
しかし、加茂から先、名古屋方面へは、ワンマン運転のディーゼルカーが単線の線路を行き来する、ローカル線になってしまっている。<br/>
今年の春までは、一往復だけ名古屋と奈良の間を急行列車が走っていたが、それもすでにない。<br/>
<br/>
加茂から乗り換えた、亀山行き2両編成のディーゼルカーは、エンジンをうならせ、京都へと流れる木津川に沿って山越えの線路を走っていった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2411720.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
今はローカル線だが、かつては幹線だった事を示すように、駅はホームが長く、駅舎も立派なものが多い。<br/>
ただし、ほとんどが無人駅。<br/>
<br/>
沿線の川には、川遊びをする人たちが大勢見えた。<br/>
河原でバーベキューをしたり、カヌーやゴムボートに乗ったり。<br/>
<br/>
やがて忍者の里として有名な伊賀上野を過ぎ、柘植へ。<br/>
ここから草津線に乗り換え、貴生川へ。<br/>
草津線は電化された路線で、京都から直接乗り入れる列車も多い。<br/>
<br/>
貴生川に着いた時には、すでに日は傾いていた。<br/>
ところで実は、貴生川からは信楽高原鉄道に乗って信楽へ行くか、近江鉄道に乗って米原まで行くか、まだ決めていなかった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2413290.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
いかにも地方ローカル私鉄といった感じの近江鉄道の電車を見ると、こちらに乗りたいという気もした。<br/>
しかし、もっとローカル線度が高そうな信楽高原鉄道を選んだ。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2414970.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
信楽といえば、陶器の狸の置物で有名だ。貴生川の駅でも、狸がご案内。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_242591.jpg" border="0" width="300" height="400"/></center><br/>
そういえば、貴生川駅前に乗り入れるタクシーも、ずばり「たぬきタクシー」。<br/>
ちなみにこの「たぬきタクシー」は、信楽高原鉄道の終点、信楽駅前にも乗り入れていた。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2421896.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2423141.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
列車の側面にも、狸のイラストが。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2424717.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
いよいよ、信楽高原鉄道のディーゼルカーに乗って、信楽へ。<br/>
この日は初夏を思わせる暑い日で、夕刻近くても、列車の中はまだまだ暑かった。<br/>
けれども、列車が走り出すと、開け放した窓から気持ちのいい風が吹き込んできた。<br/>
<br/>
列車は山に突っ込んでから長い長い坂を、エンジンを思いきりふかしながら上った。<br/>
山の中には、山桜をはじめとして、いろんな花が咲いていた。それらが、夕刻の鈍い光線を受けて、不思議な鮮やかさを見せていた。<br/>
高度が上がるにつれ、空気もひんやりとしてきたので、窓の開け幅を小さくした。<br/>
<br/>
信楽高原鉄道といえば、十数年前の大事故がまだ記憶に残っている。<br/>
ちょうど今くらいの時期・・・赤信号を無視して信楽駅を見切り発車した列車と、途中の行き違いのための信号所を、信号の誤表示で通過した対向列車が、正面衝突した。<br/>
ちょうど信楽で陶芸祭が行なわれており、大勢の観光客が亡くなった。<br/>
<br/>
事故以来使われなくなった信号所を通過し、列車は短い警笛とともに、事故現場を通過した。<br/>
窓からは、慰霊碑が見えた。<br/>
<br/>
やがて、信楽の里へと列車は入った。<br/>
紫香楽宮跡、雲井、勅旨、玉桂寺前と、小さな駅に停まった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_243916.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2432538.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
駅にも、ソメイヨシノか、八重桜だろうか、満開の木があった。<br/>
<br/>
そして、終点、信楽。<br/>
ゴールデンウィーク中、駅前では陶器市が行なわれている。<br/>
ホームには、折り返し貴生川行きとなる列車を待つ人が大勢いた。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2433818.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2435598.jpg" border="0" width="225" height="300"/></center><br/>
信楽駅前にも、信楽焼の置物がずらりと。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_244982.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
狸だけじゃなくて、犬やフクロウなどの置物もたくさんあった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2442181.jpg" border="0" width="200" height="150"/></center><br/>
個人的には、この「ぼうしネコ」が気に入ったが、重そうだし、買うのをあきらめた。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2444185.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
この日は、時間が遅くて、すでに陶器市は終わったあと。<br/>
会場では、後片付けや、翌日の準備などが行なわれていた。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2445655.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
駅前の食堂にも、狸のおまわりさん。<br/>
こども110番の家の旗を持ってます。<br/>
<br/>
駅の周りをぶらぶらしたが、なかなかいい田園風景に見とれてしまった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_245956.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
時間的にも、日没直前という、里や田畑がその日最後の輝きを見せる時。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2452937.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
貴生川行きの列車が、のんびりと走っていく。<br/>
<br/>
さて、なぜ列車で貴生川まで折り返さなかったかというと、それはただ単に、列車が観光客や部活帰りの中学生たちで混雑していたからだ。<br/>
<br/>
それでどうしたかというと、少し遅れて信楽駅前を出る、大津市の石山行きのバスに乗った。<br/>
<br/>
バスは、山越えの、谷川に沿った、離合困難箇所が連続するような、ものすごく狭い道を走った。<br/>
<br/>
ところが、途中の山の中のバス停で、まとまった乗車があったのは意外だった。<br/>
いかにも山から下りてきたばかりといったふうのハイカーが3人と、そして、なぜかスーツに身を固めた男女の集団が・・・。<br/>
周りには、何もなさそうな寂しいところだ。<br/>
強いて言えば、高速道路の工事現場があったのだが、連休で作業をしている様子もない。<br/>
まさか、狸が化けてきたわけでもないだろうが、狐につままれたような、不思議な気分だった。<br/>
そのスーツ集団は、座席に着くなり、「今回の出張旅費はどう精算するんだ」みたいな話をしていた。<br/>
<br/>
それから外の風景はますます暗くなっていった。<br/>
途中に古い水力発電所があったが、夕闇に沈み込もうとしていた。<br/>
対向車のヘッドランプや、前を走る車のテールランプが、やけにまぶしかった。<br/>
<br/>
そのうちに平野に出て、大津市の石山の町に入った。<br/>
山から里に下りると、やはりほっとする。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200605/06/87/f0066887_2455198.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
石山駅前に着いたバス。<br/>
・・・この写真を撮っているとき、車内ではスーツ集団のひとりが千円札を両替しようとしていたが、何度やっても、両替機からはねられていたのだ。<br/>
まさか、木の葉っぱのお札でもないだろうが。<br/>
（ちなみにこういう時は、お札を縦に折ってから通すと、両替機が受け付けてくれる事も多いらしい）<br/>
<br/>
石山からは、新快速で京都を経由して、大阪に帰った。<br/>
いい気分転換になった。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>ミニ旅行</dc:subject>  
      <dc:creator>skuroki</dc:creator>  
      <pubDate>Sat, 6 May 2006 2:46:13 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2006-05-06T02:46:13+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>No.2 : ありがとう日本の翼</title>  
      <link>http://tabimasaki.exblog.jp/850028/</link>  
      <guid isPermaLink="true">http://tabimasaki.exblog.jp/850028/</guid>  
      <description><![CDATA[<p>
  
YS-11という飛行機は、かつて飛行機マニアだった僕にとって、なじみ深い機種のひとつだ。<br/>
故郷の鹿児島では、鹿児島空港を主要な拠点のひとつとするYS-11が、割合低い空をゆっくりと飛んでいくのをよく目にした。<br/>
<br/>
話は変わるが、かつて・・・第二次世界大戦以前の日本は、航空機大国だった。<br/>
ゼロ戦をはじめとする世界的な名機が生み出された。<br/>
しかし日本は戦に敗れ、戦後の一時期、連合国軍による占領政策によって航空機の研究や製造を禁じられてしまった。<br/>
YS-11は、そんな長い冬の時代を経て生み出された、戦後初めての国産旅客機であり、そして現在のところ、戦後唯一の国産旅客機だ。<br/>
この飛行機の誕生にまつわる、涙なしには語れない苦難のエピソードは、前間孝則著「YS-11 国産旅客機を創った男たち」に詳しい。<br/>
また、NHKの「プロジェクトX」でも、2週連続の特別版で取り上げられた。<br/>
<br/>
そのYS-11が、日本の空から消える。<br/>
法改正により、衝突回避装置のないYS-11は、今年限りで日本の空を飛べなくなるというのだ。<br/>
<br/>
そこで、まだ乗ったことのないYS-11に乗ろうと思った。<br/>
<br/>
YS-11は、鹿児島を起点に種子島、屋久島、福岡へ、そして福岡を起点に徳島、高知へ飛んでいる。<br/>
鹿児島まで行くには時間もおカネもないので、福岡から徳島まで乗ることにした。<br/>
福岡までは、東京始発で大阪を午前1時過ぎに発車する夜行特急「はやぶさ」号を使い、徳島からは和歌山までのフェリーと南海電車を使って帰る事にした。<br/>
<br/>
2月18日午前1時12分。<br/>
仕事場から駅に直行し、大阪環状線の終電で大阪駅に到着した僕は、4分遅れの「はやぶさ」号、A個室寝台「シングルデラックス」に落ち着いた。<br/>
本当はB個室寝台「ソロ」にしたかったのだが、あいにくと満席だった。<br/>
じゃあこの際だからと、「シングルデラックス」を奮発したのだ。<br/>
<br/>
シャワーもオーディオもなく、ただベッドと洗面台があるだけの、時代遅れの個室だが、思っていたよりも窮屈でなく、そして落ち着けた。<br/>
照明を暗くして、深夜の街の光が窓の外を疎らに通り過ぎるのを眺めながら、ワインのミニボトルを開けた。<br/>
空高くには月が冴え冴えと浮かび、どこまでも列車を追いかけてくるようにも見えた。<br/>
列車の前の方からは、冷たい夜の空気を裂いて、汽笛の音が物悲しく響いてきた。<br/>
<br/>
割合ぐっすりと眠れ、朝を迎えた。<br/>
カーテンを開けると、瀬戸内海沿いに走っているところだった。<br/>
風がないのか、海はべた凪ぎで、その向こうには島影が浮かび、朝焼けの空に日が昇ろうとしていた。<br/>
月はと言うと、太陽と反対側の空に、うすぼんやりと傾いていた。<br/>
<br/>
博多には定刻10時10分着。<br/>
飛行機は13時50分発だから、かなり間がある。<br/>
そこで、昨年開業したばかりの、福岡市営地下鉄七隈線に乗って時間をつぶす事にした。<br/>
<br/>
まずは博多から地下鉄空港線に乗って、天神まで。<br/>
天神から一旦改札を出て、七隈線の天神南まで、徒歩で地下街を通って乗り継ぎ。<br/>
改札は出るのだが、切符は1枚で行ける。<br/>
けれども、空港線と七隈線の距離は、僕の足でも8分かかるほど離れていた。<br/>
この両線の接続の悪さは、かなりマイナスになっているのではないかと思われる。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_240523.jpg" border="0" width="225" height="300"/></center><br/>
起点の天神南。<br/>
福岡の地下鉄は、駅ごとに独特の、可愛らしいシンボルマークが付いている。<br/>
このマークは福岡在住のデザイナー、故 西島伊三雄（1923～2001）氏によるもの。<br/>
七隈線のマークは、亡くなる直前の病床で作られたという。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2412292.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
七隈線の電車。<br/>
普通の地下鉄よりも、小ぶりな車両。<br/>
デザインは洗練されていて、近未来の電車が実現したかのようだ。<br/>
ちなみに大阪の鶴見緑地線、東京の大江戸線と同じく、リニアモーター駆動。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2423610.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
車内も、インテリアや色使いが柔らかい感じで、いい。<br/>
車両のデザインは、世界的な工業デザイナー、アレクサンダー・ノイマイスター氏によるもの。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2425833.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
歌にでもありそうな駅。<br/>
<br/>
それにしても、乗客が少ない。<br/>
終点の橋本駅に着く頃には、全部でもバス1台で余裕で運べそうなくらいだった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2432918.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
橋本駅の地上部分。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2434868.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
バス停とは別に、こんな、マイカー送迎用のスペースまで作ってある。<br/>
こんなところも、未来を先取りしている。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_244979.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
しかし、駅は畑のど真ん中。<br/>
これから発展していくのだろうとは思うけど・・・。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_244289.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
トトロに出てきそうな、こんもりとした森が、駅から見えた。<br/>
行ってみると、本当にトトロがいそうな、鎮守の森だった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2461582.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
うまそうな豚骨ラーメンの匂いに誘われて、駅近くのラーメン店へ。<br/>
「まるきん亭」<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2464959.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
ワンタンメン750円。それと、替え玉ひとつ100円。<br/>
僕のごく個人的なイメージでは、博多ラーメンは、情熱的な熊本ラーメンや鹿児島ラーメンよりも、大人しくて個性が弱いようでもあるのだけど、それでもやっぱり美味しいものは美味しい。<br/>
<br/>
ところで帰ってから知ったのだけど、この「まるきん亭」は、結構有名な店のようだ。<br/>
<br/>
七隈線の駅で気付いたもの。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2471076.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
間違って買った切符も、自販機に入れると買い直せる。<br/>
これは七隈線に限らず、福岡市営地下鉄ならば他の路線でもやっているサービスだが、関西では見かけないような気がする。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2472626.jpg" border="0" width="320" height="240"/></center><br/>
「この器具には処理水を使っているので飲めません」<br/>
・・・いや、飲める、飲めないの問題以前に、「飲まない」と思う。<br/>
だって・・・公衆トイレの便器の水だよ・・・。<br/>
<br/>
さあ、関係のない話が続いていたけど、いよいよ地下鉄を乗り継いで福岡空港へ。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2475147.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
駐機場に並んだ手前の2機がYS-11。<br/>
その向こうの小さいのは、YS-11の後継機のひとつ、SAAB-340B。<br/>
スウェーデンの、自動車も作っているあの会社の飛行機。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2481097.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
いよいよ、搭乗。<br/>
ボーディングブリッジではなく、タラップを使って乗る。<br/>
ちなみに今回乗った機体は、登録番号 JA8766。<br/>
1970年（昭和45年）7月23日に製造され、かつては「とくのしま」という愛称が付けられていた。<br/>
（むかしは、飛行機に一機一機、愛称が付けられていたのだ。「よど」号とか）<br/>
<br/>
エンジンが動き出すと、ジェット機では感じられない大きな音と振動が、びんびん伝わってきた。<br/>
人によってはただの騒音かもしれないが、いかにも飛行機が動き出す力強さ、ダイナミックさを直に感じ取れるような気がして、僕はしびれてしまった。<br/>
<br/>
離陸するときは、ジェット機のような、身体が座席に押し付けられるような加速度は感じられず、「こんな低速で飛べるのだろうか？」と思うくらいの速度で、ふわりと頼りなげに飛び上がった。<br/>
空中でも、気流の小さな乱れを受けて、ふわりふわりと揺れた。<br/>
エンジンを全開にして空を目指すが、峠越えの蒸気機関車のように、なかなか上に上がらない、しかしそれでも力の限り上を目指しているかのような感じがした。<br/>
水平飛行に入っても、それほど高度がなく、速度も遅く、地上の風景が近くに見えた。<br/>
ローカル鉄道の旅に通じるような、のんびりさがあって、なかなかいい。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2525557.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
丸い照明や、バスみたいな荷棚など、昔の空旅を感じさせる機内。<br/>
どことなく懐かしい雰囲気。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2534951.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
瀬戸内海の島々。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2541070.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
しまなみ街道。<br/>
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<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2553263.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
瀬戸大橋。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2561912.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
1時間余の空中散歩の後、徳島空港に到着。<br/>
おつかれさまでした～。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2563919.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
空港ビル前には、阿波踊りの銅像がお出迎え・・・。<br/>
<br/>
ひとまず空港バスで徳島駅に行ってから、徳島港行きのバスに乗り換え。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2565518.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
和歌山行き南海フェリーの、フェリーかつらぎ（2,571トン）。<br/>
乗ってみたら、椅子席は1等室のみで、2等はカーペット敷きの桟敷席。<br/>
僕は甲板のあたりをあちこち見物しているうちに、いい場所を取り損ねてしまった。<br/>
<br/>
和歌山までの途中、かつらぎ号の僚船とすれ違った。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2572335.jpg" border="0" width="400" height="300"/></center><br/>
まずは、フェリーつるぎ（2,604トン）。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/19/87/f0066887_2574530.jpg" border="0" width="321" height="241"/></center><br/>
だいぶ暗くなってから、フェリーくまの（2,137トン）。<br/>
<br/>
潮の香と重油の匂いが混じった船の匂い、エンジンの音、船が波を蹴立てる音、白波、航跡、潮風、水平線、陸影、暗くなってからは街の明かり、灯台の灯・・・<br/>
船旅もまた、いい。<br/>
<br/>
和歌山港からは、南海電車の特急「サザン」号で大阪に帰った。<br/>
<br/>
さて、日本では全機退役するYS-11だが、短い滑走路で離着陸できる性能や、燃費の良さ、そして、古くてもまだまだ丈夫である事から、海外で第2の人生を送る機体も多い。<br/>
YS-11の、海外での末永い活躍を祈らずにはいられない。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>乗り物</dc:subject>  
      <dc:creator>skuroki</dc:creator>  
      <pubDate>Sun, 19 Feb 2006 3:06:30 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2006-02-19T03:06:30+09:00</dc:date> 
    </item>  
    <item> 
      <title>No.1 : 橋本・貴志川・和歌山ラーメン</title>  
      <link>http://tabimasaki.exblog.jp/756087/</link>  
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      <description><![CDATA[<p>
  
2月11日・・・ふと思い立って、どこか遠くへ行こうと思った。<br/>
<br/>
行き先は、和歌山県の貴志にしようと決めた。<br/>
貴志は和歌山市の郊外にあるごく普通の小さな町だ。<br/>
<br/>
と言っても、祝日にもかかわらず午前中は仕事だった。<br/>
昼に仕事を片付けて、仕事場最寄の白鷺駅に向かった。<br/>
<br/>
南海高野線で橋本まで出てから、JR和歌山線に乗り換えて船戸まで行き、そこから徒歩で貴志に向かうつもりでいた。<br/>
ところが、橋本直通の急行電車は出発した直後で、途中、河内長野、林間田園都市と電車を乗り継ぐ事になった。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_1165277.jpg" border="0" width="500" height="318"/></center><br/>
<br/>
大阪から離れる方向へ走る下り電車だから、車窓風景はだんだんとビルや住宅が減り、畑や林が多くなる。<br/>
下りといっても、和歌山県の橋本との間には和泉山地が立ちはだかり、線路は上り勾配が続く。<br/>
車窓は登山電車に乗っているような山の中の風景になり、和泉山地を貫く長いトンネルを抜けると、林間田園都市。<br/>
大阪ミナミの難波のターミナルから、急行電車で45分も離れた山の中に忽然と現れたニュータウンを横目に眺めながら、電車は下り坂を下り、橋本到着。<br/>
<br/>
橋本は、和歌山県北部を悠々と貫いて流れる紀ノ川の中流に栄える町だ。<br/>
古くは大阪（堺）と高野山を結ぶ高野街道と、奈良と和歌山を結ぶ大和街道が交わり、現在も南海高野線とJR和歌山線が接続する。<br/>
けれどここからJRに乗り換えようにも、30分以上も待ち時間があった。<br/>
そこで、隣の紀伊山田駅まで歩く事にした。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0374763.jpg" border="0" width="480" height="640"/></center><br/>
橋本駅前にはなぜか「まことちゃん」の石像がある。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0381325.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
高野街道沿いに連なる街並み。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0383565.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
そしてこちらは大和街道。<br/>
街道沿いには古い町並みが続いていて、なかなかの趣。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0384986.jpg" border="0" width="240" height="320"/></center><br/>
大和街道の途中に、放置されたままのコスモスの自動販売機発見！<br/>
話は変わるが、「おもちゃは友達コスモス」や「まことちゃん」を知らない世代が増えているようだ。<br/>
ああ昭和は遠くなりにけり、か。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0394216.jpg" border="0" width="480" height="360"/></center><br/>
任代住宅貝貝センター・・・ではない。<br/>
<br/>
紀伊山田から乗った和歌山線は、2両編成のワンマン列車。<br/>
祝日なのに下校途中の高校生が騒がしい車内の片隅に、夫婦かカップルか分からないけど、巨大な荷物を携えた白人の観光客2人が座っていた。<br/>
おそらくは京都、奈良と観光してきてこの列車に乗り合わせたのだろうけど、ガタガタ揺れる古びた電車も、車内の雰囲気も、およそ観光的でない。<br/>
しかし、素顔の日本に触れる事はできたのではないかな。<br/>
実際に、高校生たちと英語で言葉を交わしたり、窓の外に顔を向けて紀ノ川や沿線の集落の風景を眺めたりして、楽しんでいるようでもあった。<br/>
<br/>
それにしても、和歌山線の電車は揺れが激しい。<br/>
左右だけでなく、上下にも、トランポリンに乗っているような揺れを感じた。<br/>
線路の状態はあまり良くない上に、スピードも出ているからだろうか。<br/>
<br/>
さて、和歌山郊外の岩出を過ぎ、長い鉄橋で紀ノ川を渡って船戸到着。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0401114.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
何の変哲もない、無人駅。<br/>
けれど、こんな風情の駅も、最近は少なくなった。<br/>
<br/>
・・・6年前の夏、僕は研修で和歌山に半月ばかり滞在していて、その間、岩出のホテルに泊まっていた。<br/>
休日には和歌山県内をあちこち回ったりした。<br/>
実は、貴志にはその時にも行った。<br/>
そして、貴志から岩出のホテルまで歩いて帰れるのではないかと直感的に思った。<br/>
地図を見てみると、確かに貴志川沿いに4～5キロくらいの道のりで、小一時間もあれば歩いて行けそうではあった。<br/>
けれど、革靴を履いていたのと暑かったのとで、結局、電車で和歌山経由で帰ったのだ。<br/>
<br/>
今回は運動靴を履いているから、大丈夫だ。<br/>
紀ノ川の支流である貴志川に沿う県道を歩いて行った。<br/>
<br/>
これまた何の変哲もない田舎道。<br/>
しかし、遠くに山を見ながら、広い空の下を歩くのは気持ちがいい。<br/>
田舎歩き愛好家にはたまらない風景だ。<br/>
このあたりはサイクリングをしても良さそうだ。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0403751.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
貴志川の流れの見えるところも通った。<br/>
<br/>
そして、貴志の町に到着。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_041234.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
駅前の通りにある、シャッターの下りた電器店。<br/>
「ラジオ店」というあたりに、懐かしさを感じる。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0421036.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
南海貴志川線の貴志駅。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0423911.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
ちなみに、乗客の減少と赤字のために、3月末いっぱいで南海電鉄が経営から撤退し、4月1日から和歌山電鉄という新会社に引き継がれる。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0425569.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
この貴志川線がまたいい。<br/>
田園風景の中をゆったりと走る。<br/>
貴志川流域の風景も、貴志川線も、世知辛い世の中で、癒されるようなスローさが感じられるのだ。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0431639.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
途中の大池遊園で下車。<br/>
次の電車まで、しばし散策。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0435298.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
ため池の周囲を公園として整備してあるが、ひと気がまるでなく、寂しいところ。<br/>
時間も夕方で、薄暗い岸辺を歩いていると、心細さが募る。<br/>
けれども桜の枝にはぽつぽつと小さいつぼみが無数に付いていた。<br/>
春には、花見でにぎわうのだろう。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0441066.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0442711.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
水面に姿を映して貴志行きの電車がのんびりと橋を渡る。<br/>
<br/>
再び電車に乗って、夕暮れの和歌山へ。<br/>
和歌山に来たからには、和歌山ラーメンを食べなければ。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_0444425.jpg" border="0" width="240" height="320"/></center><br/>
本家アロチ丸高。<br/>
研修で和歌山に滞在中、受け入れ先の研究所の方に連れられて、この店に行ったのが最初。<br/>
以来、和歌山に行く度にここでラーメンを食べている。<br/>
<br/>
<center><img class="IMAGE_MID" src="http://pds.exblog.jp/pds/1/200602/13/87/f0066887_045323.jpg" border="0" width="500" height="375"/></center><br/>
チャーシュー麺800円。<br/>
地元の人が勧めるだけあって、とても美味。<br/>
Yahoo!　日本全国ラーメンランキング4位、らしい。
  
</p>]]></description>  
      <dc:subject>ミニ旅行</dc:subject>  
      <dc:creator>skuroki</dc:creator>  
      <pubDate>Mon, 13 Feb 2006 0:49:08 +0900</pubDate>  
      <dc:date>2006-02-13T00:49:08+09:00</dc:date> 
    </item> 
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